核心
遅くなりました、すみません。
採集屋さんがずっと喋ってるもので……。
「ひっ……!」
少女は思わず、レオンの背に隠れる。恐怖によって震えているのが背中越しにレオンに伝わってくる。
「おや? ……ああ、予想通りと言うべきか、予定通りと言うべきでしょうか。2区の仕込みはちゃんと機能したようですね」
そんな少女の様子をわずかに訝しんだ後、納得したかのように採集屋は頷く。
「2区は何を考えている……!」
採集屋の怯える少女に向けた視線を遮る様に、レオンは1歩踏み出す。いつでも戦闘に移行できるように、各種機関は準備状態にしている。
人工筋肉を圧縮稼働態勢、強化視覚の高速戦闘モードへの転換、心臓とは別の動力である内燃機関と放熱機関を励起状態へ。
「おお、怖い怖い。人ならざる人はいつだって暴力的だ。まぁ、ここは話を聞いてくださるとありがたいのですが――おっと」
挑発じみた男の口上を無視して、レオンは行動を開始した。
踏み込んだ床は一瞬でひび割れると同時にレオンの姿は消えたかのように見え、一足飛びで男の間合いへと飛び込む。
振り上げられた拳は、限界まで捩じられ圧縮された人工筋肉への負荷を爆発させるように腹部を狙い、振るわれた。
一般的な皮膚装甲であれば容易く貫くことが可能な、機械歩兵の渾身の一撃である。
暴力的な急加速による奇襲とも言うべき攻撃は、されど採集屋に触れることはなかった。
男がそこにさもいなかったように、レオンの攻撃は何者も捉えていない。
「ちっ……」
普段のレオンならばしないであろう舌打ちをしながら、強化知覚をアクティブソナーとして短距離を走査。
知覚が男を認識すると同時に、前蹴りから変化させて横に凪ぐような蹴りを仕掛ける。
威力よりも速度を重視したその一撃も、一般人からすれば瞬くような動きであったのに、何も捉えることはなく空を切る。
レオンの認識の上では採集屋を射程に捉えていたにも関わらず、だ。
「まぁまぁ。話を聞いてくださるとありがたいですね。今の間にも私は警報を作動させることも可能だったのですから」
いつの間にか、移送用たんかに腰を掛けている採集屋。
「……」
警戒はしながらも、レオンは戦闘速度ではなく通常速度で少女の位置に戻る。
少女を狙うチャンスであったにも関わらず採集屋はその動きを黙って見過ごした。
「このまま攫って行ってもよかったんですがね。それをするには君の存在が強すぎますね」
と、呟く。
レオンは蹲って動かない少女を気遣うようにしながら、採集屋の言葉を待つ。
「何の話でしたっけ、ああ……。2区の考えですね。我々の考えもお話ししたいところですが」
『我々』にどこか違和感のあるニュアンスを交えながら男は言葉を続ける。
「2区の研究区画の見学はいかかでしたか? 彼らはよりよい生のために、肉の器を捨て機械の体と交換しました。けれど、機械は機械で不便なものだ、とそこに人工的に精製された肉の部品も混ぜ合わせました。それはそれで、なかなかよいものだったが、人の欲望というものは尽きないものでして……」
遠まわしに言葉を紡ぐ採集屋。さらに言葉を続け、退屈な説法になりかけたところで、要約する。
「まぁ、彼らの目的なんて単純なものです。延命もしくは永続の生のための足場作りですね」
そう語ると、つまらないものですね、と男は切って捨てる。
「それと、先輩に何の関係がある……!」
採集屋がイタコを待っていたということについてレオンは言及する。
「んー。何と言ったらいいものか。そうですね……生というのは肉体の生存、保存のみを指すものでしょうか? 死とは肉体の破壊というもののみを指すのでしょうか?」
レオンの問いに答えず、生と死についての話を男は繰り出した。
