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夢見る蛇の都 その36

 「人間は決して変わらないー。その本質は、永久に愚かで、自己中心的なままだろう。だから、人間の住む、社会の方を変えなければー」


瀕死のシュナン少年が、石畳で舗装された広いスペースの上に横たわりながら、傍に座るラーナ・メデューサに向かって、か細い声で懸命に語りかける、その言葉が、奇妙な沈黙に包まれたラピータ宮殿の周辺に、静かに響きます。


「周りの環境や、社会が変われば、そこに住む人間も、また、変わっていくはずだ。人間の本質が変わるんじゃない。周りの環境や社会が変わる事によって、それとの関係性が、変わるんだ。まるで、写し鏡のように。だから、メデューサ、僕は、こう思う。人間は、もし、それが、可能な社会でさえあれば、愚かでも自分勝手でもない、別の生き方だって、きっと選べるはずだとー。そう、正しく生きれば、幸福になれる、そんな社会でならきっとー。何故なら、人間の生き方は、結局は、自己の幸福を実現するために、他者を含めた周りの環境や社会と、どういう関係性を結ぶかによって、決まるのだから」


シュナン少年はそこまで言うと、その身体を、つるっとした表面の、舗装された石造りの床に横たえたまま、石畳に載せた頭を、少し宙に浮かせます。

そして、浮かせた頭をひねると、その顔を、少し離れた場所で、身体を、魔神兵の放ったエネルギー光輪に拘束されて寝転がる、レダとボボンゴの方に向けます。

するとレダとボボンゴの二人は、身体を拘束されて、床上に寝転びながらも、懸命に首をこちらの方に向けており、心配そうな表情を、それぞれの顔に浮かべながら、シュナン少年の様子を、何とか確認しようとしていました。

シュナン少年は、そんな友たちの方を見やり、空中で二人と目が合うと、苦しい息の中、にっこりと彼らに微笑みます。

そしてその視線を、再び、自分の傍で石床の上に座る、ラーナ・メデューサの方にくるりと戻すと、静かな口調で言いました。

メデューサも泣き叫ぶのをやめて、「黄金の種子」の麻袋を、ギュッと胸元に抱きしめながら、シュナン少年の傍で石床の上にちょこんと座り、眼下に横たわる彼の言葉に、耳をかたむけています。


「メデューサ、君と僕は、レダやボボンゴ、そして今はここにはいないが、吟遊詩人のデイスと一緒に、長い間旅をして来たね。そして様々な経験をすると共に、各地で色々な人々と出会い、彼らの生きる喜びと苦しみを知った。メデューサ、僕は決して忘れないよ。あの人達の笑った顔、怒った顔、泣いた顔ー。幸福を求めて、懸命に生き抜こうとしている、みんなの尊い姿をー」


石造りの床上に仰向けになりながらも、シュナン少年は、傍に座るメデューサの蛇に覆われた顔を、真剣な表情で見上げ、必死に声を振り絞って、何とか自分の気持ちを、彼女に伝えようとしていました。

そんなシュナン少年の傍に座る、ラーナ・メデューサは、彼の発する言葉の真意を、一語一句聞き漏らすまいと、その耳をそばだてています。


「僕はね、メデューサ。君や他の仲間たちと、一緒に旅をして、大勢の人たちと知り合って、思ったんだ。もし、みんなが協調して、力を合わせる事が出来れば、全ての人間が幸福になれる、理想的な社会だって、きっと、作れるはずだとー。たとえ人間が、本質的には、自己保存と個人の幸福を、行動原理とする生き物であり、そのせいで多くの場合に、愚かで自分勝手に見えるとしてもー。わずかなチャンスがあればー。そう、互いに争わなくても、幸せになれるー。そんな機会さえあれば、きっとー」


石造りの床の上に、仰向けに伏せながら、自分に向かって懸命に話し続ける、シュナン少年の姿を、その傍に座るラーナ・メデューサは、蛇の前髪の隙間から、じっと見下ろし、彼の発する言葉に、無言で耳を傾けています。

少年の発する、その言葉は、メデューサの蛇の髪の隙間から、のぞく耳を通して、彼女の小さな胸に、深く響きます。


「もちろん物事は、そんなに簡単には、行かないだろう。人間が、そんな理想社会に到達するためには、長い長い年月と、多くの人々の、血がにじむような努力が必要だろう。もしかしたら、僕が言っている事は、師匠やペルセウス王が言うように、甘ったるい若僧の夢なのかもしれない。決して実現する事の無い、はかない希望なのかもしれない。でもたとえ、そんな不確かな夢や希望でも、決して安易に捨てたりはせずに、一歩一歩、血を流しながら、進んで行くしか、我々、人類に残された道は無い様に、僕は思う」


シュナン少年は、そこでまた言葉を切ると、メデューサの蛇で覆われた顔を、真摯な表情で見つめ直し、苦しい息の中、更に言葉を続けます。


「僕たちの旅は、終わろうとしているー。だけど、第五番目の人類の、長い旅は、まだ始まったばかりだ。そして、彼らの旅路は、困難で苦しいものになるだろう。でもね、メデューサ。僕は人間の旅路は、美しくあるべきだと思う。僕たちの旅が、そうだったようにー」


