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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章 海と魔術(中)
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異郷へ

「……いま向かっているのは、上ノ浦っていう漁村なの。ま、この数十年で過疎化が進んで、漁村ってよりは廃村に近いらしいけどね! 以前に話した海野カイジっていう『名無き黄昏』のメンバーの生まれ故郷が、そこなわけね。ここまで調べあげるのに、ほんっと苦労したんだから!」


 巧みにハンドルを操りながら、七星が楽しげな声をあげている。


 海岸沿いの太い国道に、対向車両の影はない。ないが、ちょいと飛ばしすぎじゃないですかね、十六歳のインチキドライバーさん?


「だいじょぶだいじょぶ。免許は偽造でも腕前はA級だから! この道が警察の巡回コース外だってことも調査済みだし」


 ちなみにこの車は、七星があらかじめホテルの駐車場に準備しておいた自家用車である。


 どう見ても購入したばかりのピカピカなステーションワゴンで、もちろん車体には強力な結界とやらが張りめぐらされているらしい。まったく、結界づくしの一日だな、本当に。


 しかし、その結界とやらは、要するに魔術による攻撃や追跡や探索から身を護るための術式なのだろう。


 ということは、物理的な交通事故などにはまったくもって効果はみこめないのだろうから、正直言って、俺は生きた心地がしなかった。


 七星の運転は、七星の性格をそのまま反映させたようなシロモノだったのだ、と言えば俺の心中も察してもらえるだろうか。



 アクラブは助手席に、俺とトラメは後部座席に乗りこんでいる。


 隣りのトラメの様子をうかがってみると、この遊園地のアトラクションじみた爆走にもまったく危機感は覚えていないようだ。


 しかしその顔がずいぶんと不機嫌そうなのは、俺が七星を止めるどころか、同行を求めたりしてしまったせいなのかな?


 そんなつもりで貴様を呼びだしたわけではないわ!とその冷たい横顔が語っているような気がして、俺はさっきからたいそう気まずかった、


「なあ、七星。その漁村とやらは、ここから遠いのかよ?」


 その気まずさを払拭したくて俺がまた呼びかけると、七星は笑いをふくんだ声で、「いんや、近いよん」と元気に答えてきた。


 こちらはずいぶんとご機嫌なようだな。


「このペースなら三十分もかからないんじゃない? あのビーチからも犬の首みたいに愉快な形をした岬が見えてたでしょ? 上ノ浦はあの岬の向こう側にあるの。明治の頃まではその所在すら明らかにされていなかった、ちっちゃなちっちゃな村らしいんだよ。あげくに過疎化の波状攻撃で、今じゃあ住民も百人足らずなんじゃないかな」


「……なんだか古めかしい探偵小説みたいな舞台設定だな」


「あ、近いかも! 何せ海野カイジの親族は、海野が出奔する直前にことごとく不可解な死を遂げたらしいからね!」


 おいおい本当に危険はないんだろうな。ずいぶんキナくさい話じゃないか。


「関係者がみんないなくなっちゃったんだから、むしろ安全だよ。海野カイジとしては、むしろ村人の探索だか報復だかを恐れて素性をひた隠しにしてる気配があるから、その村が村ぐるみで『名無き黄昏』に加担してるなんていう可能性は火星人の実在ぐらいありえないはず!」


「宇都見あたりは本気で宇宙人の実在を信じてそうだけどな。……ていうより、俺的には魔術師も火星人も同じぐらい非現実的な存在だぞ?」


「それはミナトくんの認識が甘かっただけ! もともと魔術師が存在してたってのは歴史的事実なんだから、それが滅亡してなかったってだけの話でしょ? もなみだっていちおう、なんちゃってだけど魔術師なんだから、火星人なんかと一緒にしないでよね!」


「わかったよ。……しかし、今さら何だけど、ナギたちのほうは本当に安全なんだろうな?」


「安全だよん。ホテルの建物全体に感応型の結界を張ってるんだから、魔術で干渉しようとしただけで、もなみにはピピンと感知できちゃうの。ほんでもってみんなが眠ってる最上階には一レベル強力な退魔型の結界が張ってあって、おまけにみんな護符までつけてるはずなんだから、仮に『暁の剣団』の上級クラスの魔術師が攻めこんできたって、そうだね、余裕で五分は時間が稼げるはず!」


