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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第十九話 誇り高き少女③

 月影香子は息を呑んだ。

 三日間寝ずに待ち続け、これ以上は無駄だと判断し、帰ろうとしたその時に、彼女が求めていた人物が姿を現したのだ。

 驚きのあまり、それ以上は声を出せないようだ。

 水谷紗夜は落ち着いているようには見せかけているが、ほとんど瞬きをしていない。彼女も困惑しているのだろう。

 ただ、月影香子よりは余裕があるようだ。

 水谷紗夜は非常口を閉め、月影香子のもとへと歩み始めた。

「香子ちゃん。もしかして、ここで訓練していたの?」

 彼女は震える声で尋ねた。

 月影香子は水谷紗夜に鋭い視線を向ける。

「ええ、そうよ」

「そう。じゃあ、今日は香子ちゃんの他に誰かここに来たりした?」

 月影香子の尖った口調にも動じず、水谷紗夜は彼女との距離を詰めていく。穏やかな表情を浮かべる水谷紗夜だが、月影香子の顔は強張っていた。

 少女は鼻で笑った。

「ふん。今日は他に誰か来たかですって? 今日は紗夜さんが初めてですよ。っていうか、この三日間で初めてです」

「……」

 月影香子の言葉で、水谷紗夜は口を閉ざして目線を床に向けた。足音が止む。二人の退魔師は五メートルほど離れて正面から向き合っている。

「それで、紗夜さんは一人でここに何しに来たんですか? まさか、訓練しに来たとか言いませんよね?」

 疲労のせいか、月影香子の投げかける言葉は敵意をむき出しにしている。水谷紗夜は憂鬱そうに眉をひそめた。

「訓練をしに来たわけじゃないわ。ただ、様子を見に来ただけなの。もしかしたら、私の他にも誰かが来ているかもしれないって思ってね」

 水谷紗夜の声は抑揚に乏しい。

 月影香子は薄っすらと笑みを浮かべた。

「そう。でも、期待するだけ無駄でしたね。このままじゃ、訓練なんか誰もしませんよ。紗夜さんは今まで何をしていたんですか?」

「……浄化任務で秀ちゃんと日本中を飛び回っていたわ。戦う意思をなくしてしまったみんなの分まで、私たちがやっているの」

「それにしても、受けてる任務の数が多すぎませんか? それ、あたしにはただの言い訳にしか聞こえませんよ」

 月影香子の棘のある言葉に、水谷紗夜は狼狽する。

 柳田秀と水谷紗夜の異常なまでの働きぶりが残党の団員たちからの逃避行動だということを、月影香子は見抜いているのだろう。そして、柳田秀が残党の再建を諦めているのに対して、水谷紗夜は退魔師の少年少女たちを立ち直らせたいと思っていることも、彼女は察しがついている。

「言い訳って、いったい何のことよ香子ちゃん」

 水谷紗夜は月影香子と目を合わせて尋ねた。彼女の声は少し強くなっていた。

 月影香子も声を大きくする。

「そんなの、紗夜さんが一番わかってるんじゃないですか?」

「し、知らないわよ」

「嘘つかないでください。戦う気がなくなっても、残党のメンバーには力があります。秀さんと紗夜さんが育ててくれたおかげでね。村があったときなら全員が主力級なんですよ。それなのに、紗夜さんたちは二人だけで戦おうとしてるんですか?」

「……何が言いたいの? 香子ちゃん」

 水谷紗夜は歯を食いしばり、眉間にしわを寄せた。

 彼女の表情は温厚なものではなくなった。

 だが、月影香子はひるむことなく、芯の通った声で答える。

「言わないとわからないなら言ってあげますよ。紗夜さん、あんた逃げてるんでしょ。あんたはリーダーのくせに、残党のメンバーを立ち直らせることから逃げてるんでしょ」

 彼女の言葉に、水谷紗夜の顔がより一層強張った。

 残党の副リーダーであるの彼女は、口を閉ざしてしまった。

「ふん、図星ってわけ?」

 月影香子は顎を上げて水谷紗夜を見下すように言った。

「言っておくけど、いくら秀さんと紗夜さんが強くてあたしと友子がいるからって、たった四人じゃあのクソアマとまともに戦うことすらできないのよ。それはこの前の新月の夜に証明されたわ。それに、宗一の攻撃から圭市を守りながらあの二人を捜せるわけないでしょ。それどころか街を守ることすらできないわ」

「……それくらいは、わかっているわよ」

 水谷紗夜が口をはさむ。

「私だって、みんなを立ち直らせたいわよ。でもね、香子ちゃん。私には自信がないの。私の力の半分以上は退魔村が襲撃されたときに貰ったもの。残党の副リーダーをやっているのだって私が優秀だったからじゃない。ただ単に私と秀ちゃんが一番年上だったから。退魔師の力を捨てていった人たちの中には、私たちよりもふさわしい人がいたわよ」

