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3rd World  作者: 桃姫
zwei
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12

 レッカ・ヴァーナーは、レッカ・ジョージル(町長)の息子の名前であった。しかし、ヴァーナーは、齢十五で亡くなっている。黒い魔物に襲われた、と言うことしか分かっていないが、ヴァーナーは死んだ。そんなときに、黒いローブを被った、ヴァーナーと同じくらいの年頃の少女が、町長の家の前に倒れているのを発見される。

 その日より、町長は、その少女をヴァーナーとすることにした。

 それゆえに、レッカ・ヴァーナーは、女性である。

 そして、俗に言う「ハーフエルフ」である。そして、彼女もまた、シェリクシアの定義から外れる、アイナやアンと似た存在。

 そして、それは、この世界の人間から見たら、異質な存在である。

 だから、彼女は、決してローブを外さない。そして、決して、ローブの中を誰かに見られては、いけない。そう、自分で誓ったのだった。




「勇者さん」


 皆が寝静まった夜のこと。野宿のため、複数のテントを張ってある。黒真が眩しい太陽の登った空を見上げていたら、テントの一つから黒真に、ヴァーナーが話しかけた。その声は、とても愛らしい、高い声音だった。


「……随分と可愛い声だな」


 黒真の呟きに、ヴァーナーが可愛らしい反応で返す。


「なっ、なな……」


 顔を真っ赤にし、照れと驚きと怒りの混ざったような、なんとも言えない顔をしている。


「それで、何か用か?」


 黒真の、普段の様子とは違う、暗く冷静な雰囲気に、ヴァーナーは、呑み込まれそうな気分になる。


「この忌まわしき体を見たのですか?」


 とても愛らしい声とマッチしない真剣み溢れる内容に、黒真は思わず苦笑いしそうになるが、堪えて、言う。


「忌まわしき、ね。別に口調から見ても、性同一性障害じゃないんだろう?ってことは、あの可愛い『お耳』のことかな?」


 キザったらしい口調で黒真が言う。


「な、何が可愛いんですか!あんなもの、他人と異なる……、人ではない証明じゃないですかっ!そんなもの、可愛くもなんともありません!」


「喋るようになったら、いつになく饒舌だね。そのとても可愛い声が聞けるのはうれしいけれど、少し声を抑えたほうがいい。誰かが起きてきて困るのは、君のほうだと思うよ?」


 などと、適当に言葉をかけつつ、内心では、別のことを考えていた。


(この反応、エルフが悪者ってゆーか、魔物って言う話は聞いたことがねぇし、魔物図鑑にも載ってなかったからな。そもそもいない存在ってことか?じゃあ、エルフの存在について、ざっと説明するか)


「くっ、……そうです、ね。喋りすぎました。声も控えます」


 ヴァーナーは、声を潜めた。


「君は、自分の正体を気にしたことはあるかい?」


 黒真の言葉にヴァーナーは、眉を顰める。


「しょう、たい……?」


 黒真は、溜息をついて言う。


「エルフ」


 ヴァーナーは、「何を言ってるんだ?」と言うような顔をした。


「えるふ?」


 それに対して、黒真は、笑う。その笑みは、まるで、ヴァーナーの無知を嘲笑するかのような、笑い。


「そう、エルフだ。森の妖精。神聖なる森の奥に住む、森の守護者。尖った耳と白い肌が特徴的な妖精のことだ」


 黒真は知っていることだけを述べた。


「神聖なる森の守護……」


 そう、そして、神聖なる世界、……いや、妖霊なる世界(レイルシル)の住人だ。


「だから、さ。その綺麗な顔を隠しちまうのは、もったいないぜ」


 黒真は、笑った。その笑みは、先ほどまでの嘲笑とは全然違う、明るい笑み。その笑みに、ヴァーナーは心を奪われる。


「貴方がそう言うのでしたら、ローブを羽織るのを、やめます」


「ふっ、そうか。うん、いいんじゃないか?」


(ちょっと寂しい気もするけどな。俺以外の奴も、この綺麗な顔を知るってのが)


