1話
「おい、三隈!」
放課後の騒がしい教室。
背後から投げられた声に、俺は面倒くささを隠さずに振り返った。
「なんだよ」
「お前、ダンジョンに潜ってるんだってな。近場のあの、なんとかダンジョン」
「第六異特級ダンジョンな。それがどうした?」
正確な名称を答えたが、クラスメイトの男子には全く伝わっていないらしい。
ニヤニヤと下品な笑いを顔に張り付けているだけだ。
「ちょっと入り用でさ、金貸してくれよ。探索者なら相当稼いでるんだろ? 数万……いや、十万でいいからさ」
「あぁー……無理。浅い場所をうろうろしてるだけだから、アルバイトと稼ぎは変わらないし」
適当にはぐらかすと、男は待ってましたとばかりに周囲へ声を張り上げた。
「ほら、言った通りだろ!? 絶対にそうだって!」
「あのさぁ、三隈。言っちゃ悪いけど、ダサいよそういうの。カッコつけて探索者って名乗りたいだけなんだろ? ダンジョンに潜ってるのもさ」
取り巻きの別の男も、得意げに嘲笑を被せてくる。
「それとも配信者の出待ちでもしてんじゃね? その顔、ネトストとかやってそうだよな」
「えぇー!? ちょっといいなって思ってたのに、ショックなんだけど」
女子の一人がわざとらしく顔をしかめた。
的外れな推測で盛り上がる彼らに、俺は静かにため息をついた。
「どうせ才能もないんだから、さっさと辞めろよ。死んだらクラスで葬式とかいかなきゃだしさ。面倒じゃん、そういうの」
「あぁ、あとこれは批判とかじゃなくて善意で言ってるだけだからさ、気を悪くすんなよ」
どうやら、女の前で俺を貶めて優越感に浸りたいらしい。
浅ましい自己顕示欲だ。
「それで? 俺が探索者名乗ってて、なにか不都合でもあんの?」
「……は?」
「いや、ダサいとかなんとか言ってたけどさ、現状でなにか迷惑かけてんのかなって」
図星を突かれたのか、男の顔からニヤケ笑いが消えた。
「な、なにマジになっちゃってんの? てかアドバイスしてやったんだから、感謝しろよ」
「その誰も求めてないオナニーみたいなアドバイス、必要ないから」
俺が冷たく言い放つと、男の顔が瞬時に朱に染まった。
「て、てめぇ! ふざけ――」
「どうかしましたか? 今日は魔力濃霧の影響で下校時刻が早まっていますよ」
胸倉を掴まれそうになった瞬間、教室の入り口から声が響いた。
かっちりとパンツスーツを着込んだ、担任教師の寺井だった。
ずいぶんと都合のいいタイミングでの登場だが、どうせ狙っていたに違いない。
「寺井先生! 三隈が急に、俺達へ暴言を吐いてきたんです! なんとか言ってください!」
「それは困りましたね。ですが詳しい話はまた明日お願いします。じっくり、一人ずつお話を伺いますので」
寺井の言葉には、有無を言わさぬ圧力が籠もっていた。
本能的な危険を察知したのか、クラスメイト達は顔を引き攣らせる。
「い、いえ、それなら大丈夫です。それじゃあ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく彼らを見送ると、寺井は小さく息を吐いた。
「手加減してあげてください、三隈君。相手はただのバ……少し多感で幼稚な高校生ですよ」
「それを言うなら、こっちもただの高校生ですけど」
「特級ダンジョンを単独で攻略した、S級の探索者が?」
「その時にはまだ探索者として登録していなかったので、今はF級ですよ」
俺はポケットのギルドカードに触れながら肩をすくめた。
「カードの表記がFだとしても、その膂力がS級という事実は変わりません。撫でれば人は死に、殴れば痕跡すら残らないでしょう」
「消えた相手はいないでしょ、いまのところ」
「ですがその兆候があれば、こうして私のようなお目付け役が出張る必要があるんです。なので三隈君、なるべく普通にしていてください。死地であるダンジョンを駆け抜けるより、簡単でしょう」
「その普通を知らないから困っているんですよ」
国家の監視役でもある彼女の言葉に、俺は気怠く返した。
そもそもあのしょうもないいびりを受けるのが、今どきの普通なのか疑問だが。
「まぁいいです。申請があればさっきの子供達は全員、別の学校に飛ばすこともできます。どうしますか?」
「別にいいですよ、そんなの。今日の夜になれば、俺のことなんて忘れるはずですから。それに異性の前でかっこつけたいお年頃でしょう」
「……いつも思いますけど、人生二週目の感性をしていますね。本当に高校生ですか?」
「そうありたいと、思ってはいますよ」
◆
下校中、街は不気味な薄紫色の靄に包まれていた。
ダンジョン出現以降、災害に認定されるようになった『魔力濃霧』だ。
その数値が多少高いだけなら体調不良を引き起こす程度だが、高すぎるとモンスターが出現するようになる。
そのため、万が一に備えて一定以上の数値が検知されたら外出を控えるよう、警報が出る手はずになっているのだが――
「なんだ……?」
ダンジョンの入り口は、ひとりの探索者がはしゃいでいた。
年頃は、俺に近いだろうか。派手な装備は見栄えを重視しているのか。
周りにはいくつものドローンが飛び回っている。
魔力濃度が高ければダンジョンに出てくるモンスターも手ごわくなる。
実力を見誤れば簡単に命を落とすのがダンジョンだが、その探索者からはそんな気配は微塵も感じられなかった。
「さて、今日の魔力濃度はなんと! 『9.6』です! 通常値の5倍近くなので、魔物もそれに準じて強くなってるかと思います!」
『嘘だろジュリちゃん!?』
『9.6とかS級パーティーでも撤退レベルだぞ!』
『頭のネジ飛んでるww』
『マジで死ぬから今日はやめとけ!』
ドローンから投射された仮想スクリーン画面を埋め尽くす制止のコメントを、彼女は全く意に介さない。 そんな騒ぎを遠巻きに眺めながら、俺は目を細めた。
「『高難易度限定攻略者』? な、訳ないか」
あえて高難度のダンジョンに挑む者達も、いなくはない。レベルアップや魔石の採取などを目的にしているが、それらはあくまでハイリスクハイリターンを目的とした、れっきとした探索者の集団だ。
だが目の前の探索者はそのたぐいとは全く異なる。
まるで危険なダンジョンにはいること、そのものが目的のようにさえ見える。
「この状態で攻略できたら! チャンネル登録と高評価、それと拡散をよろしくお願いします!」
『行くのかよ!?』
『死ぬなよ! スパチャ投げるから!』
『伝説の配信キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
自ら死地へ嬉々として飛び込んでいく少女。
その異様な姿を見て、俺は短く息を吐いた。
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