第八話 垣間見た真相
結界の中では、月影香子と紗夜が殴り合っていた。二人とも武器を手に持たずに己の体のみで戦っている。形勢は、圧倒的に紗夜のほうが有利だ。
紗夜には目立った外傷はなく、月影香子が斬りつけたところ以外は服も破れていない。ワイシャツもジーンズもきれいなまま。
それに対し、月影香子の紺色セーラー服は、以前からなくなっていた右腕部分に加えあらゆるところが破れかけている。膝を完全に隠すほどの長さのスカートもよれよれになっていた。そして彼女の右腕には青い痣ができており、顔の一部が腫れ上がっていた。
大斧を使わなくなったことで格段に速くなった紗夜の動き。大斧消失による霊力の大量流出があったにもかかわらず、そのスピードは月影香子と対等、いや、それ以上のものになっていた。
月影香子に接近した紗夜の右拳が彼女の左頬に深々と突き刺さった。月影香子の体が浮き上がり、数メートル先まで飛んでいく。胴体から着地した彼女は何度か転がった後、体をよろよろと左右に揺らしながら立ち上がった。
紗夜は笑みを崩していない。ときとして笑顔は人を馬鹿にする効果がある。
「香子ちゃん。もうギブアップしたら? 今の香子ちゃんに勝ち目なんてないわよ」
彼女の声はひどく穏やかだった。月影香子は紗夜を睨みつける。
「するわけないでしょ、ほんとむかつくわね。アタシが弱ってるからっていい気になって。 調子乗ってんじゃないわよ!」
月影香子は叫び、紗夜へと突進し始めた。油断していた紗夜はそのスピードに反応することができず、正面から彼女のタックルの直撃を受けた。
紗夜の体が吹っ飛び、彼女は背中をコンクリートの床に打ち付けた。彼女は咳き込みながらもすぐに立ち上がり、月影香子に向けて走り出した。そして彼女に右肘を突き出す。
月影香子は体を右に寄せてそれをかわし、右拳を紗夜の頬に打ち付けた。しかし紗夜の体は少し揺らいだだけで、紗夜はすぐに反撃の右拳を月影香子の側頭部に叩き込んだ。月影香子は右へ大きくよろめいた。
紗夜はそれに続いて、頭を上げた月影香子の左頬に右拳を入れ込み、彼女の体がよろめくところにすかさず左拳を彼女の右側頭部に打ち込んだ。
月影香子は体を大きく左右に揺らされ、そのまま左肩から勢いよく倒れこんだ。だが、紗夜はそこで容赦しなかった。
紗夜は月影香子の首を右手で掴むと、そのまま彼女の体ごと右腕を高く挙げた。月影香子の足が床から離れる。彼女は苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げた。
紗夜は笑みを保ったまま、月影香子に話しかけた。
「ねえ、香子ちゃん。一つ思ったのだけれど、どうして私と秀ちゃんにそんな乱暴な口の聞き方をするようになったの? 私たち、香子ちゃんより年上のはずよね?」
紗夜がそう問いかけると、月影香子は片目を開き、足をじたばたさせながら、
「う、うるさい。あんたたちみたいな、最低な人に敬語なんて使いたくないわよ。どうしても使って欲しいなら、あんたたち全員で土下座でもすれば?」
と、声を絞り出して紗夜を罵った。
すると、紗夜の表情から笑みが消えた。彼女は目を細め、月影香子を近くの結界に向けて投げ飛ばした。月影香子の背中が結界と衝突し、彼女は床に倒れこんだ。
紗夜は月影香子のもとへ歩き、彼女が着ているセーラー服の襟を掴んで彼女の顔を自分の顔の近くに引き寄せた。紗夜は、うっすらと開いている月影香子の目を凝視した。紗夜の表情からはすでに笑みが消え去っていた。
「香子ちゃん。別に私たちだって、好きであんなことやってきたわけじゃないのよ。それに今やってることだって、運命に逆らうためにやってるんだから。そろそろ理解してくれないかしら?」
紗夜の声は穏やかだったが、相手を威圧する力があった。しかし、月影香子がそれを大したことないと言うかのように見せたのは弱々しい笑い。
「ははは。運命に逆らう? 笑わせないで。負の意味で運命って言っちゃったら、それって諦めてると一緒よ、紗夜さん。運命って、いい意味で使わなきゃね」
月影香子のまぶたが少し上がる。
「例えば、あたしと浩二は再会する運命にあった。みたいにね」
彼女がそういった瞬間、紗夜の眉がつりあがった。紗夜はセーラー服の襟から手を突き離して月影香子の頭を床に叩きつけ、立ち上がった。
月影香子は表情を歪める。
「ふざけるのもいい加減にして香子ちゃん! あなたたち二人が出会ってしまったから、運命の時まであと一ヶ月もないのよ。どんな手段を使ってでも、香子ちゃんと浩二くんも含めて、私たちは強くならないといけないのよ」
紗夜の声から穏やかさが消えた。その代わり、月影香子の表情に笑みが戻る。
