ウァレンティヌスに由来する日
<>(^・.・^)<バレンタイン特別編2023!
日曜日。
目が覚めて、起き上がる。
寝相は良い方だ、尻尾があるから仰向けに寝るのは難しいが、横向きに寝て掛け布団を蹴飛ばしたりはしない。
寝言とかいびきについては、自分じゃわからないし、部屋が少し離れた奏にも分からないだろう。
―――あるいは、分かってはいるけど気を使ってくれている、のかも知れないが。
一旦あぐらをかいてあくびをし、眼をしぱしぱさせてから立ち上がって布団を畳もうとすると。
「………なんだこれ」
枕元には、なにやら大きさの違う箱が三つ並び、手前にはメッセージカードのようなものが置いてあった。
とりあえず布団を畳んで部屋の隅に置き、箱の前に座ってメッセージカードを手に取った。
柔らかな桃色の紙に、奏の丸文字が踊っている。
『トロへ
好きな箱を一つ選んで開けてください。開けたら中のものと、他の二つの箱を持って降りてきてね
かなで(にっこりした顔文字)』
とのことだ。
置いてある三つの箱から一つ選んで、中身と他の箱を持ってこい、と言うことらしい。
「ふむ」
箱を眺めた。
大、中、小、と横一列に並んだ箱は、どれもきちんとしたラッピングが施してあった。
正直、奏の意図は一つだけ思い浮かぶが、とりあえず選ぶか。
「………」
情報がいかんせん少ない。
奏のことだから、何かとんでもない悪戯を仕掛けてある、というのは考えづらい。
本当に好きなものを選んでいいのだろうけども、にしたってこの状況であれば勘に従う他ないな。
着替えをしながら考えて、とりあえず真ん中の、中くらいの大きさの箱を開けた。
中には、『おりょうりけん』と書かれた紙が入っていた。
「料理………?」
思っていたのとは少しばかり違ったので小首をかしげたが、なんにせよ奏には何らかの意図があるのだろうしな。
とりあえずこれと、大と小の箱を持って行くか。
料理はいつも食べさせてもらってるし、俺が作ることもあるんだけどもな、と、階段を降りながら考えた。
どこか高級店にでも連れて行かれるのか、そうしたらそれなりの服が必要になるな、と、リビングへつながる扉を開けながら思った。
奏はテレビ前のソファに座っていた。
「おはよう」
「あ、トロおはよ………紙、読んだ?」
「ああ、これ」
と言って、『おりょうりけん』を取り出す。
………改めて考えると、ひらがなで書くとかの、子供らしい振る舞いをしてるから、子供のように扱われるのではなかろうか。
いや、今考えることじゃないな。
たぶん、すでに井川さんか田光さんあたりが言ってくれているだろうし。
『おりょうりけん』を見た奏はにやりと笑い、立ち上がって俺の袖を掴んだ。
「よし。おりょうり、するぞぉ」
「あ、ああ」
「さぁさ、エプロンつけてつけて、お手々、洗って」
「うん? 俺が?」
「ううん、も」
「あぁ………なるほどな」
言われてみれば、料理は基本当番制で互いに料理を振る舞う形だし、少し手伝うくらいのことはあれど一緒に何かする、というのは殆どなかった。
朝食を色々と凝ったことは出来ないから、二人で軽くフレンチトーストを作ることにする。
「トロ、パンとって」
「おう、良い感じに漬けられてるぞ」
「やるねぇ」
「任せろ」
とまぁ、そんな感じに他愛ないやり取りを重ねながら無事にフレンチトーストを完成させた。
奏が焼き上がったモノを取り分けてテーブルへと運ぶ間に、俺の方はインスタントだがコーヒーを淹れる。
二人分のカップの両方にコーヒーシュガーを入れてコーヒーを淹れ、片方は色が変わるまで、もう片方はそれより色が白くなるまでミルクを注ぐ。
よりミルク分の濃いカップを奏に渡し、もう一方を俺の分のフレンチトーストが載った皿の近くに置いた。
奏がフォークとナイフを準備してきてくれたのを感謝を言いつつ受け取り、二人で手を合わせる。
「いただきます」
「頂きます」
表面はカリっと、中はしっかりと卵液の漬けこまれたフレンチトーストを、舌鼓を打ちながら食した。
ナイフで切り分けてメープルシロップをかけると、一層甘みが増して実に旨い。
「ん?」
「あ、きづいた?」
ナイフで切り分けたトーストから、黒いドロッとしたものが溢れ出て来る。
これは、恐らく。
「チョコレート?」
「そ。いっこめ」
そう話す奏の皿にも、同じくチョコレートの跡が付いている。
漬ける作業を担当する時はやけに厚いなと思ったが、その方が中と外の食感の違いを楽しめるモノかと自分で納得していたし、切込みが入っていたのも漬けやすくする工夫だと考えていた。
