其の三二 書く度に可愛くなるメインヒロイン
<>(^・.・^)<タイトル通りの回
『兎に角。来てください、これは半分命令です』
「半分、ってどういうことですか」
『………頼みを聞いてくれないようでしたら、奏お嬢様を連れ去り───』
「なっ、奏をどうするつもりだ!?」
『───丁重におもてなしし、マッサージやスチームを施したうえで最上級ランク国産牛を贅沢に使った』
「うん、どうしてそうなるんだ?」
脅しという文化を知らない地域出身の方なのだろうか。
でも、この感じだと恐らく悪い人たちではなさそうだ。
「分かった。言う通りにする代わりに、一つだけ、これだけは聞かせてくれ」
『何でしょうか』
「俺の身体に害が及ぶ危険はあるか?」
『それだけはない、と断言できます』
「了解した」
それ以来、声は聞こえなくなった。
男子トイレの中での会話に言い知れぬ違和感を感じた俺であったが、ふとポケットに紙切れが入っていることに気が付いた。
………用を足して、手を綺麗に洗った後で取り出そう。
それにしても、清掃が行き届いていないわけではなく本当に綺麗に維持されているのだが、紙切れが床に落ちたりしなくてよかった、本当に。
そして出口から廊下に出て、石鹸で洗った後にハンカチで水気を拭き取った後、紙切れを読む。
中には走り書きでこさえられた地図と指定の時間が書かれていた。
地図が馬鹿みたいに汚く、辛うじて通路と目印となる建物が認識できる程度だという点を除けば、伝える内容は分かりやすかった。
その一点で分かりにくいと判定しても構わないくらいには汚かったけれど。
「ふむ、じゃあ奏にどう説明するか」
問題なのは指定時間。
深夜、とはいかないまでもそれなりに遅い時間、特に理由なく出かけるには無理のある時刻だ。
少し買い物に、と言えはするだろうが、どれだけ時間がかかるかは明言されていない。
怪しまれて奏に突っ込まれるのは心配をかけることになるだろうし、招待した側も奏との接触は最低限に抑えたいようだった。
となると、何か怪しまれずに、時間がかかってもおかしくないような言い訳を考えなければ。
………騙しているようで気が引ける。
「オ? トロン、オマエ此処に居たんカ」
「ビズ」
片手に紙片をもって悩んでいた俺の目の前に現れたのは、服装の色彩が奇抜なのっぺら坊。
既に帰ったと思ったのだが。
「まだ帰ってなかったのか?」
「アー、トレーニングルームあんだロ? あそこでちいット鍛えてから帰る積りだったんだヨ」
「なるほど、この前もあそこにいたからな………あ」
その時妙案が浮かんだ。
「なぁビズ、一つ頼みがあるんだが」
「ン? 何ダ、言ってみロ」
「今日ちょっと野暮用で夜に出かけなくちゃなんなくてな、奏には秘密の理由で」
「デ、オレは何をすりャいいんだヨ」
「デビュー戦祝いで食事に連れて行って貰う、ってことにしてくれないか?」
「ソリャいいけどヨ。オレに頼んでいいのカ? あの天狗や雪女の嬢ちャんに話し通した方がいーんジャねーノ?」
「お前の方が信頼できるだろ」
勿論師匠たちに信頼がないとは言わない。
ただ………ふとした瞬間、「こう言えって言われた」みたいなことを口にしてしまいそうな危うさがある。
そこを踏まえると、気遣いの出来る大人、ビズの方が頼れると判断できる。
俺の言葉に、ビズは元からない表情を変える。
付き合いが長くなってくると、少しづつ見えない表情が見えるようになってくるものだな。
「オ、オマエ、そんなん言われても嬉しくネェゾ?」
「顔染めて後頭部搔きながら言う台詞ではないんだよな。あと気持ち悪いからやめてくれ」
「頼み事する相手に辛辣過ぎねェカ?」
ビズが気持ち悪かったことを抜きにすれば丸く話は纏まった。
別方向に歩いて行ったビズを見送り、元のベッドのある部屋に戻る。
一応やることは終わったし奏も目覚めたから、そろそろ帰る頃合いかもしれない。
「トロ、お帰りー」
「あ、弟子、君」
「………随分仲良くなったんだな」
部屋に入ると目に映ったのは、奏を膝の上に載せてベッドに腰掛けるトイの姿。
両者共にマイペースで芯の強いところがあるから、互いに意気投合したのだろう、なんにせよ仲良くなったのはよいことだ。
一方、喧嘩していたサミハとトルフェとシンミの三人の姿が見当たらない。
「あれ、三人はどこにいったんだ?」
「サミハ、さん、が、連れて、った」
「けんかするなら舞台でやれ、って。きょうはほかの試合が後だから、いまは空いてるだろう、っていってたよ」
「あー………言いそう」
体育会系なサミハのことだ、まだ知り合って間もないが、一戦交わした後だから何となく言動がわかる。
そして妹と舎弟の二人はそれを断ることもできず、黙って言うことを聞き着いて行くだろう。
