12
その夜、仕事から帰ってきたエルナンが食事の席で「ああ、そういえば!」と思い出したように手を叩いた。
「団長と副団長がセリーナのマフィン、美味しかったって褒めてたよ!」
「えっ?!」
セレスティーナは、飲みかけていたスープの器を思わずひっくり返しそうになった。
「団長さまと副団長さまも食べたの?!あのマフィンは、レオさんに渡してって頼んだのに!」
一瞬、エルナンはポカンとした顔になった。
それからすぐに我に返り、あたふたと両手を振る。
「あ、いや、その……レオさんに渡したんだけどさ……たまたま団長に見つかって、食べたいって言われたから……」
「んもう。レオさんは、うちの食事を美味しそうに食べてくれたから大丈夫かなって思ったけど……まさか団長さまたちまで食べるなんて!想定外だわ!……美味しいなんて、ウソじゃない?もっと美味しいものを食べていらっしゃるでしょう?お口には、合わなかったんじゃ……」
セレスティーナのマフィンは、前に住んでいた部屋の大家だった老婦人から教わったものだ。セレスティーナはとても美味しいと思っているが、貴族の騎士団長や副団長は王宮のパーティーにも参加していて高級なスイーツを知っているはずである。庶民の素朴な味を美味しいと感じるとは思えない。
しかし、エルナンはハハハ!と笑った。
「セリーナの作ったものを不味いと思うヤツなんて、いないって!団長も副団長も、店に出してもいいんじゃないかって言ってたぞ?俺もそう思ってる。もっと自信を持っていいって!」
「ええ~……」
兄は妹贔屓が過ぎるので、セレスティーナはどうも信じられない。
しかも……
(あの副団長さまも食べたのかぁ)
彼なら、たとえものすごく不味かったとしても、そういうのは顔に出さない気がする。でも本当に美味しいと思ったときは、少し顔を赤らめながらは「美味しかった」と言ってくれそうだ。
(ふふ。ちょっとレオさんと似ているかも?)
そういえば、レオは美味しく食べてくれただろうか。
兄にそのことも聞きたいが……レオのマフィンの感想は、本人から直接聞いてみたい。改めて礼に来ると言っていた。そのときに、照れながら「美味しかった」と言ってくれたら。
きっと、すごく嬉しく感じることだろう。
数日後。
その日、エルナンは仕事でセレスティーナは休みの日だった。
朝から洗濯をし、家を掃除してまわる。
小さな庭では、レオと共に植えた種から可愛らしい芽がたくさん出ていた。そのうち、色とりどりの花で庭が賑やかになるに違いない。楽しみである。
(今日は、昼から街をぶらぶらしようっと)
臨時収入が入る予定なので、前から狙っていたワンピースをもう一度、じっくりと検討してみたかった。もし予想より多めにもらえるなら……髪飾りも買いたいところだ。
うきうきしながら出掛ける用意をしていたら、馬の嘶きが聞こえた。
しばらくして……遠慮がちに扉を叩く音。
(誰だろう……?)
馬に乗ってくる人物など、予想がつかない。
もしや、兄に何かあって騎士団から人が来たのだろうか。
慌てて外へ出たら、意外な人物が立っていた。
「副団長……さま……」
何故、彼がこんなところに?
びっくりして、ポカンと口が開く。
するとリオネルは柄になく緊張した面持ちで、そっと花束を差し出してきた。
「……え?」
「世話になった礼をしに来た。その……先日、骨折して君に面倒を見てもらった老人は……俺だ。魔術で、老人に姿を変えられていた」
「は?」
「最初にきちんと名乗らなくて、本当に申し訳なかった。さらに君には、失礼な態度をたくさん取った。まずはそのことを謝りたい」
「レオ……さん……なんですか?」
「ああ。レオは、幼少期の愛称だ」
「…………」
花束と、リオネルの顔を交互に眺める。
じわじわと彼の言った言葉の意味が頭に浸透し……
「えええーーーっ!」
つい、大きな声でセレスティーナは叫んでしまった。
「レ、レ、レオさんが……副団長さま?!うそっっっ」
何も知らなかったとはいえ、「おじーちゃん」と遠慮なく呼びかけてしまった。思えば他にもいろいろ、失礼なことを言ったりしたり、した気がする。
レオは貴族だとちゃんと分かっていたけれど。いた、けれども。
その正体がリオネルだったとは。
"厄介な魔術"の中身を初めて知り、セレスティーナは全身の血が音を立てて引いた。
「きゃーーー、ご、ご、ごめんなさい、なんか……なんか、いろいろ、失礼なことを!申し訳ありません、お許しください!」
今すぐ、頭を抱えて逃げ出したい。
看病で背中を拭くのはいいだろう。だけど、思い起こせば……パンツを脱ぐのを手伝いましょうかと言ったり、不埒なことをするつもりですか?なんて聞いたりもした。