「ははっ。あのクソアマとクソ野郎に殺されるっていうのが、あたしたちの運命なのよね。この前紗夜さんと秀さん、そう言ってたわよね」
「そうよ。そのとおりよ。だから……」
「悪いわね、紗夜さん。残念だけど、あたしはあの二人に殺されるつもりはないから。むしろ、あたしが二人を殺すわ。特にあのクソアマわね」
「でも香子ちゃん! あの二人がどれほど恐ろしいかわかってるの!」
「ええ。あいつらの恐ろしさぐらい、わかってるわよ。そして、どれくらい強いのかってこともね」
月影香子は結界に手をつきながら立ち上がった。そして彼女は自分よりも少し身長の低い紗夜の目を見下げる。
紗夜は数歩後ろへ下がった。
「だから、ここで紗夜さんを倒せないようじゃ、あたしはあいつを殺すことなんてできない。あんたたちが言うように、あたしはあの二人に殺される」
月影香子は結界に背中をあずけた。
「どうせ、あたしがこんなふうになってるのは、あたしよりも大きな霊力を持ってる人間とあたしが戦うっていう状況を作って、それをあたしに体験させるためなんでしょ。違う?」
月影香子は得意げな顔をして言い放った。紗夜は無反応。
月影香子は小さく息を吐いた。
「まっ、あたしの推理が正しかろうが正しくなかろうが、あたしは今、紗夜さんに勝っておかないといけないわけね。それに、そうしないとあたしの気が済まないし、霊力の量を理由にしてちゃ、浩二にアドバイスは送れないしね」
彼女は独り言のようにそう言うと、日本刀を一本だけ作り出し、その柄を両手で握り締めた。そして結界から背中を離して歩き、紗夜から距離をとった。
「というわけで、泥臭い方法でも勝たせてもらうわ、紗夜さん」
紗夜は月影香子の言動に戸惑いを隠せなかった。刀は皮膚を通らない。素手での攻撃でもほとんど効果がない。そして、もはやスピードでも月影香子に勝っている。そんな彼女に、足元のおぼつかない状態の月影香子が勝つ気でいる。
とても正気の沙汰とは思えなかった。
ゆえに、紗夜は完全に油断した。
月影香子は日本刀を上段に構えた。その直後。彼女は出せる限りのスピードで紗夜に突進していった。そしてそのまま渾身の力を込めて紗夜に日本刀を振り下ろす。
紗夜は耐久力を高めた左腕でその斬撃を防ごうとした。これまでのことから考えると、日本刀は彼女の腕に弾かれると思われた。
しかし、現実は彼女の想像とはかけ離れていた。
刃が腕に入る感覚。
なにかが直接骨に当たる感覚。
そして、異常なほどの痛みと、腕が温かい液体で濡れる感覚。
紗夜は我が目を疑った。あるはずもない光景が目の前にはあった。通用するはずのなかった攻撃が自分にダメージを与えている。
幸い、骨もかなり強化していたため日本刀はそこで止まり、左腕は切断されることはなかった。月影香子は紗夜の腕から日本刀を引き抜いた。
血が床に赤い点線を描く。
二人はお互いに後退し、距離をとった。紗夜は指先から血の滴る左腕を右手で押さえ、月影香子に鋭い視線を送る。少し前まではきれいだった彼女のワイシャツも、今は左肘から下の部分が血で真っ赤に染まっている。
月影香子は紗夜の血が付着した日本刀の峰で右肩を軽く叩きながら、汗をかいているにもかかわらず涼しい目線を紗夜に向けている。
一瞬にして二人の形勢は逆転していた。
「あたしが弱ってるからって、油断しちゃだめよ、紗夜さん。さっきの、ただ突っ込んで振り下ろすだけっていう恐ろしく単純な攻撃なんだけどね。それも防御を完全に無視した攻撃。霊力も、武器の強化と身体能力の向上にしか回してなかったし。でも、破壊力だけは絶大。防御も無駄だし正面からの反撃も無駄。とりあえず避けるか回り込むかぐらいしか方法はないわよ」
月影香子は獰猛な笑みを浮かべる。
「よかったわねぇ、紗夜さん。あたしが弱ってて。いつものあたしだったら、今頃紗夜さんの左手はなかったわよ。もっとも、あのクソアマに教わったこの技なんか、今くらいに追い込まれてなかったら使わなかったけどね」
紗夜は表情を険しくした。流血を続ける彼女の傷口が赤く光ったかと思うと、傷がみるみるうちに治っていき、やがて完全に消えた。出血も止まった。
それと同時に紗夜の額から汗が大量に噴き出してきた。呼吸も荒くなり、肩が大きく上下する。おそらく自己回復能力によって大量の霊力を消費したのだろう。彼女は今、とてつもない疲労感に襲われているはずだ。
月影香子は紗夜の変化に気づくと、日本刀を青い光の粒子に変えて自らの体にとり込んだ。その際、日本刀についていた紗夜の血が近くの床に落ちるが、彼女は気にも留めなかった。月影香子は両手を広げ、目つきを鋭くした。
「さあ、紗夜さん。お互いに霊力を使いすぎたところで、なかよく死なない程度に拳と拳の戦いをしましょうよ。武器を使ったらちょっと危なそうだから。今、霊力同じくらいだしさ」
