第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑳
「竜司! 今日のメインキャストが会場入りしたみたいだよ。いよいよ本番だ」
本会議場での騒動のあと、トラ・ドニ陣営のようすを探るべく、記者やテレビ・クルーから情報収集をしていたオレの元に、壮馬から連絡が入った。
「わかった、すぐに鳳花さんと合流する」
「頼んだよ。こっちは、ラドレスク大臣をつかまえて、緊急会見の準備を始めるよ」
「あぁ、頼んだ!」
通話を終えたオレは、お互いが何階のフロアに居るかまで把握できる位置情報アプリを確認し、オレは鳳花さんたちの居るカンファレンス・センターの地下駐車場に向かった。
地下の駐車場では、AGS社が用意した日本製のSUVが停まっていた。同じ右ハンドルの国として、日本車はイギリスの道路事情と相性が良いのかも知れない。オレが車に近づくと、パワーウインドウが開かれ、鳳花さんが顔を出した。
「こちらの準備は整ったわ。ラドレスク大臣の方は、どうかしら?」
「あちらも壮馬が大臣と接触次第、緊急会見と本会議場での演説準備に入る手筈は整っているみたいです」
オレの返答に、コクリとうなずいたチーム・リーダーの表情を確認しながら、オレは、彼女に問いかける。
後部座席で、鳳花さんの横に座る女性はやつれていて、着ている服も、まるでボロをまとっているような印象を受ける。
「隣の女性が……?」
「えぇ、エレナ・ポパさん。勇気を振り絞って、本会議場に立ってくれるそうよ」
同席している相手に会話の内容を悟られないように、日本語で会話していたオレたちに、エレナさんは、やや警戒するような表情を見せる。
その顔色を瞬時に察した鳳花さんが、
「I'm sorry. I'm going to speak in English from here on.(ごめんなさい。ここからは英語で話しますね)」
と、隣に座る女性にことわりを入れると、彼女は、少し安心したような表情を見せた。
エレナさんが、安堵の表情を見せると同時に、オレも心が軽くなった。どうやら、ラドレスク大臣と同じく、英語に堪能な人材が見つかったようだ。そして、そのタイミングで、壮馬からショートメッセージが届いた。
同僚からのメッセージを確認して、オレは二人の女性に告げる。
「Minister Radulescu's press conference has just started.(ラドレスク大臣の記者会見がちょうど始まりましたよ)」
壮馬がリンクを貼ったライブ中継の映像をスマホで確認すると、モルタヴィアの外務大臣が、緊急のミニ会見を行っている。
「本日の夕刻、前日に続いてカンファレンス・センターの本会議場にて、モルタヴィア共和国代表のスピーチを行うことになりました。マスメディアの皆さまにおかれましては、本日の夕刻、ぜひ本会議場にお集まりください」
ラドレスク大臣が流暢な英語で語ると、すぐにメディア関係者から質問が飛ぶ。
「今日は、誰が登壇するのですか? イオニスク大統領ですか?」
「ノーコメントで。ただ、私たちの国が置かれた状況を説明するのに、これ以上ない人物である、とだけお伝えしておきましょう」
持って回ったような言い方で返答したラドレスク大臣は、「それでは、この後の予定があるので……」と言って、自分で緊急会見を行うと宣言したにもかかわらず、サッサと記者からの質疑を打ち切ってしまった。
ただ、もう言うまでもないかも知れないが、これも、鳳花さんが考案した演出のひとつだ。
期待感をあおって、マスメディアの注目と人員を集めつつ、その場で、モルタヴィア共和国にとって、もっとも強く発信したいメッセージを訴える。そのために、エレナ・ポパさんには、ルーマニアの難民キャンプから、ロンドンまで来てもらったのだ。
「"Shall we move to the waiting room? As our time is limited, please allow me to continue our discussion while we walk."(それでは、控室に移動しましょう。時間が惜しいので、移動中も打ち合わせをさせていただきますね)」
鳳花さんの言葉にうなずいたエレナさんを連れ立って、オレたち三人は、地下駐車場から本会議場の控室に向かう。
その道中で、ゲストのエレナさんが身をすくめる場面があった。
本会議場のフロアに向かうエレベーターに、トランス・ドニストール陣営の代表団の一人が乗り込んできたのだ。
ずっと、モルタヴィア情勢に関わってきたオレたちにとって、見覚えのあるその人物は、トラ・ドニ側の情報大臣であるドラガン・ペリシチョフだった。
鳳花さんは、ペリシチョフ大臣がエレベーターに乗り込んでくる前、登壇した際の注意事項や、体験談を語る際に効果的なポイントをエレナさんに伝えている最中だったのだが、その会話を一時中止する。
そして、こちらの素性とようすに気づいたのか、情報大臣は、エレベーターの階数表示に視線を向ける態度を崩さず、オレたち三人に背を向けながらも、
「なにを企んでるか知らんが……そんなことをしても役に立たんぞ」
と、警告のような言葉を発する。
ペリシチョフ大臣の言葉に、身体をこわばらせたエレナさんだったが、大臣が、途中の階でエレベーターを降りて行くと、真一文字に唇を結び、鳳花さんに向かって、こうつぶやいた。
「あの人は、トランス・ドニストール側の人ですね? 私は、彼らの言葉に屈したりしません」




