交代
「先輩、絶対無茶しないでくださいね。絶対ですからね!」
そう言って、後輩は不滅の獅子形態のまま、工業区内に再突入していった。あの形態は自発的には解除できないらしい、正確には解除すなわちメンテナンスってことらしいが。
ともあれ、無茶ねぇ……。既に無茶してるから、つまり古典で言うところのフリってヤツだよな。もっと無茶しろっていう。
現在位置は2区工業地区の敷地外縁部。入る際は少女が見上げた場所だ。私が見ても、やっぱりパイプラインが光の中で浮かぶのは幻想的に見える。
私の傍には気絶した手品師と、後輩の全自動四輪車(ヴィークル)。
既に全身の筋肉とか、神経とかそういった部分がズキズキと熱を帯びつつ痛んでいるのだけれど、後輩には警備の無効化が効いている間に回収して撤退を依頼したので、私がやるしかない。
すなわち、どうやって4区まで帰ろうか。
このまま2区から離脱しようにも、手品師の身分がない。というかコイツ、普段から異能で偽証してたのか、自身の識別票を持っていないみたいだ。
つまり、このままだと区外への脱出の際のセキュリティに引っかかる。
特に上層の出入りは管理が厳しいので、身分無しの通過記録とか検出したら、そのまま警備が出張って来る。
かといって、手品師を叩き起こすというのもNG。もう一回抑え込める気がしない。今は、単繊維紐で拘束しているけれど。
正直、こういった聞き分けのない独善的なタイプって暴力装置がないと、言うこと聞かないのよね。
「2区、2区……ああ、そうだ」
5分ばかり思考した末に、思いついた。ハイリスクではあるけれど、今の私ならおそらく可能だろう。
自動運転を2区内のある場所に指定して、車を走らせた。
そんなわけでやってきました、
2区序列8位の邸宅。家というよりは、拠点。もしくは複合施設というような場所だったけれど。中央にビルが建ち、それに連結するようにホテルのような住居スペースが円状に広がっている。
時刻は深夜。当然、機械の警備が利いている。
アポイントメントも通行許可もなしに、正面の門から堂々と私は入ろうとした。すると、あっさりと数多の銃口に囲まれる。私が非武装で単独だったせいか、強制的な制圧されなかっただけ良しとしよう。まぁ、この辺の算段は記憶にあるからある程度信じていたけれど。
職務に忠実な歩行機械たちが、私に警告を与えつつ、退去を促して来る。
「『――』。今、ここにいる人に会わせて」
私は、一瞬だけ、自分の意識の表層に少女を呼び出して、制御コードを口にする。それだけで歩行機械たちは私に向けた銃口を下ろし、道案内をした。
こういった荒業は、私の中にいる他の人たちではできない。もはや、私の同居人のようになってしまった少女の記憶だからこそできる芸当だ。彼女はもはや私に定着した魂と言えるのかもしれない。
むしろ、他の記憶たちでも同様のことができたら、私の中身は機密だらけになってしまってイタコという能力持ち全てが無事ではいられなくなるだろう。
そんなことを考えていたら、邸宅の外周にある詰所と思しき場所に案内される。
「4区のイタコ殿が何か御用でしょうか?」
中層民である私をどこか蔑んだ瞳で見つめる、眼鏡の男。口調や態度は丁寧に見せかけてはいるが、明らかに差別もしくは区別を感じる。
彼はおそらく序列は低いが上層民である。そういう典型的なタイプだ。序列の高い家に仕え、交渉窓口やトラブル対応用の小間使いのようなものだろう。
上層では多くのことを機械が代替、代用しているので、どんなヤツだろうと人がいたのは助かった。
「私を知っているなら、話が早い。8位の当主を出して欲しいんだけど」
「貴女が歩行機械をコードで御した件についてですかね? それとも、お嬢様の件ですか?」
「どちらとも言えるし、どちらでもないとも言える。面倒だから、替わるわ」
私は意図的に意識を落とす。眠りに落ちるような、水中に潜るような、それはイタコを使うときに似ていて、ちょっと違う。
そうやって、私が水上から水面、そして水中に入る瞬間、もう1人のわたしが水中から飛び出していく。
あの子は子供とはいえ、青い血をした上層民。記憶をたどる限り、交渉を任せても大丈夫なはず。
「ヴィーゼルひさしぶり! パパに合わせて!」
起きたら、わたしの家だった。いや、もうわたしの家じゃないかなー。
まぁ、いいか。イタコのおねーちゃんのお願いもあるし、とっととパパに会いに行こう。なんだかちょっとおねーちゃんに似てきた気がする!
体がおねーちゃんだから仕方がないのかな。しんちょーとかたいじゅーとかはあんまり昔と変わらないからラクだけど。
「お、お嬢様?」
ヴィーゼルはクールに見せかけてるけど、突発的なことに弱いんだ。機械化でじょーちょあんてーのかいぞーをするくらいに。
どれくらい弱いかというとー、後ろから驚かしたりすると、すぐにあんてー剤が自動投与されるくらい。
「わたしだけど、わたしじゃないよ。でもだいたいのことは覚えているから! ヴィーゼルのしゅみとか! 今度、いつ下層に行くのかな?」
彼の趣味は人狩りだ。下層民であれば罪に問われないって言ってた、よくわかんないけど。
「……分かりました。お嬢様として対応致します。暫しお待ちを」
ここで、ヴィーゼルが冷静になってわたしを殺せばよかったのに、とちょっと思ったのは内緒。おねーちゃんが私の記憶からコードを引っ張って、歩行機械を抑え込んでみせたのが効いてるのかな?
この体が生身だと看過してないのかも。わたしが、生体機械の試験体だったせいで。
といっても、この家の機械に対してならわたしよりも上位の命令系統じゃない限りは制圧できるよ、多分!
だから、ヴィーゼルがわたしに銃を向けてたら積んでいた気がする。でも、イタコおねーちゃんって、しょちょーの庇護下にあるから、下手に手を出しても不味いという政治的な判断もあるのかなー?
しょちょーって、●●●●だし。
むむ。もしかして、このことって思考制御されてる? おねーちゃん電脳でもないのになぁ。どうやったんだろう。
そんなことを、出された林檎ジュースを飲みながら考えてたら、ヴィーゼルが戻ってきた。
「お館様が会われるそうです。こちらへ」
次回は24日もしくは25日の午前3時予定です。週末は時間が作れるか怪しいので……。