月影香子は紗夜に向かって歩き出す。
「それに、なんとなく、浩二がここに来そうな予感がするのよね。別にあたしが行かなくてもいい気がしてきた。でもちょっと時間かかりそうだから、浩二が来るまでここで暇つぶしがしたいの。もちろん、紗夜さん相手してくれるわよね?」
紗夜は少しの沈黙の後、ため息をついて歩き始めた。彼女が向かう方向はもちろん、月影香子のところだ。
「いいわよ。これはどっちかが降参するまで終わらないわけだし。私もプライドを傷つけられたまま終わりたくないしね」
「プライド? どんな感じに傷ついたのよ」
「もちろん、弱り果てた香子ちゃんに負けかけたことよ」
「へえ、まだ負けを認めていなかったのね」
「だから相手をするんでしょ? 香子ちゃんの暇つぶしに」
「それもそうね」
月影香子と紗夜はお互いに手の届くところまで歩き、そこで立ち止まった。二人ともが、視線をぶつけ合う。
「言っておくけど、私、皮膚硬化なんてしないわよ。そんな霊力残ってないから。それに、今やったら香子ちゃん死んじゃうかもしれないし」
紗夜の表情に笑みが戻る。
「あたしも、皮膚硬化なんてここに来てからは最初からできなかったわよ。あと、日本刀も使わないわよ。紗夜さんが死んだら困るし」
月影香子も不敵な笑みを浮かべる。二人はそこで沈黙した。二人が行う呼吸の音だけが結界内で聞こえる。そして紗夜のあごから滴り落ちた汗が床で弾けるのを合図に。
二人はお互いの顔に向けて右拳を同時に放った。
柳川友子は山坂浩二を背負って空中を移動していた。冬の風が吹きつけ、体温が徐々に奪われていくのを山坂浩二は感じていた。
そして、全身の痛みはいまだに残ったまま。
そんななかでも、衣服越しに伝わる柳川友子の体温はとても温かく感じた。
「……柳川さん」
「なに?」
山坂浩二は彼女の名前を呼んだ。柳川友子は顔を前に向けたまま答える。山坂浩二は決まりが悪そうに言葉を続けるのをためらっていたが、意を決して口を開いた。
「嫌じゃないんですか? その、僕なんかに触れて」
彼がそう尋ねると、柳川友子は少し黙った。彼女の表情に陰りが見えたが、それは山坂浩二の目には映らない。
山坂浩二は少し不安を覚えた。
わずかな沈黙の後、鼻で小さく息を吐く柳川友子。
「別に、嫌ではないよ。確かにちょっと抵抗は感じるけどね。でも前よりはずっと近づきやすくなった気がする」
「そうですか……」
山坂浩二は安堵した。
「うん。でも、あたしたちみたいに強い霊力を持ってる女じゃないと、山坂には近づけないだろうね。普通の女は、まだ山坂には近づけないよね」
「……はい」
山坂浩二は声のトーンを落として答えた。この十年間、わけもなく必要以上に異性から避けられ続けてきたことは山坂浩二にとって大きなトラウマだった。記憶喪失や満月の夜だけ幽霊が見えたことよりも大きい、暗黒の十年間を過ごすことになった主な理由だった。
だからこそ、自分に積極的に接してきた月影香子に対して好意的な感情を抱き、彼女の存在が力を取り戻す最大のきっかけになったのだった。そして今は、十年前に交わした彼女との約束が山坂浩二を戦わせる原動力になっている。
「別にそんなに落ち込まなくてもいいじゃない」
柳川友子の声に温かさが宿る。
「今の山坂には香子がいるからさ。あの子は絶対に山坂を嫌いになったりしないよ。これだけは自信をもって言える」
山坂浩二は何も言わなかった。
「それに、香子はいいやつだよ。いい顔してるし、いい髪してるし、身長高いし、頭良いし、性格いいし、強いし。でもちょっと周りが見えなくなるところとか、人の話を聞かないところとか残念な部分もあるけどね。あとは男の胸かと間違ってもおかしくないくらい貧乳だし。あれは無乳って言ってもいいくらいだよ」
柳川友子は小さく笑った。山坂浩二の顔は、怒りだか恥ずかしさだかよくわからない理由でわずかに赤くなった。
柳川友子は笑うのをやめ、話を続けた。
「まっ、それも含めて香子なんだろうけど。ほんと、山坂にはもったいないくらいの女だよ、香子ってやつは」
「……そうですよね。やっぱり、僕にはもったいないですよね。香子には、もっとふさわしい男の人がいるはずですよね」
山坂浩二の表情が暗くなる。
「ねえねえ、ちょっとなに真に受けちゃってんの? アンタ。隣にいる資格がどうのこうのって言ってたような気がするけど、そんなの考えなくていいよ。香子が山坂を必要としてる時点で、その資格は十分にあるから」
「じゃあ、なんで香子は僕なんかを必要とするんですか?」
山坂浩二がそう訊くと柳川友子はため息をついた。