 そんなことを考えながら、黒真は、テントに戻るヴァーナーを見送った。





 翌朝(と言うより、就寝時間明け)、まだ静かな森の中。黒真たちは、テントを畳んでいた。


「ヴァーナーさん、起きてこないっすね。珍しい」


 スーザックの言葉。そう、いつも、ヴァーナーが最初に起きてくるはずなのだ。そのヴァーナーが起きてこない。黒真は、昨日のことを知っているだけに、仕方がないと思っていた。


「ん?何やってるっす?」


「いや、写メっとこうと思って」


 写メ、写真メールの略称。別にメールを送るわけでなく写真を撮るだけなのに、写メると言うこともあるから不思議である。


「しゃめ……?」


「まだ、10%だけど充電残ってっから、あれを撮らないのはもったいないと思ってな」


 そう言った瞬間、ヴァーナーのテントから、ローブのフードを外したヴァーナーが出てくる。シャッターボタンを押し、ばっちり撮れたことを確認しながら、黒真は、スマートフォンをしまい、ヴァーナーに声をかける。


「おはよう、ヴァーナー」


「おはようございます」


 そのヴァーナーの笑顔を見た、スーザック、リューク、アイナは、唖然とした。


「って、黒真ちゃん!ヴァーナーさんって男なんじゃないんですか!完全に女の子ですよ!」


「そうっすよ!な、なにがあったっすか?!」


「い、一体何が……」


 その言葉に対して、ヴァーナーは、いつもと同じように無言だった。


「……」


 ヴァーナーは、どうやら、黒真としか口を利く気がないらしい。


「ヴァーナーは、立派な女の子だぞ?」


 黒真の台詞に、三人が目を丸くした。


「こ、黒真ちゃんは、いつから知ってたんです?」


「ナイフを拝借した時に、ローブの中を見たからな」


 黒真があっけらかんと言うと、アイナは、息子が思春期になったことで不安を覚える母親のような顔をした。





 それからも、黒真たちの冒険は続く。一ヶ月で、村から村へと巡り、スーザックが運命の人と出会ったり、リュークが自身の姉と許婚関係になったことが判明したり、と大忙しだった。





 さらに一ヶ月で、大きな街につき、武道会や舞踏会などに参加し、大暴れ。





 そうこうしているうちに、あっという間に、一年が過ぎた。




「ここが魔王のいるグルヴラ城か……」


 黒真は、魔王城の前にいた。現在、黒真は、一人だ。

 グルヴラ城に来る前、黒真は、時を止めて、単身で、来た。理由は様々あるが、仲間の安否を気遣ったのが一番か。

 スーザックは、もうじき子供が生まれそうだと言う。

 リュークは、許婚の「姉」と久しぶりに再会した。

 ヴァーナーは、黒真の無二のパートナーと言われるほど、頼もしい間柄だったが、それゆえに、大事だからこそ危険な眼にあわせたくなかった。

 アイナは、重要な仲間だった。そして、黒真にとって、母親のように暖かい存在だった。だから置いてきた。

 それゆえ、黒真は、一人で戦いに挑む。最後の戦いに……。




 魔王城の大きな扉に手を掛ける。


――ギィイイイ


 そんな軋む音と共に、静かに開く。


「遅かったな!勇者よ!待ちくたびれたのじゃ!!」


 そんな透通った怒声に、黒真は、その方向を見る。


――「(あか)い」


 そう、赤と言うには深く暗い。それでいて、紅と言うには、太陽のように明るい、そんな「赫い」色。

 次に、健康的な肌色。艶があり、光を反射する。ツヤツヤ、スベスベとした肌の色。

 露出の高い、漆黒の衣装。水着や下着と変わらない布地で、胸元や腰元を覆っている。そして、風で翻るマント。それにより、荘厳な、偉大な、そんな風格ある魔王を髣髴とさせられる。

