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3rd World  作者: 桃姫
zwei
14/31

14

 黒真が、生涯でたった一人だけ、憎んだ人物がいる。


 親戚に幾ら罵られようと、それで親戚を憎むことはなかった。


 ただ、たった一人、黒真が、この人物は、生理的に好きになれないと嫌悪した人物がいた。


 その人物と黒真が遭ったのは、中学校のこと。


 もはや、黒真ですら、何があったかは覚えていない。ただ、その人物のことだけは、一生好きになれないであろうと黒真は思っていた。


 一生憎み続けるであろうと思っていた。一生妬み続けるだろうと思っていた。一生殺したいと思い続けるだろうと思っていた。


 いつしか、そんなことも忘れていた。


 しかし、それは、唐突に思い出すことになる。






 体育館の壇上に立つ男を見て、黒真は、殺したくなるほどの嫌悪感を抱いた。


「あ~、久しぶりだな。俺は理事委員長の真白ヶ崎(ましろがざき)(やいば)だ」


 その名を聞いて、黒真は、全身が震える。理事委員長とは、生徒会の補佐で、現在は、生徒会長に付き添って沖縄にいたはずだった。


「刃っ……」


 黒真は、過去の記憶が蘇る。


 蒼華との記憶が、蘇る。


 覚えていないはずの記憶が、瞬時に構築される。


 蒼華を蹴り、殴り、傷つけた。


 蒼華の才能に、怒り、嫉妬し、蒼華を潰そうとした天才。それこそが真白ヶ崎刃。


「黒真君……、大丈夫?」


 龍美が、小声で声をかけてくる。


「ああ、大丈夫だ」


 黒真は、壇上の刃を睨むように見た。


「いや~、今回は、大量発生だったらしいね~。俺がいれば、即終わったんだろうけど」


 このようにバカみたく自分を凄いと思っているのが、刃と言う男なのだ。


「相変わらず、か」


 そして、自分より凄いものを許さない。


「え~と、今回、まあ、いろいろと、あったみたいだけど、まあ、俺がいれば、今後は心配ないだろう」


 このような、実力もあり、そして、自分のことを凄いと思っている人ほど、真面目な人間は突っかかりたくなる。夜午もその一人だった。


「委員長。お言葉ですが、あの量は、委員長でも危険だと思います」


 実際に目の当たりにした夜午は、よく分かっていた。


「そんなわけないだろう、神楽野宮君」


 刃は、笑った。そして、夜午に【太陽の剣(ガラティーン)】の切っ先を向けた。


「俺を、試してみるか?」


 刃は、そのまま【紅炎の如き光焔(ドレイン・サン)】と言う【科力】を発動させた。

 太陽の熱を吸収した力で高温を放つ能力。それゆえ【太陽の剣】。


「え……」


 夜午は動けなかった。刃は、恐ろしいことを平気でするのだ。誰も動けなかった。

 ただ、パチンと、指の鳴る音が聞こえるだけだった。


――【時の刻印】


 黒真は、止まった時の中で、夜午を引っ張り、範囲外にどかす。そして、時を動かす。


――ドゥン!


 体育館の壁の一部が、熱で焼け爛れた。あれが当たっていたら、夜午はひとたまりもなかっただろう。


「む?」


 刃が奇妙な声を出す。夜午に当たっていないからだろう。


「真白ヶ崎君!なんてことを!神楽野宮さんは!」


 教員が、急いでそこに駆け寄った。しかし、夜午は、黒真の腕の中だった。


「危ないですよ、真白ヶ崎君」


 フューゼの静かな怒りの言葉。


「紫藤君、助かりました。わたしも今のは、間に合わなかったでしょう。あなたがいなければ、神楽野宮さんは、あそこで死んでいたでしょう」


 酷く冷静なフューゼの言葉で、夜午は、ようやく自身の現状に気づく。

 フューゼの間に合わなかったと言うのは、【限界を超えし幻灰】の効果が間に合わなかった、と言うことである。


「今のをかわした?」


 刃が不思議そうに声を上げる。


「大丈夫か?」


 黒真が、夜午に声をかけた。


「え、ええ」


 夜午が、黒真から離れ、ふらふらと立つ。危うく死にそうになったのだ、無理もない。


「ええい!ハギル!奴等を切れ!」


 ハギルと呼ばれた青年、ハギル・エルゴリュー風紀委員長だ。風紀委員などの委員会は、理事委員の直轄のため逆らうに逆らえない。ハギルは、「すまない」、と心の中で思いながら、【切断の剣(デュランダル)】を抜いた。


「【絶対に成り得る絶大(ブースト・パワー)】……」


 そして、黒真に切りかかる。黒真はそれをギリギリで避ける。あまり時を止めていては、そのカラクリがばれてしまうかもしれないからだ。


「あまり逃げるのは得策ではないよ。この【切断の剣(デュランダル)】の【絶対に成り得る絶大(ブースト・パワー)】は、何かを斬るたびにその切れ味を増すよ」


 ハギルは、なるべく一撃で地に伏させたかった。あまり残酷なものは、好きではないから。


「デュランダル……?」


 黒真とは別の方向から声が出た。トリアである。トリアの能力もまた【絶対切断付加デュランダル・バースト】と言う、剣の切れ味を体現した能力である。似たものは惹かれあう。そして、同属嫌悪。反りが合わない。


「すまないな、名も知らぬ君」


 再び【切断の剣】が振るわれた。


――キィィイイイイイン!!