 彼女の口から言葉が漏れていく。

 その卑屈な態度に、月影香子歯ぎしりをした。

「だから、何だって言うの?」

「え?」

「自信がないからなんだって言うの? 力を貰ったからなんだって言うの? ふざけないで! 紗夜さんはいつからそんなに弱気になったの! 秀さんはどうして残党を信じないの! 友子はどうして自分を追い込むの! 宗一とさくらに負けたくらいでいじけてんじゃないわよ! あんたたちは子どもなの!?」

 月影香子の怒号が倉庫内に響き渡る。

「浩二だって今はダメになってるけど、浩二は今まで記憶を失くしてて霊力が戻ってからまだ一か月も経ってない。だから弱気になるのも無理はないわ。でもね! あんたたちはずっと戦ってきたんでしょうが! 退魔村が壊滅してからこれまで少人数で浄化任務を成功させてきたんでしょ! それなのに戦う気を失くしてどうするのよ! トップがそんなんだから他のメンバーもやる気をなくすのよ!」

「あなたに何がわかるの!」

 月影香子の言葉を、水谷紗夜が遮った。

「なによ? 偉そうに」

 月影香子は悪態をつきながらも口を閉ざし、水谷紗夜の言葉を待った。

 水谷紗夜は両拳を握り締め、唇を噛みながら震えている。月影香子の鋭い目線が彼女に突き刺さるが、水谷紗夜は口を開いた。

「香子ちゃんは強すぎるから、そんなことが言えるの。心も体も、私たちでは到底及ばないわ。私たちは弱いの。香子ちゃんみたいに強くはない。私みたいな弱い人間が声をかけたところで、誰も相手にはしてくれないわよ」

 水谷紗夜の声は消え入りそうなくらい弱々しいものだった。うつむきながら言葉を漏らす彼女の目は、月影香子からは見えなかった。

「そうね」

 月影香子は目を閉じて笑みを浮かべた。

「確かに、あんたたちの気持ちはアタシには理解できないわよ。宗一とさくらに惨敗したくらいであたしの心は折れない。どんなことがあっても、あの二人が誰かを殺す前に、あたしがあの二人を殺すわ」

「それは、私たちみたいに、親を殺された恨みから? 村を潰された怒りから?」

 水谷紗夜は床に顔を向けたまま尋ねた。

 月影香子はゆっくりとまぶたを上げる。

「それもあるわね。でも、一番の理由は違う」

 彼女は眉間にしわを寄せた。

「肉親の始末は肉親がつける。あのクソアマを殺すことが、あたしの役目だからよ」

「そうなのね。じゃあ、香子ちゃんは浩二くんにも戦ってもらいたいの?」

 水谷紗夜は月影香子に目を向けた。

「当たり前よ。あの二人を殺すのは、あたしと浩二よ。でも、月の夜にあたしと浩二の霊力がばかデカくなるとはいえ、宗一とさくらに勝てる保証はないわ。それに、あたしと浩二だけじゃ悪霊から圭市を守ることはできない」

 月影香子は右拳を固く握りしめる。

「だから、協力してほしいの。宗一とさくらを捜して殺すのはあたしと浩二でやる。残党には街を守って欲しいの」

 彼女は歯を食いしばり、数秒の間を置いて頭を下げた。

「お願い、紗夜さん。お願いします」

 水谷紗夜はまぶたを少しだけ上げた。月影香子の行動に驚いているようだが、彼女の目は冷めたままだった。

「浩二くんは、まだ戦うと決まったわけじゃないのよね?」

「浩二はあたしがなんとかします。ですから、紗夜さんは残党を元に戻してください。お願いします!」

 月影香子は腰を曲げてさらに頭を深く下げた。

「でも、私じゃ無理よ」

「それでもなんとか!」

「私と秀ちゃんと友子ちゃんだけじゃ、だめ?」

「三人じゃ圭市を守り切れません! 残党十七人が揃ってないとダメです!」

「私たち三人がばらばらなのに、他のみんながついてくるとは思えないわ」

「じゃあ! あたしと一緒に秀さんと友子を説得しましょう!」

「あの二人は、自分が強くなることしか考えていないわよ」

「だから説得して、主力の三人で他のメンバーを立ち直らせるんです!」

「説得できるかしらね」

「やってみなきゃわからないじゃないですか!」

 頭を下げ続ける月影香子と目に光が宿っていない水谷紗夜。月影香子が懇願すれば水谷紗夜が何かしらの理由をつけて断り、月影香子はまた新たな条件を付けくわえていく。二人の会話は平行線で収束することはなかった。

 水谷紗夜は月影香子から視線を逸らした。

 わずかな沈黙。

「……私じゃ無理よ」

 消え入りそうな声。それが、水谷紗夜の気持ちだった。

「はあ」

 月影香子は盛大にため息をついて腰を伸ばして頭を上げた。そして、三日間も不眠不休で過ごしたとは思えないほどに表情を引き締める。

「どうやら、力づくじゃないとダメみたいね」

 そう呟いた彼女の両手には、銀色に輝く日本刀がそれぞれ握られていた。




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