13
黒真は、部屋でアンとアイナの二人と見合っていた。
「アイナ、元気だったか?」
黒真がアイナに聞いた。アイナは、笑う。
「ええ、元気でしたよ。黒真ちゃんは?」
「俺も元気だった」
二人のぎこちないやり取りに、アンは違和感を覚えながら、会話に加わった。
「えっと、黒真様、こちらの方とはいったいどういった関係なのですか?」
アンの疑問に、黒真は、なんとも言えないような顔をした。そして、非常に言いにくそうに、言う。
「う~ん、なんつーか、母親以上恋人未満?」
その表現に、アンは、変な顔をした。
「母親、と言いましても、黒真様、ご両親が健在では?」
「いや、まあ、いるんだけどさ。アイナは、母さんよりも母さんっぽいっつーか、優しくて包容力もあるんだよな」
黒真は、両親の愛を受けずに育った。それは、蒼華の才能が先に見出されたためである。だから、黒真は、家出したにもかかわらず、蒼華の提案一つで、学園に放りこまれているわけである。
「そんなことないですよ」
アイナは否定するが、黒真にとっては、事実、そうであった。
「アルスやトリアは敵だし、スーザックやリュークは仲間だ。だけど、アイナやヴァーナー、アン、この三人との出会いは、俺の中で大事なもんだと思ってる。お前等は、俺を変えてくれたかけがえのない、俺の愛すべき人だよ」
黒真が恥ずかしい台詞を平然と言ってのけた。
その言葉にアンとアイナは顔を赤くする。
「あ、ありがとう、ございます」
アンは、恥ずかしがりながら、お礼を言った。
「黒真ちゃんは、相変わらず、サラリと恥ずかしいことを言いますね」
「ほっとけ」
と黒真とアイナ、それに、アンが微笑ましいやり取りをしていると、インターフォンがけたたましい音を上げる。
「うおっ、誰だ?」
こう言うばあい、メイドが出るものであるが、アンの存在は、秘密のため、黒真が出ることにしている。
「誰だ?」
そこには、不機嫌そうな顔をしたフューゼがいた。
「紫藤君!あの子の様子は、どうですか!わたしが助けた時は、意識があったので、今はもう、意識が戻っているころかと思って見にきました」
などと、慌しく、扉を無理矢理開けて黒真の部屋に上がりこんだ。
「何事ですか、黒真様?」
「何事です?黒真ちゃん」
アンとアイナが同時に声を上げた。
「え?……誰?」
フューゼは、アンを見て、疑問の声を上げる。アンは、一応、名乗る。
「黒真様のメイドを勤めております、アン・リー・メイドです」
深々とお辞儀をするアンにつられて、フューゼもお辞儀を返す。
「…………ってメイド?!!」
そして、しばらくして理解できたのか、突如、奇妙な叫びを上げた。
「し、し、しし、紫藤君!なんですか、メイドって!何、部屋に連れ込んでるんですか!」
フューゼの慌てっぷりに、黒真は、大きく息を吐いた。
「あんたって、つくづく、わざとじゃねぇかって思うくらいのタイミングで、俺んとこに来るよな……」
黒真は、もはや、諦めた。
「あー、もう、面倒だ。フューゼ先生、あんたに、一つ聞く」
黒真の言葉に、フューゼは、首をかしげた。
「なんですか?」
フューゼの聞く準備のできた返答に、黒真は、静かに、溜息をつき、言う。
「俺の秘密を全部バラす。人に言い触らさないと約束できるか?」
黒真の言葉を聞いたフューゼに、戦慄が走る。
(秘密……。紫藤黒真の、秘密。欲しい。あれだけのステータスの秘密を)
フューゼは、ゆっくり頷いた。
「いいわ、約束するわよ」
そして、意識が切り替わっていた。暗殺者のフューゼに。
「その代わり、嘘はなしよ」
フューゼの言葉に、黒真は、笑う。
「そっちが信じるかどうかは、微妙だけどな」
フューゼは、内心で考える。
(あれほど、桁外れなステータス。既に常識の埒外よ。これ以上、何を聞いたところで、信じないことはないわよ)
