其の四八 毛並み揺らすは熱意の濠
<>(^・.・^)<いきなりでごめんね!
「それでは以上でライブステージを終了いたします。移動される方は速やかな退出にご協力───」
少年を救護室へ運んだ足で体育館へと向かうと、丁度バンド演奏が終了したところらしく、めいめいに感想を言いながら観客が出てくる。
一人で余韻を噛み締めながら歩いて来る人もいるが、やはり複数人で各々の心の内を消化するべく語り合う集団が多く見られた。
「あのドラムマジでエグくなかった!?」
「ギターソロかっこよすぎるって」
「やっぱ軽音部のボーカル先輩うめぇわ~」
俺はその姿を横目に眺めつつ、傍流を遡るようにして集合場所へと向かう。
指定されたのは体育館袖のスペース、舞台に出る前と出た後の人が待機する空間だ。
【ベストパートナーコンテスト】自体は、参加する妖怪の大きさがまちまちという事もあって舞台中央で行うのだが、室内スポーツの選手入場演出みたいなパフォーマンスをするらしい。
その為に、可能な限り参加メンバーは舞台袖へ集まること、とされていた。
壁や備品に取り付けられた指示書きの通りに進み、控室と思しき部屋に繋がる扉の前に着いた。
「ここか………?」
暗がりから証明のある部屋に入ってきた影響で目を大きく開けず、人のシルエットすらろくに確認できないし、狐の能力で視力が良くなっているとはいえ慣れるのに多少時間はかかる。
集中して周囲の妖力を測ると、大小様々な妖怪が居るのがわかった。
それに加え、次第に夜目が戻って来ると男女交々の生徒が待機しているのも見えてくる。
彼らは互いに談笑したり、自分の妖怪と最後の打ち合わせをしたり、忙しなく立ったり座ったりを繰り返したりしている。
その中で一人、椅子に座ったまま手持無沙汰にしている背丈の小さな女子生徒の姿。
「奏!」
「トロ」
声を掛けると、呼びかけに応じながら此方を向いてくれた。
今朝までの状況からするとここで無視されてもおかしくなかったし、そもそも参加を蹴って来てくれなかった可能性すらある。
そのことを考えれば、奏の方も少し歩み寄ろうとしてくれているのだろうか。
楽屋にひしめき合う妖怪と人間を掻き分ける。
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「ん。べつに。まだはじまってないし」
「そ、っか」
不味い、ここから話題を持たせる必要があると考慮していなかった。
喧嘩の前までは口頭でも念話でも、何でもないことを話題にしても何の問題もなかったが、今となっては妙に意識してしまって半端なネタを振る気にはなれない。
それは奏の方も同じようで、気まずい雰囲気を打破しようとしてくれているのか、あ、とかう、とか漏らしながら視線を泳がせている。
「そろそろ皆様出番です、準備お願いしまーす」
扉のノブを回してスタッフが顔だけ見せ、コンテスト開催時間が迫ってきていると告げた。
確かに部屋の時計を見るともうあと五分もないくらいで参加者入場時間となる。
よく耳をそばだててみると、観客たちの足音が大量に蠢いているのが分かった。
これから人間と妖怪は分かれて入場するために部屋を出て待機所に向かうから、奏と話せるタイミングは今しかない。
意を決して奏の方を向いて口を開いた。
「証明するよ。奏のことをちゃんと知りたいって」
「え、トロ」
「それでは参加されるバディーズの皆さんは集まって下さーい」
「じゃあ俺は行くよ。また後で」
「ちょ、ちょっと」
特に荷物もなければ着替える必要もないと判断し、そのまま部屋を出て先導するスタッフに着いて行く。
後ろの方から「ずるい」という声が耳へ縫い付けられたような気がした。
それから少しの間、歩きながら指示を聞き、その後の流れについて軽く擦り合わせをした。
俺達妖怪はバディーズ、人間である生徒たちはマスターズとして、各々の入り口から会場内に参上する段取りだ。
元より先日のリハーサルで聞いているから、正直話半分で聞いていた。
それよりも、楽屋での言葉の使い方はもう少し他にあったんじゃないか、せめて奏の言葉を待つべきだったんじゃないか、と反芻を繰り返すことに忙しかった。
「………もし、そこの狐の君」
「あ、はい」
後ろを振り返ると、長身の男性が立っていた。
男性は左目にモノクルを装着しており、長髪を頭の上で団子に纏めている。
全体的に知的な雰囲気を漂わせる男性は、俺の背中を優しくさする。
「嫌であれば跳ね除けても構わない。気分が悪そうに見えたものでな」
「す、すみません………」
掌から伝わる温もりは大変ありがたいのだが、体調が優れないわけではない。
