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変身の朝(あした) その5

 ラーナ・メデューサは、周囲で仲間たちが、そして、上空からは光輝に包まれた女神が、静かに見守る中、ラピータ宮殿を支える高い土台の上を、石畳を踏みしめながらゆっくりと歩き、自分の背後に立っていた冥皇神ハーデスの眼前にまで近づくと、彼の足元の床上に、両膝をついてひざまずきます。

彼女はついさっきまで、ずっとその側に寄り添っていた、後方の石畳の上に横たわる、石像と化したシュナン少年を、目の前に立つ死の神に頼んで、現世に生き返らせてもらうつもりでした。

石造りの床上に悄然と佇む、冥皇ハーデスの足元にひざまずいたラーナ・メデューサは、平たい自分の胸元で、まるで、祈りを捧げる様に両手を組むと、眼前に立つ死の神に、深々と頭を下げます。


「えっと、デイ・・・いえ、偉大なる死の神、冥皇ハーデス様。下手くそな竪琴弾きの、おっさ・・・いえ、ダンディな中年の、おじ様だと思っていて、ごめんなさい。どうかシュナンを、あなたの偉大な御力で、この世に生き返らせて下さい。どうか、どうか、お願いしますー」


冥皇ハーデスは、自分の眼前で石床の上にひざまずき、まるで、祈りを捧げる様に頭を下げる、その波打つ金髪を持つ美しい少女の姿を、頭上から見下ろしながら、静かな口調で答えます。


「へ、下手くそとはあんまりですぜ・・・いや、もとい、ラーナ・メデューサよ。死とは、まこと非情なものだ。深く愛し合いながらも、死によって無残にも引き裂かれた恋人たちは、もちろん、あなた方が最初ではない」


シュナンの仲間たちとニ柱の神以外は、誰もいなくなった、ラピータ宮殿の前に広がる石畳が敷きつめられた床上に、死の神ハーデスの発する声が、静かに響きます。


「とはいえ、我々、神々は、過去の過ちで族滅させた、メデューサ族の裔である、あなたに対して、大いなる負債があり、また、わたし自身も、長い旅を共にした、あなたやシュナンに対して、深い友情を感じてもいる。だから今回だけは、特別な例外として、シュナンを復活させ、彼を再び、この世に呼び戻す事も、決して、やぶさかではない。だが、ただ一つだけ、気にかかる事がある。それはー」


冥皇ハーデスはそこまで言うと、いったん言葉を切り、少し口調を変えてから、足元近くで石床にひざまずく、ラーナ・メデューサに向かって、頭上から再び声をかけます。


「シュナンを、この世に呼び戻す事は、果たして彼にとって、本当に幸いなのだろうか?」


死の神の前で、石床にひざまずいているラーナ・メデューサは、自分を頭上から見下ろす神の発した、その言葉を聞くと、伏せていたその顔を、思わず上げました。

そして、相変わらず石床の上で、正座をするような姿勢でひざまずきながらも、目の前に立つハーデスの顔を真っ直ぐに見上げると、その表情から、彼の発した言葉の意味を、必死に読み取ろうとします。

そんなメデューサに対して、彼女の正面に立ち、床上に伏せるその姿を、頭上から見下ろしている死の神ハーデスは、静かな声で言葉を続けます。


「わたしは、シュナンが死んだ後、彼の魂を、わたしが管理する、冥界の楽園エリュシュオンへと送り込んだ。そこは、永遠の平穏が約束された、安らぎの国なのだ。メデューサ、この現世は、君も知っている通り、シュナン少年にとって、修羅の地だった。もちろん、君との出会いを始めとして、幸せな出来事も、多々、あっただろうが、基本的には彼の人生は、苦難の連続だった。その彼を、天国であるかの地から、苦難多きこの現世へと、わざわざ、復活させてまで、呼び戻す必要が、果たしてあるのだろうか?わたしには、正直言って判らない」


死の神の、その言葉を聞いたメデューサは、今まで正座する様な姿勢で、彼の前にひざまずかせていた身体を、しなやかに伸ばすと、スクッと石床の上に立ち上がりました。

そして、両足でしっかりと石畳を踏みしめながら、ラピータ宮殿の門前に広がる、石造りの床の上に立つと、目の前にいる冥皇ハーデスと、真正面から対峙し、長身の神の青白い顔を、自信に満ちた瞳で真っ直ぐに見上げます。

目の前に立つ死の神と、上空に浮かぶ月の女神ー。

更には、少し距離を取って見ている、心配げな様子の旅の仲間たちー。

周囲にいる者たちの視線を、一身に浴びながら、死の神の前に物怖じもせず、堂々と立つラーナ・メデューサは、確信し切った表情を、その顔に浮かべると、まるで、宮殿前の重たい空気を吹き飛ばすかのように、高らかな声で言いました。


「シュナンは、現世に戻ります。大勢の人間たちと力を合わせて、この地上の世界を、神様の創ったどんな天国にも負けない、素晴らしい場所に変える事こそが、彼の夢であり、望みなのだからー」



