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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第二章 残党編 
21/95

第九話 意地

 更新遅くなりました。

 山坂浩二は柳田秀に向かって走っていた。一方、柳田秀はまったくと言っていいほど動かない。彼の表情からは笑みが失せ、代わりに真剣さが宿っている。

 男は体の強化ができない。そのことを念頭に置いていた山坂浩二は、柳田秀にとっては一回の攻撃が命取りになることをわかっていた。いくら弱いとはいっても、女の霊力で強化した山坂浩二は人間を超えた身体能力を有するのだ。

 とにかく、一発でも当てればこの戦闘は終わる。

 山坂浩二はそれ以外のことを考えずに、柳田秀に向けて右拳を放った。だが、当然のようにそれだけで戦闘が終わるはずもなかった。

 彼の拳が柳田秀の左頬を捉えようとしたその刹那、いきなり膜のようなものが現れて山坂浩二の攻撃を妨害した。その膜は青く半透明で球体、柳田秀を覆っていた。

 右拳に耐え難い衝撃。山坂浩二が右手を引っ込めようとしたとき、柳田秀が動いた。左手を山坂浩二の胴体に差し出す。その先から青い光が見えた直後、閃光が二人の間を埋め尽くした。いや、これはもはや光の爆発だ。

 山坂浩二は後方に大きく吹き飛ばされ、五個あった学ランのボタンもすべて飛び散った。転げまわる彼の体。横転が止まった後、山坂浩二は手で腹を押さえて左右に揺れながら立ち上がった。受けた衝撃のせいで臓器が悲鳴を上げている。

 柳田秀は左手を体の横に戻した。

「だめじゃないですか浩二さん。不用意に攻撃するのは良くないですよ。今みたいに反撃をもろに受けてしまいます。もう少し相手のことを探って攻め入る機会をうかがいましょう。戦いにおいては一つのミスがそのまま死に繋がります。僕はやろうと思えば浩二さんを気絶させることもできましたし、殺すこともできましたよ」

 山坂浩二は柳田秀の話に黙って聞き入っていた。

 さっきの彼は、あまりにも不注意だった。

(そうだ。体を強化することができなくても、自分の身を守る方法があっても不思議じゃない。あんなにでかい結界張れるなら、自分の防御に結界を使うことぐらいはできる。男は結界を張れるって香子も言ってたじゃないか)

 山坂浩二は歯を食いしばった。

(でも、あの人が結界を使ってるってわかっても、それで何ができる? さっきの感じでもあれは相当硬いし簡単には破れそうにない。かといって秀さんを倒すためにはあの結界を破壊しないといけないし。何か手は……)

 山坂浩二は長考のあまり動きを止めた。すると突然青い光弾が真正面から迫ってきた。彼は反射的に右に飛び退いて緊急回避。光の弾はすれすれの位置を通っていき、後ろの結界に衝突して爆ぜた。

「いけませんよ浩二さん。戦闘中に気を抜いては」

 二人の目が合う。さっきのはただの威嚇だったと柳田秀の目が語る。当てる気はなかったとその表情から読み取れる。

 山坂浩二は悟った。この勝負は、どちらかが一発くらえばそれで終わりだということを。柳田秀は体を強化することができない。山坂浩二は体を強化することができても、柳田秀の破壊力はそれを無視できるほど大きい。

 一気に空気が重くなった気がした。動きたくても、反撃されるかもしれないという恐怖がその意志を鈍らせる。

 だが、このまま何もしなければ状況は変わらない。

 このままいても、自分を変えることなんてできない。

(とにかく、やるしかない!)

 山坂浩二は自身を奮い立たせ、錫杖を作り出して両手で構えた。先端は丸みを帯びているものの、槍のように突けばそれなりの威力はあるはずだと考えたからである。

 彼は柳田秀へと走り出した。だが柳田秀も立っているだけではなかった。彼も足を動かして山坂浩二から距離をとろうとしていた。

 しかし、山坂浩二のほうが速い!

