其の四二 侵入、確保、そして撤退
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(さて………)
頼れるアメジスト先輩の背中を追いながら、俺はターゲットがある展示室へ滑り込んだ。
ターゲットの名前は釈迦の涙、古来インドで飢餓や流行り病に苦しんだ人々を見て、とある聖人が零した涙が結晶になったもの、という触書だ。
実際の成分としては単なるダイヤモンドらしいが、その純度や大きさから単なる天然ダイヤモンドとしても十分すぎる価値があるのだとか。
それに、妖怪が居る世界だ、逸話が実話に翻るケースなんてごまんとあるだろう。
来歴の真偽はともかく、このとても大きな美術館に飾られるのに相応しい一品だ、というのは確かだ。
(これが)
(そうね。近付く前にエメラルドのグラスを着用して)
自分たちだけで誰もいない展示室に入れたことで気が緩んでしまったのか、我ながら不用心に釈迦の涙に近付こうとするとは。
一歩を俺が踏み出す前に、アメジスト先輩が片手で先を読んでいたように制止してくる。
手間をかけさせてばかりだ、不甲斐ない。
抜け毛で後々面倒になるのを避けるため全身を包むスーツを纏っているのだが、その息苦しさとは別にやや心が痛む。
いきなり採用直後に実践に放り込む《宝石団》の方もどうかと思うが、流石に経験がないと俺も完璧な動きは出来ない。
せめてこれからは冷静に、周りを観察して足手まといにならない様にしなければ、とグラスを付けながら決意した。
(おぉ)
(既に説明はしたけれど、もう一度だけ言うわ。赤い線には触れないように)
身に付けているスーツに込められた術によって夜目が利いていたのだが、上からグラスをかけると視界が全体的に暗くなる。
それとは対照的に、部屋の四方八方から赤い糸が伸びてきているのが分かる。
これは所謂赤外線センサー、触れた瞬間に探知され、その直後にお縄だ。
厳密に言えば《宝石団》は警察に突き出されても罪には問われないが、逆にここのオーナーに何をされるかは分からない。
故に、一挙手一投足に細心の注意を払わねば。
(私でも赤外線を誤魔化すのは無理よ。だからここで待っていてくれるかしら)
(あぁ。周囲の警戒と脱出の段取りを進めておく)
最初から決まっていた筋書き通り、センサーを避けるのはアメジスト先輩の役目だ。
俺の仕事は壁際で獣耳の聴力を活かして周囲の様子を探ること、その上で万が一発見された際に天窓から逃走するためにフック付きロープを構えておくこと。
俺が壁に張り付いていると、横目でアメジスト先輩がするすると赤い糸の群れを潜り抜けていくのが見える。
今後教えてもらおう。
と思っていると、どこかから小動物が走ってきた。
此奴も器用にセンサーを潜り抜けて、釈迦の涙を囲うガラス箱に飛び掛かった。
………小動物!?
(っ!?)
(先輩!?)
アメジスト先輩が到達する以前に小動物はガラス箱に手を伸ばし、前足が通る道が最初からあったように穴を空ける。
その能力には見覚えがある、あの鬼が殴打に使った能力にそっくりだ。
しかしそっくりなのはよく見れば能力だけではない、以前奏の学校に伺った時に見かけた燃える体毛を持った小動物型の妖怪によく似ている。
………アメジスト先輩が先程小鳥を召喚していたから、小動物への違和感が一瞬消えていたのが惜しまれる、こういう場合は俺が気付くべきだった。
(クリスタル、脱出の準備は!?)
(もう出来てます!)
小動物が釈迦の涙を掴んだ直後に引っ込めるのと同時に、アメジスト先輩が無線で伝える。
自省と同じタイミングで一手先を見据えて準備は整えていた。
しかし現状天窓の鍵は開いておらず、当然ながらフックを投げてもどこにもかからない。
投げる体制だけは整っているのだが、果たしてどうしたものか、と考えている俺を尻目に、小動物は背中に釈迦の涙を隠して跳躍。
これまた例の鬼を彷彿とさせる身体能力の高さだ、と感心し警戒しているうちに、小動物は天窓のガラスをも突き破る、もとい最初から身体が通る分の穴が空いていたように変形させる。
そうして勢いを殺さず外へと跳び出していった。
天窓への一直線上に赤外線の糸が一つもかかっていない位置取りをしながらその様子を観察していた俺の背中に、先輩の声がかかる。
(クリスタル、今!)
(あ、あぁ!)