 そして、少ない布地の所為で非常に目立つ、ヴァーナー以上にたわわに実った巨乳。ヴァーナーよりは、少し有るが、くびれた腰。少し大きいお尻。

 パッチリと大きな瞳。長い睫毛。赤と黄色の中間のような、オレンジの瞳。

 その容姿に、黒真は、思わず見とれた。見入った。いや、魅入られた、とも言えよう。


「ふっ、勇者よ。跪くのじゃ」


 そして、蔑むような笑みとともに、黒真を見て、言った。


「跪く……、はっ、誰が」


 しかし、黒真は、それをきつく睨み付けた。


「ぬっ……」


 黒真は、この一年間……シェリクシアに飛ばされてからの日々で、ほとんどの時間、自分を偽って過ごしていた。

 バカな振り、テンションの高い振り。全部、何もかも、「嘘」。

 そして、今の黒真が、本当の黒真と言う人間。


「魔王。最初に、一つ言う。負けを認めろ」


 冷たく、冷酷に、そう言った。


「本当に勇者か、おぬし?声の殺気が、化け物並みじゃぞ」


 黒真は、押し殺していた自分を表に出す。


「時よ、止まれ――」


 その言葉とともに、世界が止まる。


「これは……、ふむ、面白い技じゃのう」


 しかし、アルスは、止まっていなかった。


「じゃが、【最硬度(オレイカルコスの)守護結界】の前では、どんな力も意味をなさぬ」


 【最硬度守護結界】【オレイカルコスの守護結界】は、如何なる【魔力】【聖力】【科力】等の力でも無効化する。その結界に触れる、もしくは、結界内に居る状態では、誰も発動することができない。対【魔力】【科力】【聖力】などの力用【魔力】の中では、最強の部類に入る神がかり的な力だ。この力の前では、黒真の力すら、容易に無力化できる。無論、彼女が範囲に入る技であれば、同様に無効化されるため、【時の刻印】も発動中には、意味をなさない。


「そうかよ。だけどな」


 しかし、黒真の【時の刻印】は、ただ、時を止めるだけではない。

 【時の刻印】【タイム・スティグマ】。勇者の中でも異質な能力。勇者の時代を超えた語り継がれに起因する時間を体現した能力。その実質は、時の支配であり、本質的には、魔王に近いが、人々の心や思い出を、時空を越えて支配する勇者伝説と言う意味では、勇者の力である。そして、時と言うベクトルを様々に支配できるこの力には、止める以外にも能力がある。

 時間の停止、時間の巻き戻し、時間の加速、時間を歪めること、時間を破壊すること、時間を御するあらゆることが行える。それこそが、【時の刻印】の本当の力。


「時よ、速まれ――」


 アルスの周囲だけ、時間が隔離され、速まる。時の流れと言う「概念」そのものは、無効化できないため(時が止まると言う「事象」は無効化できるので、時が止まらなかったことになるが、時の流れが速まるという「事象」は、無効化しても、時が流れるため、結果的に加速すると言うことが起きてしまう。要するに、「事象」は無効化できても「概念」は無効化できないと言うこと)結果的に、長時間、【最硬度(オレイカルコスの)守護結界】を使用したことになってしまう。ただ、アルスの時間は、「事象」を無効化したので、普通の時間と同じである。一秒に一消費していたのが、一秒で十消費するようになると言うことだ。


「な、んじゃ、この疲労感は……」


 そして、【最硬度(オレイカルコスの)守護結界】は、解除される。その隙を突いて、黒真は、止める。そして、ナイフを出して、アルスの首筋にナイフをあてがって、時を動かす。