「……ちょっと長い話になるけど。退魔村、まあ、正式名称は日吉村なんだけど、そこがまだ存在してたときだね。その頃は、アタシも香子も山坂もそこに住んでた。それで、今から十三年前にある事件が起きて、山坂と香子の家族はいなくなっちゃったの。その事件がきっかけで、アンタたち二人は村中から嫌われて一人ぼっちになっちゃったわけ」
山坂浩二は黙って彼女の話に聞き入っていた。
「あと、山坂は男と女の霊力を両方持っていることと満月の夜にだけ霊力が異常に大きくなることから気味悪がれて、村の端っこにあった小さな小屋に閉じ込められた。香子も三歳にしては大きすぎる霊力を持っていたから村中から恐れられて、山坂と同じように閉じ込められたの。最小限の食事しか与えられず、小屋から出られる時間も限られていた。そんな状態が二年も続いた」
柳川友子はそこで薄く笑みを浮かべた。
「でね、アンタたち二人の霊力の相性がもともと良かったせいか、山坂と香子は五歳でペアを組むことを決められたの。香子は、最初アンタのことを魔物だと思って怖がっていたらしいんだけど、会ってみたら全然怖くなくてむしろ優しかったんだって。そこで、香子と山坂は正式にペアになって、やっと二人は孤独から解放された」
「そう、だったんですね」
彼女が言ったことは、山坂浩二が見た失った記憶の断片の一つと一致していた。
柳川友子は続ける。
「ペアになったこともあってか、アンタたち二人は出歩ける時間も増えた。その時間はずっと、山坂と香子は二人で遊んでいたらしいのよね。村の連中にいじめられることもあったけど、お互い助け合ってたみたい。二人で稽古して強くなろうとしたりもしてた。普通大人が集団でやるような浄化の依頼がアンタたち二人に押し付けられても、山坂と香子は村の誰よりもお互いを信頼しあって戦って、ちゃんと依頼も終えて帰ってきた。命の危険がある浄化任務になんて、普通は子どもだけで行かせたりしないのにね」
柳川友子は、右肩に置かれた山坂浩二の手に目線を移した。
「香子の味方は山坂しかいなかったし、山坂の味方は香子しかいなかった。だけど、香子は山坂とすごす日々が楽しくて仕方なかったらしいの。ずっとこんな時が続けばいいのに、って思ってたんだって」
彼女は、再び前を向いた。
「だから、香子にとっては、山坂とすごした日々がなによりも輝いているんだよ。一年間っていう短い時間でも、あの子にとってはとても大事な宝物なんだよ。だから、香子がアンタを必要としているのは、不思議なことじゃないでしょ」
山坂浩二は言葉に詰まった。
何を言えばいいのかわからなくなった。
とりあえず、「はい」とだけ返事をしておいた。
すると、柳川友子の表情が曇った。
「ここからの話はアタシたちの懺悔になるけどね。山坂と香子がペアになって大体一年が経とうとしていたあの春の満月の夜にね、退魔村に大量の悪霊が攻め込んできたの。満月の夜の浄化任務は危険だから、大人たちは全員村にいることになっていた。それで、大人たちは全員悪霊と戦った。アタシたちを含めた未成年者は村から逃がされた。香子は自分も村から逃がされたと思ってるようだけど、ホントは違う。ひどい話だけど、アンタたち二人は満月の夜にでも浄化任務に行かされていたの。山坂の霊力がバカみたいに大きくなることも理由にあったらしいけど。で、その夜もアンタたちは村の外へ浄化任務に出かけていたの」
柳川友子は一呼吸置いて、続ける。
「それで、無事任務を完了させて村の近くに戻ってきたところで、山坂と香子は村の異変に気づいた。山坂は村を守ろうとしたけど、村から感じる霊力があまりにも異様だったから香子は恐れを感じて、山坂を引き止めた。それでも山坂は香子と過ごした村を守りたい一心で、香子を気絶させて一人で村へ向かった。その後山坂はどうなったか知らないけど、しばらくして村は青い光に包まれて壊滅し、大人は一人残らず死んで、アタシたちの運命は始まったの」
「運命。僕たちが死ぬってやつですか?」
「そう。で、アタシたちは退魔村が壊滅してすぐにいくつかの選択に迫られたの。あんまり詳しくは話さないでくださいって秀さんに言われてるからちょっとぼかして言うけど。一つ目の選択は、命の安全を保障される代わりに退魔師の力をすべて捨てるか、命を危険にさらされる代わりに退魔師として生きるか。この二択だった。もちろん、ほとんどの人たちは力を捨てることを選んだ。誰だって、自分の命が大切だもんね。それで、退魔師として生きることを選んだのは、秀さんとそのパートナーの紗夜さん、アタシ、それと、アタシと年齢が近い男女七組。逃げてきたのは百人くらいいたのに、退魔師として生きることを選んだのはたったの十七人。山坂と香子が絡んでなかったら、もっと減ってたと思う」
