9話 そろそろ事件の時間ね ミステリー研究会殺人事件
相馬あやせ。
原作では二年生の男子、綾瀬壮馬。女子になるとか、さすが実写の都合……。
もしかして動機も変わっているかも……。トリックまでは変わらない……よね。
「あの、何か?」
その相馬さんが小首を傾げて見返してきた。つい、見すぎちゃったみたい。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて視線をそらす。彼女もそれ以上は追求せず、再び視線を膝の上にある本へ戻した。
引戸がつっかかる音に振り向く。ドタドタとした足音とともに現れた霧生と小暮が椅子を置いた。
「立たせてしまってすみません。借りてきたので使ってください」
椅子は三脚、私たちの分だ。
体力の無い私は真っ先に座らせてもらった。深く腰掛けて、背もたれに身体を預ける。
もう立ちたくない……。
ちょっと歩いただけで疲れるなんて、アクションだらけの劇場版に巻き込まれたらどうしよう……。
でも、今は目の前の事件を考えなきゃ。
「これ、どこから借りてきたの?」
「隣の文芸部からですよ」
「へ〜」
文芸部、やっぱり隣にあるのね。
何の興味も無さそうな口振りをしつつ、そっと拳を握りしめる。
* * *
「さっそくですけど烏丸ビル爆破予告事件の話を聞かせてください!」
相馬さんが高い声で果乃子ちゃんに聞いていた。大人しそうな印象だったけど、好きなことにはのめり込むタイプなのかな。なんか親近感湧くわね。
果乃子ちゃんは助けを求めるように、抹吏くんへ向けて視線を泳がせる。
けど、抹吏くんも小暮くん、篠宮さん、霧生に囲まれていた。
「灯台密室殺人事件のトリックがなぜ分かったのか教えてください!」
「いえ、ここはハイジャック事件でどうして共犯者の存在に気付いたのかを……」
「いやいや、宝石強盗犯を自首させた手並みを聞かせてくれませんか?」
「それは龍青先輩が……」
二人とも大人気ね。
何度も難事件を解決してきたコンビ。ミステリー研究会にとってはまさに生きた研究対象ともいえるし、当然だけど。
私なんて一回殺されかけたのと、強盗に遭遇しただけだし……。
「はは……」
そんなことを考えると、乾いた笑いが出た。
殺されかけるなんてこと、普通は無いのに。私もこの世界に毒されてきたのかな。
いいこと、なのかな……?
今のうちに部屋の中を見ておきましょ。万が一に備えて避難経路も確認しないと。
右手側の壁には机が二つ。一つにはバッグが四つ置かれていて、もう一つの机にはノートパソコン……ここで執筆しているのね。
真ん中には嵌め込まれた小さな窓。開きそうにない。
左手の壁にはロッカーと棚が並んでいた。近づいてみると、どっちも私の肩幅ほどもない。
閉まっているロッカーは多分掃除用具入れ。中身を抜いても、人は入れなさそう。
もう片方は本棚。一番下には何もなくて、二番目より上の段から本が並んでいる。並んでいるのは分厚い小説ばかり。海外小説もあるけど、マンガはないんだ。
って、『水晶髑髏殺人事件』が三冊も入っている。どれだけ宣伝したいのよ……。
せっかくもらったし、読むけどさ。
椅子に座って、さっきもらった本を膝の上に置く。ずっしりとした重みを感じる。
ページを開くと、ふわっとインクの匂いが広がった。電子書籍は便利だけど、紙の本特有の匂いも好きなのよね。
著者紹介を飛ばして、さっそく本文を読み始める。
うわ、一ページ目から人が死んだ。しかも首を切られて水晶髑髏を置かれるとか、こんな死に方はしたくないわね……。
けど、けっこう読みやすい。読み進めていると、霧生が歩み寄ってきた。
「さっそく読んでくれたんだ。嬉しいね」
いくら作者でも邪魔しないで。せっかくの読書が台無しよ。
彼の視線から、さりげなく本を避ける。スマートに「失せろ」と示したつもりだったけど、通じなかったみたい。
「この描写、いいだろう。俺も苦労したんだ」
なんか馴れ馴れしくなっている。なに肩に手を置こうとしているのよ!