思い返せば、俺が起き上がってきたとき既にこのパンは台所に出ていたのだから、予め奏は仕込みを終わらせたうえで休憩していたのだろう。
メープルシロップの強い甘みとは違って、チョコレートが入っているモノは甘みだけでなくコクがあって非常によい。
あまりに甘すぎると量を食べるのは厳しくなりそうなものだけれど、チョコレートをトッピングにするとこうも食べやすくなるものか。
「うん、美味いよ」
「へへぇ、やった」
にこやかな奏を見ると、更に食欲が増すような気分がする。
二人で完食し、コーヒーを嗜んで食器を片付けた後、二人でソファに腰掛けた。
俺の膝の上に座る奏に箱の話をする。
「ところで奏、この箱って?」
「ん、今日なんのひかわかる?」
「今日は………あぁ、それで」
推測はしていたものの、色々と合点がいった。
今日は二月の十四日、つまりはバレンタインデーだ。
それでプレゼントを用意してくれた上、朝ご飯からチョコレートを忍ばせてくれたわけだ。
「ありがとう、チョコレートは好きだし嬉しい」
「? まだあるよ」
「まだ?」
「それ」
奏の指は、ソファに置いてある、俺が持って部屋から下りて来た二つの箱を示していた。
確かに、俺が選ばなかった小さいのと大きいのがまだ残っている。
「これはどうすれば?」
「開けていーよ。ぜんぶトロのためのだから」
「………お返しは奮発しなきゃな」
有難く思いながらも、これだけの贈り物に応える日がいつか来る、と考えると苦笑が漏れた。
残った二つはどちらから開けたものか、と思ったけれど、取り敢えず大きい方から開ける。
大きい箱はキャリーケースと同じくらいの大きさがあり、その割には軽かったので中身は何だろうかと思ったのだが。
「………なにこれ」
「しーととたいつ」
入っていたのは、綺麗に折りたたまれたブルーシートと未開封の全身タイツ。
バレンタインデーの贈り物として想像が付かなすぎる、これを一体何に使うというんだ。
疑問に思う俺に奏が声を掛ける。
「じゃトロ、これかたづけよ?」
「ソファを? 何で?」
「まぁまぁ」
脳の演算が追い付かないまま、俺は奏と一緒にソファを持ち上げ、部屋の隅に移動させた。
これでソファのあったスペースは空白になり、元々移動ルートの為に開けてあった空間と合わせてかなり広々とした空間が出来上がった。
いそいそとブルーシートを敷いた奏は、全身タイツの入った袋の封を開けて中身を取り出す。
そして、俺の目の前で着ていた服を脱ぎ始めた。
「おいおいおいおいおいおいおいおい!」
「ちょっ、どしたのトロ?」
「いや違うだろ、急にどうした!?」
「だいじょうぶ、水着きてるから」
俺の制止も聞かず、奏は脱衣を完了させる。
其処には、部屋の中に敷かれたブルーシートの上に立つスクール水着を着た少女、という何とも危なげで意味の分からない画が出来上がっている。
今度はタイツを着用しつつ俺に奏は指示を出す。
「トロ、おなべとってきてくれる?」
「な、鍋?」
「そう、チョコはいってる」
「へぇ、なるほど───んん!?」
鍋、チョコ、ブルーシート、全身タイツが揃って、まさかとは思うが一つ可能性が頭に浮かぶ。
「なぁ、奏、もしかしてそのチョコ」
「塗るよ?」
「絶ッ対!!!! 却下!!!!!」
「なんで? そういうの、おとこのひと喜ぶってネットに」
「ネットに書いてあることを鵜呑みにしてはいけません!」
「でもぉ、トロが、ぁっ、喜んで、くれるかな、って」
「いや、違、怒ってるんじゃなくて」
それから奏を説得するのにはかなりの時間がかかった。
調べてくれたのは有難いのだが、軽々しくそういったことはしないこと。
気持ちは嬉しいが、奏の安全を脅かす可能性があることには賛同できないこと。
それらを懇切丁寧に話すと、声を張り上げてしまった俺に申し訳なさそうに涙目になっていた奏も分かってくれたようで、渋々タイツを脱ぎ元の服を着直した。
その際俺の目の前で水着から普通の下着に変えようとしたので、慌てて脱衣所に押し込んだときの俺の焦りたるや。
「………これはどうするかな」
台所にあるチョコレートの入った鍋を見て呟く。
結局その日は二人でチョコ菓子を作り、綿貫家のみなさんとチョコレートフォンデュを楽しんでなんとか事なきを得た。
何処となく恐ろしさを覚えたので、一番小さい箱を開く勇気は俺にはなかった。
その箱の封が切られる日はいつか来るのだろうか………
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