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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章 妹と魔術
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妹、燃ゆる②

 一件落着……なのだろうか。


 しかし、俺としては七星に真意を質さずにはいられない心境だ。


 あいつはたしか、八雲のことはこの先一生信用できないと思う、と冷たく言い放っていたはずなのだから。


 まさか八雲を罠にはめて、その一生をムチャクチャにしてやろう……などという思惑ではないと信じたいが。何せああいう破綻した人間なので、はっきり聞いておかないことには安心もできない。


「それじゃあ俺は、ちょっとあいつらを探してくる。お前たちは、オカルト談議にでも花を咲かせておいてくれよ」


 そう言い残して、俺は休憩所を後にした。


 もともと観葉植物やら柱やらなどで人目をさえぎる作りになっていたから、トラメとラケルタのあられもない擬似ラブシーンが人心を騒がすこともなかったようだ。


 夏休み序盤の昼前ということもあって、店内には俺たちと同世代のヒマ人どもがぽつりぽつりと点在してるぐらいだった。


 さて。愛しき我が妹と、愛しくない我がオトモダチはどこにいるのかな、と視線を巡らせる。


 キンキンに冷房のきいた店の中。その中央あたりにちょっとした人だかりができていて、俺はそこにアクラブの目立つ長身を発見することができた。


「……何だ、まだ格ゲーかよ?」


 近づくと、亜麻色の頭にハンチングをひっかけた、見間違えようもない後ろ姿があった。


 画面上では、中国服を着たセクシーねーちゃんと、いかにも凶悪そうな緑色の半獣人が熾烈なバトルを繰り広げている。


「いやいや。もなみVS妹ちゃんの血で血を洗う七番勝負はついさっき決着がついたところ! 格ゲー、音ゲー、落ちゲー、シューティングゲー、カーゲー、スポーツゲー、ダンスゲー、どれも録画を頼んでおけば良かったと後悔するほどの名勝負ばかりだったね! で、一巡したからまたココに戻ってきたってわけ」


 ビデオの早送りのように人間離れしたスピードでレバーとボタンを操作しながら、七星は嬉々としてそう応じてきた。


「そいつはおつかれさん。……どうでもいいけど、戦績はどうだったんだ?」


「そりゃあもちろん、もなみの全勝だよ! 妹ちゃんもなかなかの腕前だったけど、もなみが負けるわけないじゃん?」


「お前……中学生相手に容赦ねェなぁ」


 ナギはきっとこの向かい側の台で、悔しさに眉を吊りあげるか、あるいは半べそでレバーを操作しているのだろう。七星の隣りに腰を降ろしながら、俺は心から妹の健闘を祈った。


「ヤクモミワちゃんと、話はついたの?」


「ああ。自分の人生は自分で決めろ、としか言えなかったけどな。……で、お前はどういうつもりなんだよ? 八雲のことは信用できないんじゃなかったのか?」


 ギャラリーの耳を気にして、俺が小声でそう呼びかけると、七星は実にあっけらかんと「うん、今でもしてないよ!」と言ってのけた。


「あのコは、ダメだね。気持ちは弱いし、志は低いし、悪い意味でプライドがない! 人としての器が小さすぎるから、たぶん、あれじゃあたったひとつのモノしか守れないよ」


「たったひとつ?」


「愛だよ、愛。ラケルタちゃんに対する、愛! 嫌な世界、嫌な価値観、嫌な現実をコッパミジンにフンサイしてくれたラケルタちゃんに、何もかもを依存しちゃってる。ラケルタちゃんを守るためだったら、きっとあのコは何でもできるよ。……誰かを殺すことはもちろん、自分を殺すことだって、もう一回ミナトくんやトラメちゃんを裏切ることだって、ね」


「……お前、本気で言ってんのか?」


「あったりまえじゃん! もなみの人を見る目は確かだよお? ……もちろん彼女だって、もう二度と誰も裏切りたくない!って心の奥底から思ってるんだろうけど、ありゃあダメだよ。本当にもうどうしようもない!って状況になっちゃったら、彼女は迷わずにまた裏切ると思う。ラケルタちゃんが救われればそれでいい、みんなには自分が死んでわびればいい、ってな具合いに、都合よく自分を納得させることができちゃうタイプだと思うねぇ」


「そう思うんだったら、どうしてあいつを仲間にひきこもうなんて考えたんだ?」


「そう思ったからこそ、どうしてもあのコは仲間にひきこんでおこうって考えたんだよ」


 おお、とギャラリーどもがどよめく。半獣人のモンスターが、電撃で中国娘を討ち倒したのだ。すかさず、第二ラウンドが始まる。


「あのコは、危なっかしすぎる。『暁』やら『黄昏』やらに取りこまれちゃったら、今度こそこっちが危ないかもしれない! だったらもなみの手もとに置いておくのが一番安全だなって思っただけさ。彼女がラケルタちゃんとすこやかに生きていくためには、どうしてももなみの力が必要なんだ!っていう風に、身も心ももなみのトリコにしてやろうって計画したわけさぁ」


