夢見る蛇の都 その30
一方、吟遊詩人デイスはその頃、ラピータ宮殿の中を一心不乱に走っていました。
メデューサを、宮殿の一階部分の広いフロアに一人置いて、宮殿の内部に侵入した彼は、そこに設置された螺旋階段をぐるぐると駆け上がり、宮殿内のある場所を目指します。
実は彼は、先日、「黄金の種子」を捜索した際に、宮殿内のあちこちに、網の目の様に張り巡らせられた、隠れ通路の存在に気づいていました。
デイスは、その通路が伸びている方向から、恐らくそれは、ラピータ宮殿の周囲に広がる、深い堀の外周部へと、繋がっているのだろうと考えました。
多分、メデューサ族が、いざという時の脱出路として作ったものなのでしょう。
デイスは、その逃げ道を使って、一人で逃げ出すつもりなのでしょうか?
しかし、白いゆったりとした衣服を揺らしながら走る彼の目は、逃亡者のおびえた目では無く、その目には、まるで、獲物を懸命に追いかける肉食動物の様な、必死の光が宿っていました。
デイスは、ラピータ宮殿の一階部分の吹き抜けの広間から、そこに設置された螺旋階段を駆け上がり、次々と上の階を目指します。
一体、何階分の階段を昇った事でしょうー。
ようやく目的の階に到着したデイスは、螺旋階段と繋がっている、その階の横に伸びた長い通路の方に移動すると、今度はそこを全力疾走で駆け抜けます。
そこは先日、デイスが仲間たちと共に「黄金の種子」を探す際に入り込んだ、宮殿の南側に位置するエリアであり、かつては、居住区域として使われていた場所でした。
デイスは、広い居住区域の中を貫くように伸びている、その長い通路を懸命に走り、やがて、その両側に居並んでいる、数多くの部屋の中の一室に入り込みます。
そこは、約500年前のパロ・メデューサの滅亡以前には、宮殿で働く人々の、休憩所として使われていた部屋でした。
吟遊詩人デイスは、その大きな部屋をぐるりと見回すと、部屋の側面の壁についた、人ひとり入れるくらいの目立たない小さな扉を見つけます。
「この扉だ」
デイスが、件の小さな扉を開けると、その奥は階段となっており、下へ向かって延々と、急角度の階段が延びていました。
デイスは、人ひとり入れるくらいの、その小さな扉の中に入ると、そこから下に向かって、深々と延びる階段を降り始めます。
件の階段は、下に向かって延々と続いており、なんとそれは、ラピータ宮殿を支える高い土台の中を、縦トンネルみたいに刺し貫き、更に驚いた事には、その長い階段の下側の先端は、ラピータ宮殿を支える土台が立っている、宮殿の周りに広がる深い堀の地下部分にまで到達していました。
その、とてつもなく長い地下へと続く階段を、吟遊詩人デイスは、息を切らせて駆け下ります。
途中にいくつか、踊り場のような地点は設けられていたものの、足を踏み外して階段を転げ落ちれば、高い山の急角度の斜面を転げ落ちるのと同じで、もちろんタダではすまなかったでしょう。
しかし、吟遊詩人デイスは、そんな落下の恐怖に耐えつつ、また足がもつれそうになりながらも、その急角度の階段を、猛スピードで降りて行きます。
そして、とうとう彼は、とてつもなく長い階段を下りきって、その終点である、階段の一番下の段が地面から突き出ている、石造りの地下の小部屋へとたどり着きました。
その部屋からは、今度は四方向に、長い横向きの通路が伸びており、デイスは身体を休める暇もなく、今度は四つの道の中の一つを選んで、通路内に侵入すると、脱兎の勢いで駆け出して、通路の奥へと突き進みます。
その通路は、高い土台に支えられたラピータ宮殿の周りを取り囲む、広く深い堀の更に地下部分を、堀の底の地面と平行に走っており、デイスが必死にそこまで降りてきた、ラピータ宮殿内の室内から宮殿を支える高い土台を貫いて延びる、煙突状の空間内についた長い縦階段とは、その終着点である小部屋を結点として、ちょうど直角の線をなしていました。
