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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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70話


 ゲームの本編開始である、アメリア十六歳の年を迎えた。

 今日から私を含めた多くの登場人物が、高等教育課程に入る。

 

 いつもの三つ編みをキツめに編んで、気合を入れた。

 鏡の前で一部の隙もない自分を確認したら、少し早めに登校する。

 

 教室の前でディートハルトと鉢合わせた。

 互いに一瞬の間を開け、


「御機嫌よう、ヘア・ノイマン」


「ああ」


 短い挨拶を交わした。

 それ以上の会話をすることなく、私たちは教室に入る。


 今年が運命の年になることは、互いにどこかで感じ取っていた。




「つーわけで、高等課への進学おめでとう。今年からお前らの授業は今まで以上にややこしくなるから、心して聞けよ」


 気の抜けたローラントの挨拶もそこそこに、時間割の説明が始まった。

 一斉にメモを取る音が聞こえ、自分もそれに倣う。


 しかし、


「なあ、知ってるか?」


 後方からヒソヒソと聞こえてきたのは、小さな男子学生の声。

 先生が話しているのに、わざわざこのタイミングで噂話とは……物好きめ。


 聞き逃しても知らないぞ、と余計な老婆心を抱いた時だった。


「ノイマン家が抱えてるあのシュタルク、実は……」


 耳に入った噂話に、ぞくりと鳥肌が立った。

 

 振り返りたい衝動を無理やり理性で押さえ込む。

 その代わり、無駄に力の入った指先のせいで、握ったペンの先が歪みそうだ。


 …………とうとう噂が広がり始めてしまった。

 思わず唇を噛む。予期していたこととはいえ、どう収拾を付けるべきか。

 

 ローラントの話を聞きながら、私は今聞いた話のことを考える。


 昨年末、緊迫した顔でやって来たエルフリーデから聞いた話。

 それはディートハルトルートに入ると囁かれ始める、ある噂についてだった。


「私の婚約者について、奇妙な噂が流れておりますの。これが本当なら、ノイマン家の醜聞として人々はかなり騒ぎ立てるでしょうね」


 ノイマン家の醜聞————つまるところ、ルイスの出自についてだ。


 彼の母親であるシュタルクは、ルイスが生まれる前に竜人種の国(アンファングランド)から連れて来られた。

 これに同意があったのか否かは定かじゃない。


 だが、時代が時代だ。ディートハルトの祖父が当主だった時代。

 その頃はまだ、シュタルクの人権なんてあってないようなものだった筈。


 今以上に軽んじられ、ともすれば奴隷のような扱いを受けていた。

 そんなシュタルクが他国から連れて来られたと聞けば、人々はこう考えるだろう。


 ノイマン家は、竜人種の国からシュタルクを攫って来たのだ、と。


 真偽の程は、当時を知る者にしかわからない。

 だが、ディートハルトの祖父もルイスの母も既に他界している。


 当時、彼らに仕えていたであろうノイマン家の人々なら知っているだろうが……。

 彼らにそんな立ち入ったこと訊けるほどの親交なんてない。


 ……むしろ、あったらリヒャルトが大喜びだ。

 

 抑えきれないため息を、そっと周囲にバレない程度に吐く。

 ローラントのホームルームは未だ続いており、ペンの走る音が絶えない。


 そっと盗み見たディートハルトの横顔は、生真面目に前を向いていた。

 

 彼にはまだこの話をしていない。

 イベント通りなら、この話を聞いた彼は怒髪天を衝くほどブチキレる。

 

 自身の属性がバレることも厭わずに、魔術を行使。

 噂どころかクラスメイトまで燃やし尽くそうとし、アメリアの魔術で止められる。


 いや、無理だ。怒りに狂った彼を止めるのに、私の属性は相性が悪すぎる。

 止めるどころか、炎の勢いを増すことしかできない。

 

 ああ、もうっ……本当に使い勝手の悪い!


 何度目になるかわからないため息を飲み込み、静かに俯いた。

 

 眼前に広がるのは、走り書きのメモで真っ黒になったノート。

 先ほど強く押し付けてしまったせいか、途中から字の太さが変わっている。

 

 ペン先を整えてもらわないと……。

 ぐっと苛立ちを飲み込み、再び前を向く。


 バチリと合ったローラントの目。

 何か言いたげな彼は、チラリと視線を廊下に向ける。 

 

「……話は以上かな。それじゃあ、解散」


 その言葉を最後に、ローラントはホームルームを終えた。

 彼が教室を出ていくのと同時に、私も席を立ち追いかける。


 この流れも久しぶりだ。

 私は廊下に飛び出ると、いつぞやのように白衣の背中に声をかけた。


「お待ちください、ヘア・リヒター」


「……よくわかったな。流石にちょっと怖いぞ」


 立ち止まることなく振り返るローラント。

 そっちが呼び出したんでしょうが。


 閉口しつつ、隣に並ぶ。

 歩くスピードを落とし、彼は「どうだ、高等課は」と訊ねた。


「初日ですからなんとも。それより、本題は?」


「せっかちだねぇ……」


 やれやれ、と肩を竦めるローラント。

 四つ折りにされた書類を内ポケットから取り出すと、ほれ、と眼前に差し出される。


「例の件の申請書と許可証の控えだ。原本は俺が保管してるから、こっちはお前が持っとけ」


 そんな大事なもの、今渡す?

  

「え、あっ……ありがとうございます」


 ポンと投げ渡された紙を開き、ザッと中身に眼を通す。

 気になる点は少しあるが、取り敢えずのところ大きな問題はない。


 折り目通りにたたみ直した書類を制服のポケットにしまった。

 後できちんとファイリングし、ディートハルトたちと共有しよう。


 私の動きを横目に見ていたローラントは、一仕事終わったとばかりに首の裏を掻く。

 

「かなり不信感が強いから通すのに時間かかったけど……まあ、その辺はいいや。俺の苦労を労わりたくなったら聞いてくれや」


「……では、また時間のある時に」


 ローラントが「永遠に来なさそうだな」と笑う。

 そんなことは無いと言いたいが、保証もできない。


 ただ、少なくとも感謝しているのは本当だ。

 

 ともあれ、ローラントの用件はこれで済んだらしい。

 足を止め、頭を深く下げる。ローラントは軽く手を上げ、教員室に向かって行った。


 これで事態は一つ前に進んだ。

 カレステンに連絡を取って、次の休みにでもルイスと共に彼を訪ねよう。

 

 そんなことを考えながら、踵を返して教室までの道を戻る。


 途端、後悔した。

 教室の出入り口から感じる熱気に、イベントの進行を察したからだ。


 騒がしい自身のクラスに感じる近寄りがたさ。

 しかし、無視を決め込むことが躊躇われ、大きく一歩踏み出した。

 

 念の為、ポケットの中にアドルフから預かったお守りがあることを確かめる。

 はあ、と何度目になるかわからないため息を————今度は大きく吐き出した。





 

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