「違いますよね。社会的な死。精神的な死。などという表現もあるように、死というのはその存在を規定すれなくなること、だと考えています。肉体の死というのはもっとも顕著ではありますが、肉体が滅びることによって、自身を規定するという行為そのものが不可能になるからですね」
狭い部屋の中を、まるで講義中の教師のようにゆっくりと歩く。
「では、肉体が失われようとも、自身を規定することが可能であれば? すなわち、我思う故に我在り、ってヤツです」
芝居じみた動きで指を1本立てて、レオンに話を振る。
「人の意識や記憶の電子化は未到達領域のはず」
高度な機械化技術や、ワイヤレスネットワークが構築され、多くの傷病すらも跳ね除けることが可能な医療技術さえも有するセフィロトにおいても、人の記憶や意識を保存する手段は確立されていない。
「ええ。だからこその異能です。彼らはその異能によって、死の記憶を見ることが可能だと言われていますね。それはあまりにもデメリットが強く、あっさりと使用不能になるものも多い能力。よくある症例は、精神外傷による発狂と、再現人格と主人格の混在による自己同一性の喪失」
それらはすなわち何を意味するのでしょうね、と歩き回っていた足を止めて、レオンと少女を見つめる。
「記憶の再現そのものが、イタコの人格に影響を与えるということだな?」
先輩が以前話していたことを思い出しながら、レオンは呻くように答える。何故、それをこの男は知っているのかという疑念とともに。
人格を定義するのが記憶であるならば、記憶の再現による追体験とはいえ死亡するという事実に近い経験は、己を規定する意識にダメージを与えることに他ならない。故に、脆いイタコは容易く壊れる。
一方で、記憶の再現に伴う、現実味のある他者化という行為は、自身と他者の境を曖昧にする行為でもあった。故に、深入りしすぎたイタコは己を見失う。
「御明察。イタコがこの社会で異能としてそれなりの知名度と実績を得てから、その中でもっとも頑丈で、もっとも優秀なイタコであるお嬢さんに我々は興味を持ちました」
素晴らしいものだと言うように両手を広げる採集屋。その動きはどこまでも戯れのような嘘臭さを、レオンに感じさせる。
「彼女は何人もの死者の記憶を内部に取り込みながらも、己を保ち続けていた。その一方で、死者に対する感情移入はより強く、深くなっていたようですが」
「そんなわけで、2区の実験データ収拾に伴って、我々も一枚噛ませて頂いたんですよね」
採取屋は目を細めると、意地の悪い表情を作る。その視線は少女へと向けられている。
「止めろ。聞かせるな、黙れ。この子に聞かせてやるな……!」
彼が何を言うのか、少なからず察したレオンは悲痛な声を上げる。大事な先輩でもあり、新たに友人となった少女に酷なことを告げるなと願う。
「感受性の強い標本に、生存性重視の機械化改造。記憶や意識の維持効果の高い副脳。あとはちょっと外に対する興味を刺激して、最下層で丁寧に分解すればあら不思議。イタコ専用の強力な記憶の転写機が完成というわけです」
最初は2区に招いてからイタコさせようとも思ったんですけどね、と男は肩をすくめる。
「ァァアアアァア……!」
蹲ったままの少女は嗚咽とも狂乱とも取れる喚き声を上げながら、嫌々と頭を振る。指先は爪を立てて頭と髪を掻きむしる。
そんなことの為に殺されたのかと。そんなことのためだけのわたしの10年間だったのかと、一度死んだことを受け入れた少女の記憶は、叫ぶ。
「いやぁ、滑稽、滑稽。人の欲望なんて得てしてそういうものなんですよね。いつかはどこかで己と他者を不幸にする。2区の老害たちは不死を求め、2区の子供は自由を求め、正義感に溢れるイタコは何を望んだのやら」
「もういい、黙れ、手品師」
レオンは爆発しそうな感情を強制的に抑制すると、大型拳銃を採集屋に向けた。
12話更新は12日の午前3時予定ですが、明日は今日くらい遅くなると思います。すみません。