「ご、五分?」


「上等でしょ? 万が一にも魔術の干渉が感知できたら、アクラブに『みんなを護れ!』って望みを唱えればいいんだもん。車で三十分の距離でも、アクラブが本気を出したら引き返すのに三分もかからないよ」


 なるほど。そこまで計算した上で、七星はこんな馬鹿げた探索活動を決行していたのか。


 やっぱりこいつは信用に値するやつなんだろうな。その能力も、気質も。


 信用できないのは、人格だけだ。


「……うわ! どうした、トラメ?」


 と、突然トラメが俺の膝の上に倒れこんできた。


 バックミラーの向こう側で、七星の目がギラリと光る。


「どうにも眠い。……目的地に着いたら、起こせ」


「そ、そいつは別にかまわないけどよ……」


「ちょっと! ミナトくん! 要所要所でトラメちゃんとの仲の良さをひけらかすのはやめてくれない? もなみの忍耐力にも限界ってもんがあるんだからね!」


「うわあ前を見ろ前を! お前に忍耐力なんてもんがあるのかよ!」


「あるよ! なかったらミナトくんなんてとっくにマルカジリです!」


 七星の言葉とともに、車がグングンと加速していく。


 マルカジリでも何でもいいから、怒りをアクセルに叩きつけるのだけはやめろ。死ぬから。本気で。冗談ぬきに!


「まったく、やんなっちゃうよなぁ! 固い血の絆で結ばれた妹ちゃんに、魂の伴侶たるトラメちゃん。おまけにミワちゃんとラケルタちゃんは守られ属性なもんだからミナトくんに優しくされまくってるし、ウツミショウタくんは無二の親友! よく考えたら、このメンバーの中でもなみが嫉妬せずに済むのはアクラブたったひとりなんじゃないかっ!」


「そのメンバーに宇都見を入れるな。気色悪い」


「だってあのコも可愛い顔してるじゃん! もなみみたいな絶世の美少女からの求愛行動にまったくなびかないってことは、もしかして、ミナトくん……」


「それ以上言うな。車を降りた後にひっぱたくぞ?」


「だったら、もなみにも膝まくらっ! 明日ね! 約束だよっ!」


 俺は、沈黙で報いてやった。


 この場で拒絶するより明日拒絶してやったほうがまだ面倒は少ないだろう。人格破綻者の妄言にいちいち応じていたら疲れちまうぜ、まったく。


「……にしてもトラメちゃんはよく食べるしよく眠るね! やっぱりダメージの程度が深刻なのかしらん。アクラブ、どう思う?」


「さてな。十全のこいつを見たことがないのだから、私にだって判別はできん。しかし、退魔の結界を力づくで破壊するなど自殺行為だし、グーロでなければ心臓をつらぬかれて平気な顔をしていることなどできんだろう。通常ならば、あのコカトリスと同じぐらい弱っていても不思議はないな」


「通常?」


「……こいつは、グーロなどという種族のわりには、強い力を持った個体だ。アルミラージほどではないにせよ、本来ならば治癒を得手とする種族なのだからな。こんな深手を負いながらも、あの不細工なエルバハなどと対等以上に戦えるというのは、まったくもって普通ではない」


「普通じゃないって、どういうことだよ?」


 俺がわりこむと、助手席からアクラブが冷徹な横顔を少しだけのぞかせてきた。


 またベレーとサングラスを装着してしまっているために、どんな目つきをしているかまではわからない。


「……こいつは『土』と『風』の子でありながら、わざわざ『火』の精霊王などを参拝してその加護を得た酔狂なグーロだ。通常のグーロよりは強い力を持っているし、このように弱った身体でも十分に戦力として考えてやってもいいだろう」


 何だろう。何かをはぐらかされたような気がした。


 しかし、それよりも気になったのは、アクラブの「弱った身体」という言葉だ。


 やっぱりトラメのやつは、見た目以上に深刻なダメージを負ってしまっているのか。


 腹が空かないかぎりは弱った姿など微塵も見せないトラメなのだが。俺はときたま、思うことがあるのだ……もしかしたら、その胸や右腕の傷は、今でも時として激しく痛むのではないか、と。


