第三話 壊れ始めた日常
翌朝。
山坂浩二は午前六時に目を覚ました。
彼はコタツに脚を腰まで入れ、上半身には分厚い冬用の掛け布団をかけた状態で眠っていた。
彼は横になった状態のまま、充電器のプラグを挿した携帯電話を手に取り、それを開いて液晶画面を見た。
待受画面には赤い色をした『未来橋』と、その下を流れる『銅鏡川』の水面が映っている。
彼は画面右上に映し出されている日付と時刻を見た。
2月15日。6時01分。
彼は携帯電話を閉じ、上半身を起こし、周りを見渡した。
六畳半ほどの狭い部屋。
フローリングの床。
小さなテレビ。
彼の背丈の半分ほどの高さの冷蔵庫とタンス。
風呂場と洗面所に繋がるドア。
小さなガスコンロ。
トイレのドア。
コタツ。
いつもの光景が彼の目に映った。
彼は玄関に背中を向けて座っている。
彼の目の前には部屋の隅にテレビがあり、壁にはやや薄汚れたカーテンがある。そのカーテンの向こうには窓があるが、まだ外は暗いので朝日は差し込んでこない。
彼はそのカーテンを見ながら、昨日のことを思い出していた。
『月影香子』と名乗る少女との出会い。
六歳のある時から記憶喪失の彼が、彼女から聞いた、自分の過去のこと。
退魔師という、にわかには信じがたい存在。
記憶喪失以前の彼はその『退魔師』であったという話。
さらに、月影香子と山坂浩二は退魔師としてペアを組んでいたという話。
彼女が自分が退魔師であることを彼に証明するために、二人は満月の夜に会う約束をしたこと。
山坂浩二は満月の夜だけ霊的存在である幽霊が見えるのである。
彼は昨夜のことを思い出すと、ため息をつき、
「あれって夢だよな」
と呟いた。
彼は一度目を閉じ、また開いて、
「うん、夢だ夢。現実なんかじゃない」
と自分に言い聞かせるように言った。
彼の表情は、そう言った時は明るかったが、次第に暗くなっていった。
自然と視線も下に落ちる。
「じゃあ、あの人、月影さんも夢だったのかなぁ」
と彼は呟いた。
「女の子と話したり、ケンカしたり、今度会う約束をしたりしたのも夢だったんだ」
彼は目を閉じた。
「でも、女の子と、しかもあんなにかわいい人と接したということが夢であっても、俺は嬉しい」
彼の目から、一粒の水滴が流れ落ちた。
「現実じゃ、女の子と話すこと自体無理なんだから」
と彼は小さく、低い声で言った。
山坂浩二は記憶喪失後、理由は不明だが、異性から極端に避けられてきた。
周りの女性から話しかけられることはなく、育ての親である人でさえ、彼と長い時間接することはなかった。
彼は幼い頃、何度も女の子に話しかけようとしたが、いつも最初の一言で逃げられてしまっていた。
その最初の一言も、「おはよう」や「バイバイ」など、普通の挨拶だった。
彼は次第に異性に対して心を閉ざしていった。
だが、彼は中学生になると思春期を迎え、異性への関心も芽生えてきた。
それでも、周りの女性は彼を避けるままだった。
彼には、なぜ自分が異性から避けられているのかはわからなかった。
避けている女性たちでさえも、その理由はわからなかった。
彼は異性への関心を捨て切れないまま、再び心に深い傷を負ってしまった。
しばらくすると、彼は顔を上げて立ち上がり、洗面所へと向かった。
蛇口をひねり、水を流し、流れる水を両手ですくって顔を洗う。
四、五回ほど水を顔にかけると、彼は、
「冷た!」
と声を上げた。
「まあ、冬だからな」
彼は独り言を言い、横に掛けてあったタオルで顔を拭いた。
その後、洗面所に置いてあるプラスチック製の青色のコップに水を注ぐ。
そして、三回うがいをした。
彼は再びコップに水を注ぎ、目の前にある歯ブラシを右手に取る。
その歯ブラシは毛先が開き始めていた。
