十二 夢
「本当?」
玉瑶は慌てて窓へ駆け寄り、顔を出す。制楽院の西舎の前に、遠目にも目を引く、すらりとした長身の武官の姿があった。玉瑶の視線に気づいたのか、こちらを見て軽く会釈する。
「すみません、今行きます!」
二胡を布で包んで抱えると、玉瑶はすぐさま部屋の外へ向かった。その後ろから、阿蕙と玉瑶を呼びにきた少女が追いかけてくる。
「玉瑶、何かしたの!?」
「そういえば、茴羅昭儀のところへ行く前も、何か話してたわよね? どういう関係なの?」
「えっと……」
面会の日取りを伝えられた際、清辰からは、この件を他の受験者たちに伏せておくようにと言われていた。どう誤魔化したらいいだろうかと悩んでいるうちに、西舎の前まで来てしまった。
いつの間にか西舎の入り口付近は野次馬の女たちで人だかりができている。人の間をすり抜け、何とか外へ出ると、「范姑娘」と清辰がこちらへ歩いてきた。
「迎えに上がりました」
「清辰様!」
玉瑶が嬉しくなって駆け寄ろうとした、そのとき。後ろから、がしっと腕を掴まれた。玉瑶より五つ年上の受験者だ。
「ちょっと、玉瑶! 迎えってどういうこと!? 盧校尉とどこかへ行くの!?」
「そ、それは……」
年長者を振り払うわけにもいかない。玉瑶は言葉に詰まり、視線を彷徨わせた。
「私が范姑娘を食事にお誘いしたのです」
答えに窮していると、不意に清辰が穏やかな声で助け舟を出した。
「……食事?」
集まっていた女たちが目を丸くする。玉瑶も思わず清辰を見上げたが、彼は何事もなかったように涼しい顔をしていた。
「では、行きましょうか」
清辰はそう言って、玉瑶の背に手を添える。その瞬間、ぶわりと顔が熱を持った。
「はっ、はい……!」
慌てて頷き、清辰に促されるまま歩き出した。背後から突き刺さるような視線を感じたが、振り返る勇気はない。
「すみません、咄嗟に良い言い訳が思いつかず」
「い、いえ! でも、変な噂が広まったら清辰様が困るのでは……」
ちらりと上目遣いで清辰を見る。
「私は大丈夫です。こういった噂は、数日もすれば皆飽きて忘れてしまうものですから」
清辰はさらりと答えた。本当に、少しも気にした様子がない。
「……何だか、慣れていらっしゃいますね」
「宮廷には、噂好きの人間が多いので」
――違う。問題はそこではない。
噂好きなのは本当かもしれないが、迎えに来たのが清辰でなければ、あんな騒ぎにはならなかったはずだ。大変失礼な話ではあるが、陽峻であれば、誰も見向きもしなかっただろう。
玉瑶は隣を歩く清辰をこっそりと盗み見た。
あんなに女性に騒がれても、清辰には少しも浮ついたところがない。淡々としていて……どこか、冷めているようにすら見えた。
「清辰様はすごいです。……私だったら、調子に乗って一曲披露していたかもしれません」
「え?」
「あんな風に注目を浴びて二胡を奏でたら、きっととても気分がいいでしょうから」
注目を浴びながら二胡を奏でる自分を、うっとりと思い描く。すると隣から、ふっと笑い声のようなものが聞こえた。
「清辰様?」
「……失礼しました。范姑娘は目立つことがお好きなのですか?」
いつもの穏やかな顔とは違う、どこか笑いを噛み殺したような表情で、清辰が尋ねる。
何かおかしなことを言っただろうか。玉瑶は内心首を傾げつつも、元気よく頷いた。
「はい! 宮廷楽師を目指しているのに、目立ちたくない人なんているんでしょうか?」
「それは……言われてみると、そうかもしれませんが。范姑娘のように、素直に言える人ばかりではないでしょう」
「そうでしょうか……?」
目を瞬く玉瑶に、清辰は口元に拳を添え、肩を揺らして笑った。
清辰がこんな風に笑うのを見たのは初めてだった。何だか嬉しくなって、玉瑶もつられて笑みを浮かべた。
「私はいつか、宮廷楽師の十家に入りたいんです。かつて霖国の使節の前で演奏した、あの女楽師のように、時に陛下の言葉となり、曜という国そのものになる――そんな音を奏でてみたいです」
玉瑶の話に、清辰は「そうですか」と目を細めた。
「叶うといいですね」
「はい!」