「僕と香子に絡んでいたんですか? その選択には」
山坂浩二がそう尋ねると、柳川友子はそっと頷いた。
「そうよ。アタシたちが選んだほうには条件があった。その条件ってのが、記憶と力を失った山坂が香子と再会し、力を取り戻したら、力を取り戻したその日の後にやってくる満月の夜にアタシたちと山坂と香子が死ぬ。もしそうなりたくなければ、二人を永久に会わさないようにするってことだったの。正直、なんでそうしなきゃならなかったのか理由はわからなかった。今もわからない。でも、アンタたち二人に救いの手を差し伸べられなかったことへの贖罪としてアタシはその条件を呑んだ。せめて、アンタたちの命くらいは助けたかったからね」
柳川友子は少し間を置いた後、話を続けた。
「そしてアタシたちは、退魔師をやめて普通の暮らしをしている人に山坂と香子を引き取ってもらったの。それで、アタシたちはその人たちと連絡を取り合いながら、山坂と香子を絶対に会わせないようにしてた」
「つまり、僕の育ての親は元退魔師で、僕が退魔師の力を持ってることを知ってて僕を育て、香子と僕が会わないように裏から手を回していたってことなんですか。僕らが死なないように、僕の力が戻らないように、柳川さんたちに協力していたってことなんですか」
「まっ、そういうことになるよね」
山坂浩二は言葉を失った。あの人は全部知っていたのだ。山坂浩二が退魔師だったことも、満月の夜に幽霊が見えることも、全部知った上で知らないふりをしていたのだ。そして、両親の死を偽ったのは、山坂浩二の記憶が元に戻らないようにするためだったのだ。
黙る山坂浩二を尻目に、柳川友子は話を再開した。
「で、山坂と香子が出会わずに高校受験を向かえたときに、重大なミスがあった。原因は不明なんだけど、アンタたち二人が同じ高校を受験するということを、受験当日の朝に知ったの。たぶん、どこかで情報の入れ違いがあったんだろうけど。とにかくアタシたちは焦った。小中学校は香子と一緒で、高校も同じところを受けることにしていたアタシが、香子の注意を引きつけて、香子が山坂を目撃しないようにしていたのよ。それで、合格発表があって、アタシたち三人が受かったことを知った後、アタシのやることは決まった」
わずかな沈黙が訪れ、過ぎ去っていった。
「学校で、山坂と香子を会わせないように必死にアタシは動き回った。ほんと、アンタたち二人のコースが違っていて、アタシと山坂のクラスが一緒だったってことは幸運だったよ。かなりやりやすかった。山坂は基本教室から出て行かないし、香子も高校では目立ちたくないって言って地味な格好して教室でずっと寝ていたから、何とか会わせないようにできてた」
柳川友子は、ため息をついた。
「でも、とうとうアンタたち二人が会うときが来てしまった。その二日後に、同じ学校にいたのにどうして教えてくれなかったのかと香子はアタシに問いただした。隠さずに全部話したら、アタシは香子に殺されかけたよ。アタシのことを大切な友達だって言ってくれてたのに、あの子はアタシを本気で殺そうとした。あのときの香子の顔は一生忘れられないよ。あれはもう香子じゃなかった」
彼女の声が少し震えた。
「死ぬ気で逃げ回ってたら、残党のみんなが助けに来てくれた。でも、十七人で協力しても、怒り狂った香子を止めることはできなかったの。むしろ、みんなも殺されかけた。そんなときに悪霊がきて、香子が襲われて、その隙にアタシたちは香子から逃げた。何十体もの悪霊に袋叩きにされる香子を置き去りにしてね。そのときからかな。アタシたちが自分のやってきたことに罪悪感を抱くようになったのは。自分たちがやってきたのは、ただ香子を苦しめ、死の運命から逃げて自分の命を守ってきただけなんじゃないか、ってね。山坂が力を取り戻した後、アタシたちは運命に立ち向かおうって決めたの」
柳川友子は大きく息を吐いた。
「とまあ、今までのいきさつはこんな感じ。一言で言えば、アタシたちは山坂と香子の間を引き裂いて二人を苦しめてきたってこと」
彼女の声はどこか自虐的だった。山坂浩二はあまりそこには突っ込まず、「そうだったんですね」とだけ呟いた。
だが、今まで感じていた疑問が晴れてよかったと彼は思っていた。彼が今まで月影香子と会わなかったのは柳川友子の仕業で、会うまで彼女のことを知らなかったのは彼女自身が目立つのを避けていたからであった。
そして、彼女が柳川友子を含めたあの三人に怒りを表していたのは、彼らがずっと彼女をだまし続けていたからだった。
山坂浩二がそんなことを思っていると、不意に、
「あ、そうだ。山坂から何か訊きたいこととかある?」
と柳川友子に尋ねられた。彼は少し戸惑うが、そう言えば気になることがあったなと思い彼女に言葉を返す。