「くっ」


「おっと、動くなよ。素直に、負けを認めろ」


 黒真は、告げた。アルスは言う。


「誰が、認めるものか」


「いいな、それでこそ魔王だ。しばらく、止まっていろ」


 そうして、黒真は、アルスの時だけを――止めた。





 黒真は、アルスを縛り、抱え、仲間の元へ戻る。


「ここはどこじゃ?」


「俺の宿」


 黒真は、動き出したアルスと部屋で話していた。どうやら、皆、まだ、黒真が、魔王を倒しに行ったことに気づいておらず、散歩をしに行って迷子になったかも知れない、と探しに行っているらしい。


「ふむ、迂闊じゃったか。おぬし、中々やるのう?勇者よりも、魔王向きじゃ」


 アルスが笑う。


「くくっ、違いない。まあ、もっとも、お前みたいな魔王にはなれっこないがな」


 そして思う。


(もし、俺が、魔王として呼ばれちゃってたら、こいつほど有能じゃなかっただろうな……。劣等感、か。久々だな、こう言うの)


 純粋に、並びたいと思った。それだけだった。


「黒真ちゃん!帰ってるんですか?!どこ行ってたんですか?!」


 アイナが怒声を浴びせながら、ドアを開けて入ってくる。後ろには、ヴァーナーの姿もある。


「おう、アイナ!ヴァーナー!見てくれ!」


 そう言って手足を縛り上げたアルスを指差す。


「魔王拉致ってきた!」


 黒真の発言に目を丸くする二人。


「はい?」


「ふぇ?」


 気の抜けた声に、黒真は、もう一度言う。


「だから、魔王拉致してきたんだって!」


 一瞬の間。


「ええええええええええええ!」


「えっ、は?はぁああ?」


 そして、悲鳴のような叫び声。


「ま、まま、まお、魔王拉致って、え?え?ええ?」


 アイナが混乱する。


「ちょっ、コレどうするんですか?せっかく【思いを筆に込めて(ブック・メーカー)】で作った伝記!黒真ちゃんが、かっこよく魔王と対峙するように、書いてたんですよ!」


 ちなみに、【思いを筆に込めて(ブック・メーカー)】は、【聖遺物(リリクイー)】だ。


「はぁ、まあ、落ち着いて聞いてくれ。俺は、これで、魔王に勝った。だから、そろそろ、お別れだ。だから、お前等に最後の言葉を言いに来たんだ」


「最後……」


「黒真ちゃん……」


 二人が物悲しげな声を出す。


「アイナ、その愛情が俺の心に優しすぎて、暖かかった。ありがとう。ヴァーナー。その美しさが、俺の励みになった。ありがとう。スーザックやリュークにも感謝してる。でも、お前等二人は、特別だった」


 そう言いながら、黒真の体が光に包まれる。


「じゃあな。また会おう」


 徐々に光が広がる。


「黒真ちゃん、最後に、これを!」


 アイナが一冊の伝記を黒真に渡す。


「サンキュー、アイナ」


 そして、光が消える寸前、アルスが、叫ぶ。


「最後に一発、殴らせるのじゃ!」


 そして、ギリギリ、光に手が届いた。


「へぶぅ!」


 そんな情けない声とともに、黒真の一度目の家出は終わりを迎えるのだった。




――2050年、3月。アルスは、日本のエスサイシア大使館前に、謎の反応と共に叩き落されたのだった。


「痛いのじゃ……」


 そこに一人の女性がやってくる。


「貴方、どうやってエスサイシアから、ここに来たの?違法転移かしら?」


 アルスに忍刀を向ける女性、フューゼ・クランベリールだった。

 アルスは、フューゼにきつい取調べを受けるのだった。





――2050年、3月末。黒真は、通学路のど真ん中に立っていた。思い起こせば、黒真がトラックに撥ねられそうになった場所だ。


「伝記、か」


 それにしても、と黒真は思う。


「アルスの奴、本気で殴りやがって、マジ痛ぇ……」


 その後、黒真は帰路に帰るのだった。大幅に世界が変わったことにも気づかずに。

 そして、すぐに、別の世界に行くとも知らずに。


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