 彼は軌道を修正して、体勢の不安定な柳田秀へと突進していった。スピードに乗せて錫杖を突き出すが、案の定結界によって阻まれてしまう。

 山坂浩二は錫杖が結界に防がれた直後に錫杖から手を離すと、前方向に跳びあがった。足の位置が頭よりも高くなっていく。山坂浩二は柳田秀の頭上を通るときに彼に向けて凝縮した光弾を放つがやはり結界によって阻まれてしまう。

 山坂浩二は体をひねりながら空中で一回転して柳田秀に体を向け、彼の二メートル後ろに着地した。山坂浩二はそのまま青の霊力を放つが結界に弾かれる。

 その時柳田秀が後ろを振り向き、右手を突き出して光弾を撃ち出した。バレーボールほどの大きさのそれが迫る。山坂浩二はそれを左に飛び退いてぎりぎりでかわすが、それとほぼ同時に光弾が空中で破裂した。

 その衝撃で山坂浩二は吹き飛ばされた。直撃は免れたものの、破裂の衝撃だけでもかなりの威力があった。彼はコンクリートの床を数回転がった後、急いで立ち上がる。

 柳田秀とはかなり距離が開いた。彼は山坂浩二に体を向けている。

「油断してましたね。別に何かに当たらなくても、男の霊力は破裂させることができるんですよ。少し慣れが必要ですけどね」

 彼の声は穏やかなわりに空間内によく通った。息を荒げている山坂浩二の耳にもしっかりと入っていた。

 柳田秀は続ける。

「ですが、浩二さんもなかなかいい動きをされますね。数時間前のあなたとはまるで別人のようです。友子さんがオッケーを出したのも頷けますね」

「……ああ、そりゃどうも」

 ダメ出しばかりだった柳田秀から受けた賞賛の言葉に、山坂浩二は素直に喜んでいいかわからず、あいまいな返事しかできなかった。

 それよりも、山坂浩二の思考を占めていたのは柳田秀を守っている結界のことだった。錫杖一回。光弾二回。ほんの数秒でそれだけやったのにもかかわらず、結界には壊れる気配がない。柳田秀にも疲れが見えない。

 対して、山坂浩二は霊力消費によって疲弊していた。柳田秀に褒められたあの動きにはかなりの霊力を使用し、二回放った光弾にも多くの霊力をつぎ込んでいた。それ以外にも、ここに来る以前から感じていた痛みと疲労感はいまだに残っており、霊力を使うことによってそれらは度を増すばかり。唯一の救いは霊力の回復が異常に早いことぐらいだ。

 使える霊力が少ないから回復が早いと感じるだけかもしれないが。 

 山坂浩二は柳田秀の後ろに転がっている錫杖を赤い光の粒子に戻し、空中を移動させて体内にとり込んだ。体内の霊力が増えるが、彼は体に無理がないように霊力の割合を自然な状態へと変化させた。青の霊力が多くなり、体の痛みも少し和らぐ。

 その直後、柳田秀が再び右手を前に突き出して霊力を放ってきた。大きさはバレーボールほど。山坂浩二は、戦いの間は常に赤の霊力で体を強化していたためにすぐに反応して避けることができた。

 しかし今回はそれだけでは終わらなかった。

 彼が移動した先に光弾が迫ってきていた。山坂浩二は赤の霊力の割合を大きくしつつそれをかわす。破裂による衝撃は受けずに済んだ。

 またもや移動した先に光の玉が現れ、それからなるだけ遠くへ逃げる。そしてまた光弾が飛んでくる。その繰り返しになった。

 山坂浩二は体の痛みが増していくのを感じながら砲撃を避けつつ、柳田秀のもとへと徐々に近づいていった。回避するだけではチャンスは生まれない。攻め入る機会を探りながら山坂浩二は遠距離攻撃をやり過ごしていく。

 一つ一つの光弾に込められた霊力は小さく、破裂による衝撃も軽い。しかし、

(いくら弱い攻撃でも、脅威であることには変わりない)

 山坂浩二は決して気を抜くことはなかった。

 そんなとき、柳田秀の声が聞こえた。

「やはり、浩二さんは女性の力をつかえるだけあって動きが速いですね。反応しきれません。さっきのように多くの霊力を込めれば、破裂のときの衝撃に巻き込むことも可能なんでしょうけど。そうすると使う霊力が大きくなってしまうので」

 彼はそこで言葉を止めた。しかし、依然として砲撃は止まない。

 数秒後、柳田秀は言葉を紡いだ。

「こうすることにしましょう」

 彼の発言の内容がわからないまま、山坂浩二は回避行動を続けていた。爆弾の爆発音にも似た音が鳴り止まないなか、山坂浩二は迫り来る光弾だけでなく柳田秀にも注意を向けていた。

(今度は、なにをするつもりなんだ?)