呆れたような感じだった。
「じゃあ、教えてやる。よく聞けよ」
「黒真ちゃん、年上の人に、その口の利き方は、どうかと思うのよ?」
アイナの茶々が入る。
黒真は、アイナも年上だろう、と思いながら、あらためて、フューゼに話し出す。
「まず、地球とエスサイシアは、異世界だろ?」
黒真がフューゼの知っていることから切り出す。
「ええ、そうね」
フューゼの何を言ってるの?と言う視線を無視して、話を続ける。
「そして、地球とエスサイシア以外にも、異世界はある」
黒真の言葉に、フューゼは、思い出す。
「ファルセス・ヴィルセム博士の『他世界存在論』ね」
(エスサイシアで提唱されて、地球が発見されたことで、かなり注目を集めていたわね。それゆえ、わたしでも聞いたことがあるわ)
フューゼが言う。
「確か、この世界を取り巻く空間には、いくつかの世界が別位相に存在していて、それを繋ぐこともできる。それゆえに、違う世界に行くともできる。存在するかどうかまでは、確定されなかったはず」
黒真は、フューゼの博識ぶりに、ある種感心していた。
「まあ、俺は、その理論とか知らないけどな」
黒真の呟きに、フューゼが呆れ顔になる。
「俺の生い立ちは知ってるだろ?」
「ええ、まあ」
黒真の単純な問いに、またしても即答するフューゼ。その視線は、やはり、何を言ってるの?と言う冷たい視線だ。
「俺は、二回家出をしている」
「ええ、そうね」
「その二回の家出の家出先は知っているか?」
「と言うか、黒真様、家出などされてらしたんですね」
アンの茶々が入る。
「家出先までは、調べがつかなかったわ」
「その家出先ってのは、『シェリクシア』と呼ばれる、異世界だ」
黒真の言葉に、フューゼが信じられないと言う顔をする。
「『シェリクシア』は実在する。実際、アイナ……こっちのイリューナ・キレン・フォン・ニック・エリアート・アイナだったけ?が、『シェリクシア』であった人間だ」
「あってますよ、黒真ちゃん」
黒真がうろ覚えで言ったアイナの名前に、アイナが答えを言う。
「『シェリクシア』……」
(別位相に存在していてもおかしくはないでしょうけど)
フューゼは考える。
(でも、それだけじゃ、彼のステータスの高さは説明できない……)
フューゼの考えを読んだかの様に、黒真が答える。
「シェリクシアには、勇者と魔王がいたんだ」
「勇者、魔王?それってこの世界でも有名な、娯楽や書籍に登場する?」
フューゼの問いに黒真は頷く。
「ああ、そうだ。そして、俺は、シェリクシアの勇者だった。ついでに言うなら、アルスが魔王だ。俺は、勇者として召喚された時点で、【聖力】と【礼装】って言う、勇者だけに与えられる力を得たんだ。【聖力】は【時の刻印】。【科力】みたいなもんだ。時を止められる。それで【礼装】が、体の状態異常を無効化するものだ」
(なるほど、それで、時が止まったように感じたのね。それと、あの異常な異常耐性の理由も分かったわ)
フューゼは、納得した。
「まあ、なんだかんだで、魔王を倒して、帰ってくると、家出扱いだった。そして、そのすぐ後、アンに『デシスピア』って言う異世界に呼ばれたんだ」
(で、デシスピア?!また、異世界?)
新たな異世界の名に、驚愕するフューゼ。
「デシスピアにも、勇者と魔王がいて、俺は、魔王だった。ついでに、トリアが勇者。魔王は、勇者と同じように、特殊な力があって【魔術刻印】と【魔力】を貰う。【魔術刻印】って言うのは、体力、身体能力を人外並みに引き上げる。そして、【魔力】も【聖力】と同じで【科力】みたいなもんだ。【絶対領域】って言って、その空間を自由に操る力な」
(【魔術刻印】……!それで彼は、埒外のステータスになっているのね!)
