旅立ち
―わたし達が思い描く全ての出来事に―。
起こりえないものなどひとつもないのだ―。
―イメリア―
遠く。
どこまでも遠く。
空の彼方にあるといわれる世界、フィーアレンス。
多くの人々がその存在を忘れはじめ、詳細な事柄が記された文献もそうやすやすと手に入れることは困難であった。
広い草原と森林に囲まれ、わずかな食用の動物だけを飼育し、他の文化を極力取り入れないようにして育まれてきた村―。
タユ。
物語は、ここから動き出す―。
昼には朝から降り続けていた雨もやみ、少しづつ子供たちが遊びに外へ出てきた。
ここタユ村では、頻繁に豪雨が襲い、午後には嘘の様に晴れるということがよくあった。
それも農作物の出来がいい理由の一つであろう。
昔からこのタユ村の付近には、遺跡や歴史的建造物が多く残されていて、研究者や歴史博士などがよくこの地を訪れていた。
オージュはいつものように、村の図書館へ足を運ぶところだった。
「あ!オージュ兄ちゃんだ!」
雨上がりの広場で遊んでいた子供たちが、オージュの元へ駆けてくる。
「なんだよぉ、ニナ。ウチの近くであんまりうるさくしないでくれよ」
少し困ったように頭をかく。
「ねぇお兄ちゃん、またあのお話し聞かせてよ」
「また今度な?ちょっと今日はダメだ」たまに子供を広場へ集めて、自分が見つけた書籍の話しなどを、分かりやすく話してあげるのがオージュのちょっとした楽しみであった。
「えぇ〜、つまんないのぉ。」
ニナが悲しそうに下を向いた。
「明日な、ニナ。明日はとっておきのお話し聞かせてやるぞぉ」
ニナの顔に目線を合わせ、微笑んで見せた。
オージュが住むのは、村の長であるコフムの家の隣であった。
独自の文化だけで営んできた傍ら、研究者などが行き交うこの村では、当然他の文化を好む者もいた。
長年その方針を曲げる事なく受け継がれてきた村長の血を受けるコフムは、次の世代にどのようにして後を任せるべきか…
そんなことを考えているのだった。
「おぉ、オージュ。もう昼はすませたか?」
通り掛かったオージュにコフムが声をかけた。
「あ、コフムさん。お昼まだですけど」
「そうか、また本でも読み腐っていたのだろう?」
「え、えぇまぁ」
照れ臭そうに答える。
「ホレ、ウチで食べていけ。」
そう言うと大きな玄関を開け放した。
「えーと…じゃあお言葉に甘えて…」
持っていた本を鞄にしまい、村長の家にお邪魔することにした。
―食事をすませたオージュは、村で採れた薬草のお茶をすすっていた。
「とまぁ、こんなところだ」
満足気にコフムが言った。
「は、はぁ…。オレがイリアに…」
イリア帝国。
海に囲まれた島国で、最先端の科学を先行している国だ。
そこへオージュを初めとする、村の若者数人を派遣し、異文化の風をタユに取り入れようと言うのだ。
「しかし…いいんですか?この村は独自の文化を大切にしてきた…」
神妙な面持ちでオージュが言う。
少し間を置いて、村長は重い口を開いた。
「確かに、ここはみんなで力を合わせて頑張って来た村だ。それを壊す気もなければ、変えていく気もない。だが、遺跡や歴史の溢れたこの地…。それを伝えていくのもまたわしらの仕事…。今のこの村には、それを伝えていく術もありゃせん。今の堅い壁を崩すことをせんと、この伝えていくべき美しい歴史が、廃れてしまう」
なんと頭の柔らかい人であろうと、オージュは喜ばしい気持ちになった。
「村長の気持ち、よく分かりました。オレも歴史を愛する者の一人です。この村が好きだ。一番いいカタチで、今の良さを壊さないように、その仕事受けてみましょう」
オージュが答えた。
それから三日後―。
オージュの家に一通の手紙が届いた。
『オージュへ。
何年振りでしょう…
小さかったあなたにあの話しをしたのは…。
今でもあなたは謎を説き明かそうと、頑張っていると聞きました。
今度イリアへ来るそうですね。
会えるのを楽しみにしています。
―シュリア』




