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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第四話 分裂①

 三月八日、火曜日、夜。

 山坂浩二が狂乱し、眠りについた頃。二人の男女が森の中を駆けていた。周囲を闇に包まれた状態で、木々の枝をかいくぐり、樹木の根で盛り上がった部分をうまく避け、二人は同じ速さで走っていく。

 男は百八十センチを超える身長の持ち主で、身体の線は細い。黒色のスーツを着用し、茶色のネクタイを締めている。ダークブラウンの長髪をオールバックにして整えた彼の名前は、柳田秀やなぎだしゅう。退魔師残党のリーダーだ。年齢は二十九。

 女は平均的な身長でグラマラスな体型をしている。スラックスタイプの黒色のスーツを身に纏っている。ダークブラウンでセミロングの髪は肩を過ぎたあたりからウェーブしている。彼女の名前は、水谷紗夜みずたにさや。退魔師残党の副リーダーであり、柳田秀のパートナーでもある。彼女の年齢も二十九。

 外見のみで判断すれば大学生と言っても差し支えない二人は、悪霊や妖怪などの魔物を浄化することを使命とする『浄化の退魔師』だ。退魔師残党の中では月影香子に次ぐ実力の持ち主であり、浄化任務を最も多くこなしている。

 柳田秀と水谷紗夜は森を駆け、丈の短い草が生えている開けた場所へと抜け出た。草むらとなっているその場所の周辺は木々に囲まれている。

 三日月はすでに沈んでしまったようで空には浮かんでいない。夜空に無数の星が瞬き、壮大な宇宙の姿を一部映し出している。光が乏しいなか、二人は草むらの中央へたどり着くと同時に後ろを振り向いた。

「紗夜さん! ここで任務を遂行しましょう!」

「わかったわ!」

 柳田秀は荒い呼吸をしながら隣の水谷紗夜に言葉を飛ばした。彼女は平然とした様子で彼の言葉を受け入れ、右手から無数の赤い光の粒子を伸ばしていく。二メートルを超える両刃斧の形をとった赤色の粒子の集合体は一瞬にして銀色へと変化した。

 右肩に両刃斧の柄を当てた彼女は、自らが辿ってきた方向を見据えた。肩で息をしながら、柳田秀も彼女と同じ方向を見つめる。

 そして、木々の間から黒い塊が飛び出してきた。目のような二つの赤い点を持つそれは、形を変えながら二人に向かってくる。

 悪霊だ。自我を失い、穢れを溜め込んだ霊魂。霊能界で最も忌避されている種類のものであり、浄化の退魔師が標的とするものだ。

 悪霊は一体だけではないようだ。最初のものに続いて続々と現れてくる。合計して二十体ほど。大きさは人間とほぼ同じであるそれらが、すべて柳田秀と水谷紗夜めがけて滑空していく。

 水谷紗夜は息を吐いた。

 彼女の右側の地面が透明で青色の薄い板に覆われる。柳田秀の結界だ。彼女は自らの両目に鋭さを宿すと同時に、右手で持った巨大な両刃斧を足元の結界に思いっきり打ち付けた。

 轟音が空間を振動させる。

 霊的な衝撃波が悪霊の集団に容赦なく襲い掛かり、動きを鈍らせる。

 水谷紗夜は両手で斧の柄を持つと、人間を遥かに超えた速さで悪霊へと向かっていった。攻撃範囲に入ると、彼女は右から左へと両刃斧を振り送った。超重量の水平斬撃が五体の悪霊をまとめて切り裂いていく。

 体を二つに切り裂かれた悪霊五体から大量の黒い霧が吹き出す。行動不能に陥ったそれらは姿を揺らがせる。ここで水谷紗夜にわずかな隙ができた。他の悪霊が一斉に彼女へ襲い掛かるが、草むら中央から飛来したソフトボール大の青い光弾がすべてそれらに命中し、攻撃を阻んだ。柳田秀からの援護射撃だ。悪霊は爆発とともに吹き飛んでいく。

 水谷紗夜はすぐに体勢を立て直し、空中で身動きの取れなくなった悪霊を斧で両断していく。

その間に柳田秀は、彼女が霊力を削った悪霊に向けて白い光の玉を発射していった。その光弾を受けた悪霊は白い光に包まれて破裂し、無数の白い光の粒子を周囲に拡散させてこの世から消えていく。

 戦闘開始から一分もたたないうちに、二人は悪霊二十一体をすべて浄化し終えた。粉雪が舞うかのように、浄化の残滓が白く輝く。幻想的にも思える光景の中で、柳田秀の顎から汗が滴り落ちる。彼は荒い呼吸をしながらも直立の状態を保っていた。

