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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第二十話 誇り高き少女④

「香子ちゃん!?」

「あたしがここまで頼んでるのに、紗夜さんは心のどこかで残党を立ち直らせたいと思ってるのに、なんで断るの?」

「そ、それは……」

「なんで、黙るの?」

 月影香子は穏やかな声でそう尋ねた。

 水谷紗夜はゆっくりと目線を上げて月影香子の両目に焦点を合わせる。

「だって、私には無理だから」

 確信したかのような言葉。

 それは月影香子の感情を爆発させるには充分なほどの火種だった。

「理由になってないわよ!」

 月影香子の怒号が倉庫名に響き渡る。腹の底から激情をむき出しにした声を放ち、二本の刀を強く握りしめていた。

 だが、怒り狂った月影香子を前にしても、水谷紗夜は動じなかった。

「香子ちゃんは、強いから、そんなことが言えるのよ。誰もがあなたのように強いとは限らないのよ。それをわかってちょうだい」

 力のない声でそう諭す水谷紗夜。

「要するに、根性なしってわけ?」

 月影香子はうつむき、歯ぎしりをする。彼女の全身は震えていた。

 その言葉に、水谷紗夜は口を閉ざした。再び目線を床に下げ、その場に立ち尽くす。しかし、その行動が月影香子の目には肯定の意味に映ったようだ。

「なるほどね」

 月影香子は頭を下げたまま、不敵な笑みを浮かべる。

 その直後、素早く顔を上げた。

「じゃあ! その腐った根性を叩き直してあげるわ!」

 その咆哮とともに、月影香子は水谷紗夜に向けて走り出した! 水谷紗夜は現状を理解できていないようで、一歩も動かない。

 月影香子が水谷紗夜の左肩めがけて右の日本刀を振り下ろす。

「っ!?」

 水谷紗夜は反射的に一歩後退してそれをかわした。

 間一髪。だが、これで月影香子の攻撃が終わるはずもなかった。月影香子はわずかに勢いを殺し、猛烈な速さで左の日本刀を突き出した。

 その切っ先が水谷紗夜の右肩を容赦なく貫いた。

「うっ!」

 水谷紗夜は右足で床を蹴りつけて後ろへ跳び退く。五メートルほどの距離が開いた。月影香子は追撃してこない。

「はあ、はあ、はあ」

 月影香子は肩を激しく上下に動かしながら荒々しい呼吸をしていた。

 三日間も休息をとっていないのだ。そろそろ限界が来てもおかしくない頃だ。右肩を負傷してしまったとはいえ、水谷紗夜に分があるのは明白だった。

 水谷紗夜のスーツが赤く染まっていく。

 彼女は月影香子を見ながら苦悶の表情を浮かべる。月影香子が刃を向けてきたという事実を受け止められているようだ。

 だが、そこには戦う意志など見られなかった。

 水谷紗夜の顔がうっすらと赤く光り始める。それと同時に月影香子が再び斬りかかってきた。先ほどと同じく右の斬撃が水谷紗夜の胴体を斜めに切り裂こうと襲い掛かってくる。水谷紗夜は体を右に動かすことでその斬撃を回避した。

 すかさず左の斬り上げが水谷紗夜の顎に向けて繰り出される。

 かわしきれない!

 水谷紗夜はとっさに右手でその凶刃を受け止めた。金属音が鳴り響く。接触部分からの流血はなく、水谷紗夜の皮膚がわずかに赤い光を放っている。

 皮膚硬化だ。

 水谷紗夜の得意技術。彼女はそれで難を逃れた。

 月影香子は目を見開く。水谷紗夜が皮膚硬化を始めたということに気づいたのだろう。月影香子は瞬時に重心を左足に移行させた。

「せやあああああああああああああ!」

 月影香子の回し蹴りが水谷紗夜の左のわき腹を捉える。右脚が深くめり込み、水谷紗夜の両足が床から離れていく。

 月影香子は右脚の蹴撃を加速させた。水谷紗夜の体が勢いよく飛ばされ、五メートルほど離れたところで右肩が床と激突する。

「うがっ!」

 水谷紗夜の表情が苦痛で歪められる。

 彼女が立ち上がろうとしたとき、すぐそばに月影香子が迫ってきていた。右の刀を逆手に持っている。右手が少しだけ上がっていく。

「ちぃ!」

 水谷紗夜はすぐさま左方向に転がり始めた。その瞬間、月影香子の右の刀が水谷紗夜めがけて突き下ろされる。

 髪の毛一本ほどの差で水谷紗夜への追い討ちは成功しなかった。切っ先はそのまま急降下し、コンクリートの床に弾かれる。

 水谷紗夜は転がりながら跳ねるように立ち上がった。体勢が整わないうちに、月影香子が左の刀で水平に斬り込んでくる。しかし、水谷紗夜は強引なバックステップでそれを回避した。

