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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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44話


 リヒャルトを訪ねた時よりも荒い調子で三回、扉を叩く。

 返って来た声に名乗ることも無く、マナー違反だとわかっていながらも扉を自らの手で開けた。


「義姉上、」


「ごめんなさい、アドルフ。お小言は後で貰うわ」


 険しい私の表情と声色に、アドルフもビアンカも口を閉ざした。

 リヒャルトから与えられたのであろう書類に目を通していたアドルフ。ペンを置くと、どうかしたのかと問う。


 叫び出しそうな怒りをどうにか押し殺し、できるだけ穏便に口を開いた。


「貴方の罠造り、まだ腕は健在かしら」


「ええ、まあ」


 それがどうしたという顔をするアドルフ。私は至極真面目な顔で、こう答えた。


「お義父様暗殺計画を練ろうと思うのだけど」


「一人でやってください」


 ぴしゃりと跳ね除けられた。ビアンカまでもが、呆れたようなため息を吐く。

 わかっている。当然そういう反応になる事くらい、わかっていたとも。


 そんな事を言いに来たのかと、冷たい空気を纏うアドルフ。

 そんな彼が、再びペンを取ろうとしたのに気付き、私はリヒャルトの言葉を思い出す。


『従うしか能の無いアドルフ』


 ああ、本当に……


「ああっもう! 本当に腹が立つっ!」


 思わず、わっと叫び出す。

 泣きはしない。が、自己嫌悪で吐きそうだ。


 そんな私の様子に戸惑ったのだろう。年々感情が表に出にくくなっているアドルフにしては珍しく、戸惑いの表情をありありと浮かべた。

 呆然とした様子で「あ、義姉上……?」と私を呼ぶ。


 顔を上げた私が、余程酷い顔をしていたのだろう。

 アドルフが気遣うように、ビアンカに飲み物を用意するよう言い付ける。


 足早に彼女が部屋を出た後、アドルフは私に椅子を勧め、彼自身も近くに移動した。


「父様との交渉に失敗でもしましたか?」


「っするわけないでしょう! 貴方にアドバイスを貰って、無事にっ……無事に頂けたわよ。成人の儀までという短い期間をね」


 成人の儀。所謂成人式に該当するそれは、十五の年に行われる身内の為のちょっとしたパーティだ。

 年内であれば時期は問わず、身内を中心とする為ある程度の自由が利く。


 身分を問わず行われるこの儀は、実家が裕福である程豪華になり、一般の家庭ではちょっと普段より良い食事が出る程度のものだ。


 つまり、今年の時間も含めて一年よりも少し多い時間を頂いた。けれど、それだけだ。たったのそれだけ。


 吐き出すように言えば、アドルフはどこか安堵したような様子で「良かったじゃないですか」と言った。

 何が良いものだ。嫌味でないとわかっていても、気の立った今ではそれすらも着火剤となる。


「っ……ルイスと友達になったのは、この為じゃない! ディートハルトとは偶然言葉を交わしただけ! なのに、まるでこの為に関係を持ったかのように嘘までついて、それで得られたのがたったの一年ちょっと!」


「充分じゃないですか。何が不満なんです?」


「不満に決まっているわ! ようやく魔術研究所の見学許可が降りて、一年もしないうちに勉学から手を引けと言うの!?」


 ようやく、自分の魔力についてわかるかもしれない。その可能性の端を掴んだ途端、私は今まで手繰り寄せた全てを手放さなければならない。


 そんなの嫌だ。耐えられない。

 これまで何年下積みをしてきたと思っているのだ。昼夜問わず学び、両親と別れ、故郷まで捨てて、何の為に……何の為にっ……!


 ぐっと吐き出しそうになった言葉を飲み込む私に対し、アドルフは一人眉根を寄せる。

 そして、すぐに静かな目を瞬くと「驚いた」と呟くように言った。


「義姉上、まさか父様との約束を守るおつもりなのですか?」


「何を当たり前のことを!」


「……僕はてっきり与えられた猶予の間に、更に逃げ切る為の手段を考えるのかと」


「そんなの、……そんなの、卑怯じゃない。約束を破るなんて、そんな、失礼なこと……!」


 そうですか、とアドルフが相槌を打つと同時に、ビアンカがお茶を持って来た。

 丁寧に給仕されたそれを少し口に含むと、いつもよりずっと甘い味がする。ジャムを入れたのだと、ビアンカが笑んだ。


「甘いものは、ささくれた気持ちを優しくしてくれますよ」


 そう言い残して、彼女は再び私とアドルフの二人にする。私と同じように口を濡らしたアドルフは、小さく「甘過ぎる」と文句を言った。

 そして、再び湖水色の目をこちらに向けると「義姉上」と私の落ちた視線を上げさせた。


「義姉上がそう仰るのであれば、好きにすれば良い。けれど、ひとつ。父様の子供として先輩である僕から言わせて頂くと、貴女のはただの自己満足ですよ」


「……約束は守る為にあるものよ」


「いえ、そういう事ではありません」


 ぴしゃりと叩かれ、今度こそ不可解だと顔に出す。

 アドルフはカップを置くと、机にもたれるよう腰掛けた。良いですか、と子供に言い聞かせるような口調でアドルフは語る。


「約束を破る事が相手に対して失礼にあたるのは、互いの間に信頼関係があるからです。相手が破らぬと信じて、約束をするのです」


 貴女と父様の間にはありますか、と問われ、言葉に詰まる。


 約束を破るつもりはない。リヒャルトにしても、余程のことがなければ、約束を違えるような事はしないだろう。互いに頑固な自覚はある。

 

