第20話 せえの!
「デュークさんが……もうすぐ死ぬ?」
驚く私を見て、ビクムは得意げだ。
いやいや、頭大丈夫? 今、殺人予告したようなもんですけど。
「ちょっと才能があるからと調子に乗った報いさ。俺はああいう身の程知らずの若者が嫌いでね、あれじゃあ天罰を喰らうのも当然だ。君もそう思うだろう?」
さすがに聞き捨てならない。こっそりドーピング剤を飲ませて殺そうとしているくせに、天罰って何よ? このゲスおっさん!
思わず言い返そうとした時、店内に響いていた女性の歌声が止まった。
「今の話は本当か」
ものすごく綺麗な歌手のお姉さんが、ヒールを鳴らして近付いてくる。
店内の人混みが割れて道を作る。まっすぐに睨まれたビクムが、気圧されたように席から腰を浮かせる。
「な、なんだお前は?」
「質問してんのはこっちだよ」
私たちの前で仁王立ちした歌手が、ウィッグを毟り取って目元を擦る。
たったそれだけで彼女は男性になった。
正体はもちろん、変装の達人・ミュートだ。
なんでここに彼がいるかって? それは私が事前にビクムの行きつけのお店を調べておいたから。ビクムの口から直接真実を聞いてもらうために、この酒場に潜り込むよう指示したのだ。
「どうしてデュークが死ななきゃならないんだ!? 答えろ!」
相手がミュートと知ったからか、ビクムの動揺はすぐに収まった。ソファにふんぞり返って腕を組む。
話を聞かれて逆ギレしたわけでもない。自分より立場が弱い人間には何も出来ないだろうという――今まで何度も見てきた権力者と同じ態度だ。
「ふん、誰かと思えば出来の悪い弟か。いいか、お前にもわかるように言ってやる。お前の兄貴は分不相応のクズだ。武術の才があるってだけで成り上がろうとした、馬鹿な貧乏人だ。もし兄貴に会ったら恥を知れと言ってやれ。……まあ、もう会う機会もないだろうが」
「……自分の才を信じて努力していたんだ、あいつは。それの何が悪いんだ? なんでそんなことで殺されなきゃならない!?」
「黙れ! 俺に逆らうな、貧乏人の小僧が」
ビクムが突然立ち上がり、ミュートの首を掴む。
太い指が細い首を締め付けていく。ミュートが必死にもがいても全く外れる気配はない。
周囲の客は騒ぎに気付いていながら、遠巻きにこちらの様子を窺うばかりだ。そう、誰も止めに入らないわけね。だったら。
「せえの!」
ビクムの後頭部に振り下ろした酒瓶は、思ったよりも派手に割れた。
入ってたお酒が飛び散り、ビクムが呻き声をあげて倒れる。――酒場がしんと静まり返る。
「え?」
「え?」
首を押さえて呆然とするミュート。そして割れた酒瓶の口を持ったままの私の視線がぶつかる。
え、何? こんな美人がいきなり大男の脳天に酒瓶振り下ろすとは思わないって?
もしかしてどん引きしたかな。いやいや、か弱い女性なら武器を使って不意打ちするぐらい許されるでしょ。なんたって私、悪役令嬢ですし。
「ぼーっとしてないで! 行くわよ、ミュート」
酒瓶の口を放り捨ててミュートに手を伸ばす。
「え、いや、これって殺人?」
「生きてるわよ! よく見なさい!」
「いやでも待って、行くってどこへ」
「デュークのところに決まってるでしょ! もう試合会場に向かってるんなら追いかけなきゃ。これ以上薬を飲むのを止めさせるのよ」
ミュートは一瞬視線を落としてから、私が差し伸べた手を取った。
どんな感情でデュークを助けようと思っているかは知らない。でも剣も振れないぐらい非力なのに、大男のビクムにつっかかったぐらいだ。思うところはあるんでしょう?
「わかった。行こう」
「そう来なくっちゃ」
これ以上ここに居たって何もいいことはない。
私たちは頷き合って、ざわめく酒場を飛び出した。