彼はそれを使って舌についている汚れを磨き落としていく。
力はあまり入れていない。
彼は一通り汚れを落とし終えると、歯ブラシを水で洗い、コップに入っている水で口をゆすいだ。
彼は口をゆすぎ終えると、歯ブラシをもとの場所に立てかけて、コップも もとの場所に置いた。
そして再び水を流し、両手で水を溜めて、顔に一度水をかける。
また彼の「冷た!」という声が聞こえた。
彼は顔を同じタオルで拭くと、洗面所から部屋に戻り、冷蔵庫の前に立った。
冷蔵庫を開けて中のものを見る。
そして、彼は卵のパックを取り出した。
その七個の卵が残っている八個入りパックから彼は一つ卵を取った。
彼はパックを冷蔵庫に戻し、ドアを閉めた。
次に野菜室の引き出しを開け、そこから赤いリンゴを一つ取り出し、引き出しを閉めた。
彼は卵とリンゴを一つずつ持って、部屋の隅にある小さな流しの前に立つ。
そして立てかけてあったまな板を置き、その上に卵を置いて、包丁を手に持ち、リンゴの皮をむきはじめた。
慣れた手つきだった。
皮をむき終わると、次にまな板の上でリンゴを八等分に切った。
芯は生ごみ入れに捨てる。
すると彼は、
「いっけね。皿出し忘れてた」
と言って、まな板の上に包丁を置いて、彼の左側にある食器棚から、茶碗、皿を二枚、箸を取り出した。
彼はそれらをコタツの前まで持っていき、その上に茶碗と箸と皿一枚を置いた。
そして皿を一枚持ってまな板の前に立ち、切り分けたリンゴを皿に乗せると、それをコタツの上に置いた。
次に彼は流しの横のガスコンロの前に立った。
火をつける。
フライパンに油をひき、それを青く揺らめく火の上に置いた。
まな板の上の卵を手にとり、フライパンの上で割った。
フライパンの中で、黄身が白身に囲まれる。
彼はそれに少量の水を加え、フタをした。
彼はコタツの上に置いてある茶碗をとり、炊飯器のフタを開け、御飯を盛る。
それをコタツの上に置き、皿を一枚手に取る。
ガスコンロの前まで歩き、フライパンのフタを開ける。
すると、半熟の目玉焼きがパチパチと油を弾く音をたてていた。
彼はそれを皿に移し、火を消す。
フタを流しに置き、フライパンとまな板はそのままにする。
彼は皿を手に持ったまま冷蔵庫を開け、ケチャップの容器を取り出す。
冷蔵庫を閉め、彼はコタツに皿と容器を置いた。
そしてその場に座り、コタツに脚を入れる。
彼は顔の前で両手を合わせ、
「いただきます」
と言い、ケチャップを目玉焼きにかけ、それを一口で食べ終えた。
次に茶碗を左手に持ち、御飯を一気に口へと送る。
すぐに茶碗は空になってしまい、米粒一つ残っていなかった。
彼は箸を置き、コタツの上のリモコンを手に取って、テレビの電源を入れた。
爽やかな男性のアナウンサーが画面に映る。
彼は朝の情報番組を見ながらリンゴをかじる。
先ほどとは違い、ゆっくりと味わうように食べていく。
「はあ〜、世の中大変だなぁ」
と彼はたまに呟いたりした。
しばらくすると、彼はリンゴを食べ終え、
「ごちそうさまでした」
と顔の前で手を合わせて言い、食器を持って立ち上がった。
それらを流しに置き、手を洗う。
石鹸をつけて。
指の間、爪の間を。
丁寧に、丁寧に。
洗う。
彼は手を洗い終えると、新しく一枚の皿を食器棚から取り出した。
それを手に持ったまま、炊飯器のフタを開け、中身をすべて皿に移す。
その皿をコタツの上に置いて、彼は米を拳一つ分の大きさで握っていく。
具はなにも入れない。
握り終えると、四つの握り飯が出来上がっていた。
彼は立ち上がって、流しで手を洗い、ラップの箱と、食塩の瓶を持ってコタツに戻る。
握り飯一つ一つに塩をふりかけ、ラップで包んでいく。
包み終わると、彼は皿と食塩の瓶を持って立ち上がり、流しの前に立つ。