フューゼは、全ての謎が解けたことで、頭がすっきりした。
「紫藤黒真、貴方は、何故、それほどまでに、異界から好かれているんですか?」
フューゼの質問に、黒真は、ただ、一言言う。
「分からない」
それは事実だった。黒真は、何故か、など知らないし、そもそも理由があるのかも分からない。ただ、「勇者の力」と「魔王の力」、それともう一つ。三つの世界に祝福を受ける運命のもと生まれた天性の存在だ。
「そう。それもそうね」
そして、一拍、間を置いてから、覚悟したようにフューゼが、話す。
「じゃあ、そちらが教えてくれたお礼に、わたしの方も、わたしの秘密を教えるわ」
フューゼが、対価に、自分の秘密を提示してきた。
「いや、別にいいんだが」
「いいえ、こちらも、一応、等価交換主義なので、何かを貰えば、同等の何かを与えなくては、気がすまないわ」
フューゼは、そう言って、語りだす。
「前に、わたしが授業で『科力兵器延命手術』について語ったことがあったのを覚えていますか?」
急に教師のフューゼに戻り、かつて授業で語ったことを覚えているか聞いた。
「『科力兵器延命手術』?」
黒真の覚えていなさそうな様子とおそらく知らないであろう二人の少女を見て、フューゼはあらためて説明する。
「ファルセス・ヴィルセム博士が、考え出した延命手術です。命の危機に瀕した人に科力兵器を手術で入れて、【科力】の中にあるエネルギーで生命活動を補助させるものです。現在は、人体を補助できるほどのエネルギーを持つ【科力兵器】が尽きつつあることで、禁止されたんです」
フューゼの説明に、「ほぇー」と頷くアイナとアン。黒真は、「そう言えば聞いたかも」と感じていた。その三人の反応に溜息をつきながら、フューゼは、話を続ける。
「そして、わたしは、その『科力兵器延命手術』によって、体内に、EX+級の【科力兵器】を埋め込まれているんです」
フューゼの言葉に、黒真は、アンが来た日に、フューゼの部屋でした会話を思い出す。
「【限界を超えし幻灰】、か」
万物の死を越えさせる不死なる力。吸血鬼は日の光で灰になる。不死鳥は灰の中から蘇る。それゆえに、灰。
「ええ。そうです。わたしの命は、【限界を超えし幻灰】によって繋ぎとめられているんです」
そして、忍刀を素早く組み立てる。
「これは、【限界を超えし幻灰】に連動する【科力補助兵器】です」
【科力補助兵器】とは、【科力兵器】と連動するように作られた【微科力兵器】である。【科力】を持たないが、【科力兵器】の放つエネルギーに反応するもののことを言う。
「万物の死、と言いましたが、実質、物で元に戻せるのは、【限界を超えし幻灰】に連動している、この忍刀だけで、他の物は元に戻せないんです。人は問題なく戻せるんですけどね」
フューゼは、思う。
(流石に、どんな力も、万能ではないのよね。まあ、けれど、イヴリア様の【創造されし想像】は、例外かも知れないけれど……)
この学園にある七本の剣。イヴリアによって造られた剣は、最高峰の【科力兵器】だ。【龍滅の剣】、【切断の剣】、【太陽の剣】、【堕ちた烙印の剱】、【黄金の剣】、【慈悲の剣】、【選定の剣】の七本は、生徒会を中心に、優秀な生徒に渡されている。例えば、立原龍美には【龍滅の剣】。神楽野宮夜午には、【黄金の剣】。生徒会長には、【太陽の剣】。風紀委員長には、【切断の剣】。このように、各個人に、渡されているのだ。ただし、【選定の剣】だけは、まだ使用者が見つかっていない。
この七本の様々な剣こそイヴリアの万能の象徴である。
融通は利かないが、それこそ、【別界に隔離する蔑戒】や【限界を超えし幻灰】に並ぶ、最高峰の【科力】だ。いや、【限界を超えし幻灰】以上と言っても過言ではない。
それこそ、イヴリアがエスサイシアで、持て囃されている理由の一つである。
「わたしは、『科力兵器延命手術』によって、命を救われたんです。それゆえ、法を破ってまで、この命を救って下さったオーディス・エスサイシア様にお仕えしているんです」
フューゼが救われたころは、もう、「科力兵器延命手術」は禁止されていた。それを破ってまで救われたのだから、命をその人のために、捧げようとするフューゼの姿勢は分からないものではないだろう。
「そして、イヴリア様がこの学園に入園することが決まり、下準備のために、こちらのエスサイシア大使館で地球について見聞を学び、この学園の教師として、数年に亘り指導をしてきたんです」
それが、フューゼの秘密だ。
「なるほど。まあ、いろいろと分かったぜ」
「ええ、そうですね」
「え、えっと」
三人の反応を見て、フューゼが叫ぶ。
「聞いてなかったんですね!!!聞いてなかったんですね!!!」
フューゼが叫ぶ中、黒真は、一言。
「……何で二回言ったんだ?」