ということは、今は舞台であの二人が戦っているわけで。
俺が訓練では殆ど勝てたことのない相手と、平静を崩した隙に自爆気味の戦法でようやく勝利を収められた相手が相対している。
「じゃあ奏、そろそろ行こうか」
「ん。じゃあね、トイ」
「奏ちゃん、も、また、ね。弟子君、また、明日」
「おう」
取り敢えず荷物をまとめ、奏をトイの膝の上から持ち上げる。
用意されていたつっかけのような靴を脱ぎ、元々履いてきた靴に履き替えた。
トイと別れの挨拶をしてから廊下に出る。
「あのさ奏、帰る前にちょっと行きたいところがあるんだけど」
「そのまえに。また明日、ってどーゆうこと?」
「えっ、あぁ───」
俺から奏には出かけるという話しか通していなかったのだが、先程のやり取りでその用件が気になったらしい。
本人から聞くかと思っていたが、トイは話していなかったのか。
先程の招待と違ってこちらは用事の内容がバレても問題ないと判断して、明日シンミやトイと買い物に出かけるという話をした。
次第に奏の額に皴が寄っていく。
「………ずるい」
「そうは言うけど、俺も彼奴らにはお世話になってるし」
「ちがう。かいものに行くのは、いい。でも、わたしより先には、やだ」
「あっ」
普段の生活を共にしているからか、奏と二人で出かけるという事態がほぼ発生していないということに気が付いた。
これはいくら何でも粗末が過ぎる、一番大切な相手との思い出をまだ作れていなかった。
どうしたものか、と頭を抱える。
「あー、その、奏も学校あって忙しいと思って」
「そんなの、トロにゆうせんしない」
「それは有難いけど………自分の予定を安易に曲げたりしちゃ駄目だろ」
井川さんによく叱られている兜さんを見れば、本来大人がどうあるべきか分かろうというもの。
「むぅー、まぁいい。代わりに、今度は一日わたしとおでかけね」
「それは寧ろ俺からお願いさせてほしい。今言っても信頼されないかもしれないけど、奏と何処かに出掛けたいとは俺も思ってた。文化祭に誘ってもらえた時はワクワクしてたんだ」
「………」
歩きながら話すには気恥ずかしすぎて、思わず顔を逸らした。
状況に酔えていたナサニエル戦後に比べ、今の俺は色々と冷静過ぎる。
そのうえで、ここは真っ直ぐに思いを伝える以外にないだろうと判断して、勝手に顔が熱くなっているのだから、この白九尾は手に負えない。
恐らく赤く染まっているだろう俺の顔を、奏がじと、と伺う。
怒っているのは分かっている、許してもらえるだろうか、と怯えながら立ち止まると、頬をぐに、と押されたのが分かった。
逸らしていた視線を戻すと、不敵な笑みを浮かべていた奏は背伸びして片手を伸ばしていた。
「………かわいい」
「ッ、揶揄うなよ」
「にふぇ」
機嫌が戻ったのか、奏は後ろ手に手を組みながら足を大きく動かして歩く。
………だったら、俺が恥ずかしい思いをした甲斐もあるというものかな。
「あ、そうだ、話は変わるけど、今日の夜はビズがデビュー戦祝いに食事に連れて行ってくれるみたいで」
「うん」
「だから、夜は少しの間うちには居られないと思う。勿論おなか一杯になって帰ったりしないから、何かお祝いを考えてくれると嬉しい」
「………しょうがないなぁ」
先を歩いていた彼女がくるりと此方に向く。
制服のスカートがふわりと揺れた。
………本当に奏には敵わない。
因みに、少しだけ覗いて帰ったシンミとトルフェの戦いは、互いに機動力と遠距離攻撃を活かして削り合っていて、容易には決着しそうになかった。
その為、奏と顔を見合わせた後、一緒に買い物をしに行ってから奏を学校まで送ったのだった。
つるちゃんが出迎えてくれ、敗けたと報告した俺を慰めてくれた。
情けなく思ったが、思えば俺は元中学生、高校生に慰められているのは本来あるべき姿なのではないか、と思い直す。
………自分としては、肉体ごとすげ変わったために学年を意識したことはないが、義務教育を途中でやめている点から、知識の面ではかなり不味い状態の可能性がある。
自分でも少しづつ勉強をするべきだろうか。
「あれ」
奏の家に戻り、貸し与えられた部屋に戻ると、戸締りをしっかりとしていた筈なのに、窓が開けられていた。
本来直射日光を避ける位置に置いておいたはずの【透鳳凰】が窓辺にある点から、ここから出て行って帰ってきた、という考察で間違いないだろう。
ということは、【透鳳凰】事態に何らかのシステムか自我がある、というわけで。
ゆっくりと屈んで、半透明の水晶がやや縮んだ【透鳳凰】を手に取る。
「………なぁ、お前は一体何者なんだ?」
<>(^・.・^)<昨日調子良かったから今日も投稿しちゃった………(照)
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