そして、食塩の瓶をもとの場所に戻し、食器を洗い始めた。
やはり手慣れている。
起きてからの彼の動作はまるで一連の流れのようだ。
彼は皿洗いを終えると、食器棚からプラスチック製の容器を取り出し、フタを開け、四つの握り飯を入れ、フタを閉める。
彼はそれをコタツの上に置き、トイレへと向かった。
彼は用を足し終えると、洗面所へと向かった。
石鹸をつけて手を洗い、タオルで拭いた後、歯を磨き、顔に水をかけた。
顔を拭くと彼は鏡に写る自分と向き合い、寝癖のついた髪の毛を整髪料は使わずに整えていく。
山坂浩二の髪は目と耳に少しかかる程度の長さで、ところどころが逆立っていた。
彼は髪の毛を整え終えると、鏡に写っている顔をじっと見つめ始めた。
そして、一言。
「そこまでブサイクでもないよな。俺って」
むしろいいほうである。
そして彼はため息混じりに、
「やっぱり顔じゃないのかなぁ」
と言い、洗面所をあとにした。
彼は部屋に戻ると、コタツの上に置いてある、おにぎりを入れたプラスチック製の箱を手に取った。
そして、スポーツバッグにそれを入れる。
そのなかには、学校で使う教科書やノートなども入っている。
彼は運動部はおろか部活動にさえ入っていないのだか、「スポーツバッグはたくさん入るから便利」という理由でそれを使っている。
ただ、さすがに体操服は別の袋に入れるようだ。
彼はバッグのチャックを閉めると、部屋の電気を消していく。
電灯。テレビ。コタツ。
そしてガスの元栓を閉め、戸締まりの確認をし、バッグを肩にかけ、少し汚れたスニーカーを履いて玄関のドアを開けた。
そして、外から鍵をかけ、自分の部屋から遠ざかっていく。
彼の部屋はアパートの二階の一番奥に位置する。
アパートは築十年で、耐震性も十分保証されている。また、彼の住む地域は土地の価格が安いため、家賃もそこそこ安い。
だが、彼の育ての親からの仕送りの約半分はその家賃で消えてしまうので、彼には贅沢ができない。
ただ、必要最低限の暮らしはできているので、文句は言ったりしない。
むしろ、仕送りが届く度に、彼は育ての親に電話をかけて感謝の言葉を言っている。
彼は他人への感謝を忘れない人物なのだ。
彼が階段を下りると、銅鏡川とその河川敷にある広場が彼の目に映る。道路沿いに木が並び、広場には芝生が植えられている。
彼はその横を通り過ぎていく。
その途中、ウォーキング中の何人かの年配の方とすれ違った。
このとき、彼は挨拶を欠かさない。
彼の挨拶に年配の方も挨拶をかえす。
どうやら、年配の女性には避けられないらしい。
それが彼の疑問でもあった。
広場の近くにある時計の針は七時過ぎを指している。
ようやく明るくなった頃だ。
冬なので、ところどころに霜が落ちている草や葉が見える。
山坂浩二は白い息をはきながら、制服のズボンのポケットに両手を入れて歩いている。
マフラーはしていない。
彼の住む圭市は温暖な地域であり、雪はめったに降らないが、冬は寒い。着込めば暑い。かといって脱げば寒い、といった、少々厄介な気候なのである。
彼は体を縮めながら歩いていく。
しばらくすると、赤い色をしたやや大きめの橋が見えてきた。
『未来橋』。
彼はその橋の近くまで歩くと、歩くのを止め、川の水面を眺めだした。
昨日、あの少女、『月影香子』が溺れていた場所。
彼はそこをしばらくの間見ていたが、首を横に振り、
「夢だ、夢。あれは現実じゃない」
と自分に言い聞かせるように呟いて、再び歩きはじめた。
未来橋からもう少し先に行き、そこから道を北に行くと国道に出る。
国道を横断し、さらに北に進んで十分ほどすると、学校が見えてきた。
彼、山坂浩二の通う学校、『高原高校』である。