「小中学校時代の香子って、どんな感じでした? あと、高校に入ってから香子は地味な格好をしていたって言ってましたけど、具体的にはどんな格好をしていたんですか?」
柳川友子は彼の言葉を聞いてにやりと笑った。
「ああ、やっぱり気になる? そこ」
と、あがる声のトーン。
「ま、まあ、それはその、やっぱりこれから一緒に戦っていくわけですから気になるのは当たり前じゃないですか!」
山坂浩二は早口で答えた。垣間見える彼の照れ。
柳川友子はクスリと笑い、言葉を紡いだ。
「いいよ。教えてあげる。小学校時代の香子はね、とにかく暗かった。顔に生気が宿ってなくて、動く人形みたいだったな。なんだかんだでアタシと仲良くなってからは、ちょっとずつ明るくなっていったけどね」
「……今の香子からは、想像もできませんね」
「ほんとにそのとおりね。人って変わるものだよね」
「ええ、まあ。それで、中学時代の香子はどんな感じでしたか?」
「中学時代の香子? ああ、いろいろあったなあ。一言で言えば、かなり荒れてた。小学校の反動かな。理由はわかんないけど、とにかく学校で一、二を争う問題児だったよ。態度でかくて、いつの時代だよって言いたくなるくらいスカート長くて、先生にしょっちゅう反抗して、少しでも気に食わないやつは誰であろうとボコボコにしてた。上級生とも平気で喧嘩するし、人の頭で窓ガラス割ったりするし、胸がないって言ってきたやつは全員病院送りにするし。数々の暴力ごとを起こすくせに頭いいから成績だけは良くて、先生たちも手を焼いてたね。香子って不良たちの間じゃ結構有名らしいよ。月影香子は人じゃない、本物の鬼だってね」
柳川友子の目は、いつの間にか遠いものをみるような目になっていた。
「でも、どれだけ荒れても、退魔師の誇りと山坂のことを忘れなかったみたい。暴力振るときも、霊力はまったく使わなかった。あの子、もとの身体能力は並みの男子より遥かに高いし、死と隣り合わせの実戦経験が豊富だから、それだけで大抵のやつらは軽く倒せたのよ。それと、香子ってきれいな顔してるから、近づこうとする男もいっぱいいたんだけど、全員拒否して殴ってた。学年でも一番かっこいい男子が香子に何度もアタックし続けたこともあったんだけど、全部断ってたよ」
「……香子にも、そんなことがあったんですね」
山坂浩二は声の調子を下げて言った。
「あれ? 山坂もしかしてヤキモチ?」
「ち、違います!」
柳川友子にからかわれ、山坂浩二は慌てたように反抗した。
「ただ、中学校時代の香子は、今からでも十分想像できるものだったので、ちょっと安心したような、よくわからないですけどそんな感じです」
「はは。まあ、根暗よりも暴力的なほうが香子には合ってるよね」
「そう、ですよね」
二人は笑い声を漏らす。
「それで、高校に入ってから僕と再会するまでの香子はどんな感じでしたか?」
「そうね。ほんとに地味だったよ。ダサいメガネかけて、自慢の黒髪も適当に結んで、わざと猫背にして背を低く見せたり。クラスではほとんど話さないし。とりあえず、中学校みたいに絡まれたら面倒だから、高校では目立たないようにしようって決めてたんだって。高校ではほら、停学とか退学みたいな処分があるから。あと、言い忘れてたけど、文化祭とか体育祭とかホームマッチみたいな行事は、香子が山坂を見つけてしまう可能性が高くなるから、その日は浄化任務の手伝いって名目で学校を休んでもらってたの。香子も行事ごとはあんまり好きじゃないみたいだから、サボれてうれしいって言ってた。そんなわけで、香子は特別なイベントも参加してこなかったから、クラスでの認知度は最低だったらしいよ」
柳川友子はそこで大きく息を吐いた。
「それでね。山坂と香子が出会った次の日にね、登校してきた香子の姿を見てクラスメイトたちはびっくりしたんだって。ただ髪型をポニーテールにしてメガネを外して、背筋を伸ばしただけなのにね。さすがにスカートの長さは変わってなかったけど。香子のことだから短くするのは恥ずかしいとでも思ったんでしょうね。それに外見を変えたのだって、たぶん、高原高校には喧嘩を吹っかけてくるバカもいないし、自分には山坂がいるから言い寄ってくる男もいないと考えたからだと思う。まあ地味な格好も、自分を隠す手段だったわけだから疲れたんでしょうけどね」
柳川友子は一呼吸置いた。
「香子についてはこんなところだよ。他にはない?」
「あ、特にないです」
「そっか」
山坂浩二と柳川友子は無言になった。
ふと、山坂浩二は、
(柳川さんも、かわいくて性格いいし、男子内での人気も高いから、誰かから告白された経験とかあったりするのかな?)