 確証があるわけではない。ただ、トラメが日常で見せる、ふとした素振りから……ごくさりげなく胸もとをおさえたり、けっしてナギに右腕をさわらせないように気を使ったり、と、そんなちょっとした仕草から、俺は懸念を抱くようになってしまったのだった。


「それにしたって、魔力の欠乏って意味ではアクラブのほうが深刻でしょ? ま、もなみの無茶な要求をかなえるために負ったダメージなんだからしかたないけど、そろそろ『暁』の連中からリアクションがあってもおかしくない時期だから、何とか効率よく回復できないもんかなぁ?」


 暗い峠道を爆走しながら七星がそんなことを言うと、アクラブは、サングラスに隠された目を主人のほうに向けなおした。


「そう思うなら、いいかげんに私を隠り世に戻せ。この現し世には、私の傷を癒す手立てなどはそうそう転がっていないのだからな」


「ふむん? そのココロは?」


「……私にもっとも力をもたらすのは、隠り世の住人の、血だ。このグーロやコカトリスはまだしも、お前は敵方のアルミラージすら殺すなと命ずるではないか。それでロクに休息も与えられないのでは、いつまでたっても私の欠乏した魔力は満たされん」


「えー? そっかぁ。だけど、『暁』の連中の目をくらますにしても、もなみひとりの魔術じゃちょいと心もとないんだよねぇ」


「それはお前がこのようにうかうかと外を出歩くからだろう。以前のように隠れ家でおとなしくしているかぎりは、魔術師どもがどんなに探索の術を行使しようと見つけられるものではない。数日間でいいのだから、私を隠り世に、戻せ」


「そしたらアクラブは虐殺ざんまい? それはそれで隠り世のみなみなさまがお気の毒だね!」


「大過ない。私たちはふだんからそうやって生きているのだからな」


「うむぅ……わかった! それじゃあこのもなみのバカンスが終了したら、今度はアクラブにバカンスをあげるよ! 思うぞんぶん羽をのばして、血だるまのバカンスを満喫してきてちょうだいな!」


 何とも殺伐とした話だ。


 しかしそれがギルタブルルという種族の性ならばしかたがない。


 だから、そんなことよりも、俺は自分の懸念をアクラブにぶつけてみることにした。


「なあ、アクラブ。もしかしたら、トラメやラケルタも、隠り世に戻したほうが回復が早まる、ってこともあるのかな? もしもそうなら、俺や八雲だってちっとは考えてやらないと……」


「見当外れなことを言うな、イソツキミナト。グーロに一番必要なのは食事だし、コカトリスに必要なのは眠りだ。こんな深手を負った身で隠り世に戻しても、グーロには負担が増すばかりだし、コカトリスなどは外敵から身を護るすべすらない。こいつらが十全の力を取り戻すまで、お前らはせいぜい現し世で面倒を見てやることだ」


 俺の懸念は、一瞬で粉砕されてしまった。


 そうか。そういうことなら、異存なんてありゃあしないよ。生活費の残高を気にしつつ、せいぜいトラメに美味いものを食わせてやるだけだ。


「ちぇーっ! 何だかズルいなぁ! もなみだって、アクラブの面倒を見てあげたいのに! もなみだけが庇護欲をちっとも満たすことができないぞっ!」


「だったら、アルミラージの五、六匹でも献上してみせろ。そうすれば、このていどの痛手などすぐに回復する」


「……それはムズいなぁ。この先『暁』や『黄昏』との全面抗争が始まっても、召喚された幻獣に罪はないしね! おいそれとアクラブの生贄にする気にはなれないと思うよ。ほら、もなみって博愛主義だからっ!」