県内公立高校のトップではあるが、私立高校が圧倒的に支持されているその県では影が薄い。
また、全国的に見ても、進学校と呼べるのかということさえ怪しいのである。
彼は校門を抜けると、建物の中に入っていく。
この学校は『土足禁止』ではなく『土足』なのである。
もちろん靴箱など無い。
彼は土足のまま入り、階段を上がり、二階の廊下を右に曲がった。
すると、そこには一年五組の教室があった。
その先には、六組、七組の教室が並んでいる。
そして、彼の五メートル後ろからは一組から四組の教室が並んでいる。
彼は五組の教室の扉をを開けた。
中には誰もいない。
時計を見ると、時刻は七時半だった。
彼は窓際の自分の席に着くと、机の上に教科書とノートを広げ、勉強を始めた。
これが彼、山坂浩二の『日常』。
退魔師などとは一切関係のない。
ただの高校一年生の男子としての。
日常。
八時を過ぎると、教室に入ってくる生徒の数も増えてきた。
彼は一度顔を上げ、教室を見渡す。
彼の隣に座るはずの女子生徒が、他の席に座って友達と話しており、また他の女子生徒も彼の近くの席には近づこうとはしない。
男子生徒は「なにもおかしなことはない」といった様子で、山坂浩二の近くの自分の席に座っている。
彼はため息をついて、再び視線を机の上に下ろした。
これもまた、彼の『日常』である。
やがて、朝のホームルームが始まる時間となり、教室内の生徒は全員自らの席についていく。
山坂浩二の隣の女子生徒も、渋々といった様子で席に着いた。
チャイムが鳴りはじめると、教室に駆け込んで席に着いた男子生徒のあとに、担任の教師が教室に入ってきた。
「おはよう。今日も一日頑張ろう!!」
男性の低い声が教室に響いた。
中林正之。
山坂浩二のクラスの担任である。
身長は一八○センチを超え、筋肉質な身体の持ち主。
坊主頭で、見た目は恐いが、意外と穏やかで優しい。
ただ、怒ると相当恐いらしい。
担当教科は日本史。あと、柔道部の顧問でもある。
中林は出席を確認すると、連絡事項を伝えていく。
山坂浩二は連絡事項を頭に入れていく。
これもいつもの光景だった
授業が始まると、山坂浩二はたまに気を抜きながら、たまに外に目を向けたりしながら時間を過ごしていく。
女性の教師は彼を避けるようにしていたが、彼は気にも留めなかった。
これも、いつものことだったから。
やがて、午前中の授業が終わり、昼休みとなった。
山坂浩二はバッグの中から、プラスチック製のパックを取り出し、机の上に置いた。
(あの変態六人衆は、今日も食堂で、変な話題で盛り上がるんだろうな)
彼はそんなことを思いながら、パックのフタを開けた。
ラップに包まれたおにぎりを手に取ろうとしたところで、
「おい! 山坂。ここ、使ってもいいか」
という男の声が聞こえた。
山坂浩二が顔を上げると、そこには二人の男子生徒が立っていた。
永山と村田。
特徴といえば、くせ毛としか言いようのない二人だった。同じくらいの身長で、横幅もほとんど同じ。顔も他人とは思えないほどそっくりだ。
「いいぜ。でも、いつものことだろうがよ」
山坂浩二は口元を緩ませて言った。
すると、二人は近くの机から椅子を山坂浩二の机のそばに持ってきた。そして山坂浩二の机に弁当箱を置いて座る。
山坂浩二はラップをはがし、おにぎりを頬張り始めた。
くせ毛の二人も、弁当箱を開け、箸を使って口に食べ物を運んでいく。
やがて、彼ら三人はたわいもない話をし始めた。
最近読んで面白かったマンガや小説のこと。
授業のこと。
課題のこと。
いいなと思う女の子のことなど。
彼らは彼らなりに楽しく昼休みを過ごしていた。
これも、いつもの光景。
しかし、
その『日常』を壊す存在が、