こんなことを考えたが、口には出さなかった。いや、なんとなく答えを知りたくない気がしたから、口には出せなかった。
「あ、そうそう、山坂」
「はっ、はい!?」
そんなことを考えていたときにいきなり話しかけられ、山坂浩二の声は裏返った。柳川友子はかすかに笑ったが、それをからかったりはしなかった。
「一つ言い忘れてたことがあるんだけどさ」
「なんですか?」
柳川友子は自分の右肩越しに山坂浩二の目を見つめた。急増する彼の心拍数。彼女は少し間を置いて口を開いた。
「もう、アンタたち二人の味方はお互いだけじゃない。アタシも、山坂の味方だから」
彼女の声はとても優しい響きを持っていた。
山坂浩二の顔が急激に赤くなる。とても嬉しい言葉だった。
それを見た柳川友子も頬を赤く染め、それを隠すかのように前を向いた。
「べ、別に変な意味じゃないんだから勘違いしないでよ! アタシは香子の味方だから香子の味方である山坂の味方になるのは必然であって、それにアタシだけじゃなくて秀さんや紗夜さん、それに他のみんなも味方するんだからね!」
彼女は早口でそう言い終えると、しばらくその口を閉じた。しかし、彼女の頬からはなかなか赤みが引かなかった。
山坂浩二は、柳川友子のような経験豊富な味方が増えるのは、とても頼もしいことだな、と思って小さく笑った。
「そろそろ着くよ。山坂」
疲労に耐えられずにいつの間にかうとうとしていた山坂浩二は、柳川友子の声で完全に目を覚ました。まだ、体は痛む。
前を向くと、山のふもとに一つの倉庫が見えた。だいたい、普通の公立高校の体育館を四つ集めたくらいの大きさで、バスケットボールのコートが八個は入りそうだ。
「あの倉庫に香子はいるよ」
彼女はそう言うと、飛行速度を落とし始めた。
「あの無駄に大きい倉庫はね、もともと退魔村の持ち物だったらしいよ。退魔村があった頃は荷物とかいろいろ置いてたみたいなんだけど、今はアタシたち残党の訓練場になってる」
柳川友子は降下を始め、倉庫の前にゆっくりと着地した。山坂浩二も彼女から離れて地に足をつけた。見上げるとかなり大きく感じる。そして、割と古い建物のように思えた。完全に下りた正面のシャッターは月明かりで照らされ、その灰色の体を山坂浩二に見せつけている。
「こっち来て、山坂」
柳川友子はそう言うと、倉庫の側面に向けて歩き出した。山坂浩二も挙げていた顔を急いで下げ、彼女の後を追う。
彼女が向かった先には高さ二メートルくらいのドアがあった。彼女はそのドアノブを掴んだ。いよいよ月影香子と対面のときが訪れる。山坂浩二はつばを呑んだ。
そして、ドアがゆっくりと押し開かれる。柳川友子が屋内に入り、彼女に続いて山坂浩二も倉庫に足を踏み入れた。
少し照明のついた倉庫には、確かに何もなかった。
しかし、中央付近には天井にまで届く一本の大きな柱のようなものが立っていた。青い。表面の模様がうねっていて、中の様子は完全に見えない。
(これが、柳川さんの言ってた結界か……)
山坂浩二は扉を閉めてその結界を眺め、目を細めた。
「あの中に、香子がいるんですか?」
「うん。計画通りなら、いるはず」
柳川友子はそう言って、結界へと歩き出した。山坂浩二も彼女に続いて歩き出す。彼女は結界のそばまで歩くと、結界に手を触れて目を閉じた。
静寂。
緊張が漂う。
数秒後、彼女は目を開けて山坂浩二を見つめた。その目はどこか、申し訳なさを感じさせるものだった。
「ごめんね、山坂。香子には、今すぐには会えそうにないみたい」
「え!? どういうことですか柳川さん」
山坂浩二はそう尋ねたが、柳川友子はそれには答えなかった。彼は一刻も早く月影香子の安否を確かめたかったのに、それができないとなるとさすがに取り乱してしまった。
そして彼女は、
「山坂。結果的に騙すことになってほんとにごめん。でも、頑張って」
と言い残して結界の中へと消えていってしまった。山坂浩二は彼女が通り抜けたところに駆け寄るが、あっけなく侵入を拒まれてしまう。
彼は壁のように固い結界を叩く。
「ちょっと柳川さん! 今すぐには会えないってどういうことですか! 返事をしてください! 柳川さん!」
何度も叩きつけられる山坂浩二の拳。しかし、結界はびくともしない。
すると、
「ようやく来ましたね、浩二さん。お待ちしてましたよ」