「ならば黙って私を隠り世に戻せ。それがお前にできる最善の策だ」


「ううう。了解……ミナトくん! このバカンスが終わったら数日間会えなくなっちゃうから、前倒しでたっぷり甘えさせてね!」


 どんな会話をしようとも、けっきょく最後は七星の妄言で終わってしまう。


 そんなこんなで、あっという間に三十分ていどの時間が過ぎ去り、やがて車は、ずいぶんへんぴな場所で停止することになった。


 国道から一本外れただけで、急に道が細くなり、それが山道になりかけて、周囲に深い森の影が見えはじめたところで、七星はおもむろに車を停めたのだった。


「よっし。車で来れるのはここまでだね! みなさん、すみやかに下車をお願いしまぁす」


 海のすぐ近くだというのに、まるで山の中だ。いよいよあやしい展開になってきたぞ、こいつは。


「むっふっふ。おじけついたんなら、トラメちゃんに頼んで引き返しなさい! まったく危険はないけれども、もなみたちはこれから惨劇の館に乗りこむのだからね!」


「さ、惨劇だと?」


「そうさ! ターゲットの親族はみんな不可解な死を遂げたって言ったでしょ? 父親は溺死、母親は自殺、祖父は病死で、長男は事故死だったっけな? とにかく唯一の生き残りである妹さん以外は、みんなバタバタと死んでいっちゃったんだから! 怨念うずまく惨劇の館に踏みこむ勇気が、果たしてミナトくんにはあるのかなぁ?」


「……その妹ってのは、どうなったんだ?」


「うん? たしかそのコは、隣り町の養護施設か何かに引き取られたはずだよん。法的には、遠縁の親戚の保護下に入ったっていう名目でね。……どうも海野家ってのは上ノ浦でも特殊なポジションにあった家柄らしくて、もともと村内でも孤立していたようなのだ! どう? いよいよ古式ゆかしい猟奇ミステリな舞台設定でしょ?」


「時代錯誤もはなはだしいな。いっそ宇都見たちも連れてきて、肝試し大会にでもしちまえば良かったんじゃねェか?」


「おお、不謹慎! ミナトくんももなみの破綻が伝染しちゃったんじゃない? ……ま、冗談はさておいて、とっとと出発いたしましょう! 夜が明ける前には帰還したいからねぇ」