 二人の間に距離が開く。

 水谷紗夜は深い呼吸で調子を整え、月影香子は浅い呼吸で酸素を求める。

 余裕がないのは月影香子のほうだった。

 呼吸が落ち着いてきたところで、月影香子はその場で右手の刀を手の中で回転させて順手に戻し、右の切っ先を水谷紗夜に向けた。

「ほらどうしたの! 抵抗しないなら次は容赦なく斬り捨てるわよ! いつまでもウジウジしてる奴なんて、誰であろうが足手まといにしかならないのよ!」

 水谷紗夜は月影香子の罵声を浴びながらも、平静を保とうとしていた。

 だが、顔の左半分が苦痛で締められる。

「くっ!」

 月影香子の突きで負傷した右肩を左手で押さえつける。

「はあ、はあ、はあ」

 それでもなお、水谷紗夜は月影香子に注意を向け続けた。

 月影香子が口を開く。

「戦いたいのか戦いたくないのか、はっきりしてください、紗夜さん。戦いたくないのなら、残党を立て直す気がないのなら、今すぐ霊力を捨ててあたしに渡しなさい。さくらと宗一と本気で戦う気があるのなら、ちゃんと抵抗することね」

 冷たい口調で、月影香子はそう言い放つ。

 水谷紗夜は彼女の一方的な要求に困惑しているようだ。

「そんなの、今すぐ決められるわけないじゃない」

「そう……」

 水谷紗夜の言葉に、月影香子は口元をわずかに上げた。

 そして。

「なら、ここで死になさい!」

 月影香子は叫ぶように声を上げ、水谷紗夜に斬りかかった。二人の間にあった距離は一瞬にして詰められ、月影香子の右の斬撃が水谷紗夜を袈裟斬りにしようと襲い掛かってくる。水谷紗夜は右肩から左手を離し、床を蹴って後退する。

 刀は水谷紗夜の目の前で空を斬る。

 水谷紗夜はここで違和感を覚え、眉をひそめた。月影香子の一撃にしては遅すぎるのだ。しかし、彼女はそれが何を意味するかまでは理解できなかったようだ。

 月影香子の表情が緩む。

 その刹那。

 空振りした右の刀が目にも留まらぬ速さで振り返されたのだ。振り上げられた刀の峰が水谷紗夜の右側頭部に直撃し、鈍い音が倉庫内に行き渡る。

「なっ!?」

 水谷紗夜の体が大きくよろめく。彼女自身は痛みよりも予想外の攻撃に驚きを隠せない様子だ。初めの一撃はフェイントで、本命はこの峰打ちだったのだ。

 そして、月影香子の左の刀が水谷紗夜の首に振り下ろされる。急所を狙ってくるあたり、彼女も本気のようだ。

 水谷紗夜の右首が強く発光する。その赤い光は皮膚硬化の証。

 月影香子の左の斬撃が水谷紗夜の右首にぶち当たる。だが、斬れることはなかった。甲高い音とともに、刀は折れて細かな破片が飛び散っていく。

 しかし、月影香子は次の行動に移っていた。まるで皮膚硬化によって防がれることを前提にしていたかのように左腕をそのまま振り下ろし、ほんのわずかな間だけ、動きが止まる。

 水谷紗夜は体勢を立て直そうとした。

 その刹那!

