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3rd World  作者: 桃姫
fünf
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 ポツリ、ポツリと雨音が地面で鳴る。出来上がった水溜りには、雫が波紋を幾重にも作っていく。そんな中、紫色の髪に雨が落ち、すーっと下っていく。地面に倒れた体に、水が冷たく響く。もう、すっかり冷え切ってしまった体。あるいは、元から熱など無かった体に、冷たく響く。もう、夏だと言うのに、梅雨の雲が残り、無駄に水を地面に撒き散らす。そんな日に、死んだように地面に伏し、なんら音が聞こえない女性が倒れていたら、人はどうするだろうか。放って置くか、それとも助けを呼ぶか。とりあえず、自分でどうにかしたりはしないだろう。

 ただ、紫藤黒真と言う青年は、違った。彼は、その女性に自分の持っていた傘を被せ、とりあえず、雨を凌げるようにした。


「お前、大丈夫か」


 そのかけられた言葉に、息すらしていないように見えた女性は顔を上げた。そして、無機質な瞳を黒真に向ける。そして、その口から(こえ)が発せられた。


「Operation system>>>Start」


 まるで機械の様に無機質な声。黒真はその声を不気味に感じた。今まで幾多の人間、魔物、妖霊に会って来た黒真だが、これほどまでに人間だとは思えない存在は初めてだったからだ。


「Administrator rights>>>No」


 声は続く。黒真の耳に届く英語は、意味の分からないものだ。黒真は、女性を目を凝らしてみる。冷たい雨が目に当たるが、拭きもしないし、瞬きもしない。本当に人間なのか、と黒真の脳裏に過ぎった。そのとき、キュルと何かが微動作する音が聞こえ、次いでカチリと照準を定め、パシャとシャッター音がする。どこにカメラがあるわけでもないのに、そのような音がして、首を傾げる黒真。


「New Administrator>>>Update>>>Confirmation」


 声はなおも続く。黒真は、女性の観察を続ける。美しい紫色の長い髪。顔立ちは、泥で汚れ、よく分からない。体も地面に横たえているので分かりにくい。ただ、全身が雨に濡れ、泥がつき、汚れていた。

 ただ、髪に滴る雫だけは綺麗だった。それを見て、黒真は一言口にした。


「紫の雨、みたいだな」


 髪を伝い地に落ちる雫をそう表現した。女性は、その声を反芻するように、言葉が口から出る。


「New Password>>>Code:VIOLET RAINY(Auto)」


 バイオレット・レイニー。紫色の雨。黒真の言った言葉だった。黒真は、女性が何者なのか、分かりかねていたが、なおも、女性は声を発し続ける。


「Configuration>>>Language>>>English→Japanese」


 そして、女性が目を閉じた。まるで、死んだように、動きが止まる。動き一つ、音一つない。


「設定の変更により、出力音声が日本語に変更されました。管理者権限を認識しますのでパスワードを入力してください>>>Code:VIOLET RAINYが自動入力されました。>>>入力を確認しました。よろしくお願いします。管理者:紫藤黒真様」


 急に流暢な日本語で喋りだした女性。女性は、黒真に無機質で流暢な日本語で、黒真に聞いた。


「どうかしましたか、紫藤黒真様」


 黒真は我に返り、女性の言葉を脳内で反芻する。そして、おかしなことに気づく。黒真は女性に名乗っていない。それなのに女性は、紫藤黒真と言う黒真のフルネームを知っていた。


