表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

31 いつもの二人で


「で、大丈夫?」


 防波堤であぐらをかいて座る蘇芳が、潮風に髪を抑えながら聞いてきた。


「……なにが?」

「総の結婚が」


 荘厳な結婚式が終わり、和やかなガーデンパーティーへと移ってたった数分で、蘇芳は二年前と同じように「海、いこう」と鈴を連れ出した。

 スーツのジャケットを鈴の座る場所に置いているのも、全く同じだ。

 海の色も空の色も、たった二年では変わらないらしい。

 晴れ渡った空を見ながら、ゆるく頷く。


「うん、大丈夫」

「そっか。仕事はどう?」

「順調かな。家事代行とシッターだから、私には合ってるよ。色々バイトしたけど、どこかの誰かが私の名前を浸透させてるせいで、りんって名前だけで、あー、Dのりんりんと同じだねって声かけられるから続かなかったし」

「へー。認知度高い」

「あなたのせいですけど?」


 鈴の恨めしそうな声に、蘇芳は無邪気に笑う。

 その横顔に、思わずほっとした。


 Dの活躍はこの二年で更に勢いがついている。テレビをつけていればメンバーの誰かのCMを必ず見かけるし、雑誌も、音楽チャートも必ず入っている。

 スオウを見ない日はなかった。


 けれど、今鈴が見ている横顔は「蘇芳」だ。

 思わず表情がゆるむ。

 蘇芳に見つからないように俯けば、その頭を優しく撫でられた。


「りん」

「……なに」

「ここ二年、いい子にしてたんだけど」

「いい子かどうかは知らないけど、頑張ってたのは知ってる」

「そ?」

「うん。ドームツアーも無事に終わって、世界的に有名な人から楽曲提供されて、再生回数が凄かったとか、ブランドの顔になったとか。色々。太郎も家に帰れなかったくらいだし。でも、楽しそうだなって」

「楽しいよ。何かに打ち込むの、初めてだし」


 蘇芳の淀みない答えは、鈴の心を軽くした。

 同時に、少しだけ痛むが。


 海面がきらきらと太陽の光を乱反射して、二人の目の前に広がっていく。

 その光景や、潮騒に混じって鳴る祝福の声が、鈴の何かを揺さぶった。

 

「――私、今の仕事で、人の世話をしたい欲をどうにかできると思ってたし、実際向いてるからやりがいはあるんだよね。達成感とか、満たされる感じはあるの。でもやっぱり、蘇芳の世話がしたくてしたくて。これっておかしいよね、やっぱり。私がおかしいんだと思う。蘇芳って意外とちゃんとしてるんだもん。この二年でよくわかった。だから」

「りん」


 視線を感じた鈴が蘇芳を見た瞬間、ふと総の言葉が戻ってきた。



 ――自分の気持ちを一度も疑うことなく、怖いくらいまっすぐ思える蘇芳が羨ましい。



 その言葉の意味が、蘇芳の顔を見てわかった。

 疑っていない。

 蘇芳は、鈴を思う気持ちを一度も疑ったことはないのだ。

 小さな頃からずっと。


「俺と結婚して」

「け」

「……なに? 忘れてたの?」

 