 山坂浩二は視線を鋭くし、大きく転がって光の玉を避けた。

 その時だった。

 彼の背中が硬い何かにぶつかったのだ。衝撃はそこまで大きくはなかったが、体勢が整わず、次の動作に移ることができなかった。

 そんな彼のもとへ新たな光弾が向かってきた。

 避けられない!

 そう感じた山坂浩二はとっさに青の霊力を放った。彼からやや離れたところで光弾同士が衝突し、二つとも破裂した。間一髪で危機を脱したが、破裂の衝撃で体勢を持ち直すのが遅れた。

 それこそが致命的なミスだった。

 霊力が破裂した直後、山坂浩二は身動きが取れなくなった。腕と胴体が密着し、二の腕と胸、手首と太もも、足首の三か所を何かで縛られたのだ。

 山坂浩二は冷たい床に転がり、縛られたところに目を向けた。青く光る輪が体を締め付けている。その輪はかなり太く、片手では掴みきれないほどの太さがあった。

 山坂浩二はその輪から逃れようとして、締め付けてくるそれらを押し返すが、ほんのわずか動いただけだった。体は拘束されたまま。

 柳田秀は立つ位置を変えないまま口を開いた。

「浩二さん。一口に結界と言っても、いろいろな使い道があるのですよ。自分の身を護るだけでなく、不可視の状態のように、自分を普通の人には認識されないようにすることもできます。他にも壁を作って相手を叩きつけたり、僕が今やっているように相手の動きを封じ込めたりもできるんですよ」

 山坂浩二はもがきながらも、柳田秀の話には耳を傾けていた。彼の言葉は、山坂浩二にとっては戦いのヒントになり得るからである。

 柳田秀は続けた。

「結界のいいところはですね、物理的にしか破壊できないことです。それ以外の小細工は通用しません。僕が知らないだけで、実は対処法があるかもしれませんが、少なくとも我々浄化の退魔師はそのような能力を持っていません。ですから、浩二さんは今以上の力で結界に当たる必要があります。あ、でも」

 柳田秀の口元が大きく上がる。

「身動き取れないので、浩二さんはもう何もできませんよね」

 彼がそう言った直後、山坂浩二は震え上がった。柳田秀の声は今までと変わらず穏やかだった。しかし、その裏にはとてつもない威圧感が潜んでいた。

 やはり、柳田秀も月影香子や柳川友子と同様に数々の修羅場を経験している。そして、月影香子を巨大な斧で撲りつけたあの女性も、同じように命を賭けた戦いに身を投じてきたのだろうと、山坂浩二は感じ取った。

 柳田秀が山坂浩二に向けて右手を突き出した。山坂浩二は体を自由にするために赤の霊力を大きくしながら光の輪を押し広げはじめた。輪が広がっていくにつれて抵抗が増す。赤の霊力が大きくなるほど痛みが激しくなっていく。

 山坂浩二は拘束から逃れようと必死だった。

 しかし、柳田秀は容赦しなかった。

 彼の右手から光弾が放たれ、山坂浩二へと迫り来る。山坂浩二は反射的にそれを転がって避けるが、破裂の衝撃を受けた。集中が切れたために彼の腕と胴体、足同士が再び密着。光の輪が体を圧迫して血が十分に体内を回ってくれない。

(くそっ、早くこれを外さないとまずい!)

 山坂浩二は結界の輪に抗う。しかしそれらは一向に外れない。そうしている間にも、柳田秀は山坂浩二に右手を向けていた。彼の右手に霊力が集まってその量が調節されているのが山坂浩二にはわかった。

 次の砲撃まであと五秒もない。

(こうなったら……一か八かだ!)