騎士団の星、リオネル副団長にそんなことを言ったと知れたら……絶対に先輩たちに怒られる。
セレスティーナは無意識に後退った。
下がるセレスティーナに、リオネルは悲しそうな顔になる。
「君は何も悪いことはしていない。したのは、俺の方だ。そんな風に謝らず、"レオ"のときと同じように……接してもらえないか?」
「でも、あの……」
おろおろとしながら何と言えばいいか考えていたら、向こうの方でご近所さんがこちらを見ていることに気付いた。
ハッと我に返る。
こんな家の前でリオネルと問答しているところを見られては、なんと噂をされるか分からない。
「あ、あ、あの!ひとまず、中へお入りください。ちょっと、私も頭を整理します……」
このままリオネルを追い返す訳にもいかない。
セレスティーナは混乱したまま、慌ててリオネルを家の中へ招き入れた。
お茶を用意し、居間のソファに向かい合って座る。
二人の間に流れているのは、気不味い空気だ。
やがて、意を決したようにリオネルが口を開いた。
「あー……君を騙すような形になって、本当に申し訳なかった」
「いえ……副団長さまがあんな魔法にかかっていたなんて、公表しない方がいいと思いますし、謝っていただくことではないです。私、絶対、誰にも言いません」
「いや、別に公表してもらっても構わない。あれは俺の慢心が招いた事態だ。……それより」
リオネルは少しだけ眉尻を下げた。
「さっきも言ったが、そんな風に硬くならず、以前のように接してもらいたいのだが。そして副団長ではなく、レオと呼んで欲しい」
「それは……ちょっと……ムリです……」
「何故?」
「だって、王国騎士団の副団長さまですもの……」
すると、リオネルは目に見えてしょんぼりとした。
思わぬ姿に、セレスティーナは目を瞬かせる。
今、垂れた耳が見えた気がした。まるで、大きな犬がしょげ返っているようだ。
「あ、あの……じゃ、じゃあ、急には難しいですけど、努力します!」
あんまりがっくりと肩を落としているので、セレスティーナはつい、思ってもいないことを口にした。
口にしてから(しまったぁ!)と思う。
以前のように――つまりは、レオのときのように。だけど今となっては、どう接していたか思い出せない。
どうすればいいのだろう。
しかしリオネルはホッとしたのか、小さく笑った。
(!!)
普段、無表情な彼が笑うと破壊力は抜群だ。
「よろしく頼む」
「は……はい……」
貴重な笑顔を見せてもらった以上、撤回はもう無理である――。
「それで」
少し持ち直したリオネルが改めて花束を差し出しながら、話を変える。
「君にどういう礼をしたらいいか、いろいろと考えたのだが……」
「あ、もう、この花で十分ですよ?すごく、嬉しいです!」
「いや、これでは足りない。……だが、俺は女性の喜ぶものが分からない。なので、エルナンに聞いてみた」
「えっ」
兄に?
兄も女性の喜ぶようなものを知っている方ではない。
というか、兄は女性へ贈り物をしたことなどないだろう。何故、兄に聞いたのだろう……そんなセレスティーナの心中を知らず、リオネルは身を乗り出した。
「君は、欲しい服があるらしいな?ぜひ、それを贈らせて欲しい。良ければ、今日、一緒に店へ行こう」
「えええ~~~っ!」
今日、一体どれだけ驚けばいいのか。
セレスティーナは思わず仰け反った。
リオネルを愛称で呼び、さらには一緒に服を買いに行く?!
兄を恨みたくなった。
(なんてことを……副団長さまに言うのよ、お兄ちゃんのバカァ!)
そんなことをしたら、洗濯婦仲間どころではなく、貴族のご令嬢からも反感を買う。もはや街を歩けない。
どうやって断ればいいか?
必死に頭を働かせるセレスティーナを前に、リオネルは急に頬を染め、さらには不可解なことを言い出した。
「ところで、俺は絶対に浮気はしない」
「は?はい……?」
「収入もそんなに悪くないし、安定していると思う」
「そ、そうですね?」
「君と一緒に本を読むことも好きだ。今後もたくさん、一緒に読みたい」
「ふぇっ……?!」
「つまり君の理想からさほど外れていないのではないかと思っている。ただ、一点、君が俺と一緒にいることが嫌でなければ。ということで、もし君が俺と一緒にいることが嫌でないなら……結婚を申し込みたいのだが。受けてくれるだろうか」
「……っ!!!」
セレスティーナの頭は、完全に限界を超えた。
なんとか書けました。
次の更新は水曜か木曜で。
次で終わるか、もう1話延びる……かも?