一年五組の教室に近づいていた。
くせ毛の村田が山坂浩二に話を振った。
「山坂、お前ってさ、全くモテないよな」
これに永山も続く。
「いや、もはや『モテない』ってレベルじゃねぇ」
そのように言われた山坂浩二は、
「確かにな」
とうなずくだけだった。
山坂浩二の『日常』を破壊する存在は、
廊下で足音をたてながら歩き、
やがて彼の教室の前に立った。
「嫌われすぎだよ。なんで山坂みたいな、顔も頭も運動神経もある程度良くて、性格のいいやつがあんなに避けられてるんだ?」
「でも、山坂に女が寄り付かないのは事実」
「男には評判いいのにな」
「理系クラス最大の謎だぜ」
山坂浩二は二人の話に、ただ心ここにあらずといった感じでうなずくだけだった。
「まっ、山坂に彼女ができないのは俺らにとっては救いだがな」
「どういう意味だよ、それ」
山坂浩二はムッとした表情をした。
「まあ、そうイライラするな、同志よ」
「うるせぇ」
山坂浩二は永山と村田の話に呆れる。
二人は勝手に話を盛り上げていく。
「まあ、山坂に彼女ができたとしたら、天変地異が起きるだろうな」
「じゃあ、女が寄り付いてきたらあれか、日本が沈没するのか」
「「アッハハハハハハハハハハハー!!」」
(こいつら、人のトラウマを何だと思ってやがる!)
山坂浩二のイライラは段々と増していく。
とうとう彼も限界を迎えたのか、立ち上がり、
「テメエらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と叫んだところで、
教室後方のドアがゆっくりと開いた。
教室内の全員の視線がドアに向く。
そこには、背の高い一人の女子生徒がいた。身体の線は細く、ポニーテールにされた髪は腰に届くほどの長さだった。
「見たことないよな、あの子」
「文系クラスじゃないの?」
「一組の人じゃない?」
「そう言われると、見たことあるような気がするな」
と、教室中からささやき声が発生し出した。
永山と村田も、
「かわいいな、あの子」
「いったい何の用だ?」
とそれぞれの反応を示していた。
山坂浩二は立ったまま、その女子生徒を見ながら固まっていた。
声も出せないようだった。
「……あのー」
教室中の視線を浴びている女子生徒が口を開いた。
「……山坂浩二、いませんか?」
その言葉と同時に、教室内にざわめきが起こる。
「山坂だって!?」
「あんであいつに!?」
「おかしいわ!」
「山坂に近づくなんて無理よ!」
村田と永山は固まってしまった。
二人の手から箸が落ちる。
カラン。
その乾いた音と同時に、山坂浩二が震えながら声を出した。
「……月影さん?」
そして、今度は教室中の視線が一気に山坂浩二へと向けられる。
ある者は驚きとともに。
ある者は虚無感とともに。
そして、
ある者は殺意とともに。
山坂浩二は視線の集中放火を浴び、そしてついに耐えられなくなった。弁当をそのままにして、彼は急に席を立って机と机の間をかいくぐり、教壇を駆けて教室前方のドアから飛び出して行った。
教室内の生徒は固まったまま。
教室の外では、
「待って浩二! どこ行くの!? ねぇ! 待ってってばー!!」
という声と大きな足音が聞こえる。
教室は再び騒がしくなった。
会話内容は、山坂浩二とあの女子生徒について。
ただ、教室内の生徒、特に男子生徒のなかには、
「…………山坂許すまじ」
と殺意を込めて呟く者もいた。
教室内はただならぬ雰囲気をただよわせていた。
後に食堂から帰ってきた生徒たちを驚かせるほどに。
そして、『彼ら』を動かすほどに。
今回はファンタジー要素がほとんどありませんでしたが、これも演出の一つと思って、暖かい目で見てくださると嬉しいです。
後の展開にご期待ください。