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治療師がレオを診ている間、居間でベルナルドと向き合う。
「君には、急で無理なお願いをした。引き受けてくれて助かった」
「いえ、私でお役に立てるなら幸いです。……あの、レオさん、妙な魔術にかかっていて、治療魔法がかけられないって聞いたんですが……」
もし、さっきのホセを退けた件で骨折の状態が酷くなっていたらどうしようと不安に思いつつ、ベルナルドに尋ねる。
目前の大男は頷いた。
「うむ。よく分からない魔術だったので、そこに治療魔法を掛けると思わぬ副作用が起きるかも知れないという話だったんだが……今朝、あいつに掛かっている魔術の詳細が判明してな。どうやら簡単に解けるようだ」
「良かった!」
「……ということで、解除のために騎士団本部へ連れ帰ろうと思ったんだがなぁ。動けるかな?」
半分独り言のように言いながら、ベルナルドは奥の部屋に視線を向ける。
ちょうどそのタイミングで、治療師とレオが部屋から出てきた。レオの顔色はまだ優れない。
「ちゃんと固定していたのに、骨がズレていましたよ。ま、痛いでしょうが、命に関わることはないので、本部へ帰るまで我慢してもらいます」
治療師の男性が、軽い調子で言う。
ベルナルドは安心したように額の皺を解いた。
「そうか」
「団長、お手数をお掛けしました」
レオが頭を下げる。ベルナルドはにやっと笑った。
「はは!頭を下げるのは俺ではなく、彼女だろう。お前の世話は、大変だったはずだ。しかし、まさか愛称を許す仲になるとはなぁ」
予想もしてなかったと続けるベルナルドに、レオは憮然とした顔になった。あまり触れて欲しくない話題だったようだ。
青い顔のまま、性急な動作で玄関の方を指す。
「……成り行きです。さ、早く本部へ戻りましょう」
「わかった、わかった。……では、世話になったな、セレスティーナ。ああ、それとエルナンから魔獣を退治したとの連絡も入っている。間もなく帰ってくることだろう。今夜は、あいつを労ってやってくれ」
「はい。……あの、でも。レオさん、顔色がかなり悪いですけど……本当に大丈夫ですか?」
レオの額にはうっすらと脂汗が浮いている。目も潤んでいて、視線がやや定まっていないようだ。いくら命に関わることはないといっても、ここから騎士団本部までの移動は厳しいのではないだろうか。
心配してオロオロするセレスティーナに、レオが熱のせいで潤んでいる目を向けた。
「セレスティーナ、君には本当に迷惑を掛けた。ありがとう。これくらいなら、問題はない。大丈夫だ」
「いえ、礼を言われるほどのことではないです、気にしないでください。私の方が助けてもらったくらいなんですから!それよりも……あの、本当に気をつけて。早く治してもらって、元気になってくださいね」
本人が問題ないと言う以上、セレスティーナに出来るのはもう送り出すことだけだ。
ぐっと拳を握り締め、レオを見上げて言葉を送る。するとレオは、ふわっと笑った。驚くほど優しい笑顔になった。
一瞬、セレスティーナは目を見張る。
「ああ。……いずれ、改めて礼に来る。本当にありがとう」
頭を下げて、レオは騎士団長と治療師とともに外へ。足取りは、意外としっかりしていた。
家のそばでおとなしく待っていた三頭の馬にそれぞれ跨り、見送るセレスティーナに手を振ってレオは騎士団本部へと帰って行く―――。
誰もいない家に入り、初めてセレスティーナは(ガランとしてて……ちょっと寂しいな)と思った。
仕事を終えて家に帰ってきたとき、今まで一度もそんな風に感じたことはなかったのに。
去って行くレオの後ろ姿が脳裡に浮かぶ。
そして、最後の笑顔も浮かんだ。
……自然と頬が赤らむ。
(おじいちゃん、なのに。ちょっと、トキめいちゃった)
