20.ゼリー(毒入り)
縦穴の底へ降り、中心部へ。
「来た!」
カエデが上を見ながら叫ぶ。
二人と一匹は、すぐさま壁際まで走り退避。
落ちて来た塊は、その大きさに似合わない程静かに着地しプルプルと表面を揺らす。
まるで、巨大なゼリー。
「焦らず行こう」
「うん」
この前とは違う。
時間もある。
MPポーションもある。
「シロも。
今度は一緒に勝つよ」
「ワン!」
この前と違うのは私だけじゃない。
カエデが両手に刀を持って構える。
二刀流。
今日買ったばかりのスキル。
右手の一振りは霊刀。
スライムを切ることも出来る。
シロは……変わらず舌が出てるな。
「なんか、来るよ!」
警告を発し、カエデが前へ出た。
私は銃を構えながら後ろへ下がる。
スライムキングの巨体が波打ち始めた。
クイーンは触手だったけれど、こっちは何だ?
毒を持っているのは知っている。
でも、知っているのはそれだけ。
「ちょお!?」
カエデが素っ頓狂な声を上げながら横へ飛び退く。
その空間を通りすぎる透明な塊。
私とカエデとの間の地面へぶつかり、ぺちょりと広がる。
「自分の体を飛ばして来た!」
「ええっ!?」
そんな攻撃方法?
結構早かったよ?
「また!」
狙いはカエデ。
私までは届かない。
今度は左へと避けるカエデ。
「ダメ!」
その避けた先には、彼女の死角、背後から襲いかかる小さなスライムが!
「え!?」
咄嗟に銃でそのスライムを撃つ。
光弾に弾かれスライムはあっさりと消滅。
だけれど、まだ地面にもう一匹。
それは、スライムキングから発射された二発目の球。
シロが飛びかかり、逃げようとするそいつを噛み砕く。
「カエデ。
あの球、生きてるよ!」
「そう言う事!?」
次々と放たれる小さなスライムを右へ左へと避けるカエデ。
だが、その避ける方向へ先回りする様に放たれた一匹が頭部に当たり大きく体勢を崩した。
「カエデ!」
地面でうごめく小さなスライムを撃ちながら声をかける。
「平気」
彼女は踏みとどまり、二本持っていた刀の一つを鞘へ仕舞う。
そして、直立。
「正面は叩き斬る。
残り、お願い!」
「……頑張る」
次々と飛んで来るスライム。
それを処理するだけで私とシロは手一杯だ。
一つ倒す間に二匹増える。
「手数が足りないな……」
それを嘆いてもしょうがない。
「チャージ!」
弾切れの隙をこちらへ飛んで来るスライムへ銃を振り抜く。
銃床が柔らかなそいつをはじき返した所へシロが飛びつき噛み砕く。
魔力の充填が終わる端から引き金を引く。
銃身を持てば、立派な鈍器。
「うらぁ!」
小4まではカエデと一緒に剣道習ってたんだ。
四級の腕前、とくと御覧じろ!
◆
自らの身体を分裂させ攻撃してくるスライムキング。
次々と増える小さなスライムは穴の底を足場が無いほどに埋め尽くしていく。
それに対処するために、カエデが一人その場に残り、私とシロは壁沿いの通路を使い上へ逃れる事にした。
狙撃のしやすいポイントを確保し、スライムキング本体を攻撃する作戦。
狭い通路を私達を追って登ってくる個体はシロが盾となって対処。私を守る。
私が構えた銃口はスライムキングの中心を捉えている。
六発分の連結が完了した。
カエデの位置を確かめ、引き金を引く。
上から一直線に打ち下ろされた光弾は、スライムキングの体を貫き地面へと着弾。
周囲のスライムもろとも爆炎の中へ飲み込む。
倒した?