 訝しげ言われ、思わず首を横に振る。

 蘇芳の言葉を忘れたわけではない。

 確かに二年前「りんの課題をクリアしたら結婚を申し込む」と出した覚えのない課題ができてそう言われたが、少なくてももう少し先の話だと思っていたのだ。

 さっきだって、だからもう少し時間をかけて関係を変えていきたい、と言いたかった。

 鈴が伝えると、蘇芳は眉を顰める。


「先って? 時間って? どれくらい?」

「じゅ、じゅうねん、くらい?」

「俺に死ねって言うの」


 真顔で言われる。


「あのさ、俺の世話をしたいって話。それ、依存じゃないよ」

「え」

「ただ俺のことが好きってだけ」


 蘇芳はなんでもないことのように言ってのけた。

 一拍遅れて、鈴が赤面する。


「そ、そういうこと、言うかなあ?!」

「りんには遠回しとか建前とか察してもらうとかやめたから。だから、はい」

「……なにこれ」


 二人の間に、コトンと置かれたのは、小さな四角い箱だ。よくドラマで見るアレだった。

 蘇芳はあぐらをかいたまま、置いた箱を開ける。

 ドラマで見たものと同じように、そこにきらきら輝く指輪が鎮座していた。


「ん。もう言い訳も意地も聞かない。それに付き合ってたら、十年どころか二十年、三十年過ぎるってわかったし。俺は待てないし、待たない。いらないなら海に捨てていいよ」


 胡座に頬杖をついて挑戦的にこっちを見ている蘇芳は、どう見てもプロポーズをしているようには見えない。

 けれど不思議と、鈴は嬉しかった。

 テレビの中のスオウではない言葉が嬉しい。


「あの、蘇芳」

「なに」

「これってプロポーズ?」

「ううん。最終の追い込み」

「怖いんですけど」

「それくらいがちょうどいいだろ」


 そう言う蘇芳の顔は穏やかだ。


「結婚しよう、りん」

「……い、いいのかな」

「いーよ」

「蘇芳と、結婚」

「そうそう」

「結婚……」


 鈴は「ふっ!」と笑い出した。

 海に跳ね返される日差しや、防波堤の上にちょこんとある指輪のケースの中で輝く指輪が、あれこれ考えていたはずの理由みたいなものを、光が綺麗にかき消したのだ。


「本当にするの?」

「うん。するよ」

「蘇芳、私から逃げられなくなっちゃうよ」

「それ逆。りんが俺から逃げられないけど、いい?」


 蘇芳が目を伏せて、指輪の箱を指で揺らす。


 ああ、この人、今緊張してるんだ。


 それに気づくと、深くから湧く愛おしい気持ちでいっぱいになった。

 素直に。

 ただ、素直に。

 鈴は軽く頷いた。


「わかった。する」

「それは、結婚ってこと?」

「そういうことになりますね」

「……照れてる?」


 蘇芳の手が伸びてくる。

 前髪をさらって、表情を確かめるように手の甲で頬に触れてきた。

 前に付き合っていたときとは、触れ方がまるで違う。

 あの頃はやっぱり手加減されていたのだ。


「なあ、大丈夫? 結婚したら絶対離婚なんかしないよ」

「……するつもりは、今のことろないけど」

「その言い方、りんっぽい」


 蘇芳がくすくすと笑う。

 

 総が結婚することを知った三日前から、確かに鈴は放心していたが「総ロス」ではなかった。ただ単に、蘇芳との約束の日が突然目の前に迫ってきたせいだ。覚悟なんて決まっていなかったが、ここに来て華麗に流された。

 しかし、嫌な気はないどころか、むしろスッキリしている。


「炎上でもなんでも、もう仕方ない。どんと来い!」

「しないと思うよ。大丈夫」


 ぽんぽん、と肩を叩かれる。

 そうして、蘇芳は指輪を取り出すと、鈴の左手をさらっと拾って、あっけなく薬指につけた。


「ぴったり……」

「ん。で、大事なのはこっち。はい、書いて」


 指輪の箱の底から出てきたのは小さく折り畳まれた婚姻届で、空欄は鈴の各部分だけだった。すぐにペンを渡される。


「ここで?」

「うん。今すぐここでサインして」

「いや……するけど……待って、私の字だけふにゃふにゃして下手じゃん!」

「よし。じゃ、出しに行こう」

「今?!」

「鉄は熱い内に打て、だよ」

「こういうのって慎重に、お互いの両親とか親族に報告して。あ、ほら、ボスにも」

「あそこに全員いるけど」

「確かに」


 鈴が納得しているあいだに、蘇芳は立ち上がると防波堤から飛び降りた。

 式場の庭に向かって婚姻届を大きく振る。

 すると、すぐに向こうから歓声が上がった。


「蘇芳……まさか」

「太郎が実況中継してる、かも。いや、生配信だっけ?」

「もう! また?!」

「大丈夫。俺たちは映ってないし」

「そういう問題じゃない」

「ほら、りんも降りて。炎上してないか見に行こう」

「散歩するみたいに言わないで」

「絶対してないって。ほら」


 鈴が降りて蘇芳のジャケットをはたくと、向こうからが大きな「おめでとう!」がいくつもかけられる。そして、太郎が大きく手を振っていた。睦も、千夏もだ。


「な、大丈夫だって」

「あれそう言ってんの?」

「そうそう」

「……絶対適当でしょ」

「幸せになろうね、りん」


 蘇芳に手を取られ、柔らかく繋ぐ。

 なんかもう、この瞬間だけで幸せなような気がした。

 けれど悔しくて、鈴はそれを口にはせず、代わりの言葉で伝える。


「蘇芳」

「ん?」

「ありがとう」

「うん。俺も好きだよ」

「あ、ありがとうって言ったんですけど?!」

「はいはい」


 蘇芳がにこにこと笑って、鈴の手を引く。

 手を繋いでいるのは、鈴のよく知った蘇芳だ。

 だとしたら、流されるのも悪くはない。

 というか、そもそも逃げられなかった。


 蘇芳でしか埋められない部分が、幼い頃から鈴の中心にあるらしい。

 依存とか、そういうものよりも深いところにある、愛おしいという気持ち。


 鈴は蘇芳の手を強く握り返した。

 きっともう、この手を放すことはできない。


 でもまあ、それでもいいや、と鈴は開き直って青空を仰いだ。


 諦めも肝心だ。

  








最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


最後に鈴が「諦めも肝心」と呟いていますが、きっと蘇芳を好きじゃないと言い張る自分を受け入れたのかな、と勝手に思っています。彼女は意地っ張りなので。きっとこれからがデレのターンに入るのかもしれません。


読んでくださり、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます。 そして、お疲れ様でした。 最後まで読んで思ったのは、こちらも「恋の証明」がテーマだったのかな、ということでした。志摩と九杉たちの証明とは違って、明るくコミカル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