其の三八 これなんてギャルゲ?
<>(^・.・^)<サブタイの通りの回
「………ん-、こっち? こっ、ち、かなぁ」
「普段のトイちゃんならこっちのが合いそうだけどー、偶にはこーゆーのにしてみてはー?」
「パンプスか、ローカット系の靴は珍しいな」
三人で並びながら、トイの新しい靴を選ぶ。
今は普段使い用のものを選び、後で運動用の靴を見繕う予定だ。
トイがいつもハイカット系、どころかブーツをよく履いていることから彼女はブーツを選択肢の一つにしている一方、これから暖かくなることも踏まえて熱の籠りにくい方を購入しようかと検討している、
そこに横から俺とシンミが口を出している形だ。
先程感じた頭痛は今は既に引き、落ち着いてデザインを見極められるくらいには頭が冴えている。
「じゃあ両方試してみればどうだ?」
「………そう、だね」
「あ、すいませーん。試着してみたいんですけどー?」
このままではこの予定だけで半日が終わってしまうのではないか、と懸念した俺の発言で試着をすることとなった。
やや離れていた店員さんにシンミが声を掛ける。
すぐさま歩み寄ってきた店員さんに商品を見せ、サンプル品を持ってきてもらった。
その間にトイはクッションの付いたスツールに腰を下ろした。
近くに立っていた俺は必然的に上から見下ろす形になるわけだが。
「………弟子君、どう、した?」
「いや。やっぱり奏連れて来なくて正解だったかもしれないと思っただけで」
「………なん、で、そこで、奏ちゃん、が?」
実を言うと、トイと俺とではトイの方が少し背が高い。
故に上から見上げる構図になることは殆どなく、大抵が正面から対峙する構図であったことから、今初めて気が付いたことがあった。
普段よりもくっきりとラインが出る服を着用しているというのもあるが、彼女は意外ととある部分が大きい。
つい目が行く、ということは殆どないがやはり上から顔を見下ろすとどうしてもその延長線上に存在するソレを視界に入れる形になってしまう。
それもあってふい、と目を逸らした俺を不審に思ったトイが尋ねて来たのだった。
「トロンく~ん、どうしちゃったのかな~?」
「いやほんとに何でもないから。気にしないでくれ」
「………ほん、と? さっき、も、調子悪、そう、だった、し」
ぐい、と顔を近づけてくるトイに対して、それに付随して付いて来るソレから視線を逸らすべく顔ごとそっぽを向いた。
無礼なのはわかっているのだが、一回気にしだすと中々頭から離れない。
瞳を閉じて一回深呼吸をした。
「ふう………っ!」
「………熱、は、ない、みたい」
「ちょいちょいトイちゃん、急に距離詰め過ぎだって」
目を開いたその先には、更に一歩進んで鼻と鼻が触れ合うくらいの距離にまで接近したトイの顔があった。
顔が赤くなる、と言うよりもシンプルに驚きで心臓が跳ねた。
トイのレンズ越しの冷めた瞳の中に、目を見開く俺の姿が見えるかもしれないと思う程の至近距離。
………本当に心臓に悪い、こういう突飛なことをするキャラクターだっただろうか。
すぐさまシンミが肩を掴んでスツールに座らせる。
正直有難い、一瞬体の力が全部抜け、折角行った深呼吸が無意味になってしまったところだ、と仕切り直してもう一度深く息を吸って吐く。
そしてもう一度目を開く。
すると今度は人が変わってシンミが眼前に現れた。
「………っから何で!?」
「え~? トイちゃんは元から体温が低めだからさ~、他の人の平常体温と微熱くらいは体感じゃわかんないんよね~」
「………そう、だ、った」
腰を下ろしたトイがはっとした表情で此方を見ているのが、視界の端に映る。
もう何だか頭の処理が追い付かない。
ふわりと香る石鹸が鼻腔を撫で、やや吊り気味で大きな目の中へと吸い込まれそうになる。
今度はトイが制止する様子もなく、ただ気圧されておでこから伝わる体温を感じるばかり。
「………おきゃきゅ様、商品をお持ちしました」
「あ~、ありがとうございます~」
手の上に靴の入った箱を持った店員さんが来ているのに気が付いて、ようやくシンミがぱっと離れる。
そして受け取ったあと、座ったままのトイに手渡した。
トイが試着用靴下で足をくるみ、シンミが箱から、悩んでいた二つのうち片方を取り出して中にある湿気予防の紙の塊を抜く。
そうして二人が試着していると、店員さんが近寄ってきて耳打ちしてきた。
「………店内でのああいった行為は控えて頂けませんか?」
「すいませんでした」
全くもって俺のせいではないのだが、二人が楽しそうに話し合っているのを見ると、今二人に責任を返すわけにもいかない。
素直に謝っておくことにしたのだが、店員さんも動揺していたのかトイが試着している靴の空箱を抱えて奥へと戻っていってしまいそうになっていた。
普通に申し訳なくはある………自分の職場で男女が至近距離で見つめ合っているのを見るのは精神的に来るものがあるだろう。
俺が今働いている探偵事務所、そしてお手伝いをさせてもらっている綿貫家ではそういった事態は発生していないが、接客業ではままあることなのだろうか?