 山坂浩二は、身体能力の向上に使う予定だった赤の霊力を体中に高速で駆け巡らせた。月影香子との訓練ではうまくできなかった半霊体化も、女の霊力を大きくすることができるようになった今では比較的容易にできた。

 柳田秀が右手から光弾を打ち出した。

 その時。

 山坂浩二は跳ねるように飛び上がった。ぶっつけ本番で行った空中浮遊が成功したのだ。

 青い光弾は彼には当たらず、爆発の衝撃も受けなかった。手足から自由を奪われたままの山坂浩二はゆっくりと降下を始める。

(まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。浮かび上がるのをイメージするだけで飛べるなんてね……。でも、霊力消費がいままで以上に大きい。ちょっとでも気を抜いたら、そのまま頭から落ちそうだな)

 山坂浩二は痛みで苦悶の表情を浮かべながら柳田秀に注意を向けた。彼は右手を完全に下ろして山坂浩二を見上げている。そして感心したかのように数回小さく頷いていた。

「やりますね、浩二さん。もう空中移動ができるようになっていたんですね。あまりの成長の早さに驚いてしまいます」

 ここで柳田秀は何かを思い出したかのように手をポン、と叩いた。

「そうそう。言い忘れていましたが、結界の扱いって結構難しいのです。なかなか思うように張れません。使う霊力が大きいほど難しくなりますね。あと、結界を動かすのもかなり難しいですし、霊力の消費も大きいです。例えば」

 彼は両手を頭の高さまで挙げた。その瞬間、光の輪の拘束力が一気に弱まった。山坂浩二はそれを好機と見て身体能力を高め、輪を三つすべて押し開いて砕けさせた。直前まで輪を形作っていたものが青い光の粒子となって霧散した。

 山坂浩二は体が自由になったことで気が緩み、柳田秀の言動に注意しなかった。彼が重力にしたがって着地した直後、

「こんな風にね」

 柳田秀はその言葉とともに顔の前で両腕をクロスさせた。山坂浩二は彼の行為を疑問に思って眉をひそめた。

 その時だった!

 山坂浩二を挟み込むように、二メートルを超える二枚の青い板が彼から少し離れたところに現れ、二枚同時に動き出して山坂浩二に衝突したのだ。

 完全に油断していた。結界の出現に気づいたときにはもう手遅れだった。体の両側面を同時に叩きつけられた。衝撃の逃げ場がなく、体がそれを受け入れてしまう。

 衝突の後、二枚の青い板は光の粒子に姿を変えて柳田秀のもとへ戻っていった。山坂浩二の体から力が抜け出て、彼は崩れ落ちるように仰向けに倒れる。一瞬意識が飛びかけたが、かろうじて留めることはできていた。

 しかし、体は動いてくれなかった。今彼が感じているのは、痛みなのかどうかもわからなかった。意識を保とうとしても、次第にそれは闇に塗りつぶされていく。

(まだ、だめだ。ここで、終わりたくない……)

 山坂浩二は闇に抗った。しかし、目の前が黒くなっていく。度重なる霊力の消費。痛み。体の疲労。どれだけ強い気持ちを持っていても、それだけではどうにもならない。

 そして、意識が途切れる寸前、その強い意志さえもが揺らいだ。霊力不足の自分には、柳田秀の結界を破ることはできないと彼は思ってしまった。

 それは、まぎれもなく『諦め』だった。

 その瞬間、意識は闇に染められた。





 自分が倒れてからどれくらい経っただろうか。意識を取り戻した山坂浩二は目を開いた。視界の大半を占めるのは茜色の空。耳に入るのはひぐらしの鳴き声。触れた感じから、彼がいるのはコンクリートの上ではなく、土の上。肌で感じる温度は、暑いのか涼しいのかよくわからないものだった。