という男性の声が山坂浩二の後ろから聞こえた。その、ドラマや映画などでよく耳にするような紳士的な声に彼は反応し後ろを振り向いた。
そこには、巨大なシャッターに背をもたれて腕組みをしている一人の男がいた。オールバックに整えられた少し茶色がかった髪。すっきりとした顔立ち。ワイシャツ。茶色のネクタイ。きれいに折り目のついた黒のスラックス。黒い革靴。身長は山坂浩二よりも高く見える。だいたい百八十センチくらいだろうか。あと、スリムな体型をしている。歳はだいたい二十歳前半のように感じられる。
「あなたが、秀さんですか?」
山坂浩二は目つきを鋭くして尋ねた。
「ええ、そうですよ。浩二さん。柳田秀と申します。その様子だと、どうやら友子さんからある程度のことは聞かれてるみたいですね。それと、友子さんが浩二さんをここに連れてきたってことは、あなたがそこそこ戦えるようになったと彼女は判断したようですね」
柳田秀の口調は穏やかだった。
彼はシャッターから背中を離し、数歩前に出た。
「浩二さんが香子さんに会うためには、まだやらなければならないことがあります。なんだかわかりますか?」
山坂浩二は数秒の考察の後、答えた。
「秀さんを、倒す?」
「まあ、そんなところですね。その結界を張ってるのは主に僕ですから、それを維持できるだけの霊力が僕からなくなれば、結界は自然と消滅します。香子さんは結界の中にいますから、僕を倒せば香子さんには会えますよ。ただし」
柳田秀は声を強くした。
「香子さんも中であなたに会うために戦っています。彼女は時間が経つごとに弱ってきています。彼女のことを考えるのなら、なるべく短時間で僕を倒したほうがいいですよ」
「……まさか、これも訓練だって言うんですか?」
「そのとおりです。しかし、ただの訓練ではありませんよ。今日のメニューの最終段階です。さしずめ、模擬戦闘といったところですね」
「ほんとうに、これが最後なんですね?」
「はい、これで終わりです」
山坂浩二はそれを聞くと、霊力変換を開始した。いつどちらにでも傾けられるように、割合は五分五分。痛みが走るが、十分に耐えられる。霊力はいつの間にかほぼ回復しており、その回復の早さは自分でも化け物かと思ってしまうほどだった。
彼は全身を女の霊力で強化した。柳田秀も手に力を込め始める。
「さあ、はじめましょうか浩二さん。本気でかかってきてくださいね。それでは、お願いします」
「言われなくてもわかってますよ!」
二人が小言を飛ばしあってから数秒後、山坂浩二は柳田秀に向かって走り出した。
ちょうど、月が最も高い位置にあるときの出来事だった。
結界内に侵入した柳川友子は目の当たりにした光景に呆れていた。紗夜と月影香子がお互い顔を腫れ上がらせて殴り合っているのだ。息も荒い。
「うわっ、二人ともすごい顔」
彼女はため息混じりに呟いた。紗夜と月影香子は柳川友子の侵入には気づいているが、殴り合いをやめようとはしない。
「紗夜さーん。アタシ来ましたけど、計画通り交代しますか? それとも続けますか?」
彼女が尋ねると、紗夜は泥仕合を続けながら、
「ごめんね友子ちゃん。私にわがまま言わせて。続ける」
と答えた。すると、紗夜の頬に月影香子の拳が当たった。
「そうよ友子。まだ決着はついてないんだから、邪魔しないでよね。ここで武器使ったら紗夜さん死んじゃいそうだから、仕方なく殴り合ってるだけなんだからね」
今度は月影香子の腹部に紗夜の拳が入る。
「そうよ。悪いけど、邪魔しないでね、友子ちゃん」
二人は再び拳の当てあいに没頭し始めた。
「はいはい。わかりましたー。じゃあアタシの役目はこれでおしまいってことでいいですね」
返事がない。
柳川友子は一度肩を落としてからその場に座り込むと、結界に背中をもたれさせて二人を眺め始めた。彼女の表情に微笑みが現れる。
「それにしても、あんなに弱ってたはずなのに、紗夜さんを限界状態まで追い込むとか、香子はほんとに怪物並みの強さよね。紗夜さんも紗夜さんだよ。ほんと、退魔師の女って妙に男っぽいところあるのよね。まあ、ねちねちしてるよりはマシか。とりあえず、みんな頑張れ。アタシはもう疲れた」
彼女はそう言って、紗夜と月影香子の殴り合いに見入った。
長い夜はもうすぐ終わりそうで、まだもう少し続きそうだった。
第二章はあと二話で完結です。続きは明後日の日曜日に更新します。