53.そして足止めをくらう
森から出て飛び込んで来た光景を目の当たりにし、私は足を止めた。
「……火事……?」
街道の先で、建物が炎を包まれている。
一つや二つではなく……街全体。
石造りの城壁が囲む街の中で火の手が上がり、夜空を真っ赤に染めていた。
「あれが、デフォ……ではなさそうね……」
それは、何故だかとても不安を駆り立てるような光景だった。
「とりあえず……門まで行ってみよう」
門の前にチラホラと人影が見える。
「あれじゃないか?
ほら、火を消すアイテムを持ってこいとか言うイベント」
「そしたら、それを持って来るまで街に入れない訳か。
今日はクロちゃんのキャンプで雑魚寝だね」
「言い方。
ただログアウトするだけじゃない」
「そしたら、なんだかキャンプファイヤー見たいですわね」
巨大なキャンプファイヤーだなあ。
「じゃ、一緒にフォークダンス踊ろっか」
「あら、わたくしでよろしいのですか?」
だって機嫌を損ねたら一番怖そうなの市松だし。
他の二人は、なんだかんだで許してくれそうだし。
「こんばんは」
街道から続く門。
それが閉まっているのは、他の町では見た事がなかった。
その門に背を向け、微笑みを浮かべながら立つ女性に声をかける。
「こんばんは。
ようこそ、カノエトラへ」
「入れないんですか?」
私は彼女の背後で固く閉ざされた門を指差す。
「大変申し訳ございません。
不測の事態に起きまして、ただ今プレイヤー様は立ち入り禁止となっております」
静かに頭を下げる女性NPC。
突如、身を震わす様な衝撃と共に轟音があがる。
肩を跳ねあげた私達とは対照的に静かな顔の女性。
「不測の事態って、何かしら?
いつになったら入れるの?」
こうなると黙ってないのが、ウチの切込み隊長クロちゃん。
聞きたいことは大抵聞き出してくれてわかりやすく解説までしてくれる。……筈。
「今、中ではプレイヤー様の手で、破壊行為が行われております」
「「「えっ!?」」」
問いかけたクロちゃん以外の三人が同時に声を上げる。
クロちゃんは額を指で押さえ首を横に振る。
「プレイヤーが、街を壊している。
そう聞こえたけれど、間違ってない?」
「はい。
その通りです」
「それは、可能なの?」
「はい。
現状、カノエトラの建造物の3割が崩壊。
今も火の手は弱まらず。
緊急対応として、運営サイドからの介入を行っております」
「運営がカノエトラを閉鎖しているという事?」
「ええ。この門が閉まっている間、カノエトラは何も提供する事が出来ません」
「中の人は!?」
カエデが叫ぶ様に問いかける。
「プレイヤーは残っておりません。
NPCは全て機能を停止しております」
「人は居ないってさ」
「……そっか」
「ですが、破壊行為は許されませんわよね」
「いいえ。
規約上、明確に禁止とはしておりません」
おおう。
違法では無いと。
「だとしたら、相当に不公平じゃない?」
と、クロちゃんが言う。
その視線の先は真っ赤な炎をちらつかせる城壁の上。
「ここに拠点があると無いとでは、攻略にかかる労力が大きく違うのよね。
その拠点を、プレイヤーの気まぐれで壊させるなんて随分だと思うわ」
そう。ここに街があるかないかはこの先の攻略へ大きく影響する。
私達が小芝居でやろうとした事と規模も影響も大きく違う。
「そう言われましても。
行われてしまった事を過去へさかのぼって取り締まる事はできませんので」
「やった者勝ちってわけね……」
まあ、元々平等に楽しんで下さいねって雰囲気でも無かったし。
それは、運営サイトとしてもそう言うだろう。
「それで、門はいつ開くんですか?」
街が壊れたのは仕方ない。
だが、門が開かない事には中に入れない。
「明日零時。
日付の変更と共に街は元へと戻しますのですそれと同時に開門の予定です。
それまでお待ちいただければリスポーンポイントを更新出来ます」
「待てないなー」
「それでは、後日またお越し下さい」
「冷たくない?」
「親切にする理由もございませんので」
そうですか。
私の代わりに今度は市松が質問をする。
「日付が変われば街は元通りとなりますの?」
「はい」
「綺麗さっぱりと?」
「はい」
「では、どうして今は入れませんの?」
「見ての通り、街は炎上しております」
「ですが、それは日付の変更と共に元へと戻るのですわよね?」
「はい」
「ならば、それを少し早めるだけで良いのではないでしょうか?」
「それは出来かねます。
この状況はあくまでプレイヤー様達の行動が招いた結果です。
それに伴う一定の不利益は、仕方ない物と考えます」
「そうですか。
では、諸悪の根源となった迷惑プレイヤーへのペナルティはどうなるのでしょう?」
「その件については私からはご説明する権限がございません」
んー。
変な状況になった。
街を壊すと言う大仕掛けで、実際街の機能は停止したみたいだし、それによって私達は少し不利益を被った。
それは、遠巻きから私達を、或いは燃え盛る街を見つめているプレイヤーも同じだろう。
でも、それは一日経たず元通りになると言う。
「……もう少し成り行きを見守りたいところだけれど、残念ながら時間ね。
向こうでテントを張りましょう」
私達はクロちゃんに促され、城壁から離れていく。
手早く、というかアイテムを取り出すだけで木の下へ設営されたテント。
周囲の視線は少し気になったけれど、無視して皆で中へ。
「まさか、街そのものを破壊するとは」
「いつかやる人が出るとは思ってたわ。
思ったより早かったのと、運営側の対応が塩過ぎるけれど……。
卑怯だと思う?」
クロちゃんがカエデを見上げながら問いかける。
「いや、別に?」
何故急にそんな話に?
カエデが、首を傾げながら返す。
「何で?」
「え、いや、その武士道に反する、とか言うかなと思って……」
「別にいいんじゃないか?
これは、試合じゃなくて戦い。
つまり用いるのは武士道でなく兵法。
となると重要なのは如何に相手の裏をかくか、だろうし」
脳筋直情型の妖怪負けず嫌い。
そんな彼女以上の負けず嫌いが彼女の兄だ。
負けそうになればゲームのルールを逸脱してでも妨害する。そして、最終的にどちらかが泣くのである。大分昔の話だけれど。
つまり、何が言いたいかと言うとクロちゃんが心配したであろう、正義感溢れる青春真っ盛りの純情剣道少女ではないのだ。カエデは。
「クロちゃん。
ヴァイオレットシャドウがトレンドに入ったか調べておいて」
「入るわけないじゃない」
「ダメなら明日もう一度考えよっか。
メンバー増やすのも手だよね」
「いいですわね」
私と市松が次の候補であるシバルツさんへ笑顔を向ける。
「やらないわよ?」
「アタシは?」
「カエデは……なんか芝居下手そうだし」
「ですわね」
「戦力外か?」
「私もやらないわよ!?」
連日現れる必要もないので明日はやらないけれど。
「じゃ、明日も同じ時間に!」
そう、みんなへ声をかけてからログアウト。
さて、私は……猿狩りの方法を考えるかな。