ガタンと椅子ごと動かして逃げる。その音でみんながこちらを向いた。
間抜けにも空振っているところを見られちゃったわね。
抹吏くんなんて犯人を捕まえるときみたいなすごい顔で睨んでいる。
これ以上しつこくすると会長キックの餌食よ。
「会長、何をしているんですか?」
篠宮さんの冷え切った声がとどめになった様子。
霧生は乾いた笑いを浮かべながら、後ずさる。
「あ、あはは……。俺、ジュースでも買ってくるよ」
逃げるように部屋から飛び出していく。
余程慌てていたのか、建付けの悪い引戸は開いたままだ。
「まったく……」
彼女はため息をつき、引戸を閉めた。そして頭を下げる。
「申し訳ありません。会長、前は真面目な人だったんですが、賞を取ってからおかしくなってしまって」
「気にしてないわよ」と両手を振ると、篠宮さんがほっと息をつく。
知っている流れだったし、少しだけ私も肩の力が抜けた。
途端に部屋がしんと静まった。
読書も捗る。三十分ほどかけて第一章を読み終わった頃には、窓に白い満月が映っていた。
続きは家に帰ってからにしましょ。
本を閉じる。気づけば、運動部の声ももう聞こえない。
月明かりも差し込んできたし、そろそろ事件が起こりそう。
「どこまでジュースを買いに行ったのかしらね」
私がぽつりと呟くと、篠宮さんがまたため息。
「本当に、いつまで皆さんを持たせるつもりなのか……」
彼女のスマホから呼び出し音が鳴った。
画面を確認した篠宮さんは、うんざりとした様子でタップする。
「会長、どこまで……」
『た、助けてくれ!』
切羽詰まったような霧生の声が響き渡る。瞬間、抹吏くんがスマホを奪い取った。
「何があったんです!?」
『わ、分からない……誰かに襲われて』
「すぐに行きます! 場所は!?」
『中庭……うわあっ!?』
叫びを最後に通話が切れた。抹吏くんはスマホを篠宮さんに押し付け、部屋を飛び出す。僅かに遅れて、果乃子ちゃんも駆け出した。
* * *
「会長、どこですか!?」
「霧生さん!」
文化系の部室が多い東校舎と運動系の部室が多い西校舎の間にある中庭。木々の葉が夜風に揺れる音を掻き消すように、私達の声が響き渡った。
「いましたか?」
篠宮さんの問いに、抹吏くんは黙って首を横に振る。
結局、ミス研の部室にいた全員で探しに来た。
冷たい風が肌を刺す。
身震いしたところで、果乃子ちゃんがそっと私の上着を引っ張った。もし原作と変わっていたらと思うと、私も不安でしょうがない。
「もう一度、探しに行きますか?」
おずおずとした様子で相馬さんが口を開いた。そこでまた、篠宮さんのスマホから呼び出し音が鳴った。
「こんな時になんなのよ!」
乱暴な手つきでスマホを取り出し、舌打ち混じりに画面をタップする。
スマホの光が、篠宮さんの引きつった顔を照らし出す。彼女は、「これ……」と言いながら画面を見せた。
『霧生会長』とのチャット画面、最新の書き込みは『部室』の二文字。
「と、とんだ悪ふざけですね! 会長には一度きっちり言っておかないと!」
強がりを言っているけど、スマホを持つ手が震えていた。
東校舎の上に白い月がかかっている。ほとんどの窓から灯りが消え、廊下の照明も足元が見える程度に弱められている。
階段を上ってすぐのミス研部室も照明は落ちていた。
小暮がミス研部室の引戸に手をかけた。僅かに開いただけで、引っかかって止まる。
「鍵?」
篠宮さんが解錠、今度こそ引戸が開かれる。
廊下のぼんやりとした灯りが室内を照らし出す。小さな部室の中心では、誰かがうつ伏せに倒れていた。
「会長!?」
誰かの悲鳴。
倒れている人は濡羽高校の男子の制服を着ていて、髪は目立つ金髪。
背中には、何かが突き立っている。
すぐさま抹吏くんが教室に足を踏み入れた。
途端に乾いた破裂音。倒れた人の周囲からは煙が立ち上る。
「ば、爆弾!?」
甲高い悲鳴をきっかけにみんなが部室から逃げていく。
けど、私は逆に部室の中へ足を踏み入れた。
「モナカ先輩!?」
歯をガチガチと鳴らしながらも、歩みを止めない。もし原作と違って本物の死体だったら、もし本当に爆弾が仕掛けられていたら。
でも、原作通りならここで事件を解決しないと本当に人が死ぬ。
安っぽい火薬の臭いが鼻をつく。
倒れた人に近づいて、しゃがみ込もうとしたところでまた破裂音。
指先にジュッと刺さるような熱。
全身がビクッと痙攣した。
私の身体が意思に反して持ち上げられる。
「……!?」
驚きの声を上げる間もなかった。私を抱き上げた抹吏くんは、疾風のように部室を飛び出す。
部屋を出た瞬間、果乃子ちゃんが引戸をガタンと閉めた。
途端に部室の中から軽い破裂音が何十発も続く。
抹吏くんは私を抱えたまま、果乃子ちゃんも庇うように部室に背を向ける。
破裂音の嵐がようやく止まった。
背中と脚を支える逞しい腕から彼の熱が伝わってくる。息遣いを感じるくらい、顔も近い。
意識すると、頬が熱くなってきた。
抹吏くんの厚い胸板を押す。
「あ、あの……ちょっと」
「す、すみません!」
ようやく気付いたのか、私を優しく降ろしてくれた。顔も真っ赤になっている。
なんか果乃子ちゃんがニヤニヤしていた。
「も、もう大丈夫みたいですね」
照れ隠しなのか、抹吏くんは部室の引戸を開けた。部室の中を見た彼は硬直する。
「どうしたの?」
私と果乃子ちゃんも引戸の向こうを覗き込む。
部室の中に倒れていた人の姿はどこにもなかった。
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