夢見る蛇の都 その21
一方、その頃、高所であるラピータ宮殿の門前に立つシュナン一行にも、ある重大な異変が、生じていました。
仲間たちと共に、ラピータ宮殿を支える高い土台の上に立ち、眼下の堀の中でひしめくペルセウス軍の様子を、杖をかざして見下ろしていたシュナン少年が、何故か突然苦しみ出したのです。
「うぅっ!目がー」
杖を持っていない方の手で、目隠しをした顔を覆い、ガクンと石造りの床に、膝を落とすシュナン少年。
高い土台に支えられたラピータ宮殿の門前でうずくまる、シュナンの姿に驚いた、隣に立つメデューサは、すぐに彼の側に、駆け寄りました。
そしてその身体を、少年の身体に密着させ、蛇の髪の隙間から、心配そうに彼の様子を見つめます。
「うう~っ、メデューサ・・・」
側で寄り添う、メデューサが見つめる中、うめき声を上げる、シュナン少年。
他の仲間たちも、石の床にうずくまるシュナン少年と、彼に寄り添って、自身も床に両膝をつくメデューサの側に集まり、二人の姿を遠巻きにして、見守っています。
その瞬間、シュナン少年の顔を覆っていた目隠しが、ポトリと下に落ちました。
おそらく痛みに耐えかねて、杖を持っていない方の手で、布で覆われた目のあたりを強く押さえたために、目隠しが顔から、ずり落ちてしまったのでしょう。
目隠しに隠されていた、彼の盲目の両眼が、外気に触れると、メデューサに寄り添われて床にうずくまるシュナン少年は、まぶたを激しくパチパチさせます。
そして見えないはずの、その両眼を、うっすらと開けました。
するとー。
「シュナン、大丈夫ー」
目隠しを外したシュナン少年が、うっすらとまぶたを開いた、その瞬間に、自分を心配するメデューサの蛇に覆われた顔が、見えないはずの彼の目の網膜に、ハッキリと映りました。
「あぁーっ!!」
思わず、うめき声を上げるシュナン。
それを見たメデューサは、更に、彼に身体を寄せました。
そんな、メデューサを横目で見ながら、石造りの床にうずくまるシュナン少年は、かすれた声でつぶやきます。
「見える・・・。目が見えるよ、メデューサ」
「えっ!!」
思わずシュナンから身体を離し、床から跳び起きる、メデューサ。
蛇の前髪に覆われた、その顔に、驚愕の表情を浮かべています。
シュナン少年も、うずくまらせていた身体を、ゆっくりとした動きで立ち上がらせると、自分の周りの状況を、突然見えるようになったその目で、ぐるりと見回しました。
「見えるー。自分自身の目で、ちゃんと周りの全てが、見えるー。メデューサ、レダ、ボボンゴ、それにデイス。君たちの姿も、しっかりと見える。杖を使わなくともー。宮殿の高い屋根や、その上の青い空や白い雲も、ちゃんと見えるー」
シュナン少年は目隠しを外した、素顔のままで、杖を片手に、高い土台に支えられたラピータ宮殿の門前に立ち、周りをキョロキョロと、見回しています。
先ほどまで盲目だった彼の目は、今や完全に回復し、周りの景色や、そこにいる仲間たちの姿を、はっきりと、その瞳の中に捉えていました。
彼の周りには、旅の仲間たちが立っており、急に視力が回復したらしい、シュナン少年の様子を、驚きの目で見つめています。
やがて、その仲間たちの一人である、赤毛の少女レダが、驚きを隠せない表情で、シュナン少年に聞きました。
「本当に、目が見えるのね、シュナンー。信じられないわ。やっぱり、杖を通じて見る時とは、違った感じなの?」
その問いに対してシュナン少年は、涼しげに光る青い目でレダを見つめると、軽く首を振って答えます。
「いや、見える物自体は、変わらないよ。ただ、杖で見ている時は、見る対象を自分で選んでいたけど、今は有無を言わさず、目から色々な情報が、すごい勢いで、飛び込んで来る感じなんだ。だから、ちょっとびっくりしてる」
そんなシュナン少年に、吟遊詩人デイスが、肩をすくめて助言します。
「まぁ、すぐ慣れますせ。でも、シュナンの旦那って、思ったより、童顔なんですねぇー」
デイスの言った通り、目隠しを取ったシュナン少年の顔は、今まで周囲に与えていた印象より、ずいぶん幼く見えました。
年齢はどう見ても、十代の後半にようやく差し掛かった少年であり、青灰色のクセのついた髪と、つぶらな青い瞳を持つ、色白の整った顔をしています。
その、まだあどけない顔を見つめながら、巨人ボボンゴが首をひねります。
「うーむ、でも、何故、急に見えるよう、なったか。不思議」
すると、素顔のシュナン少年が持つ師匠の杖が、声を発します。
「おそらく、レプカールがー。ううむ、ややこしいな。つまりレプカールの本体が、術を解除したのだろう。どういうつもりかは、ちょっと判らんが、何かあいつなりの理由があるんだろう」
一方、シュナン少年の一番近くで、彼の様子を無言で見つめていたメデューサは、その顔をもっと良く見ようと、蛇の前髪の隙間から、更に目をこらします。
しかし、シュナンの持つ師匠の杖は、そんな彼女に鋭い声で、警告を飛ばします。
「メデューサ、気をつけろ。今のシュナンは、目が見えている。うっかり、お前が魔眼で見ると、シュナンは石になってしまうぞ」
師匠の杖の言葉を受けて、急いで蛇の髪で顔を隠し、しゅんと首をうつ向かせる、メデューサ。
シュナン少年は、そんな彼女の姿を、視力の回復したばかりの青い目で見つめると、その端正な顔に、少し困ったような表情を浮かべました。
こうして、視力の回復したシュナン少年の姿に驚き、ラピータ宮殿の門前で、興奮した顔を互いに見合わせていた旅の仲間たちでしたが、そんな彼らに新たな、そして最大の試練が、襲いかかります。
シュナン一行は、高い土台に支えられたラピータ宮殿の前に集結しており、宮殿の周囲に広がる深い堀に侵入したペルセウス軍に、ぐるりと外側を取り囲まれていました。
そして、その堀の中にひしめくペルセウス王の軍勢から抜け出るように、一体の巨大な影が現れ、高所に立つシュナンたちに、迫りつつありました。
それはシュナンの師である、大魔術師レプカールが内部から操縦する、巨大な自動人形、「魔神兵」でした。
魔神兵は、その円筒形の巨大な胴体についた細長い足で、シュナンたちがその門前に立つ、ラピータ宮殿を支える、高い塔のような土台についた長い階段を、下から上に、ゆっくりと昇って行きます。
その姿はどことなく、木を登る大きな昆虫の姿を、思い起こさせました。
やがてラピータ宮殿の前にいるシュナンたちも、自分たちがその上に立つ、宮殿を支える高い土台の足元から、階段を登って徐々に近づいて来る、巨大な影がある事に気づきます。
「魔神兵だ」
仲間たちと共に、高い土台に支えられたラピータ宮殿の前に立つ、シュナン少年の青く澄んだ瞳に、眼下からゆっくりと、階段を昇って近づきつつある。その巨大な機械人形の姿が、黒々と映りました。
[続く]




