第16話 失礼しました!
少し長い沈黙が続いた後、ミュートはようやく口を開いた。
「実はこの仕事、辞めようと思ってて」
「「え??」」
あらやだ、またクラウとハモっちゃった。
「辞めてどうするんだ?」
「特に考えてない。クラウの頼みは出来るだけ受けたかったけど、そんな長期で大変そうな仕事はさすがに無理。ごめん」
「そんなの困るわ! あなたが引き受けてくれないと、私たち……」
「待て、イデア」
先を続けようとした私の腕をクラウが掴む。
「話はわかった。残念だが諦めるよ、ミュート」
「ごめんね。君たちの……作戦? が上手くいくように祈ってるよ」
ミュートは結局一度も笑わなかった。無表情に手を振り、なんの未練もなさそうな様子で背を向ける。
彼の姿が雑踏へ消えてから、私はクラウに向き直った。
「なんで止めたの?」
「怒ってるのかい」
「そりゃあそうよ。彼が変装して軍に潜り込んでくれないと、私たち、一週間後には身動きが取れなくなっちゃうわ」
帝国貴族の殺人遺棄がバレたら人生なんて終わりよ!
いや、一回は終わってるんですけど。なんたって民衆に石を投げられて殺されかけたぐらいだし。ハハハ。
「そうだな……オレもまさか断られるとは思っていなかった」
「だったら」
「ミュートは穏やかそうに見えて頑固なところがあるんだ。一度言い出したら聞かないし、あれ以上詰め寄っても心象が悪化するだけさ」
「……そういうこと。面倒な人ね」
「君ほどじゃあない。まあ、何か別の手段を考えるよ」
一番にミュートに会いに来たからには、これが最善の策だとクラウも思っていたはず。次善の策を取るとなれば安全性も下がるだろう。
「――やっぱり少し、引き際が良すぎない?」
「え?」
もっと粘ってみるべきでしょ。悪役令嬢ってのは、大抵しつこいものなんだから。
「私、もう一度ミュートと話してくる。変装屋を辞めたくなった理由ぐらい教えてもらわないと引き下がれないわ」
「おいおい、本気か」
「本気に決まってるでしょ。ついてこないでよ、私一人で行ってくるから」
呆れ顔のクラウを残して、ミュートの去った方角へ向かう。
街の地理は療養中の予習で頭に入ってる。急ぎ足で進めば予想通り、大きな表通りにぶつかった。
色とりどりの野菜や果物、チーズにお菓子。露店の前を大勢の人が行き交い、目が回るような賑わいだ。
ミュートは――いた! 武器を並べた露店の前で、鎧を着た男性と話してる。
「ミュート!」
声をかけながら近付くと、灰色の瞳が驚いたように私を見た。
「ええと……? どなたですか」
「は? 酷いわね、さっき会ったでしょう。イデアよ」
「いや、俺は……」
なんだか反応が変だ。さっきより体格がよく見えるし、服装も違うような……。
「イデアさん。そいつはミュートじゃないよ」
「え?」
振り返ると、正面にいたのと同じ顔がもう一つ。いや、こっちのほうが若干線が細い。
「ミュート? なんで二人いるの?」
「僕がミュート。そっちの厳ついのは双子の兄のデューク」
「え!? 双子!?」
「はは、よく驚かれるんですよ。初めまして。ええと……」
「イデアです。ごめんなさい、失礼な人違いをしてしまったわ」
デュークは私の顔をちらっと見てから、赤くなって目を逸らす。
あら、久しぶりにこういうまともな反応を見たかも。周りが全然反応しないから自分が美人だってこと忘れそうだったな。
デュークが何も言えなくなっているのを見て、隣にいた鎧の男性が笑顔で話に入ってくる。
「俺はビクム! おいデューク、美人の前だからって緊張するなよ。自警団の筆頭剣士の名が泣くぞ」
「き、緊張なんかしてないですよ」
「イデアさん、先輩の俺が言うのもなんだがこいつは見所がある男だぜ。剣の腕前は大したものだし、誰にだって優しいんだ。将来は騎士様になっちまうかもな」
「やめてくださいよ、ビクム先輩! イデアさんが困ってるじゃないですか」
盛り上がっている二人を横目にミュートを見ると、彼の顔には表情らしきものが浮かんでいた。
さっきまでは一切感情を見せなかったのに。
私はじっとその横顔を観察する。――そこにはっきりと映った、寂しさの色を。