そして、その線の底辺にあたる、地中の両端にある、ラピータ宮殿内の部屋と、宮殿を同心円状に囲む堀の外周部の壁との間を、長いトンネル状の連絡通路で、一直線に結んでいたのです。
必死の形相の吟遊詩人デイスは、その真横に走る地下通路を懸命に移動して、高い土台に支えられたラピータ宮殿を、円筒状のスペースの中に内包している、堀の外周部の壁を、一路、目指していました。
堀の底の地下を走る、横に長く延びた通路を、全力で駆け抜ける吟遊詩人デイス。
しかし、いったい何故ー。
地下通路を走る彼の頭上には、地中を挟んでラピータ宮殿の周囲を取り巻く、広く深い堀の底の地面が広がっており、更にその地面の上には、そこにひしめく、宮殿の土台を足元から包囲する、大勢の兵士たちの姿がありました。
けれども、宮殿を包囲する彼らは、自分たちが立っている、堀の底の石造りの地面の下に通路が走っており、今現在、そこを一人の男が、必死に駆け抜けているなどとは、まったく気づいていませんでした。
やがて、懸命に地下通路を走るデイスの目に、横に長く延びた、通路の終点が見えて来ました。
そこはデイスが、ラピータ宮殿内の部屋から、長い下り階段で降りた時にたどり着いた、現在、彼が移動している、地下通路の出発点だった場所とよく似ている小部屋でした。
そしてそこには、やはり同じように、非常に傾斜のきつい階段が、長々と上に向かって伸びています。
今現在、デイスのいるこの地下の小部屋は、ラピータ宮殿を大きく取り巻く、広く深い堀の外縁部の壁の、ちょうど真下にあたる場所でした。
そしてそれは、ラピータ宮殿の内部から宮殿を支える高い土台を縦方向に貫く、煙突状のトンネル内に設けられた、長い乗降用階段を経由して、四方に広がる、周囲の深い堀の地下を横断して走る、複数に分かれた連絡通路の一方の終端地点であり、また、そこから上方に延びる長い階段は、堀の外周部を取り巻く円周状の壁の内壁を這うように付けられた、メンテナンス用の縦階段に、地下からつながっており、更にそれは、堀の内部に造られた巨大水門へと直結していたのです。
ですから、現在いる地下部分の小部屋から、その上に向かって長く伸びる階段を昇れば、デイスが最終的に目指している、ラピータ宮殿を取り巻く堀に設置されている、大きな水門にまでたどり着けるはずでした。
実はデイスは、シュナンたちを助けるために、自分も何か出来ないかと考えており、悩んだ末に、宮殿を取り巻く堀に設置された、古い防御システムを、再起動させる事を思いついたのです。
大きな湖につながる、その水門を開ければ、そこから大量の水が流れ込んで、堀の中でラピータ宮殿を包囲する、ペルセウス軍を壊滅させる事が出来るはずです。
その為に彼は、メデューサを置いてラピータ宮殿から離れ、前日に見つけた隠し通路を移動して、密かにこんな場所まで、はるばる一人でやって来たのです。
吟遊詩人デイスは、今現在いる、その地下の小部屋から、長々と天に向かって伸びる階段を見上げて、大きく息を吐きます。
「やれやれ、今度は上りですかい。この中年の肉体にはやたらこたえますぜ。だけど乗りかかった舟ー。ここは漢デイス、やるしかないですぜ。待っててくだせえ、シュナンの旦那」
そして彼は気力を振り絞って、今度はそのほとんど垂直の角度を持つ階段を、急いで登り始めました。
ラピータ宮殿を取り巻く、巨大な堀の壁に設置された、湖につながる水門を開くために。
そして、その水門から吹き出た水流によって、ラピータ宮殿を包囲する、堀の中にひしめくペルセウス軍を、一気に滅ぼすためにー。
[続く]