「何故、俺の名前を知っているんだ」


 黒真は女性に少しきつめの口調で詰問するように聞いた。それに対して女性は、無表情、無感情で、黒真の問いに答えた。


「それは、紫藤黒真様のプロフィールデータをどこで入手したかと言う問いですか。>>>」


 黒真は、頷いた。女性は、その様子を見て、言葉を発する。


「肯定と判断します。>>>エスサイシア内部ネットワーク深度8にある地球民間人個人データ及び異世界間同盟学園在籍学生データより画像データから検索しました」


 あの一瞬でか、と黒真は疑問に思う。しかし、ありえないことではないだろう。

 女性の表現しがたい人間味の欠けた抑揚の無さに、黒真は、一番聞かなければならないことを聞いた。


「お前は、何だ」


 黒真の声に、女性は、同じ口調で、同じように、何事も無く、機械の様に答える。


「それは、この機体名称PSPIWH-003の説明と判断しますが、よろしいでしょうか。>>>」


 PSPIWH-003と言う数世代前の携帯ゲーム機のような名前が何かは判断しかねたが、頷いた。


「肯定と判断します。>>>純粋科力兵器内蔵人型兵器、英名:Pure Scientific Power In Weapon Humanoid。略称は、英名の各頭文字をとり【PSPIWH】。現在製作されているのは3機のみ。この機体以外の2機は大破しており、この機体も廃棄されたものです。どのような縁があってか、正体不明の閃光に包まれ、エネルギー不足及び損傷から、省エネルギーのため、機体を停止させていました。これが現状です。この機体の製造過程及び使用部品を提示しましょうか。>>>」


 黒真は、慌てて首を横に振った。


「拒否と判断します」


 女性、PSPIWH-003は、黒真の方を向いて、言葉をかける。


「紫藤黒真様。こちらから提案を出すのは甚だご無礼ですが、悪天候のため、これ以上の会話は室内ですることをお勧めいたします。最適な場所を模索しますか?>>>」


 黒真は、頷いた。この女性が本当に機械なのか、と言う疑問があるゆえ、女性を雨ざらしにするのは気が引けた。


「肯定と判断します。>>>模索、開始。>>>学園内の現在使われていない施設で、尚且つ、監視用撮影機器の無いエリアに絞込み、開始。>>>発見。>>>最適な場所は、校舎横第三倉庫、と導き出されました。>>>移動を開始しますか?>>>」


 黒真は倉庫の場所を知らなかった。そのため、PSPIWH-003を先行させた。黒真は頷き、前を行くように指示する。


「肯定と判断します。>>>案内を命じられたとみなし、前を歩く無礼を御許しください」


 そう言って、PSPIWH-003は歩きだした。黒真は、思う。


(この動作とか、語彙の豊富さは、どう考えても人間そのものなんだが、やはり、機械っぽさもあるな。それにしてもPSPIWH-003。長くて言い辛いな)


 そんなことを考え、傘を差し、PSPIWH-003の後を追うように歩き出す。


「なあ、PSPIWH-003。お前、名前は無いのか?」


 黒真の問いに、PSPIWH-003は、暫し考える素振(そぶ)りを見せ、言う。


「それは、機体識別名称以外に名前が無いのか、と聞かれたと判断します。>>>その場合、ありません。この機体は実験機体ですので識別名称以外は与えられませんでした」


 黒真は、じれったく思う。そして、提案をする。


「じゃあ、お前の名前、俺が決めていいか?」


 黒真の提案が以外だったのか、PSPIWH-003は足を止めた。そして、黒真の方を振り向き、その無機質な目で、何かを確認するように黒真の顔を見つめた。


「ジョークの類ですか。>>>拒否と判断します。>>>表情のデータより、紫藤黒真様のおっしゃっていることは本心と断定いたします。>>>この場合、こちらから申し上げられることは、『酔狂な人間ですね』と言う言葉だと思いますが>>>」


