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第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜㉒

 エレナさんの議場での演説が終わると、オレたちは、場所を記者会見用の会議室に移して、記者たちの質疑応答に備えた。ラドレスク大臣と広報担当を代表している鳳花さんが、新聞・雑誌記者やテレビクルーたちの質問をさばくが、ここでも、やはり主役は、エレナ・ポパさんだった。


 ―――現場では、どんな暴力が行われていたのでしょうか?


「彼らは、私を殴りつけ、乱暴にあつかいました。ただ、それだけではありません」


 記者の質問に応えたエレナさんは、上着をたくし上げ、自身の腹部をあらわにする。


「見て下さい。彼らは、ここに真っ赤に熱した焼きごてを押し付けてきたんです」


 白い肌の腹部には、たしかに、やけどの傷痕が、クッキリと残っているのがわかった。

 

 その光景には、会議室に集まった記者たちのほとんどが衝撃を受けたようで、ショックのあまり、口元を抑え、そのまま立ち尽くしてエレナさんの腹部から視線を離せないでいる女性記者もいる。

 

 その直後、会議室でも一段高い壇上で語るエレナさんのもとには、彼女の生々しい傷跡をカメラに収めようと新聞・雑誌・テレビのカメラマンたちが殺到する。


 そのとき――――――。


 ガラガラ……ガシャン!!


 大きな音を立てて、仮説ステージの一部が崩壊した。


 あまりにも多くのカメラマンたちが、少しでも近くでエレナさんのやけど痕を撮影しようと集まったため、舞台に使用している資材が重量に耐えられなかったのだ。


 この場で繰り広げられた光景は、モルタヴィア共和国の窮状をPRする上で、この上ない成功がもたらされたことをなによりも雄弁に物語っていた。


 もっとも、会場であるクイーン・エリザベス2世・カンファレンス・センターの設営係のイギリス人たちは、血相を変えて怒っているが―――。

 賠償費用が発生した場合には、モルタヴィア共和国に請求させてもらうことにしようと思う。


 こうして、大会議場での演説と会議室での記者会見を終え、一息ついていると、別の一室では、トランス・ドニストール陣営のパニチェフ首相の記者会見が始まった。


 ラドレスク大臣の緊急記者会見と同じく、ライブ中継も行われている会見場のようすをスマホで確認すると、オレたちが担当したモルタヴィア側の会見と比べて準備不足の面が否めないと感じられた。


 パニチェフ首相の会見映像を見ると、会場は、まるでホテルの一室くらいのスペースしかなく、大勢の記者たちが集まれる場所であるとは思えない。その小部屋に集まった記者たちには座席が用意されることもなく、彼らは床で車座になってパニチェフの話を聞いている。


 取材対象者である首相の前には、無秩序にマイクが並べられ、コードがゴチャゴチャと絡み合い、パニチェフが身振りをつけて話すだけで、わずかに揺れるテーブルからマイクがずり落ちるようなあり様だった。


 映像を見ながら、鳳花さんがつぶやく。


「あちらの会見場は、まるでカオスね。ここから見る限りでは、報道各社が、それぞれ勝手に照明をたいているようだし……狭い室内では、室温が上がって大変じゃないかしら? 記者の人たちと円滑なコミュニケーションを取るためには、こういったことにも配慮しないとね。今後の業務のためにも、しっかりと覚えておいて」


 他社の仕事ぶりからも、今後の業務改善に関する重要なポイントを見逃さない完璧主義者ぶりを発揮するリーダーの言葉に苦笑しつつ、オレたちは、記者会見が終わったばかりの会議室の撤収作業に入る。


 パニチェフ首相の誤算は、オレたちが、(彼がまったく警戒していなかった)モルタヴィア難民という切り札を使ったことと、記者たちの注目がミロシェンコ大統領に集まってしまったことだろう。


 自ら招き入れた、民間人出身の首相から思いがけない()()を受けたトランス・ドニストール陣営のミロシェンコ大統領は、モルタヴィア政府やパニチェフ首相は異なり、メディアに対して、サービスをするつもりは一切ないようで、記者会見も行わなかった。


 それにもかかわらず――――――。


 カンファレンス・センターへの出入りから、ちょっとした休憩時間、その他のあらゆる機会で、記者とカメラマンが、未承認国家の大統領を追いかけた。


 本会議場で、パニチェフ首相から謀反とも言える仕打ちをくらって、ただでさえ不機嫌になっていたであろうミロシェンコ大統領は、あるときは、カメラを無視し、また、あるときはその前で悪態をついている。


「どうして、メディアの関心は、パニチェフ首相からミロシェンコ大統領に移ったんですかね?」


 ミロシェンコ大統領の横暴な振る舞いを報道するイギリスの放送局のニュースを見ながら、オレは鳳花さんに訊ねる。


「おそらく、大半のメディアが、トランス・ドニストール陣営の権力を握っているのが、大統領であることを正確に察知しているんでしょうね。でも、もっと重要なのは、この国際会議の場が『劇場』だったことじゃないかしら? 良い演目には良い役者が必要でしょ? ラドレスク大臣やエレナさんに対して、ミロシェンコ大統領は、()()()()()を演じてくれているもの」


 悲劇の犠牲者 = モルタヴィア人 という概念が確立されたあとの状況では、メディアがトランス・ドニストール陣営の側に求めるキャラクター像は、和平合意や国家承認を目指す平和の使者を演じる首相ではなく、傍若無人な大統領という悪役だと言うことなのかも知れない。

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