刹那の駆け引き
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『救い主の手』幹部のひとり、ウルミナス=ベラドンナは錬金術師の末裔・ルビエ=モズクォズを拐うべく、彼女の居城を襲撃していた。
街のほうの喧騒を聞き、様子を見に表に出てきたルビエとタンボ=ツリーピオを、城の屋根から見おろしている。
「お前は動くなよ、コットリカ? 今のお前だと、標的をブッ殺しかねないからな。標的は、生きたまま連れ帰る必要がある……」
「ウッ、ウフフふ、ふゥ゛ッ……!!」
ウルミナスは苦しむようにうずくまるコットリカを慮る素振りも見せずに、自身の魔力を練りはじめた。
それは、通常の魔導師がまず見せることのない、あまりにも禍々しく、そして毒々しい魔闘気であった。
「安心しろ、殺しはしない。ただ、首から下の骨が溶けていっさい動けなくなるだけだ。私が解毒しなければ、そのまま死ぬことになるだろうがな!」
ウルミナスはたっぷりと大量の毒を練りあげると、自身の魔闘気に混ぜこみ、野獣のような形状にして撃ちはなった!!
『死毒狼』!!
ーー自身の都合がよいように、自由自在に毒を調合することができる。
毒使いは数多くいれど、扱う毒の種類、生成する速度・量、いずれも世界最高レベル。
それが『毒使いの女王』ウルミナス=ベラドンナ、ISRR・Aランク!
背後の頭上から、触れるも恐ろしい魔法が放たれたことを、ルビエとツリーピオはただちに察知した。
「ルビエサマ、ヤバいデスヨ、呪いよりヤベーのがキテマス、クヒヒ!」
「ッ!!」
ーー通常の結界じゃ、到底防ぐことのできぬヤバいのが来てるのぅ。
ケチってる場合じゃなさそうじゃの!
……ウルミナスの練りあげる毒素は結界をも溶かす。『結界毒性』がデフォルトで組み込まれているのだ。
ルビエはそこまで見抜いていたわけではないが、出し惜しみをすることなく、自身が取れる最も安全な防御策を取った。
その慎重さが結果として、彼女の命を救うこととなる。
ルビエはとっさに自身の中指に嵌めていたオリハルコン製の指輪をはずし、後ろへと投げ捨てた。
そして指輪が地面に触れた瞬間、両手を合わせ、錬成を開始した。
パンッ!!
指輪を種金として土壌中の微量金属と錬成し、即席のオリハルコンの防御壁が発生した!
ルビエが錬成した即席の防御壁はそのほとんどを毒で溶かされながらも、かろうじて持ちこたえた。まさに、薄氷一枚。
もっとも、ウルミナスが本気で殺すつもりで魔法を放ったならば、結果は違っていただろうけれども。
ルビエが全身を貴金属で覆い尽くすのはただの趣味ではなく、実用があるからである(趣味が9割、実用1割)。
希少聖金属であるオリハルコンは指輪ほどのサイズでも城をひとつ買えるほどの価値があるが、ルビエはそれに見合うだけの代価を得られたこととなる。
ーーこの攻撃の本気度。
こいつらの真の狙いはワシのようじゃの……!
「ツリーピオ! 街のほうまで逃げるぞ!!」
「ハイ、お任せクダサイ! 主を呪いとトモニ街まで送り届けテミセマショー、クヒヒヒ!!」
タンボ=ツリーピオのボールを関節でつなげたような体型は瞬時にバラけ、いくつものボールに分かれた。
ボールは再び集まって再構築され、まるで地を這う四輪駆動車のような体型となってしまった。
ルビエがツリーピオの背中に乗り込むと、タイヤに当たる部分のボールが激しく回転し、地面を削る。
『呪家用呪動車』!!
ルビエの乗り物と化したツリーピオは瞬時に音速を超える速度へと加速した。
土煙をあげ、街のほうへ駆け抜けていく。
だが、ウルミナスが動じることはない。
彼女の能力を以てすれば、たとえ音速を超える速度で逃げられたとしても、何も問題とはならないからだ。
「フッ。その程度でこの私から逃げられると思ったか?」
そう言って、ウルミナスは城の屋根を飛び降りた。地へと着地すると、獣のように地を駆け抜ける。
その速力は音速を超える四輪形態のツリーピオさえも凌ぎ、瞬く間に距離を詰めていく。
そしてルビエたちを射程距離内に捕捉し、再び攻撃を加えようとしたとき……突如としてウルミナスの横から迫るものがあった!
「ッ!」
人を丸飲みできるほどの巨大な口。
向こう側の景色まで見えそうなほどに透きとおった肉体。
神秘的とさえ感じられるほどに美しく、それでいて恐ろしいほどに凶暴な造形。
Aランク・モンスター『晶龍』!!
存在自体が神秘とされる、奇跡の龍。
クリスタル・ドラゴンはその輝く両翼を大きく広げ、ウルミナスを飲み込もうと口を広げていた。
ーーチッ。
このタイミングでこんな横槍が入るとは、運が悪いにも程がある。
私にとって敵ではないが、モタモタしていると時間を取られることになるな。
瞬時に状況を分析したウルミナスは、突如として発生した障害を最速で排除する方法を選択する。
右手に究極とも言えるほどの毒素を濃縮させ、突きだした。その毒素は有機物・無機物を問わず、跡形もなく溶かしつくす!
『腐毒手』!!
ウルミナスの右手から放たれたおびただしい毒素はクリスタル・ドラゴンの頭蓋を跡形もなく溶かし、そのままその巨大な胴体に風穴を開けてしまった!
すさまじき威力を誇るウルミナスの極技。
あたりはウルミナスが放ったおびただしい量の毒素により、毒の沼と化してしまっている。
……だが、頭部を失い、胴体に大穴を開けた状態のまま、クリスタル・ドラゴンは硬直していた。
その残骸を眺め、ウルミナスは呟いた。
「……これも造り物、か」
ルビエは身に付けていた魔水晶の装飾品を投げ捨て、ウルミナスが通過した際にクリスタル・ドラゴンの模倣品を錬成した。
高速移動中に、ウルミナスの前に突如として出現した精巧なクリスタル・ドラゴンの像。
ウルミナスの高速思考と正確すぎる状況判断力が、彼女に最適行動を取らせた。
……クリスタル・ドラゴンが本物であったならば、の話であるが。
足止めされた時間はほんのわずかであったが、最高速度に乗ったルビエたちにかなりの距離を離されてしまった。
ウルミナスは自身が溶かしたクリスタル・ドラゴンの像の前で立ち止まったまま、はるか前方を走るルビエたちの背中を見送った。
クリスタル・ドラゴンの像は、今見ても本物にしか見えないほどによくできている。
ーーなるほど?
とっさの判断力に、瞬時にこれだけ巨大で精巧な像を錬成する技術力。
さすがは高名な錬金術師の末裔と言ったところか。
あのお方が、あの女をーーあるいはそのスキルをーー欲するわけだ。
「フッ。街に行ったところで、逃げ場はないぞ? 今ごろすでに、ゾンビどもで溢れかえっているころだからな。逃げても無駄だ!」
ウルミナスはルビエのあとを追い、再び闇へと姿をくらましたのであったーー。




