研究区
最小限の明かりが点された培養層の立ち並ぶ通路を2人は歩く。
相変わらず少女はレオンの肩に乗ったままではあるが。
「ほぁー」
少女は培養層に浮かぶものを興味深げに見つめ続けている。
もしも、浮かんでいるものが機械と肉がグロテスクな調和を果たした、悪趣味な展示物(実験物)でなければ。
2人が侵入者であり、深夜に警備の目を掻い潜っているという状態でなければ。
水族館か博物館といった旧時代の施設に遊びに来た、親子か兄妹のようにも見えなくもなかったかもしれない・
「これって何かなー?」
と、水槽を指さす少女。
そこには、人間の心臓と肺を1つの臓器として構築し直したような、肺胞と心筋と血管を融合させたような臓器が浮かんでいる。それは一定毎に伸縮と脈動を繰り返している。
「生体機械の実験物の1つみたいですよ。おそらくは1つの臓器に役割を集約し兼任させるといったものですね」
「ふーん。まとめるとなんかいいことあるの?」
「機能を1つに集約させるメリットは、省スペース化ができること。もう1つは守るべき急所が減るということですかね」
どちらも軍事的な考え方ですが、とは言葉に出さない。
肉体内部の空き容量が増えれば、そこに人工筋肉や武装などを搭載可能になる。もしくは、追加の心臓や副脳といった補助臓器を組み込んでもいい。
集中防御すべき箇所にのみ、強度の高い皮膚装甲、皮下装甲を組み込む形式にすれば、機械歩兵などの重機械化に際したコストカットが見込める。
「んーじゃあ、あっちは?」
興味がなくなったのか、少女はまた別の水槽を指す。
緑色の人型の上半身と、そこに繋がれた変換器のような機械。よく見るとその人型の腕や背中には多数の微細な孔が開いている。
「光合成が可能な肉体の構築実験……でしょうか」
それなりに機械化には詳しいが、2区の深淵とも言うべき場所で行われている実験について知る由もないレオンは答えに窮する。
けれど、培養層の並びが、そういった役割毎に分化されていたため、類推は可能だった。
「植物人間?」
「樹人とでも呼べばいいんでしょうかね?」
光合成によって栄養を賄うことが可能になれば、消化器官の小型化もしくは撤廃が可能になる。
それは機械化改造における人工臓器の入れ替え費用の削減や、医療における選択肢の増加に繋がることでもあり。
また食事が不要な人間が増えることによる、下層帯における食糧問題の改善に繋がるものでもあった。
『そんな人類全体を見越した発想を上層民がしているとは思えない』。先輩ならそう言いそうだな、とレオンは思う。
のんびりと見えるがレオンは全包囲に受動感知を張り巡らせながら慎重に、最終目的地へと向かっていく。
研究区に入ってから、警備巡回の密度は上がったが、センサーの精度などが上がったわけではないので、2人は身を隠したり、ジャミングでやり過ごす回数が増えただけであった。
「ここですね」
レオンは足を止めて、再度、見取り図を広げる。所長が示したポイントと合致する場所。
スライド式の扉によって仕切られており、パスワードの入力と識別票の照合形式になっている。
過去には網膜照合や指紋照合などもあったが、機械化技術の進歩に伴って、廃れてしまっている。
「かんそくしつ?」
少女は扉の上に並ぶ、デジタルパネルを読み上げる。
「この中のようですが。このままだと、暗号解除装置を仕掛けても識別票の不一致で手詰まりだったりするんですよね」
警備巡回の時間を確認しながらレオンは答える。
パスコードを通しても識別票が研究員のものでないために弾かれる、おそらく警報装置も作動するだろう、と考える。
「じゃあ、入れない?」
首を傾げる少女。
「入る手段としては、扉を破壊するという手もありますが」
爆弾や銃器、何なら強度の高い機械化済みの腕や脚で物理的な突破は可能である。
「大騒ぎ?」
もちろん、そんなことをすれば警報が鳴り響くし、警備が駆けつけるだろう。
「はい」
「だめだー」
レオンの肩の上で少女は突っ伏す。
少女の髪がレオンの鼻孔をくすぐるが、彼は意識しないように努める。
「何故か2区の工業区の特別研究員の識別票とパスワードがあるんですよね」
これも、所長の差配である。
レオンはここまでお膳立てされていることに違和感や疑念どころか、恐怖や警戒心のほうが高くなっていることを自覚する。
あの中性的で性格の悪い人はどこまで知っているのか、どこまで信頼していいのか、自分の雇い主であるというのに、彼は一抹の不安を感じた。
「だいじょうぶなの?」
さすがに少女でもその意味を察したのか、心配そうに訊ねる。
「今ここで、僕や貴女を切り捨てたり、他区へ売り払うメリットはないでしょうからね。それに――」
そういうつもりであれば、武装解除を強制される1区の議会地域や、8区の紛争地区に放り込むほうが効率がいいだろう。
そんなことを考えながら、レオンは言葉を続ける。
「――絶対に守ると決めていますから」
そうして、観測室の扉は開かれる。
通路よりもさらに薄暗い室内。薬品臭が漂う中、移送用たんかがいくつも置かれている。
部屋の奥、水槽に何かを漬け込んでいた中折れ帽の男が振り返る。
「初めまして。お待ちしていましたよ、異能持ちのお嬢さん」
慇懃無礼さを隠そうともせず、採集屋は笑顔でお辞儀をした。
11話は11日の午前3時予定です。