 彼が目を覚ましてから数秒後、幼い少女が視界に入ってきて、山坂浩二の顔を立ったまま見下げてきた。その少女の年齢は五、六歳程度だろう。

 そして、彼女は幼いころの月影香子にそっくりだった。

 いや、月影香子そのものだった。

 山坂浩二は体を起こそうとしたが、びくともしなかった。この感覚はつい最近味わったもので、この光景は失った記憶の一部だと彼は悟った。

 少女は目を輝かせた。

「すごいよこうじ! なに? さっきのあれ。あたしあんなの見たことないよ! おねがい、もういっかいやって!」

「むりだよ、きょうこ。もう、つかれたから。さっきの、つかうれいりょくはすくないんだけど、すごくつかれるんだ。だからもうやだ」

 山坂浩二の口から出た声は、女の子のように高かった。

「じゃあ、しかたないわね。もう、きょうはかえろっか。そろそろじかんだもんね。じかんまもらないと、おこられちゃうし」

「そう、だね」

 山坂浩二はそう言って起き上がろうとしたが、体に力が入らず途中で腰が落ちてしまった。月影香子は呆れたようにため息をつく。

「もう、なにやってるの」

 彼女は山坂浩二のそばにしゃがんだ。

「ほら、つかまって」

「ええ、やだよ、はずかしい」

「おんぶされるよりましでしょ。こうじがひとりであるけないことくらいわかるんだから。だから、わがままいうんじゃないわよ」

「……うん、わかった」

 山坂浩二はしぶしぶ月影香子の肩に腕を回した。彼女も山坂浩二の背中に腕を回し、二人は立ち上がった。彼らの質素な服は、土で汚れていた。

 二人は歩き出した。山坂浩二は月影香子に支えられながらゆっくりと歩みを進める。月影香子も彼を気遣いながら歩いていた。

 しばらく歩いたところで、月影香子が口を開いた。

「それにしても、こうじ、すごかったね」

「な、なにが?」

 山坂浩二は困惑したように尋ねた。

「ほら、あれ。はりみたいなのうったでしょ。あれ、あたってたらあぶなかったなあ。あたまとかしんぞうにささったらしぬわよ、ほんとに」

「ご、ごめん。でも、あてるつもりはなかったから。ちょっときょうこをおどろかそうとおもっただけだよ」

「べつにせめてないわよ」

「そうなの?」

「あたりまえじゃない。むしろほめてる」

「ほ、ほんと!?」

 山坂浩二は声のトーンを上げた。

「うん。でも、あれはれいりょくすくなすぎるんじゃない? もうちょっとつかってもいいとおもうんだけど……」

「あ、あれね。れいりょくおおくしたら、できないんだ。ほんのちょっとだけじゃないとむり。だからむずかしいし、つかれる」

「まあね。れいりょくをほんのちょっとだけつかうのって、むずかしいもんね。でも、あれはすくなすぎるとおもうわ。どうやってるの?」

「ぼくにとっては、あれがげんかいのすくなさだよ」

「へえ。つまり、あれはれいりょくのすくないこうじだからこそ、できたわざってわけね」

「たぶんね……」

 二人の間にわずかな沈黙が訪れる。

「でも、あれじゃあ、あたまとかしんぞうにあたってもしんだりはしないわね。ちはすこしでるとおもうけど」

「や、やっぱり?」

「うん。あれはよわすぎる。もうちょっとれいりょくがつかえれば、もっとささるし、れいてんつくのにもつかえるとおもう。れいてんがわかればだけど。でも、とおくかられいてんをこうげきできたら、こうじはすごいつよくなるわよね」

「う、うん。がんばる」

「でも、あんまりむりはしないでね。こうじ、さいきんむちゃしすぎだから」

「……わかった」

 月影香子は微笑んだ。

「あ、あのね、きょうこ」

「ん? なに?」

「ぼく、きょうこにまけないくらいつよくなるから。まんげつのよるじゃなくても、だれにもまけないくらいつよくなるから」

 山坂浩二の言葉の直後、月影香子はあっけにとられたかのような表情になったが、すぐに笑みを取り戻した。

「やれるものならやってみなさい。あたしはこうじにおいこされるつもりはないから。あたしだってつよくなるんだから」

 彼女の笑みは、不敵なものだった。

「だから、いっしょにつよくなっていくわよ、こうじ。どんな悪霊でも浄化できる。してあげられる。そんなたいましになろうよ。ふたりでさ」

「う、うん。がんばる」

「じゃあ、あしたは、あのはりみたいなやつのれんしゅうするわよ」

「わかった」

 二人は、笑いあった。

 そこで、山坂浩二の視界は闇に埋め尽くされた。






 山坂浩二はまぶたを上げた。視界に入ってきたのは無機質な明かりと天井。聞こえてくる音はないに等しい。触れた感じから、彼がいるのはコンクリートの上。肌で感じる温度は、体が震え始める程度の寒さ。