寧ろ頗る快調、昨日早めに就寝した甲斐もあって、身体面に不安はない。
然し折角の厚意を無碍にするわけにもいかずどうしたものか、と考えていると、男性の顔に見覚えがあることに気が付いた。
「あの、勘違いだったなら申し訳ないんですけど、もしかして〈妖技場〉にいらっしゃいましたか?」
「おや、覚えてくれていたのですか。これは何とも面はゆい」
はは、と微笑を浮かべる男性の反応を見るに、やはり勘違いではなさそうだ。
この男性を見たのは一週間以上前、トルフェに絡まれた際に観客席にいた記憶がある。
あの場にいたのは当時〈妖技場〉にいた面子、つまりはトレーニングルームをはじめ一部関係者にしか利用できない施設を活用していた妖怪たち。
纏めると、この男性は恐らくは〈妖技場〉の選手。
頬を掻いた後、男性は自らの胸に手を宛がう。
「申し遅れました、私はルニード。どうぞお手柔らかに」
「あ、自分はトロンといいます、宜しくお願いします」
俺の背中をさすってくれていた方の手を差し伸べてきたため、特に何も考えずに俺も急いで手を出した。
軽く握るとそれ以上の力で握り返された。
反射的に俺もまた強く握りなおすと、男性もまた同じように対応し、それからは暫くその繰り返し。
やがて俺が根負けして握る手を和らげると、男性はパッと手を放して言った。
「すみません、つい興が乗ってしまい」
「い、いえ。大丈夫、です」
「でも、これで解れたでしょう?」
「ぁ………」
言われてみれば、心身の強張りはすっかり取れていた。
計算の上でしてくれたのなら、有難いと同時に巧さを感じざるを得ない。
ビズや一之助さんと同様に、積み重ねてきた経験や独自の能力を活かして相手への適切な対応を取るタイプなのだろうか。
そして、先程の握力から、一個想像がつく。
「もしかしてルニードさん、熊の妖怪ですか?」
「おや、よくお気づきで。そうです、私〈鬼熊〉の妖怪です。袖の下には毛が生えていたりもします」
言いながら袖をまくり、深い色の毛がきめ細やかに生えた腕を見せてくれるルニードさん。
そうか、異常なまでの握力の出所に合点がいった。
アウトレットに師匠ら二人と行った時、鬼熊という名の妖怪について軽く聞いた。
どうも膂力が異常、それから更に身体能力を向上させる妖術を持っているとか。
「態々すみません、俺は〈白九尾〉で」
「あぁ、やはりそうですよね。見た目通りというわけですか。私だけが一方的に情報を得ていては不公平だと思いましたが、開示して正解でしたね」
そう言われると、俺の外見は狐が二足歩行を始めた姿、と言って差し支えない程度には狐の要素が強い。
一方的に相手にアドバンテージを与えてしまっているし、今回に至ってはそもそも俺が戦う所をルニードさんが先に見ている。
自分よりも先にそのことに気が付いたルニードさんが、自発的に色々教えてくれたところを見るに、やはりこの人は外見通りの紳士だと言えるだろう。
「というか、ルニードさんってあの時俺とトルフェが戦ってたの見てたんですよね?」
「えぇ。最初から最後まで、余すところなく」
「恥ずかしいですね………少しやりづらいです」
「はは、確かに手の内を知られている、と言えるでしょうが、そもそもこのイベントは我々が雌雄を決する訳ではありません」
「確かにそうですよね。妖術を使うと決まった訳じゃないですし、リハーサルの感じだと無さそうですよね」
「その通りです。私は免許を取得していますが、参加条件に免許の所持がなかったことからも妖術は使わないと判断して良さそうですね」
何から何まで、話を聞けば聞くほど、確かにそうだ、という気分にさせられる。
自分なんかよりもよっぽど色々考えたり経験を積んだりしてきたのだろう。
ルニードさんの柔和な表情の奥底に何が眠っているのか気になってきた。
「ではそろそろ入場です」
「おや、時間が経つのは早いものですねぇ」
「ですね。じゃあお互い頑張りましょう」
「えぇ。お手柔らかに」
係員の指示で、俺達妖怪は、床下の通路から見える天井、つまりは床の真下にある扉を見つめる。
視界には係員が一本ずつ指を折っていくのが見え、耳には会場内を盛り上げるアナウンスと観客たちの声援が聞こえてくる。
いや、一番聞こえるのは自分の鼓動なのだけれど。
でも、その原因すら分かり切っている俺が今更緊張を加速させるようなネガティブに染まるわけはない。
俺は、俺の出来ることを、出来るだけ。
奏を信じて、進むだけだ。
「───それではお待ちかね!【ベストパートナーコンテスト】、バディーズの登場だァ!」
<>(^・.・^)<暫く(第二章終幕まで)週2日の予定!
<>(^・.・^)<火曜と木曜の夕方を考えてます〜!




