対峙
少女とレオンが手品師と対峙している頃。
4区、所長室にて。
「イタ小娘はそろそろ起きるかね?」
煙草を燻らせながら、所長はソファーに座っている人物に問いかける。
「どうかしらねぇ。何にせよ、姉貴は少女ちゃんを受け入れる気だったもの。きっかけさえあれば、そのうち自力で起きてくるんじゃないかしらん」
その人物は、レオンと変わらないくらいの背丈の偉丈夫に見える。が、服装は女性向けのタイトなもので、唇にはルージュを引いている。
それ以外の箇所も仄かに化粧をしており、機械化の整形や外装を用いず、女性的であることを示す意思が感じられる。
声も変声機などを用いず、低い男声である。
「イタコの能力の派生で精神干渉が可能だとか、他の異能持ちはどう思うのやら」
治療の一部始終を見ていた、所長が肩を竦める。
「姉貴は完全にイタコらしいイタコよねぇ。あたしのほうが異端。というか、イタコの能力って実質、精神没入だもの。死者に限定されるケド。あたしはいろんな意味で対象範囲が広いダケ」
「肉体は男性で、精神は女性である、君だから可能なのかね?」
と、イタコの弟である野薔薇に訊ねる。
「んー、機械化してる分、精度は落ちるけどある程度の生身にも対応した通常のイタコもできるわよん。今回、姉貴にしたみたいな特別なイタコは、過去にはいたかもしれないわネ」
野薔薇が行ったのは、薬物により姉を仮死状態にしてのイタコ能力である。
姉の受動的な追体験とは違い、野薔薇は明晰夢として、姉の意識に働きかけた。これは仮死状態であるとはいえ当人の意識が存在するから可能な芸当とも言える。
ある意味では映像作品における副音声や、オーディオコメンタリーのような行為に似ているかもしれない。
「機械化すれば異能は使いづらくなるだろうに」
イタコに限らず、異能の多くは機械化と反発しあうものが多い、と所長は指摘する。
「ま、あたしは元々分家だし、異能が発現したから本家入りして、あの姉の義弟になっただけ。イタコの本懐とか、一族の歴史とかそういったのはどうでもいいのよ」
異能は自身の便利な道具であり、稼ぎ手段でしかないと言外に匂わせる、野薔薇。
「実際、その状態で問題なく依頼はこなしてるわけだから何も言わんがね」
「機械化して自衛しないと無理よ。ただでさえ、子供の時から心と体の違和感があったのに、さらに他人と混ざるなんて。あたしがあたしでなくなるとか耐えられないわ。ホント、あの姉貴は馬鹿よねぇ」
馬鹿と言いながらも、どこか姉に対して尊敬と軽蔑が混ざり合ったかのようなニュアンスを匂わせる。
「確かにアレは本物の馬鹿だな」
今回の治療依頼に関する支払方法の詳細を野薔薇に渡す所長。
「でも本物のイタコでもあるわよ」
姉の口座から、自身への報酬が引き落とされるのを確認して、微笑む野薔薇であった。
2区。
「――。彼女は――」
「御託はいいから、大人しく捕まれや手品師」
黒髪の少女から、どこか擦れた口調が飛び出る。手品師を睨みつける瞳は、少女のどこか柔らかで、か弱いものではなく、本人の強い意思を秘めている。
「先輩っ!?」
レオンがその声を聞いて声を上げる。
「あんだけ、子供が泣いてたら嫌でも起きるっつーの。どっかの性格の悪い義弟が私の中いぢくったみたいだし」
一度目を閉じて、寝起きのような感覚から、しっかりとした覚醒にまでもっていこうとするイタコ。
「やはり貴女は本物だった! 素晴らしい!」
彼女の精神が、少女からイタコ本人に戻ってきたことに狂喜する手品師。
「本物だとか、うっさいわ。みんな必死で生きて、死んでいった。そこに本物とか偽物なんてない。アンタはどうなのよ。他人を模倣することでしか、自身を保てないとか情けなくないの?」
そんな手品師の様子に、彼女は嫌悪感を隠さない。
「ボクの能力はそういうことしかできないから仕方ないだろう! 異能持ちとしてのボクの価値があるのは、他人に成り代わっているときだけだ!」
図星だったのか、口調も崩れながら手品師は声を荒げる。それは癇癪を起こした子供のような喚き方だった。
「自分の在り方をそう決めてしまっただけでしょ、それは」
「うるさい、うるさい、うるさい。貴女を殺して、貴女に成り代わればボクは本物になれるんだ! 偽物なんかじゃない!」
そう叫ぶと、手品師は異能を強く発動させる。周囲の景色すらも歪めて、彼の動きはレオンにもイタコにも察知不能になる。
「先輩、気を付けてくださいっ」
イタコの傍に近づき、護衛しようとするレオンだったが――。
「おおっと、アンタの相手はこの俺だ。機械歩兵とか楽しめそうじゃねーか」
いつからそこにいたのか、それとも手品師がその異能で伏せていたのか、最下層で少女を襲った際に共にいた男が、レオンに襲い掛かる。
強化された肉体を持つ機械歩兵に対して、肉弾戦を挑むという形で。
「くっそ。先輩っ!」
男は決してレオンと組みあおうとはせず、彼の動きをけん制するように、拳や蹴りを繰り出していく。
通常の機械化改造を受けた人物よりも、反応速度や筋力などに優れるレオンがこの男に対しては互角の戦いを強いられる。
「やっぱ強いな。機械歩兵」
あくまでも時間稼ぎの妨害といった風に、付かず離れずの距離で格闘戦を仕掛けていく。
「そういうお前は!」
致命的な一撃を受けることはないが、自分からも状況を打開することもできずに焦るレオン。
「俺はただの傭兵だよ。もちろん、機械化はそれなりにしているがね」
これが機械化していない人間であれば、レオンはその身に打撃を受けて、男を容赦なく無力化しただろう。肉を切らせて骨を断つように。
けれど、この男が繰り出す攻撃は、貫手特化の機械化。上腕部の筋肉の強化と、指の骨の硬化。さらには掌内臓の射突針。
それを足先にも施しており、下手に受けると、レオンの装甲すらも容易く貫く。
「そこをどけ! 僕が先輩を守らなきゃ――」
体を何度も掠めながらも少しずつ、彼女との距離を縮めようとする。
「ありがと。でも私は大丈夫」
彼の声に反応して、答えるイタコ。
「先輩っ」
レオンの目には、認識阻害を解除した手品師が、彼女の背後から高調波ナイフを振りおろさんとしている光景が映った。
それはまるで、最下層で少女が採集屋に殺されたときの焼き直しのようで……。
「『技術箱』。起動」
彼女の唯一の機械化改造が発動した。
次話は16日の午前3時予定です。