 山坂浩二は体を起こそうとした。今度は思うように体が動き、上半身が起き上がった。今度は、現実に帰ってきたようだ。

 目の前に立つ柳田秀が口を開いた。

「やはり、手加減しすぎましたかね。あの程度では、浩二さんは気絶しないようですね」

 山坂浩二は彼の言葉に耳を疑った。かなりの時間気絶していたものだと思っていたが、実際はほとんど時間は経っておらず、気を失っていたわけでもないようだった。

 いや、確かに気は失っていた。失われた記憶の断片も見た。つまり、山坂浩二はごく短い間だけ、「彼は気絶していない」と他人が思うほどの時間だけ気絶していたことになる。

 しかし、そうは言ってもやはり意識が飛ぶ程度にまで追い込まれていることは確かだった。山坂浩二はこれまでに何度も限界を越えたと思っていたが、本当の限界というものは決して越えることのできないものだと今悟った。

 体は、限界を迎える前に自らの行動を一時的に止めるようだ。

(もう、これ以上戦闘を長引かせるのはまずい。チャンスはあと一回。それであの結界を破れなかったら俺の負けは確定だ)

 山坂浩二は立ち上がって柳田秀を見据えた。両拳を握り締め、体中の霊力に意識を向ける。残りの霊力は、ちょうど一回の攻撃分ほど。柳田秀の結界にいつもどおりの霊力量で光弾を二回放てばそれで尽きる。体の痛みは増すばかりで、霊力変換はしないほうがいいと判断した。

 最後の最後で、男の霊力に頼る。女の霊力はもはや体を動かすためだけの役割しか持たない。山坂浩二は基本戦略を崩すしかなかった。

(どうする。これまで通りに撃ったって、それで弾かれて終わりだ。今ある霊力を全部つぎ込んだって、絶対に通用しない。他に何か手は……)

 山坂浩二のあごから汗が滴り落ちる。それを合図とするかのように、柳田秀は光弾を立て続けに放ってきた。山坂浩二は女の霊力を使ってそれらをかわしていく。

 力が、徐々に減っていく。

(なにか! なにか他に方法は!)

 山坂浩二は焦っていた。このまま避け続けるだけでは霊力が尽きる。訓練と称されるこの戦いが終わって月影香子が戻ってきたとしても、それでは何も得られない。今まであらゆることから逃げてきた自分から変われない。

 そして、それができなければ、強くなれない。そのまま、柳川友子の言う運命によって山坂浩二は死を迎えてしまう。月影香子も命を失ってしまう。

 そんなのは、嫌だった。

(どこか、どこか一箇所にでも攻撃を通過させることができれば! 一点に力を集中できれば!)

 霊力の破裂音が耳を痛めつけるなか、山坂浩二は必死に考えた。

 唯一の打開策は力の一点集中。

 それさえできれば、結界を破壊できる気がした。破壊できなくても、結界を通過した攻撃が柳田秀に当たれば、それだけで状況は変わる。

(通り抜けさせるには……!)

 そこで不意に、山坂浩二の脳裏に、先程見た記憶がよぎった。


 倒れていた彼に、月影香子はなんて言った?

 彼女がすごいと言った、『あれ』とはなんだ?

 針のようなもの?

 それを、撃つ……。


「っ!」

 山坂浩二はそこでひらめいた。針のように先が鋭く尖っていれば、力の一点集中は可能になる。あとは、衝突に耐え得る強度があればいい。

 彼は右手に青の霊力を集めた。できる限り少量を集めようとするが、霊力が周りの霊力を取り込もうとする。だが、それを押えつける。

 そして、丸く集まっている霊力を針のような形に変える。霊力の抵抗。抵抗。抵抗。集中を切れば針はできない。もとの球体に戻ってしまうだろう。だが、山坂浩二は柳田秀の砲撃を避けながらも集中を切らすことはなかった。

 そして、準備が完了した。

 山坂浩二は右手を柳田秀に向けた。狙いを定める。だが、光弾を回避しなければならないため手元がぶれる。霊力の針も、球体に戻ろうと必死に抵抗を続ける。いや、もう戻り始めていた。

(これ以上は集中がもたない!)