銃へ次の魔力を込めながら状況を見守る。
爆炎と共に巻き上げられた煙と砂塵が治まった後にスライムキングの姿は無く。
カエデが刀を構え、私に背を向けたまま左手の親指を突き上げた直後、異変は起きた。
彼女の周りを取り囲んでいた小さなスライム達が一斉に同じ方向へ動き出す。
今まで以上に素早い動きで。
まだ、終わりじゃないな。
「シロ。ありがとう」
私を守るためにボロボロになったワンコの頭をゆっくりと撫でる。
毒の状態異常になっていて、もう毒消しが無い。
今の一撃で倒せなかったのが悔やまれる。
「帰還陣・起動」
消えゆく最後の瞬間まで頭を撫で、そして立ち上がる。
もうひと頑張り。
腰を屈めながら少し移動する。
スライムキングは私達の見ている前で、一つの大きな玉と化す。
そして、まるでボールの様に。
「下りた方が良い?」
パーティ内の通信機能を利用しカエデに確認。
『いや、このまま行こう。
ガンガンブッ放して!」
「りょ!」
「ユナイト」
私のやることは一つ。
最大の攻撃を当てること。
標的は、今や一つにまとまったスライムキング。
巨大な水風船の様なそいつ前でカエデが刀を構える。
巨体が揺れた。
押しつぶされたように重心が下がり、その反動で跳躍する。
「ええぇー!?」
そう来ると思ってなかったのだろう。カエデが絶叫を上げながら自分の頭上から落ちてくるスライムキングから逃げる。
まるで、スーパーボールの様に跳ね回るスライム。
逃げ回るカエデは、頭から飲み込まれることこそないが何度か当たられ、その度に姿勢を崩す。
まずいな。
的が、動きすぎる。
「カエデ」
『何?』
「動き、止めて」
『無茶言うな!!』
無茶でもやってもらわないと当たらないよ。絶対。
「こっちは準備OK!」
連結は終わった。
後は、当てるだけ。
『ええい。これだ!』
カエデが刀をコテツから初期装備のものへと持ち替える。
何をするの?
スライムキングの隙を伺いながら彼女を注視する。
跳ねたスライムキング。
その落下点で刀を下段に構えるカエデ。
バックステップで落下するスライムから紙一重で逃れ、すぐさま切り替えして前進。
『峰打ち!』
全力で振り抜いた刀の峰がスライムの体に食い込んでいく。
しかし、その刀は振り切ること無く弾力で押し戻された。
『良し!』
跳ね返される刀と共に下がったカエデ。
スライムキングは全身に黄色い稲妻の様なエフェクトを纏い、動きを止める。
何が起きたのか。
それは、私の識別のスキルが教えてくれた。
【状態異常:麻痺】
「ナイスぅ!」
カエデに称賛を送りながら、引き金を引く。
六発分の威力を持った光弾が放たれた。
一直線に、スライムキング目掛け。
当たった!
直後、光弾は爆破すること無く角度を変え飛び続け、洞窟の壁へと着弾する。
「何っ!?」
スライムキングの表面がまるで鏡の様に光を弾き返した。
「反則じゃん!」
『もう一発!』
「りょ!」
私は銃に魔力を込めながら上へと移動する。
タイミングを見計らい、着地のタイミングで通常攻撃を一発。
難なく跳ね返すスライム。
今まで通っていた攻撃が通らなくなった。
相手の特性が変わった?
しかし、それがわかったところでそれに対応できるほどこっちの手札は多くない。
というか、攻撃のバリエーションなどほぼ無いに等しい。
下ではカエデが再びのスーパーボール攻撃から逃げ回っている。
「もっかい動き止めて」
『何度でも!』
連結が完了したタイミングでカエデに声を掛ける。
穴の底でカエデの刀を食らったスライムが動きを止めた。
その姿はもう、豆粒みたい。
高いなぁ。
ビル何階分だろう。
意を決し、銃を握りしめる。
目指すは動きの止まったスライムキング。
表面が魔力弾を弾くというなら接射しかない。
でも、ユナイトの最中は、身体能力が極端に低下する。そんな状態でスーパーボールに近づいたらそれこそ良い的。
じゃ、どうやって近づく?
こうやって、落下速度と言う環境の力を借りるしかない。
標的へ銃口を向け落下。もとい飛翔。
ぐんぐんと迫る地面。
「きぃやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
悲鳴なのか、それとも、気合の叫びなのか。
大声で恐怖をごまかしながら……いや、怖い。
例え地面に激突しても多少のHPダメージで済む。
それが、わかっていたとしても、怖い!!
しかも、落下地点はスライムの真上がベスト。
だから、目を瞑ることも許されない。
拷問!
迫るスライム。
一瞬、目を見開いたカエデの顔が見えた。
銃口の先がスライムに振れた瞬間に引き金を。
「いやぁぁぁぁ、むぅりぃぃぃぃぃぃ!!」
ぶっつけ本番で、こんな恐怖の中でそんな芸当出来るわけ無いじゃん!
バカなの? 死ぬの!?
いや、死んでなるものか!
と、気持ちを切り替えたは良いけれど、恐怖で指は動かず。
引き金を引くことが出来ないまま、私はスライムに激突した。
とぷん、と。
とぷん?
思ったほど、衝撃は無かった。
まるで、高級なベッドに飛び込んだ様な感触。
何が起こったの?
カエデがすぐ近くで私を見ていた。
その顔が、ゆらゆらと歪む。
ここは……スライムの中だ!
状態異常を知らせる通知で我に返る。
HPは少しずつ減少している。毒!
だけど、最高のチャンス!
全身にまとわりつく、重たい水の中で銃を動かし体を捻り、銃口を天へと向ける。
ショット!
放たれた光は銃口のすぐ先で爆ぜた。
スライムの体内で。