 けれど、逆を言えば、余程のことがあればあの人は平気で前言を撤回するだろう。

 優先順位を違える人ではない。私との約束の重要度は、彼にとってそれ程高いものではないだろう。


 私は、……私はどうだろうか。約束を破るような人間ではありたくないという気持ちは強い。けれど、それは……。


 黙り込んだ私に、アドルフはため息を吐くように「本当に、貴女は変わりませんね」と言った。

 その言葉は決して良い意味ではないだろう。その証拠に、続いたアドルフの言葉は私への暴言だったのだから。


「貴女は愚かです。そろそろ自分が貴族だと自覚したらどうですか? 関係を多少なりと誇張する、利用する、そんなの当たり前の策です。そうして僕たちは家を保っているんです」


「……わかっているわ。でもそれは、」


「アメリア、アメリア=フォーゲル。貴女の名前はもう貴族のものです。意味はわかりますね」


 わかる。フォーゲル家の一員としてその義務と責任を負えと言うのだろう。

 そう問えば、アドルフは小さく頭を振った。そして、吐き捨てるようにこう告げる。


「そんな当たり前のことを言っているわけじゃない。貴女がそんななら、僕は、貴女を義姉とは呼べません」


 冷たい、出会った頃を思い出させるアドルフ。

 あれから少しは関係が変わったと思ったのは、私だけだったのだろうか。いや、それに甘んじて、情けないところを見せたのは私だ。


 ぐっと唇を噛み、考える。考えろ。

 アドルフの言葉の意味を探ろうと、その澄んだ湖水色の瞳を覗き込む。


 真正面から見つめると、彼は僅かに肩を揺らした。なんだろう、と眉を顰めようとして、気付いた。

 これ以上ない程、既に眉間に皺が寄っている。慌てて眉頭へ指を当て、摩るようにほぐす。

 

 きっと恐ろしい形相をしているのだろう。アドルフの反応がそれを物語る。


「アメリア」


 アドルフの声が僅かに揺れる。呼び方が変わったのは、彼を落胆させてしまったからだろうか。


 手を下ろし、その澄んだ瞳を見返すと、それは不意に目尻を下げた。

 珍しい表情に、一瞬それまでの思考が飛ぶ。が、アドルフはすぐさま顔を引き締め、再び冷淡なものへと戻してしまった。


 まるで先の顔が幻であるかのような冷たさで、アドルフは問う。



「貴女の目的は、どこにあるのですか?」


 

 その目は、つい先程対峙したばかりの目とそっくりであった。




 アドルフに部屋を追い出され、自室のベッドへ寝転がる。

 エジプトのミイラのような形をとると、沸騰した頭がだんだんと落ち着きを取り戻していく。


 私の目的。それは、私自身の魔力について知る事。

 くり返し、自分の中で明らかにし、少しずつでもそれに近付けるよう努力して来たつもりだ。


 それが何だと言うのだ。

 アドルフは何が言いたい?


 アメリア=フォーゲルの義務とは何だ。

 フォーゲルの一員である意味とは。


「……あの物言いじゃ、早く嫁に行けって事ではないでしょうけど」


 行こうが行くまいが興味がない、と言いたげな義弟の表情を思い浮かべる。


 ゲーム本筋のような執着を見せて欲しいわけではない。

 だが、これ程までに淡白だというのも、義姉の立場としては少し寂しいものだ。


 ごろりと寝返りを打ち、うつ伏せになる。そのまま枕を腕に抱き、頭を上げた。

 ドーリスに見られたらお説教ものの姿勢だが、既に就寝の挨拶を述べた彼女はこの部屋にいない。


「……何か、ヒントになるような事はないかしら」


 目を伏せ、アドルフの言葉を思い出す。丁寧に、一つずつ。


 それを妨げるように、リヒャルトの声が思い出される。

 パッと視界を開ければ、見慣れた壁紙がランプに照らされ、赤々と染まっている。


 ちらちらと揺れる炎の動きに合わせて、影が震えた。

 落ち着いた筈の苛立ちが再び燻り始める。


「…………絶対に、諦めないわよ」


 頭を顔から枕に落とし、言い聞かせるように呟く。

 想定以上に低い声が出てしまい、我ながら可愛くないな、と自嘲めいた笑みを浮かべた。


 昏々と夜が更ける中、再び静かに思考する。赤い灯火がゆらゆらと部屋を照らしていた。





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