 月影香子の左肘が豪速で突き上げられる! その打突は水谷紗夜の顎を捉え、彼女の体を飛ばし上げた。

 水谷紗夜の体は空中で放物線を描き、背中から床に叩きつけられた。

「がはっ! ごへっ!」

 彼女はたまらずせき込んだ。

 そこへ月影香子の怒声が浴びせられる。

「逃げて生きるか、立ち向かうか、それとも死ぬか! ここで決めるのよ! 水谷紗夜!」

 水谷紗夜は鋭い目つきで月影香子を睨む。

「はあ、はあ、」

 肉体が痛みで支配されながら、それでも彼女は体を震わせながらゆっくりと立ち上がる。両足をしっかりと地に着け、乱れた呼吸のまま、言葉を吐く。

「だからって、いくらなんでもやりすぎよ!」

 水谷紗夜は憎悪の眼差しを月影香子に向ける。

 それに対し、月影香子は顎をわずかに上げ、水谷紗夜を見下すように獰猛な笑みを浮かべる。その直後に声を張り上げた。

「こうでもしなきゃあ、あんたは迷ってばかりで先に進めないでしょうが!」

 そして彼女は水谷紗夜に向けて走り出していた。今度は左の刀を外から内へと水平に振り込んでいく。狙いは水谷紗夜の頭部のようだ。

 水谷紗夜はそれを皮膚硬化で強化した左腕を使って受け止めた。斬撃はそこで止まる。しかし、それと同時に、月影香子の右の刀が水谷紗夜の左の太ももに切れ込みを入れていた。

「つう!」

 水谷紗夜は声を上げる。頭部を守ることに意識が行き過ぎて、下半身の防御がおろそかになっていたようだ。そのため、左右同時に繰り出された攻撃に対処しきれなかった。

 水谷紗夜はひるんだ。

 そこに、月影香子がためらいもなく水谷紗夜の腹を右足で蹴りつける。

「があ!」

 水谷紗夜の体が後方に吹っ飛ばされ、床に落ち、はねるように転がり続けた。月影香子は追撃をせず、激しい呼吸をして水谷紗夜を眺めていた。

 水谷紗夜の体が落ち着くと、水谷紗夜はすぐに立ち上がった。足元がおぼつかなくても、月影香子と相対する。

「ねえ紗夜さん? あんた、死にたいの?」

 呼吸の整った月影香子が冷ややかな声で尋ねる。

「そんなわけ……ないじゃない」

 水谷紗夜はかすれた声で答える。しかし、その言葉には芯が通っていた。

 月影香子は静かに両目を閉じて鼻から息を吐き、瞬時に両目を開けた。

「死にたくないなら! あたしを殴るなり斧で叩くなりしてみなさいよ! この根性なし!」

 月影香子はそう叫ぶと、水谷紗夜に向けて駆け出した。

 二人の距離は遠い。ただ、あと五秒もすれば接近戦に持ち込まれるだろう。そんな状況で、水谷紗夜は両手を大きく開き、そして一気に固く握った。

「そう。いいのね」

 彼女はそう呟くと、迫りくる月影香子に意識を集中させた。

 そして、

「あああああああああああああああああ!」

 水谷紗夜は声を上げて己を奮い立たせ、月影香子めがけて突進していった。月影香子はそれに驚いたようで目を見開いていたが、それ以外の反応ができなかった。水谷紗夜は右拳を限界まで握り締め、月影香子の懐に入る。

 月影香子は右の刀を振り下ろすが水谷紗夜のほうが一手速かった。水谷紗夜は月影香子の左頬を狙って右拳を放った。その打撃は月影香子の左頬を見事捉え、めり込んでいく。水谷紗夜は最後の最後までその右拳を振り切った。

 水谷紗夜の反撃で薙ぎ払われた月影香子は床に叩きつけられ、転がっていく。月影香子は相当なダメージを受けたようで、立ち上がるのにも苦労しているようだ。

「いい加減にしなさいよ、香子ちゃん」

 水谷紗夜は右手から無数の赤い光の粒子を伸ばしていく。それらはやがて二メートルを超える両刃斧の形をとり、瞬間的に銀色へと変化した。

 右肩と右手で柄を支える。

 水谷紗夜は右手のみでその大斧を操り、右側方の床に叩きつけた。コンクリートが砕け散り、轟音が倉庫内に響き渡る。

 一瞬の静寂。

 その後、水谷紗夜は両刃斧の柄を両手で握り締めた。

「こっちの事情も知らないで、好き勝手言わないで!」

 水谷紗夜は激情を露わにして、立ち上がったばかりの月影香子へと跳びかかった。そのまま月影香子へ向けて右から水平に大斧を振った。

 そのとき、荒い呼吸をしながらも、月影香子が穏やかな笑みを浮かべるのが見えた。

 月影香子は両足に力を込める。

 左手を横に伸ばす。

 水谷紗夜の凶悪なまでの斬撃が、月影香子の左手に吸い込まれていった。

 両者の激突。

 それは轟音と強大な衝撃を生み、訓練場全体が揺さぶられた。


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