 酔狂な人間と言われ、黒真は笑った。確かに、物好きではあると思う。ただの機械に名前をつけようと言うのだから。


「呼びにくいんだよ。PSPIWH-003って長くて」


 黒真の文句に、PSPIWH-003が言葉を発した。


「では、略称を省略すると言うのは、少しおかしいですが、省略したらいかがでしょう。>>>」


 黒真は、パッと思い浮かばなかったので、PSPIWH-003に逆に問うた。


「じゃあ、お前は、何て省略するんだよ」


 黒真の言葉に、PSPIWH-003は暫し思考するような動作をして、言う。


「そうですね。無駄な部分を省略します。>>>残ったのは、PとSと3です。>>>これらを組み合わせてみると言うのは?>>>」


 黒真が拒否する。ただでさえ、数世代前の携帯用ゲーム機のような名前なのに、今度は家庭用になったのである。しかも無駄が無さ過ぎる。


「やめろ」


 黒真の拒否に、PSPIWH-003は、一瞬、笑みを浮かべた、様に黒真には見えた。初めて見せた人間のような表情に、黒真は、胸を打たれた。


「そうだな……、名前か」


 そうして、黒真が思い浮かべたのは、先ほどから紫色の髪を伝う雫と、氷のように冷たく感じる雨。これらから黒真が考え、つけた名前は、単純なものだった。


紫雨(むらさめ)氷雨(ひさめ)


 PSPIWH-003の目が揺れた。動揺のようにも取れるその動作に、黒真は、微笑む。


「お前の名前は紫雨氷雨だ」


 PSPIWH-003は、暫し思考する動作をしてから言う。


「とてもいい名称だと思います。>>>ですが、パスワードを名称にするのは少々危険かと。>>>」


 機械らしい返答に苦笑する黒真だが、名前を改めるつもりはない。PSPIWH-003は、このときより、紫雨氷雨と言う名を得たのだった。

 後に、この紫雨氷雨こそが、紫藤紫月に多大な影響を与える存在であったと言うことに、黒真はまだ気づかない。





 黒真と氷雨は、第三倉庫についた。そこには、【科力兵器】が大量に置かれていた。学園の授業で使う【科力兵器】である。倉庫の広さは、大体、小体育館ほどなので、さほど大きくは無い。しかし、プレハブ小屋など比べると言うまでも無く大きい、なんとも大きさを表しにくい大きさであった。


「【科力兵器】置き場か……」


 黒真の呟きに答える氷雨。氷雨は、周囲の状況を確認して、黒真に言う。


「ここには、通常の【科力兵器】及び【聖剣】が一本在ります。>>>説明が必要ですか?>>>」


 黒真は頷いた。


「肯定と判断します。>>>通常の【科力兵器】は未確認生物、通称アンノウンを消滅させるために量産された【錬鉄を施した煉鉄】です。>>>【聖剣】については、イヴリア・エスサイシアが【創造されし想像クリエイティブ・ドリーム】により作り出した七本の剣の総称です。>>>この場に保管されているのは、所持者の見つかっていない【選定の剣(カリバーン)】です」


 そこで、黒真は不意に疑問に思った。【科力兵器】とは言うものの、【科力】の詳細を一切知らないのだ。


「なあ、氷雨。【科力】とはなんだ?」


 氷雨は、黒真の方を見て、暫し思考するような素振りを見せて口を開く。


「科力についての説明を求められた、と言う解釈でよろしいでしょうか>>>」


 黒真が頷いた。


「肯定と判断します。>>>科力の概念について説明いたしますと長くなりますが、よろしいですね。>>>」


 さらに、黒真は頷いた。


「肯定と判断します。>>>科力の発生には、特殊な鉱石が必要になります。この鉱石の名称を【エスサイシアード】と言いまして、この鉱石が地下に多く眠っていることからエスサイシアと呼ばれるようになった、と言い伝えられています。【エスサイシアード】には、地下に在ったがゆえに高濃度に圧縮された力の結晶としてできたものです。それゆえに、古くから不思議な力を宿す石として言い伝えられてきました。それを加工して、様々な用途へと用いる過程で生まれたのが科力です。科力は、【エスサイシアード】に圧縮された力そのものだと言われています。>>>力の内容についての疑問を抱いているようなので力について具体的な説明をしますか。>>>」


 ついでなので補足するが、量産品は、大きな鉱石をいくつにも分割して作られている。圧縮された力が大きな石の全体に分散しているため、大きいが、力は弱いのである。その点、小さい鉱石で一つしか作れない【科力兵器】は、凝縮された力が詰まっていて、力が強いのだ。