ラーナ・メデューサの発したハッキリとした声が、ラピータ宮殿の門前に響き渡ると、その声を聞いた、彼女の前に立つ冥皇ハーデスは、丁寧なお辞儀をするように深々と、青白い顔をうなずかせました。

それからハーデスは、今まで立っていたメデューサの側から離れると、石畳が敷きつめられた床上を移動して、少し離れた場所で仰向けになっている、シュナン少年の石像の方へと、ゆっくりと歩いて行きます。

そして、横臥したシュナン少年の石像の側まで近づくと、その傍らにしゃがみ込み、物言わぬ少年の石の身体に、そっと自分の手を載せました。

するとー。

なんと、完全に石化していたシュナン少年の身体が、見る見るうちに血色を取り戻し、元通りの生きた人間の肉体へと、変わって行くではありませんか。

刹那の間に、シュナン少年の身体は、石像と化した状態から、血肉でできた生きた人間の肉体へと、完全に変貌を遂げ、今では彼は、ただ石床の上で眠りこけているだけに見えます。

そんなシュナン少年の変貌を、間近で見たレダやボボンゴ、それに石畳に転がっている、二つに折れた師匠の杖は、驚きと感嘆の声を一斉に上げます。

一方、周りで騒ぐ旅の仲間たちの姿を、横目で見ながら、生気を取り戻した、シュナン少年の身体の側に寄り添っている、冥皇ハーデスは、少し離れた場所で呆然としている、メデューサの方を見やると、彼女に向かって手招きをして、シュナン少年と自分がいる地点まで、来るようにうながします。

するとメデューサは、慌てたように身体を動かすと、石床の上を小走りで移動して、生気を取り戻したシュナン少年が、死の神に付き添われながら、静かに横たわる場所にまで、急いで近づきました。

そして、ハーデスの隣に居並ぶ様な形で、石床の上に腰を落とすと、自分もまた、死の神の傍らで横臥したシュナン少年の身体に、ぴったりとその身を寄せます。

メデューサは、冥皇ハーデスの隣で、石床の上に座り込みながら、目の前に横たわる、まるでただ寝ているだけであり、ゆり起こせばすぐにでも目を覚ましそうな、生気の戻ったシュナン少年の寝姿を、じっと見つめます。

すると、彼女のすぐ隣で、石床に座る冥皇ハーデスは、自分と共に、復活したシュナン少年の身体に寄り添う、その美しい金髪の少女の姿を、横目で見ながら静かな口調で告げました。


「肉体は、元どおりの健康な状態に復活させたが、彼の魂は、いまだ冥界の園エリュシュオンから、戻ってきてはいない。ラーナ・メデューサよ。横たわっている彼の身体に触れて、冥界にいる、その魂に、現世に戻るよう呼びかけなさい。現世との道は、開いておいた。彼に、その意思があるなら、きっと戻って来れるだろう」


それから、石造りの床上に、黒ずくめのその身を伏せる死の神は、隣に座るラーナ・メデューサに軽くウィンクをすると、彼女の旅の仲間である、吟遊詩人デイスの口調に戻って言いました。


「まぁ、後は、あなた次第ですぜ。メデューサさん」


彼のその言葉を聞いたラーナ・メデューサは、隣にいる死の神の、彫りの深い青白い顔をまじまじと見つめてから、大きくうなずきます。


「ありがとうございます・・・。デイ・・・いえっ、冥皇ハーデス様」


メデューサは、隣にいる死の神に、お礼を言った後で、今度は、目の前の石床の上に横たわる、生気の戻ったシュナン少年の、身体の方に目をやります。

石畳で出来た床上に、仰向けになって横たわるその少年の身体は、石像の姿から、生身の肉体に戻ったばかりか、ペルセウス軍との戦いで受けた傷も、完全に癒えており、本当に、ただ深い眠りについているだけの様です。

ラーナ・メデューサは、隣で死の神ハーデスが見守る中、石造りの床の上に仰向けに横たわる、シュナン少年の身体に、覆い被さるように、自分の身体を密着させました。

そしてメデューサは、床上に横たわったシュナン少年の、身体の上に覆いかぶさると、我が身の下にある彼の胸元をさすりながら、自分の顔を、仰向けになった少年の顔の横にくっつけ、その耳元で、そっとささやきます。


「シュナン、戻ってきてー。わたしは、ここにいるわ。シュナンー」


ラピータ宮殿の門前に広がる石造りの床の上で、仰向けに寝ているシュナン少年の身体に覆いかぶさり、彼の耳元で囁き続ける、ラーナ・メデューサのその姿を、隣に座るハーデスや、周りにいる仲間たちは、固唾を呑んで見守っています。

上空に浮かぶ女神アルテミスも、はるかな高所から、事の成り行きを、じっと見守っています。

床上に寝ている、シュナン少年に覆いかぶさりながら、彼の耳元に口を寄せて、必死に呼びかけるラーナ・メデューサの声が、ラピータ宮殿の門前に、静かに響きます。


「シュナン、お願い、戻って来てー。わたしは、ここにいるわー。早く、戻って来てー。シュナンー」


[続く]


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