「……お前はそれでいいのかよ?」


「うん? いいも悪いも、それがベストでしょ! 弟子入りさせる、なんていう風に言ったけど、別にヤクモミワちゃんやラケルタちゃんに本気でもなみの悲願の助けになってもらおう、なんて思ってるわけじゃないんだよん。ヤクモミワちゃんは役立たずだし、ラケルタちゃんもいつ回復するのか……ていうか、回復することなんてありうるのかってぐらい弱り果ててるからねぇ。ただ、あの二人を庇護するぐらい、もなみの経済力と才覚をもってすればチョロいもんだし、そうやってずうっと危険から守り続けてあげれば、裏切られる心配も生じない、ってだけの話だよ」


 まったく呆れ果てた話だ。裏切られる危険性があるから守ってやる、なんて、強者の理論どころか王者の理論ではないか。


 本当にこいつは一国の王にもなれる器なのかもな……性格さえ破綻していなければ。


「本当は、裏切られる前にプチッと始末しちゃえばそれで済む話なんだけど。そんなことしたらきっとミナトくんはもなみのことを一生許してくれないだろうし。もなみだって、ちっとも納得いかないし。そんなの、まるで『暁』みたいなやり口だからねぇ。……だからもなみは、何もかもを犠牲にしないで済む欲張りさんな解決方法を考えぬいて、それを実践するのです! それがもなみの生きる道なのです!」


「声がでかいよ、馬鹿。……それじゃあ、八雲とラケルタのことは、お前にまかせるわ」


「まかされました! ……感謝してるなら、後でキッスのご褒美でもちょうだいね?」


「感謝してるのは、八雲とラケルタだろ。思うぞんぶん、してもらえ」


「ちぇーっ! ミナトくんのけちんぼ! ごうつくばり! 守銭奴!」


 わけのわからぬ雄叫びをあげ、七星がタタンッとボタンを連打する。


 とたんに緑色の半獣人がぐるぐると回転しながら中国娘を吹っ飛ばし、第二ラウンドも終結することになった。


「はい、おしまい」と七星がつぶやいたところを見ると、やはり七星がこの凶悪そうなキャラクターを操っていたらしい。


「くっそー! また完封された! ありえねー!」


 俺は、ぎょっとして顔をあげる。向かい側の台から、マシュマロマンみたいな図体をした大学生風の男がすごすごと退陣していく姿が、見えた。


「お、おい、相手はナギじゃなかったのか?」


「んー? 七番勝負はもなみの全勝で幕を閉じたって言ったでしょ? 妹ちゃんはトイレに行くとか言ったまま帰ってこないから、涙をぬぐいながら再起でも誓ってるんじゃない?」


「お前なぁ……大人げないにもほどがあるぞ?」


「むふふ。もなみは大人げないんじゃなくて、妹ちゃんを子どもあつかいしてないだけだよ! だって、もう十三歳なんでしょ? もなみは十歳で独り立ちしたから、十歳以上は子どもと認めないの! ……ミナトくんも、妹ちゃんを子どもあつかいしなければ、わざわざ面倒な隠し事なんてしなくて済むのに」


 そんな真似ができるか、馬鹿。俺はいくぶんあわてて立ち上がり、そして、自分の真後ろに立っている人物の姿に、また驚かされた。


「うわ、トラメ。お前もついてきてたのかよ?」


「……どうして我があのようなうつけ者どもと談笑していなくてはならないのだ」


 煮干しをかじりながら、トラメが不機嫌そうにつぶやく。キャップを目深にかぶって黄色い目を隠しているとはいえ、アクラブと並んで立ったその姿は、やっぱり尋常でなく異彩を放っていた。七星のプレイを観戦するために集まったギャラリーたちも、いったいこいつらは何者なんだと言わんばかりの表情で、俺たちを遠巻きに取り囲んでいる。


「……俺はナギを探してくる。お前はどうするんだ?」


「んー? もなみはもうちょい遊んでいくよ! 最近忙しかったからゲームなんてひさびさでさぁ! ……あ、妹ちゃんに、悔しかったらボーリングで再戦しようぜいって伝えておいて!」


 そんな挑戦状は自分の手で届けてくれ。俺は人目を避けるように、そそくさとその場から離れたが、トラメがまた黙念とついてきてしまったので、あんまり効果はなかったかもしれない。

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