石畳に頭を乗せたシュナン少年は、傍に座るメデューサの方を、下からじっと見上げながら、床に力無く落ちていた腕を持ち上げ、彼女の方に、精一杯に伸ばします。

まるで、彼女に哀願するかのようにー。

そして、途切れがちになりながらも、熱のこもった声で、彼女に懸命に訴えます。


「だから、メデューサ、お願いだ。彼らにー。人間たちに、「黄金の種子」を与えてやってくれないか?その辿るべき、長き旅路の道程が、少しでも豊かで、実りあるものになるように。僕たちの後に続く、幾千、幾万、幾億の、シュナンとメデューサの為にー。だって、彼らの進む、その先には、僕や君が幸福になれる世界が、きっとあるはずだからー」


その瞬間でした。

ぐったりと横たわりながら自分を見上げる、シュナン少年の傍で、石床の上に座るラーナ・メデューサに、不思議な現象が起こります。

シュナン少年に付き添って、ラピータ宮殿前に広がる、石畳で舗装された床の上に、座っていたはずのメデューサの目の前が、突然、白い光に包まれ、それと同時に、周囲の景色がかき消え、見えなくなりました。

そしてその直後に、彼女は、どこか見知らぬ村の中の、あぜ道の真ん中に、一人でぽつんと立っていました。

彼女の周りには、見たこともない、のどかは村落の景色が広がっています。

どこからか声がしてきたので、振り向くと、数人の貧しい身なりをした子供達が、あぜ道の向こうから、歓声を上げて、こちらに走り寄って来るのが、目に入ります。

村の子供たちらしい彼らは、メデューサなど眼中に無いかのように、あぜ道の幅いっぱいに広がって走りながら、こちらに向かって近づいて来ており、このままでは、道なりに立つメデューサと衝突してしまいます。

メデューサが、子供たちとぶつかるのを避けるため、あぜ道の端に寄ろうとした、その時でした。


「ーっ!!!」


スーッ


なんと、こちらに向かって走り寄って来た子供たちのうち、先頭を走っている子供が、メデューサにぶつかった瞬間に、その子供の身体が、メデューサの身体の中に、スーッと吸い込まれるように入り込み、まるでそこに何も無いかのように、彼女の身体を通過して、背後に出現したかと思うと、件の子供は、そのまま道の向こう側へと、元気に走り去っていったのです。

他の子供たちも、まるでメデューサがそこにいないかのように、彼女の身体を通り抜け、そのまま道の向こうへと、走り去って行きます。

これは一体、どういう事なのでしょう?

メデューサはまるで、自分が幽霊になった、気がしました。

そして、自分が以前にも、似たような状態になった覚えがある事に、気付きました。


「これは、幽体離脱・・・」


そう、それは、つい先日の事でした。

メデューサが、「黄金の種子」を手に入れる為に、ラピータ宮殿内の夢幻宮に入り込んだ、その際に、彼女は肉体を寝所に寝かせたまま、魂だけの状態で宮殿内を移動し、件の隠された秘密の部屋へと、たどり着いたのです。

今の彼女の状態は、あの時とそっくりであり、おそらくメデューサの本体は、相変わらずラピータ宮殿の門前に広がる、石造りの床に座り、そこに横たわるシュナン少年の側に、寄り添っているものと思われました。

つまり、今この田舎の村に立っている自分は、精神だけが抜け出た、いわば、幽体離脱した状態だという訳です。

だから、メデューサがぶつかりそうになった子供たちは、精神体となった蛇娘の存在には、全く気づいておらず、その実体の無い身体を、まるで何も無いかのように通り抜けてしまったのです。

今の彼女は、誰にも気付かれず、普通の人間には見る事も触れる事も出来ない、幽霊みたいな状態になっていたのでした。

シュナン少年の事が、心配でたまらないメデューサは、なぜよりによってこんな時に、自分が精神体となって、こんな場所に飛ばされたのか理解出来ず、いらただしげに、周りの状況を見回します。

そして何とか、この状況から脱出するために、行動を開始します。

メデューサが耳をすますと、先ほど子供たちが走り去っていった方向からは、何やら賑やかな音が聞こえ、どうやら大勢の人が、集まっているようです。

メデューサは、一刻も早く、シュナン少年の容態を確かめたい気持ちを抑え、その賑やかな音がする場所を目指し、足早にあぜ道を歩き始めます。

人のいる場所に行けば、この異常な事態から脱出するための、何らかのヒントを得られるのではないかと、メデューサは考えたのです。

しかし彼女の足は、幽体であるせいか、歩いている様に見えて、実は地面から、少し浮いていました。

メデューサは、先ほど、自分の身体を突き抜けて走り去って行った、子供たちの後を追う様に、真っ直ぐ続く村のあぜ道を、足早に歩き始めます。

泥だらけのあぜ道の上を、地面から少し足を浮かせて、滑るように足を動かしながらー。

まるで幽霊のように、地面の上を移動する彼女の前に、やがて、小さな村の中へと入る、木の柵で出来た入口が見えてきました。


[続く]


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