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3rd World  作者: 桃姫
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03

 黒真は、編入初日だと言うのに、授業で頻繁に当てられ、それでも何とか答えて、事なきを得ていたが、心的疲労は、家出時代以上だと言える。そんなことがあり、昼の休憩時間で、黒真は、机に突っ伏していた。そう言えば、だが、黒真は、今日の三限が終わったあとで、自分の携帯電話が使用できないことを知った。その理由も、一限目の内容で、おおよそ推察がついたので、黒真は、携帯電話をポケットの中にしまい、もう出すことはあるまい、と思ったのだった。

 黒真としては、携帯電話で今すぐ、妹に愚痴を零したい気分だった。と言うより、八つ当たりしたい気分、と言うのが正しいか。


「こ、黒真君、大丈夫?」


 何が、と言う部分が抜けているが、龍美から、そのような声がかけられた。


「ああ、龍美か……」


 龍美に対し、何か言おうと思い、そこで、一つ思いつく。


「おい、龍美。お前、携帯持ってる?」


 どうでもいいが、字面だけ見るとおかしな文である。携帯するものを持っていなければ携帯ではない、と思うのだが、まあ、それは、携帯電話を縮めたものだから仕方がないのだろう。


「え、うん。持ってるよ?」


 龍美の取り出したのは、スマートフォンより一回り大きい、タブレットとスマートフォンの中間くらいの大きさをしたものだった。


「今じゃ、ケータイよりARP(オリフォ)の方が一般的だけどね」


 オリフォ、オーグリメンテッド・リアリティー・フォンの略称である。


「ふぅん。俺、持ってないんだけどな。まあいいや。貸してくれ」


 俺の言葉に、「ふぇ?!」と素っ頓狂な声がした。


「わ、わた、わたた、わたしのオリフォ?」


 動揺を隠せない龍美。


「ああ。蒼華と喋りたくてな」


「あ、ちょっ、ちょっと待って」


 龍美は慌ててオリフォを弄る。


「は、はい。これで使っていいよ」


 焦った笑みを浮かべながら、黒真にオリフォを差し出した。


「ん?いいのか」


 いいと言うのだからいいのだろう、とオリフォを受け取り、既に通話画面になっていたので、選択肢から「紫藤蒼華」と言うところをタップ。自動でボタンがプッシュされ、コールが鳴る。そして、数コール目で向こうが電話を取った。