おかしい。自分は"年配男性"嗜好ではなかったはずだ。でもレオは年をとっていても、渋みのある男前で……優しくて、可愛くて、いい人だった。ときめくのも仕方がないかも知れない。
(せめて、あの本を読み終えるまで……一緒にいれたら良かったな……)
怪我が治るのは良いことだ。良いことだけど、ちょっとだけ残念に思うセレスティーナだった。
日が暮れる頃、兄のエルナンが帰ってきた。
疲労感は漂っているが、騎士団本部で風呂に入ってきたらしい。顔も服もさっぱりとしている。
「ただいま、セリーナ!」
「お帰りなさい、お兄ちゃん。お疲れさま!」
セレスティーナは夕食の支度の手を止め、兄を迎える。
エルナンは顔をふにゃっとさせた。
「あー、セリーナのお疲れさまを聞くとホッとする……」
嬉しそうに呟き……大股で近付いてきて、セレスティーナをぎゅっと抱きしめた。
「きゃあ!お兄ちゃん、苦しい苦しい!」
「明日は休んでいいってさ!昼まで寝るぞ~。あ、セリーナも休んでいいらしいから」
「え?」
暑苦しい兄を引き剥がしながら、セレスティーナは目を丸くさせる。
「これ以上、休みはいらないのに」
「でも、ずっと怪我人の世話をしてて大変だったろうって団長が」
確かにレオの世話はしたが、世話というほどでもない。むしろ、家の片付けをしている時間の方が長かった。もう充分、休めたと思う。
それよりも。
「レオさん、ケガは治してもらえた?」
「ん?……ああ、俺が騎士団本部へ帰ったときには、もう治っててさっそく仕事を始めてたよ!」
「そうなんだ。良かった」
すぐに仕事を始めるとはレオらしい。
別れ際の辛そうな様子が気になっていたのだが、治ったのなら安心だ。
「なんか変な魔術にかかってるって話だったけど、そっちも解けたんだよね?」
「ああ。……そうそう!聞いてくれよ、その魔術さ。魔獣を退治してるときに発動したから、魔獣が放った正体不明の魔法か?って大騒ぎになってたんだけど……」
ガタガタと音をさせて食卓の椅子に座りながら、エルナンが面白そうに語り始める。
セレスティーナはエルナンにお茶を出し、向かいに座った。
「なんと!魔獣じゃなくて、ふく……レオさんに恨みのある女が掛けた魔術だったんだ」
「ええっ?!レオさんを恨んでる??」
「そう。全然相手にしてもらえないから、街のあやしげな呪い専門の魔術師に頼んだらしいよ。本来ならたいした効果は出ないはずなんだ。でも、たまたま魔獣の咆哮を浴びた瞬間だったからさ、ねじ曲がっておかしな作用が出たらしい」
「そうなんだ」
魔法がねじ曲がるというのが、よく分からない。
エルナンも専門家ではないので、よく分からないらしい。
「よく解けたね。というより、原因が分かったことの方がビックリかも。呪いのせいだったなんて……!」
「あー、それは騎士団内でレオさんが重傷だという噂が回ったせいかな。女はそれを聞いたようでさ。もしかして自分のせいかも知れないと怖くなり、自供してきたんだと。で、依頼した魔術師を特定し、掛けた魔術を調べて……なんかすごーく難しい計算をして解いたって話」
「へええ」
たぶん、二人が思う以上の苦労があっただろうが……無事に解決して何よりである。
「女って、怖いな」
話し終えてゆっくりとお茶を飲みながら、しみじみとエルナンが呟く。
セレスティーナはふふふと笑いながら、兄を茶目っ気たっぷりに睨んだ。
「それは私もってことかなぁ?」
「えっ、いや、セリーナは誰かを呪ったりしないだろ?」
「どうだろ、日々、お兄ちゃんを呪ってたりして~?」
「お、俺はセリーナをそんな悪い子に育てた覚えはありません!」
「あはは!」
泣き真似をするエルナンに、セレスティーナは声を上げて笑った。レオが帰ってから、なんとなく寂しかった気持ちが……ようやく薄れた気がした。









