2話
第六異特級ダンジョン。
ここは東京都内では随一、日本国内でも最高ランクに位置づけられる高難度ダンジョンだ。
『特級』と名付けられているのにはそれなりに理由があるのだ。
その浅層でモンスターを狩り、魔石をちまちまと集めていた時だった。
突如、設置されたスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響いた。
端末を確認しても、やはり警報が発令されている。
「警報か。この濃度で探査機構が鳴らす判断をするとは思えないが――」
微かな地鳴りが足元から伝わってくる。
あの派手な探索者が潜っていった先からだ。
「この揺れ、まさか……な」
◆
第六異特級ダンジョン、第6階層。
配信中の如月ジュリは、モンスターの攻撃をギリギリで躱していた。
「おっとと! 今のは危なかったかな。ちょっと気を抜いたら、やられちゃうかも……」
画面端で、視聴者数がうなぎ上りに増えていく。
熱狂に支配された視聴者をもっと煽る為に、あえて派手に、そして過激に。
簡単に勝ったらつまらない。
苦戦しながら、ギリギリのラインを見極める。
もちろん全てフリだ。
万が一があっても勝てる相手を選んでいる。
それが配信者としての『上手い』立ち回りなのだ。
『ジュリちゃん危ない!』
『ヒヤヒヤするー!』
『立ち回り上手すぎだろ!』
盛り上がりは上々。
後は綺麗に終わらせて、締めるだけだ。
「さて、そろそろ決着といきますか!」
武器を構え直した、その瞬間だった。
目の前にいた魔獣ノーブル・ファングの巨体が、不自然に宙に浮いた。
一本の太い角がその腹を完全に貫通し、串刺しにして持ち上げていたのだ。
「あ、あれって……ヴァルサヴィアス……? うそ、でしょ?」
一本角の恐竜の如き体躯。それは嫌というほどに理解していた。
A級モンスター。死の具現。あまたの探索者を葬ってきた、絶望の葬儀屋。
本来であれば最下層――20階層以下にしか出現しないはず。
だが今日は魔力濃度が極端に高い。そのため浅い層まで上がってきたのだ。
全く持って、想定外だった。
「……え?」
しかし視界の端では、爆発的に増えていく数字が目に入った。
アクセス数が瞬きごとに数百単位で増えていく。
あと数分ここで戦えば、どれだけの視聴者を獲得できるか。
『え、嘘だろ!?』
『なんで浅層にヴァルサヴィアスがいるんだよ!』
『逃げろ逃げろ逃げろ!!』
『神回確定www』
「よ、よし! 時間稼ぎに徹底して――」
欲を出した一瞬の思考。
それが致命的だった。
「あっ………ぐっ!?」
右肩口に熱。そして衝撃。遅れて猛烈な痛みがやってくる。
見れば、右肩の肉が大きくえぐれ、白い骨が露出している部分があった。
「い、痛い! 痛い痛い痛い!」
ねじれた悪魔の如き角には、鮮血がべっとりと付着している。
当然だ。アレで腕をえぐられたのだから。
振り回された角の先が直撃したにも関わらず、なにも気付けなかった。
気付いたのは痛みだけ。
次、アレを受けたら、間違いなく死ぬ。
『うわあああああああ!』
『血、血が!』
『おい誰かギルドに通報しろ!!』
『これヤバいって!!』
「に、逃げなきゃ! すぐに……」
しかし、動けなかった。
足が、鉛のように重い。恐怖で床に張り付いて動かない。
死の具現が、無慈悲に二撃目の角を振り下ろす。
「これ、死ん――」
◆
けたたましい警報の中、俺はふらりと第6層へ足を踏み入れていた。
巨大なA級モンスターが、今まさに派手な探索者を串刺しにしようとしていた。
助ける義理などない。
義理はないが、理由はある。
なぜなら、ここで人死にが出れば、ダンジョンは一定期間封鎖されるからだ。
家から最も近いこのダンジョンが封鎖されたら、電車を乗り継いで別のダンジョンへ向かう必要がある。
俺は一歩だけ踏み込み、ただ無造作に右の拳を振り抜いた。
轟音。
そして確かな手ごたえ。
A級モンスターの巨体は、一撃で壁の果てまで吹き飛び、即死した。
「これは、獲物の横取りにならないよな?」
◆
粉微塵になったヴァルサヴィアスの残骸と、突然現れた少年。
痛みも忘れ、ただ呆然とその背中を見上げていた。
「ありがとう、ございました。助かりました」
「うん、死んでないならよかった。ただ、このモンスターの処理は任せていい?」
「も、もちろんです。けど、いいんですか? このランクのモンスターを換金すれば、相当な額になると思いますけど」
A級モンスターの素材ならば、国に売買すれば数億は下らない。
それはつまり、一般の人達が一生を掛けて稼ぐ値段だ。
だが、少年は全く興味がないように背を向けた。
「別にいいよ。お金なら、もう必要ないし」
「な、名前! お名前を教えてください! お礼がしたいので!」
「……それじゃあ、気を付けて。くれぐれも死なないように」
ジュリの必死の呼びかけを完全に無視し、少年は嵐のように去っていった。
『え???』
『は? 今何が起きた?』
『ヴァルサヴィアスが……ワンパン……?』
『誰だよあの高校生!?』
『A級の素材捨てて帰ったぞ!?』
約10万人の視聴者が画面の向こうで凍りつく中。
ジュリは消えた少年の背中が、どうしようもなく脳裏に焼き付いて離れなかった。