『もしもし、妹です』


 妹って、お前は俺の妹だろ、などと思いながら黒真は、声を発する。


「おい、妹、俺だ」


 黒真が短く告げると、蒼華は、坦々と言った。


『兄ですか。妹、兄がたっつーのオリフォを使っているのが疑問です』


 たっつーとは、龍美のことだ。蒼華は、独特の喋り方をする。特に、一人称が「妹」の時点で、普通とは言いがたい。


「俺の携帯が使えねぇんだよ。妹、俺のオリフォとかはないのか?」


 黒真も黒真で、蒼華と話すときは、蒼華を「妹」と呼称する。


『ああ、妹うっかり。忘れてました。バッグの中に突っ込んでおいたはずです。兄、後で確認しておいてください。妹の忠告です』


 蒼華の忠告、と言うより、思い出したことを聞いて、黒真は、バッグを漁った。すると、確かに蒼華の言うようにオリフォは入っていた。


「ああ、あったぜ」


『そうですか。妹一安心。でも兄、気をつけてください』


 蒼華の言葉に、黒真は、何をだろうかと考える。


『兄、学園ものなら女装潜入系が好きだからって女装しないように、です』


 思わず噴出す黒真。


「妹、何故それを知っている。と言うより、お前の口調が変わったのって、あれをやった頃だったから、あれを見たのか」


 黒真は、蒼華に見られてはいけない趣味の領域を見られてしまったことで、酷く気落ちした。


『はい、妹見ました。兄の趣味も把握しました。ちなみにあれには続編もあるんですよ?と妹、さりげなく宣伝しておきます』


 黒真は、妹が自分の性的嗜好について、大いに誤解しているであろうことに、溜息しか出ない。


『ちなみに、続編のメインヒロインは妹です』


 いらない補足だった。黒真は、何とか意思を保ち、蒼華に言う。


「いや、それはどうでもいい。あと、俺にそんな趣味はない。あと、あれは、ストーリーが長すぎて、一人でやめた」


 どうでもいい話だった。


『あれは、長かったですが、普通に楽しめました。他のもいくつかやらせてもらいました』


 黒真が家出している間に、蒼華は、随分と進化を遂げたようだ。その進化がいい進化だったかどうかについては、何も言うまい。


「お前なぁ……。まあいい。妹、少し聞け」


『何ですか兄?妹、いつでも話、聞きますけど』


 仲のいい兄妹だ。まともかどうかは置いておいて。


「まず、何で俺がここに着たのか、と言う話だな」


 黒真が言うと、すぐに、蒼華が答える。


『面白そうだったので』


「面白そうなだけで、こんなところに来る羽目になったのか、俺は」


 黒真は、溜息混じりに言った。蒼華は、吹けない口笛を吹こうとしている。「ふー、ふー」と口笛に鳴っていない音が聞こえてくる。


『兄、妹は、別にそれだけの理由でやったわけではないです』


 黒真は、沈んだ声で言った。


「むしろ、それだけだったら俺はお前を許さない」


 蒼華は、慌てて弁明を述べる。


『いえ、兄。たっつーも居ることだし、近場の学校だと知り合いに問い詰められるでしょう?そんな兄の困りを見透かした妹の優しさです』


 今思いついたかのような言い訳だが、確かに一理あったので黒真は、仕方がなく許すことにした。


「分かった、許そう」


『わーあい、妹安堵です』


 オリフォを切る。通話画面が引っ込み、ホーム画面に戻る。黒真は、暫し、ホーム画面を見て、目を丸くした。唖然。

 ホーム画面には、黒真の写真が壁紙に設定されていた。普通、人の写真をホーム画面に設定するだろうか。あまり無いだろう。


「あ~、何だ。まあ、いいか。サンキュー、龍美」


 よく分からない表情の黒真に不思議そうな顔をする龍美。そして、受け取って龍美の顔が一瞬固まる。そして、まるで林檎のように真っ赤に染まる。そして、おそらく頬が尋常じゃなく熱くなっているだろう龍美は、頬に手を当てる。思わずオリフォを取り落としそうになるがぎりぎり受け止める。

 しかし、バランスを崩す。それを咄嗟に黒真が受け止める。


「大丈夫か?」


 黒真の声に、龍美は、慌てて答えを返す。


「う、うん。だ、だだ、大丈夫、だよ」


 真っ赤な頬と潤んだ瞳に、黒真は、思わず息を呑んでしまった。黒真とて思春期の青年だ。頬を染めた女性に何か来るものが無いわけが無い。


「で、いつまで抱き合っているんだ?」


 急に別方向から声がかかり、二人は慌てて飛び退く。声の主は、トリアだった。


「人前でイチャイチャしおってからに」


 トリアの声は、苛立ちを隠していなかった。


「よう、トリア。久しぶり……ってほどでもねぇか」


「ふんっ」


 黒真とトリアがであったのは、黒真の二度目の家出期間の最後の方のため、出会って別れたのは、つい最近だ。


「え?二人は知り合い?」


 事情を知らない龍美は、二人の様子を見て、思わず聞いてしまった。


「ん?まあ、ライバル?」


「怨敵だ」


 黒真は好敵手と、トリアは怨敵と称した。どちらも、それなりに、相手を尊敬している部分があるのだが、トリアは、どこか少し素直になれない部分がある。

 まあ、それもそうだろう。かつての敵、それも親玉の様な存在の黒真を素直に尊敬しろと言うほうが無理な話である。


「ライバル?怨敵?どう言うこと?」


 理解できていない龍美に黒真は、要約して説明する。


「あーっと、まあ、家出中に知り合った友達……ではないな。敵って表現がやっぱり一番しっくり来る」


「敵って……。黒真君、一体どんな家出生活を送ってたの?」


 思わず聞いてしまう龍美。黒真は、う~んと唸ってから、簡素に告げた。


「『魔王』やってた」


 普通の口調で冗談めいたことを言った黒真を見て、龍美は、「魔王」の意味は分からなかったがそれが事実であることを理解した。


「『魔王』って、あの魔王?ゲームとかの」


 2000年代の初頭から革新の続いてきたコンピュータゲーム関連事業は、2036年に「大革命」と呼称される新技術ができ、VR(Virtual Reality)技術により、まるで別世界に行ったかのような体験をできると話題になった。神経にアクセスし、五感や意識そのものをゲームの世界に投影するようになってから、ゲームは、寝てするものになった。

