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覚醒


 正直、酷い目覚めだった。


 深い深い海の底で、ぼんやりと自分自身が溶けていくような感覚。けっしてそれは怖いことではなくて、ただふわふわと夢の中にいるような気がして。

 体のだるさや重さ、心の窮屈さ、そういった自らを束縛するものからの解放されて、それが心地よくてずっと、飽きることなく味わっていたのだ。


 ()()では、明日を恐れることはないし、今日を生きることに頑張る必要もない、昨日を振り返ってこんなはずじゃなかったと思うこともない。

 ただ、私がいるけどいない、そんな何もかもが曖昧な時間を過ごしていた。


 それなのに。


 誰かが私に触れた。眠りから覚めろと言われた気がして。少しだけ感覚が現実に引き寄せられつつあった。

 じわり、じわりと眠りが浅くなって、ああ目覚めなきゃいけないのかな、と漠然と考えていたのだ。


 それでも、もう少しだけ眠っていたいと、私はこの浮遊感の中に身を委ねた。

 言わば、ベッドで寝返りをうって毛布を被るような気持ちで、もう一度、この海の底のような場所のさらに深いところへ潜ろうと試みようとしたのだ。


 けれど。

 私の近くで。本当に傍で。気が付けば少女が泣いていたのだ。


 謂れのない暴力を受けて、心も体も傷ついて。せっかく、少しだけ元気になったのに、また同じ人からいじめられて。

 泣いてもどうしようもないことだけど、もう()()()のはずなのに、それでも涙は止まらない。

 泣くこと以外に伝える手段がなくて。そんな慟哭だった。そんな悲嘆だった。


 死んだ少女の記憶すらをも辱める必要があるのか、と。私はこの眠りの水底で、自分の中に強い熱が入るのを感じた。


 だから、私は。


 こんな理不尽な世界が許せなくて。


 世界は悪意で回っていると思いたくなくて。


 自分に世界を変える力はないと分かっていても、自分の目に見える悲しみだけは拭い去れるようなそんな英雄(ヒーロー)にもなれるとも思えないけれど。

 だけど、私はイタコだから。


 悪意(理不尽)への報いくらいは、与えてやる。





「『技術箱(スキルミミック)』。起動」

 状況認識。屋内。低光量。刃物による奇襲。最適解を選択。積極的防御を実施。


 私はすぐさま、高調波(ハーモニック)ナイフを振りかざした手品師(クソガキ)の腕を取り、逆の腕で相手の顔面を掴み、足を払うようにして投げる。

 こういった、護身術は自殺した税務官(ロザリア)の趣味だったかな……。まぁ、戦闘技術全般は機械歩兵のあの人(ディアナ)の記憶にもあるけれど。


「なっ!?」

 手品師が一瞬で自身が地面に抑え込まれたことに唖然(あぜん)としている。

 攻防を交えながらも、こちらの様子を(うかが)っていたであろう、後輩(レオン)と傭兵らしき男の動きも止まっている。


「別に、私はほぼ生身(ピュアボディ)ってだけで、機械化してないわけじゃないっての」

 とはいえ、私の唯一の機械化だ。ぶっちゃけ、普通は筋肉やら神経回りの機械化と並行しつつ、電脳で処理して扱う代物だ。正直、(反動)が怖い。


「技術箱ってまた、珍しいものを……」

 後輩が思わずと言った感じで呟く。


「俺も使ってるヤツ、久々に見たわ」

 と、傭兵まで続く。お前は手品師助けなくていいんかい。


 そんなに珍しいのか、技術箱。

 所長のオススメというか、入社時の条件で施術代とか諸々、ロハ(無料)でしてもらったんだけど。


 ちなみに手品師君は、私の下で関節()められていて、もがいてる。


「君が、世界(上層)道具(パーツ)だと見下した相手に、組み伏せられている気分はどう?」

 関節技は誰だったか……。荒事以外で使ってあげたくもあるんだけど。


「ぐ、クソッ。機械化してないからと侮った……!」

 そんなことを手品師が毒づいているけど、無視。


「技術箱って、先輩のように状況に対して即座に動けるようなものじゃないはずなんですが。脳内に、辞書や教科書を入れて、簡易の動作補助をする機械化ですよ」

 呆れを含めながら後輩が言う。一般的な技術箱というのは、全自動四輪車(ヴィークル)手動(マニュアル)操作するときとか、共通語(コモン)以外の言語を扱うときに使用したりする。

 もちろん、私が扱ったような格闘術とかもあるけれど、こういった瞬間的判断が必要とされる動作には向いていない。あくまでも技術箱は知識であり、動作や判断を行える記憶ではないからだ。


「私の場合、知ってはいる(覚えている)から、さ。それを引き出すことができれば、あとは動きの補助さえしてくれれば、できるよ」

 だって、私の中には何十人以上の記憶が眠っている。

 とはいえ、その人たちの死の記憶の前後(断片)のみだけど。それでも、その時の体の動かし方、喋り方、息遣い、癖なんかは体験してるし、記憶(それら)は私の経験として蓄積されていく。


 記憶(それら)が彼女たちの生きた証だとするならば、イタコの私はそれを忘れずに、そしてそれを悪意に報いる形で活かすことができているのなら、少しくらいは供養になるのだろうか。


「でもまぁ、こういう動きするとだいたい、筋肉とか神経痛めてたりするから早めにそっち片づけてよね。強化筋肉はおろか皮下装甲すらないんだから、私」

 ぶっちゃけ私は脆いし貧弱だ。体格的にも正直、きつい。下手すると荒事なら子供にも負ける自信がある。


「分かりました、先輩」

 後輩が私の声に頷いた。なんだか、その声は喜びと決意に満ちていて、今までで一番頼もしく感じた。


「頼りにしてるから」

 思わず、私の口から()れてしまった。調子乗らないといいけど。


「! 出し惜しみしないでいきます。不滅の獅子(ネメアー)。起動」

 調子には乗らなかったけど、なんかやばそうなの起動したぞ、後輩(コイツ)


次回更新は18日の午前3時予定です。

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