その穴に向かってフックを投げ、風の妖術で狙いを微調整し、かかったらロープをとっかかりに天窓へ向かう。
鍵がかかっているタイプの天窓なので、近くまで寄れれば問題なく開けられる。
一人で登って鍵を開けて窓を開き、フックをガラスではなく窓枠にかけ直してアメジスト先輩を待った。
そして先輩が赤外線を避けながら無事にロープを掴んだのを確認した後、屋根の少し遠い位置にいた人影に気が付く。
「………お前?」
「………?」
獣をモチーフにしている仮面で顔を隠しているが、背丈と体型は昼間に会った彼奴と全く同じだ。
怪盗と自称していたし、手の中には釈迦の涙が握られていた。
「その釈迦の涙を渡せ!」
「………!」
《宝石団》のアジトで聞いた事情によれば、釈迦の涙はその逸話上、山奥の集落で大切に保管されてきた。
どんなに苦しくても、どんなに食料が足りなくても、どんなに天候が悪くても、自分たちにはお釈迦様が付いていると、そう信じることで集落の人々は日々を生き抜いてきた。
それを山地の開発を企む企業が、資金援助やインフラ整備を一方的に押し付け、その返礼と称して半ば強奪に近い形で美術館のオーナーが手に入れた。
自分には関係のない人々が苦しんでいると聞いても実感は湧かなかったが、それでも義憤の気持ちはふつふつと形を成していった。
そんな釈迦の涙を、あんな愉快犯に奪わせてはならない、奪った後に返しに来るとしても、それではより一層警備が強化されて美術館から厳重な金庫の中に移されてしまう可能性もある。
「………クリスタル!」
「先輩」
「彼奴は………?」
「例の彼奴です」
「あれが………」
「───」
後ろからよじ登ってきたアメジスト先輩と情報を共有し、二人で犯人を見据える。
先程の小動物の姿は見えなくなっていたが、今は小動物の動向よりも不動で此方を見るトットーが握る釈迦の涙を取り戻す方が優先だ。
そう進言したところ、アメジスト先輩にも同意が得られ、俺が膝を曲げて走る準備をしたとき。
「───んんッ」
「!?」
美術館に併設された庭園の草陰に待機していた筈のルビーさんが襲来、トットーの横腹に突進の勢いを乗せた重くも速い蹴りをねじ込んだ。
受けた側のトットーは受け身が間に合わず、屋根の上から吹き飛ばされ近くを流れる川の中へと飛び込んでいく。
全身を迷彩柄のツナギに包んだルビーさんの瞳は赤い焔を纏っており、片足はつま先で床を蹴り、もう片方の手は手袋をきっちり引き延ばしたりと、臨戦態勢を整えていた。
「ルビーさん、どうしてここに?」
「クリスタル、それにアメジストか」
「私が予めエメラルドに頼んだのよ。屋上に誰か人間型の反応が現れたらルビーを向かわせるようにね」
「オレはそれを受けて屋上に跳んだだけだ。そうしたらお前達以外の知らないやつが立っていたから、取り敢えず攻撃したというわけだ」
確かに道理だ。
元々の逃走ルートが屋上から退避する予定だった以上、何事もなければそのまま合流して退散、今回のように何者かが現れれば戦闘に長けたルビーさんの助太刀が期待できた。
飛び出していったトットーを目線で追いながら、行き場を失った膝の力が抜けていくのを感じる。
「あぁ、クリスタル。奴はお前が追ってくれ。オレでは釈迦の涙を粉々にしかねん」
「えっ、釈迦の涙ってダイヤモンドですよね………?」
「それくらいはやるわよ、ルビーは」
「早く言ってくださいよ!」
てっきり俺は、このままルビーさんが追跡して捕縛してくれるものだとばかり思っていた。
だから落ち着いて撤退をし、場合によってはルビーさんのサポート、くらいに考えていたのだが。
俺が追いかけなければならない、となると急がなければ。
トットーが吹き飛ばされた方向へと飛び降りる。
俺が探すべきはあの小動物か、若しくはトットー本人。
水飛沫を上げながら川に飛び込んだのだから、少なくとも水に濡れている。
夜も遅い時間だ、事前リサーチではこの周辺で人通りは少ないし、何者かを見つけたらすぐさま拿捕する、くらいの気持ちでいいはずだ。
「何処だ………!」
周りを見つつ、獣の聴覚を活かして情報を得ようとするが、丁度最近虫が鳴き出す季節になって上手く有効な足音が拾えない。
歯がゆい思いをしつつ、それでも周囲の警戒を続ける。
「………トロ?」
「え”」
………この声。
<>(^・.・^)<バ レ バ レ
<>(^・.・^)<明日も連日投稿続きます〜
<>(^・.・^)<年内にかなり進めたいので結構早足気味!
<>(^・.・^)<でも重要情報は開示して行ってます〜!