 黒真はさらに頷く。


「肯定と判断します。>>>科力と一口に言っても能力は幾多にも分かれますが、今の資源で作れるものは、ほとんどが同一性能の簡素な兵器のみです。この機体の様な特殊型の兵器は、滅多に作ることが適いません。ただし、【創造されし想像】さえあれば、その限りではありません。それゆえに、イヴリア・エスサイシアは、大変重宝されておられるのです。>>>今の発言は、機密レベルが高いのでご注意ください」


 氷雨の言葉が終わり、黒真は、【科力】と言う力に関して、より一層興味が深まった。そして、氷雨に問う。


「氷雨、お前のような兵器は滅多に造れないんだよな?じゃあ、お前もイヴリアによって生み出されたのか?」


 黒真の問いに対して、氷雨は、明確な回答をすべく、暫し、考えるような動作をしてから黒真に答えた。


「その問いに対しては、いいえ、と返答します。>>>この機体は、【科力兵器売買人(バッドブローカー)】と呼ばれる人々によって作られました。【科力兵器売買人】は、違法に【科力兵器】を扱い売買する組織のことです。現在は、他世界との交流ができたため、他世界向きの【科力兵器】の開発をしており、その一環がこの機体なのです」


 前に、フューゼも口にした、【科力兵器売買人】と言う組織だが、この組織に関しては、エスサイシアでも手を焼いており、フューゼ出すら、その尻尾をつかめず、困っている。


 黒真は、一度話を切り、別の話を始める。


「それにしても、これから、お前をどうするか、だな。俺の部屋に連れて行こうにも、俺の部屋にはアンが同居してる。アイナもちょくちょく来るからあまり機密性に優れているとは言えない」


 アイナは、現在、フューゼの部屋でフューゼと同居している。

 機密性に優れ優れていなくてはならないのは、氷雨がそれほど重要な存在であるということだ。いわば、意思を持った【科力兵器】なのだから。存在が知られればいろいろと危険だ。奪おうとするならまだいい。壊そうとする者が現れた時が非常に厄介だ。だから、氷雨は隠さなくてはならない。

 そこで黒真は思いつく、氷雨だからできる方法を。


「なあ、氷雨。お前、学園のデータを改竄して、編入できないか?」


 今、この学園では、基本的なことをほとんどがデータを介して行われている。バックアップもとられているが、生徒名簿なども紙のものは存在しない。


「返答は、はい、です。>>>それは改竄しろと言う命令でしょうか。>>>」


 黒真が頷く。


「肯定と判断します。>>>編入に必要な戸籍や本籍、学力適性、科力適性等を自分に合わせて偽装。>>>完了。>>>学園のデータを書き換え、編入試験を終わらせたことにします。>>>完了。>>>自宅住所を紫藤黒真様と同じものにしておきます。>>>完了。>>>この機体名称を紫雨氷雨として学園のデータに介入。>>>完了。>>>全ての行動が完了しました」


 これで無事、氷雨は、寮と言う自室を確保したのだった。しかし、問題は多く残っている。服だ。

 寮の部屋に常備されているのは制服だけ。私服を持たない生徒と言うのはおかしいだろう。黒真は、そう考え、提案した。


「今度、お前の服を買いに行こう」


 氷雨は、考える動作をせず、すぐに頷いた。


「了解しました。>>>この後は、寮へ行って無理に作った空き部屋に入り、とりあえず制服に着替えればいいのですね?>>>」


 黒真は頷く。そう言うことは、自分である程度理解し判断できるらしい。


「さて、寮に向かうか」


「はい」


 黒真と氷雨は歩き出す。学生寮に向けて。いつの間にか、雨は上がっており、空には、綺麗な虹がかかっていた。だけれど、そんな虹には目もくれず、ただ、氷雨と黒真は歩きだす。

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