 言いながら、七星は暗視ゴーグルを目もとに引きおろし、それから、空中をすっと撫ですさるような仕草を見せた。


 お得意の手品……もとい、魔術だ。確かに素手だったその指先に、新たなゴーグルつきヘルメットが出現する。


「はい、ミナトくんのぶん! 万が一にも村民の誰かと出くわしちゃったら面倒だから、ミナトくんも顔を隠しておいたほうがいいよん。えーと、トラメちゃんは……」


「いらぬ。我のことは、放っておけ」


 そう言い捨てるなり、ふいにトラメの姿がかき消えた。


 驚く俺たちの目の前で、主を失った甚平がふわりと地面に舞い落ちる。


 そして……その中からもぞもぞと姿を現したのは、なんと、小さな茶トラの子猫だった。


 依り代の姿そのままだが、黄色い瞳の光が強く、毛並みもうっすらと金褐色に光っている。


 仰天した。こんな芸当を隠し持っていたのかよ、トラメ。


「かっわいい! にゃんこだ、にゃんこ!」


 嬉々として七星が手をのばそうとするが、子猫のトラメは素早くその指先をかいくぐり、リスのような身軽さで俺の右肩に跳びのってきた。


『確かにこの近辺に魔術師や隠り世の住人が潜んでいる気配はない。ならば、これで十分だろう』


 トラメの声が、頭に響く。


 七星は物欲しそうな顔で俺の右肩あたりを見やりながら、少し心配げに首を傾げた。


「だけど、トラメちゃんもお疲れモードでしょ? そんな変化の術なんて使っちゃって、大丈夫?」


『どうということはない。今宵は珍しく、腹が満ちているからな』


 全然重みなど感じないが、確かな存在感が、右肩にある。


 何だかとても心地良いような、それでいてちょっと落ち着かないような、俺は奇妙な気分だった。


「よしよし。それではトラメちゃんの持ち物はもなみの亜空間ボックスに収納してあげましょう。……あらあら、けっこう可愛らしいショーツだね!」


「やめとけ馬鹿。行くならとっとと出発しようぜ」


「そだね。それでは、いざ進軍!」


 トラメの甚平やら何やらを消し去ったかと思うと、今度は一枚の小さな紙切れを出現させる。


 トランプぐらいの大きさで、びっしりとわけのわからない呪文や紋様が書きつけられた、羊皮紙のようにゴワゴワとした紙切れだ。


「一掴みの藁のウィリアム、愚者なる火のイグニス・ファトゥスよ、我らを煉獄ならぬ地へと誘え」


 いつになく生真面目な、七星の声。


 その不思議な呪文とともに、手の平に乗せた紙片の上に、ぼうっと青白い鬼火が浮かびあがった。


「ではでは、参りましょう!」


 その鬼火をランタンのように掲げながら、七星は深い茂みの中へと足を踏み入れた。


 アクラブは無言で後に続き、俺もしかたなしにヘルメットをかぶりながら、しんがりをつとめる。


 せまい道だ。いちおう一メートルぐらいの幅で草は刈りこまれているが、数ヶ月も放っておけば左右の森に飲みこまれてしまいそうな、獣道も同然の隘路だった。


 右も左も真っ暗で、月の光も届かないほどに、緑が深い。


 七星やトラメがいるからどうということはないが、一人きりだったら俺でも二の足を踏んでしまうかもしれない。


 これじゃあ本当に肝試しだな、と俺は最後尾を歩きながら小さく息をついた。


「昔は、さっきの国道あたりまで全部森だったみたいだよ。もう一本、きちんと舗装された道もあるんだけど、そっちも真っ暗で、おまけに村側から丸見えだから、こんな風に光を灯すこともできないし。徒歩だったらこっちのほうが近いの。車で村まで乗りつけるわけにもいかないんで、ちょっと歩きづらいけどまあガマンしてね?」


「別に何でもいいけどよ。こんな夜中に忍びこんで、いったい何を探ろうってんだ?」


「うーん……そこんところは漠然としてるんだけど。海野カイジがどうして故郷を捨てて、『名無き黄昏』なんかに身を投じたのか、それがもなみには引っかかるんだよ。村で特殊な家柄に生まれついたっていう出自が関係しているのか、していないのか。しているなら、どうして親族を皆殺しにする必要があったのか……ってのはまあ、もなみの推測にすぎないんだけど、家族のほとんどが不可解な死を遂げるのと同時に村を出てるんだから、まるきり無関係のはずはないしね」


「まったく心の躍るような話だよな。……だいたい、その特殊な家柄ってのは何なんだ?」


「よくわかんない。村の祭祀を司る家系だったらしいんだけど。こんな日本の片隅の小さな村でナニを祀っていようとも、それが『名無き黄昏』とリンクする、なんてのは考えにくいんだよねぇ。何せアチラは英国発祥の西洋魔術結社なんだからさ。……ま、異次元の神々に西洋も東洋も関係ないかもしれないけど。この国が『暁』にも『黄昏』にも全然注目されてなかったっていうのは、歴史的な事実なんだから」


 そんな会話をしているうちに、意外とあっさり森をぬけることができた。


 波の音と、潮の香り。俺たちの眼前に、やや唐突な感じで、ひなびた漁村のたたずまいが現出する。


 小さな村だ。


 青白い月明かりだけが頼りなので、とうてい全貌を見渡せるわけでもないが……ごつごつとした岩場に、藁葺き屋根の粗末な小屋みたいな家が、たがいに寄り添いあうように点在している。


 まるで岩場にへばりつくカサガイみたいだ。


 時刻はすでに三時を大きく回っており、もちろんどの家にも灯りなどは点いておらず、世界は、しんと静まりかえっている。


 何だろう……何だか、ものすごく寂寥とした情景だ。


 日中に見たビーチの明るさとの対比で、よけいにそんな風に感じてしまうのだろうか。


 同じ浜辺でも、ここには白い砂浜などはなく、黒々とした岩場にちゃぷちゃぷと波が打ち寄せている。あちこちに網がひろげられているのは、干物でも作る細工だろうか。


 ほんの三十分ほど車を走らせただけで、こうもガラリと様相が変じてしまうものか。


「……目指すは最南端の旧・海野邸だよ」


 低い声でつぶやきつつ、七星は上ノ浦なる漁村の内へと、音もなく足を踏み入れた。


 俺は何だか、怪物の口の中にでも飛びこむような心境で、子猫のトラメとともに、その後に続いた。

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