 近年では、エスサイシアの技術が、娯楽にも反映されていき、コンピュータゲーム関連事業の「飛躍」が起こっている。

 そんなゲームにおいて、定番と言えるのが、ファンタジーな作品だ。よくあるものが、主人公が勇者になり魔王を倒すRPG。物によってはMMORPGもある。そう言ったゲームで知られる魔王とは総じて悪役である。その「魔王」を黒真は名乗った。


「ああ、まあ、イメージ的にはそれが一番近いかな」


 黒真は頷いた。まあ、ただ、ゲームの魔王は、ただのラスボスで、目的は世界征服と、普通の人間には、あまり理解しがたい存在である。


「ははっ、魔王にしては、覇気とやる気の無い魔王だったけどな」


 黒真の自嘲気味の答えに、トリアは、嫌そうな顔で文句をつける。


「だが、実力は、どの魔王よりも上だったと聞くが?」


「へぇ?でもよ。魔王としての実力なら、もっと凄ぇ奴知ってるぜ?」


 黒真は、そう言いながら左側の席を見た。アルス、とフューゼは言っていたか。


「だが、貴様の力は、ほぼ、視界に捕らえたものに、いや、視界に捕らえずとも、位置さえ分かれば、絶対的な力を発揮できるものだ。どんな相手にも優位だと思うが?」


 トリアは、苦々しくそう言った。トリアもその力にやられたからだ。


「して、そのもっと凄い奴とは、貴様が、我と戦った時に言っていた人物のことか?」


 トリアの顔は険しかった。


「そう言えば言ったっけ?」


「貴様が同じ立場になりたかった奴とは、どれほどの女なのだ?」


 黒真は、答えようとして、龍美が話について来れず、置いてけぼりになっていることに気づく。


「まあ、その話は今度、な。それよりも、気になっていたんだが、おれの隣の席のアルスって奴は、どんな奴なんだ?」


 姿を見ていないため、黒真には、アルスと言う人間が分からないでいる。


「ふむ?アルス、か」


「アルスさん、ね」


 トリアも龍美もしばらく考える。数秒考える。数分になった。


「特に思い浮かばない、と言うか、たぶんアルスさん、学園にまともに登校してないと思うよ?」


 龍美がようやく口を開いた。そしてそれに続いてトリアも口を開く。


「ああ、あいつ、学食にしか顔を出さないらしいからな」


「学食だけ?」


 訝しげに顔をしかめる黒真。


「保健室登校ならぬ学食登校か。珍しいって次元じゃないな」


 学食登校、即ち、学食に顔を出すが教室には顔を出さない登校。ちなみに、保健室登校は、体調不良と言う名目があるからいいものの、学食登校は、名目がないため、ただのサボりだ。


「そう言えば、黒真君、お昼は?」


「持ってきていない」


 龍美の声に、即答する。


「え?お金は?」


「ない」


 またも即答。


「ええ?!お金もないの?何で?」


「そりゃ、戻ってきて、即、ここ連れてこられたからな」


 黒真の言葉に、龍美は、「相変わらずだなぁ」と思わずにはいられなかった。


「もう。相変わらずなんだから。じゃあ、私のパンとサンドウィッチ、どっちがいい?」


 龍美はやれやれとした表情で、それでいて微笑ましいものを慈しむような目で黒真を見て言った。


「ああ、じゃあ、カレーパン」


「ないよ!」


 龍美と黒真は、昔のようなやり取りをしながらパンを選ぶ。


「んと、じゃあ、それでいいや」


「どれ?」


 龍美は、それってどれだろう、と指差すところを見るが、龍美の食べかけのサンドウィッチだけだ。


「え?もしかして、これ?」


 龍美が食べかけのサンドウィッチを前に出す。


「ああ」


 そう言って、龍美が持っているサンドウィッチにそのままかぶりつく。


「きゃっ」


 慌てて手を引っ込める龍美。黒真の唾液が少しついてしまった手をジッと見て、頬が紅く染まる。


「だから、人前でイチャイチャするな!」


 トリアの怒号が、二人に響く。

 そんな中、その様子を観察していたイヴリアは、小さく溜息をついたのだった。



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