 山坂浩二は狙いが不完全なまま霊力を放った。

 放たれたのは、棒状で先が尖ったもの。だいたい人差し指ほどの長さと太さだった。それが高速で宙を翔け抜け、柳田秀の結界と衝突した。

 針は結界を突き抜けた。柳田秀は反射的に体を動かす。霊力の針は彼の左肩上を通り過ぎていき、結界を再び貫いたところで小さく破裂した。

 柳田秀は目を見開いた。なにが起こったのかはわかっているのだろうが、そのことを信じられないといった様子だ。彼からの砲撃が止み、山坂浩二はそれを好機とみて走り出した。心身ともに最後の力を振り絞って霊力の針を形成していく。柳田秀の結界は壊れていなかったのだ。


 もう、勝てない。

 そんなこと、わかりきっていた。

 でも、それならばせめて。

 あいつの体に傷をつけて終わってやる!


 山坂浩二は柳田秀との距離を縮めていく。右手を広げ、雄叫びを上げる。殺してしまわないように、確実に傷をつけられるように、山坂浩二は柳田秀に近づいていく。

 狙いは彼の左肩だった。

 柳田秀は目を見開いた後、走って自分に向かってくる山坂浩二を見て、穏やかに笑った。なにかをやり遂げたような。

 そんな感じで。

「浩二さん。あなたは本当によく頑張りました。今日一日で、大きな成長を見せてくれましたね。合格です。あなたのお陰で、僕らも運命に逆らう決意を固めることができました」

 彼は右手を開き、

「ですから、もう」

 山坂浩二に右手を向けて、

「今日は終わりにしましょう」

 突進してきた山坂浩二は柳田秀の左肩に向けて、

 

 二人は同時に霊力を放った。


 山坂浩二からは青い針。柳田秀からはバレーボール大の光の玉。

 針は結界を突破し、柳田秀の左肩を掠めていき、小さな破裂を起こした。光弾は山坂浩二の少し前で大きな破裂を起こした。

 山坂浩二は後方に吹き飛ばされ、床を転がった。

 柳田秀は左肩を後ろに引いただけだった。

 山坂浩二が立ち上がることはなかった。

 そして、今夜彼が課せられた長く苦しい訓練は、山坂浩二が意識を失うことでようやく終わりを迎えた。






 もう一つの戦いも、幕を閉じようとしていた。

 紗夜と月影香子は二人とも足元のおぼつかない状態だった。鼻や口からは血が垂れ、顔は腫れ上がり、紫色に変化したところもあった。

 傍観を決めていた柳川友子は、結界に背中をあずけて座ったまま眠りについていた。だが、二人は彼女が寝ていることには気づいていない。

 ひたすら殴り合いを続けていた。

 汗の量が冬にしては多い。呼吸も普段は出ない声が混ざるほど荒くなっていた。

 月影香子は紗夜の右頬に左拳を当てた。乾いた音。威力も普通の人間並みに落ち込んでいるが、弱っているためか紗夜は大きくよろめいた。

「いい加減、ギブアップしなさいよ、紗夜さん。もう、あたしを、騙してきたことは、許してあげるからさ」

 紗夜は上半身を起き上がらせ、月影香子の右頬に左拳を打ち込んだ。威力は紗夜のほうが高いのか、月影香子の体は大きく揺らぎ、体勢を立て直すために彼女は一回転した。

「そう、許してくれるのね。ありがたいわ。でも、それと、勝ちを譲ることは、別の話よ」

 二人の間に距離が開いた。

 月影香子は構えなおす。

「じゃあ、そろそろ、決着を、つけさせてもらうわよ、紗夜さん」

 紗夜も構える。

「それは、こっちの、台詞よ、香子ちゃん」

 二人は言葉を飛ばしあった後、互いに距離を詰めていった。おぼつかない足取りで、ゆっくりと。歩いていく。

 そして、二人が互いに手の届く範囲にたどり着き。


 同時に右拳を放った。


 二人とも、ある限りの力を振り絞っていた。

 月影香子は腕が少し長い分、紗夜の左頬に拳がめり込んだ。

 紗夜は浅く当たったものの、月影香子の左頬に重い拳が衝突した。

 結果、二人は口から血を散らしながら、同時に倒れこんだ。そして、月影香子も紗夜も、それから立ち上がることはなかった。

 結界内は静まり返り、彼女たちの長い夜も終わろうとしていた。






 

 


 


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