 水谷紗夜は地に足をつけた後、巨大な両刃斧を赤色の光の粒子に戻して自らの身体に取り込んだ。安堵したかのように息を吐き、後ろを振り向いた。

 彼女は柳田秀に歩み寄った。疲労の色を隠せない柳田秀を見上げて、頬を少し緩めた。

「今日の分はこれで終わりね、秀ちゃん。早くおうちに帰りましょう」

 彼女は優しく話しかけた。彼女もかなり消耗しているようで、呼吸は落ち着いているもののスーツ下のワイシャツが濡れて肌に密着している。

 水谷紗夜は優しい表情で柳田秀の言葉を待った。

 柳田秀が水谷紗夜と目を合わせる。

 そして、

「まだです」

 柳田秀は静かに告げた。彼の表情にいつものような笑みはない。何かを思い詰めたような顔つきだった。

 その声も、柔らかなものではなかった。

「これくらいで音をあげるようでは、あの二人を止めることなどできません」

 彼はそう言って水谷紗夜に背を向けた。そして一歩ずつ前に踏み出していく。

「まって秀ちゃん。いったいどうするつもりなの?」

 水谷紗夜は呆気にとられたような表情を浮かべ、遠ざかる彼の背中を見つめた。

「はは。どうするって、決まっているじゃないですか。これから次の悪霊を浄化しに行くんですよ」

 柳田秀がわずかに笑いながらそう言うと、水谷紗夜は血相を変えて彼に駆け寄り、彼の右手首を両手で掴んだ。

「どうして!? もう全部任務は終わったはずよ! なのにまだやろうって言うの!? なんで!? 昨日からほとんど休まずに戦っているじゃない! 任務も私たちだけで全部引き受けて! みんなでやるはずのレベル8まで私たちだけでやって! レベル6も7も入れて全部でいくつやったと思っているの!? あんまり無茶しないで!」

 水谷紗夜は半ば叫びながら柳田秀を引き止めようとした。彼女の目からは涙が零れ落ちる。彼女の声にも嗚咽が混ざっていたが、柳田秀は振り返らなかった。

「でも、あれ以来、みなさんは戦う気が失せてしまったのでしょう? でしたら、誰が悪霊の浄化を行うんですか? 誰が山坂宗一と月影さくらから圭市を守るんですか? ……僕たち以外にいないでしょう」

「だからなんだって言うの!? 無茶して任務以外の浄化までやる必要なんてどこにもないじゃない! 一度帰って休まないとダメよ!」

 水谷紗夜は怒りを露わにする。それは柳田秀を気遣ってのものであるということは想像がつく。しかし、柳田秀は歯を食いしばり、水谷紗夜の両手を払いのけて彼女に振り向いた。彼の眉間にはいくつものしわが浮かんでいた。

 水谷紗夜はひるんだように目を見開いた。柳田秀は口を開く。

「紗夜さんはあの二人に殺されてもいいんですか!? 圭市の住人を皆殺しにさせてもいいんですか!? 残党のみなさんが戦わないのなら僕たちが戦うしかないでしょう!? たくさん戦って少しでも力をつけないといけなせんよね!? それともなんですか? 紗夜さんは戦いたくないんですか! 圭市を守りたくないんですか! あの二人が憎くないんですか!」

「ち、ちがうわ……そういうことじゃないのよ。ただ、無理はしないでって言っただけよ……」

 普段は温厚な柳田秀が感情を爆発させ、自らのパートナーに怒声を浴びせる。完全に委縮した水谷紗夜は弱々しく首を横に振ることしかできない。

「無理などしていません」

 柳田秀はそう言い放ち、水谷紗夜に背を向けて歩き出した。彼が十歩ほど進むと、彼の足元に半透明の青い板が現れ、柳田秀ごと数メートル浮かんだ。彼は結界の上に乗ったまま姿勢を低くして左ひざを結界につけ、右ひざを立てた。

「ここからは僕一人で行きます。戦いたくないのであれば、紗夜さんは帰っていただいても結構です」

 柳田秀は水谷紗夜を視界に入れずにそう言い残して、結界に乗った状態で空高く浮かび上がった。周りの木々よりも高く上がると、自らを正方形の結界で覆い、高速で翔け出した。結界内の柳田秀が風を感じている様子はなかった。

 水谷紗夜は悲痛な表情のまま柳田秀の背中を見送ると、頭を下げて両目を閉じ、大きくため息をついた。

「ばかね、秀ちゃん。私があなたを放っておくとでも思っているの? しかもあんなに自暴自棄になっているあなたを。一人にするわけないじゃない」

 彼女は顔を上げて柳田秀が向かった方向に目を向けた。

「ほんとに、秀ちゃんは私がいないとだめなんだから」

 水谷紗夜は呆れたように微笑み、星空へ向けて飛び上がった。





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