結局悩みに悩んだ末、両方とも買うこととなった。
お財布の中身が寂しくなってしまったと零すトイの両手には紙袋が提げられていた。
そして序でと言っては語弊があるが、きちんと運動用のスニーカーも一足手に入れていた。
計三足も購入すれば、財布の中身も寒くなろうというものだ。
そうして、俺達は次の店に向かうこととなる。
「んじゃ~、次はあそこに行こっか?」
「え、っと、次はスポーツ用品店だな」
「………じゃ、行こ」
俺の持つマップを三人で眺め、今いるシューズショップからそう遠くない位置にあるスポーツ用品店を目指した。
店内は先程とは違って落ち着いたBGMが流れており、入り口には来店者を待ち構える白熊が鎮座している。
………白熊か、これ?
「随分と大きいな、この像」
「まー普通の熊じゃないしねー」
「というと、妖怪がモチーフなのか?」
「………流石、に、わかって、き、た」
「いい加減、な」
此方の世界にやってきてもう数か月が経とうとしている、動物じゃないと示唆されれば予想は付くようになっていた。
因みに自分は熊の妖怪に心当たりはなかったのだが、聞いてみると鬼熊という妖怪がいるらしい。
純粋な膂力が強くフィジカルがずば抜けており、そこから更に身体能力を強化する術を持っている妖怪らしい。
この妖術はあくまで彼女らの知り合い、というか〈妖技場〉の闘士の一人で、勿論鬼熊の妖怪すべてがこのような妖術を持つわけではない、のだとか。
なんでも、身体能力だけで言えばサミハと同等以上とのこと。
その話を聞いた俺の背筋が冷えたのは言うまでもないか。
「さて、んじゃトイちゃんとあたしの分のジャージ、買いますかー」
「あぁ。女性用は………あっちか」
「………行こ」
店内の表示を頼りに俺たちは行く。
此処には二人の運動用の服を買いに来たのだが、俺も運動用の服と呼べるほどのものはあまりない。
精々が一着くらいであり、それも此方の世界に来て間もない頃に奏に貰った一式のみ。
鍛錬は殆ど毎日行っており、都度洗濯もしているが、これから梅雨の時期だ、洗濯物を干せないタイミングもあろう。
それにもし〈妖技場〉の遠征に参加するとなれば、出先での鍛錬の為に複数着は用意しておくべきではないだろうか。
ということで、俺ももう一揃え追加で運動着を購入しよう、という事になったのだった。
「最近はスポーツウェアもおしゃれなデザイン多いね~」
「………おばあさん、みた、い」
「何てこというの~!? おばあさんはスポーツウェアって言わないでしょ!?」
「突っ込みどころは間違いなくそこではないと思う」
わちゃわちゃと話しながら三人でレディースジャージを見繕う。
シンミの言う通り、そもそものデザインも中々個性がある上、そこから更に差し色やラインの配色で好きなものを選べる。
自分でこの手の服装を選びに行く経験がなかったために、こうも沢山あるものかと若干気圧されてしまう。
「ん~………じゃ、こっちでいっかな~」
「もう決めたのか?」
「あたしは即断即決………だけど一応試着してくるかなぁ」
「………それが、いい、と思、う」
「え~、っと」
近くの店員に声を掛け、シンミは選んだスポーツウェア上下一式を持って試着室に向かった。
俺は暫くトイの品定めに付き合っていたのだが、やがてシンミから念話で試着室まで来るように言われる。
断る理由もなく、まだまだ決めるのに時間のかかりそうなトイに断りを入れ、指定されたカーテンの前まで向かった。
「おーい、着いたぞ」
「あ、トロン君来た~? 着るの君の前くらいだからさ、見てもらお~と思っ───」
「ぐっ、えっ」
シャッ、と開けられたカーテンの向こう側には、当たり前だが持って行ったウェアを纏ったシンミの姿が。
普段の巫女服、そしてマニッシュな雰囲気の私服とはまた一味違うスポーティな恰好であり、特におかしなところもなく似合っている、と言おうと思ったその矢先。
シンミは俺を抱きかかえて試着室に引き込み、急いでカーテンを閉めた。
………本当にこの人は無自覚にこういうことするからなぁ。
<>(^・.・^)<来週も師匠らのヒロイン力が試される……?