 甲高い音が、体育館を支配した。


「な、なに?数度斬った【切断の剣】を?!」


 そう、【切断の剣】を受け止めたのだ。トリアが、ただの木刀で。


「トリア」


「情けない逃げ様だな。貴様の代わりに、この剣使いの相手になろう。と言っても、相手にもならんがな!」


 鍔迫り合いのようになっていたが、トリアが、力を込める。


「ふん、【切断の剣(デュランダル)】か……。数度斬らなくては力が発揮できないようでは、意味がないなっ!」


――ガァアアン!!!


 そして、【切断の剣(デュランダル)】の刀身が斬り飛ばされた。


「我が力、【絶対切断付加デュランダル・バースト】。我が持つ剣は、全てを斬ることができる」


 木刀で、自分の、それも【科力適性】A以上の【科力兵器】が斬られたことでハギルは唖然としていた。


「流石俺のライバル」


「ふん、怨敵だ」


 軽口を叩き合う黒真とトリア。その様子に刃が怒る。


「なんなんだ!」


 そう怒鳴ってから刃が聞く。


「お前、名前はなんていうんだ!」


 おそらく黒真に聞いたのであろう。黒真は、静かな声で言った。


「紫藤黒真」


 そして、その名を聞いた刃が、憎々しいものを見るような顔をした。


「紫藤……っ。また、紫藤かっ!」


 その震える怒りの声に、体育館が騒然となった。


「紫藤蒼華っ!俺が唯一、勉学で、IQで、知能で勝てなかった女!」


 そして、怒声で体育館が静かになる。


「そして、紫藤黒真っ!なんなんだ!なんなんだよ!俺が最強なんだよ!」


 そう、刃は、神に愛されなかった者の中では、確かに優秀で才能があった。しかし、それは、神に愛されたものには届かない。それが世界の理不尽さ。


「お前は、確かに強い。ただ、その強さに満足している。だから、負ける」


 静かな忠告。


「そんな……、そんな、こと……」


 刃は狼狽する。





 そんな事件が起きた体育館だが、あっと言う間に修復・修繕された。

 事を目撃した生徒、教師が大勢いるため、黒真は、次期生徒会入りの有力候補として皆から見られるようになった。






 さて、ここで、紫藤蒼華と言う人間について語っておかねばならないことがいくつかある。


 紫藤蒼華。紫藤黒真の妹。年齢は、十四。黒真よりも二歳年下の妹。彼女の才能の片鱗が見え始めたのは、小学校に入ってからのことである。黒真が、同級生とサッカーをして校庭で遊んでいるころ、蒼華は、鷹乃町第九小等学校の図書室の書籍を常人にあるまじき速度で読みつくした。絵本から漫画から図鑑から小説から伝記から哲学書、何から何まで無差別に乱読を通り越して、読みつくした。その次に、市立図書館の書籍を全て、それこそ表に出ているものから、裏にしまわれているものまで全て読みつくした。

 そして、本の知識を吸収した。

 鷹乃町第九小等学校を卒業時点で、有名大学どころか海外のあらゆる大学に入学できるだけの実力があると言われていた。

 たった十二歳で、だ。

 天才と言うより奇才、奇才と言うより鬼才。

 神に愛された少女とまで言われた少女。それこそが紫藤蒼華。

 現在、紫藤蒼華は、飛び級制度により、大学も足早に駆け抜け、家で自宅警備員をしている。

 そんな紫藤蒼華と同じ小等学校に通い、同じ天才でありながら、ただの天才だった真白ヶ崎刃は、蒼華が許せなかった。

 彼が蒼華に暴行をしたのは、十五歳の頃。彼は中学生。蒼華が神童だと持て囃されていた。刃は、十五歳にして有名大学に合格できると言われていた。蒼華さえいなければ、持て囃されたのは刃だっただろう。

 それが切欠だった。同じ小学校にいたことがある。だからこそ、蒼華の居場所は、刃にも簡単につかめた。そして、暴行を振るった。

 顔などの見えやすいところではなく、腹や背中などの見えないところに、集中的に。蒼華は、そのことを誰にも言わなかった。それは日に日にヒートアップしていった。

 黒真がその現場を見つけたのは偶然だった。黒真は、怒った。

 そのときに何が起きたのかは黒真も刃も蒼華も覚えていないだろう。ただ、それ以来、刃は、蒼華に手を出さなくなった。蒼華は、ただ、兄が助けてくれたことだけを覚えていた。

 平凡で、頭がいいわけでもなく、腕っ節が強いわけでもなく、何かのとりえがあるわけでもない兄が、助けてくれた。それ以来、蒼華は、黒真に懐くようになった。

 過剰なスキンシップも時折見られるほど黒真に懐いている。

 黒真に助けられた。その事実だけ。

 蒼華は、あの日、あの時、何があったのかを、気にしたことはない。黒真も、助けられたのだからいいか、と思う。

 黒真は、蒼華に暴力を振るった、そのことから、刃を恨んでいる。憎んでいる。殺したいとも思っている。

 それほどまでに、妹を大事に思っていたかといわれると、黒真は返答に困ることだろう。黒真は、はっきり言って、妹に劣等感を抱かなかったわけではない。それゆえ、嫌い、とまでは行かなくても、好いてはいなかった。

 だが、蒼華が殴られている、その瞬間を見た瞬間、黒真は動いていた。

 それは、黒真の人間性ゆえだろう。黒真は、誰かのためにしか、恨み辛みを抱かない。そして、その誰かのために抱いた感情は、黒真を縛り付ける。


 だからこそ、黒真は、蒼華を傷つけた刃を一生許さないだろう。


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