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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章 妹と魔術
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妹、遭遇す①

 かくして、審問会は再開された。


 しかも、参加メンバーが倍にふくれあがってしまった。


新規の参加者三名にソファを譲ったナギは、籐椅子をひっぱってきて議長の席に陣取るや、テーブルに手をつき、一同の顔を見回しながら、ほとんど怒鳴り声のような声で、言った。


「いったいこれはどういうこと? 全然わけがわかんない! ナギにもわかるように説明して!」


 怒りに驚きと困惑がプラスされ、ナギはいっそうボルテージを上げてしまっていた。


 白いブラウスに黒いスカートという地味な格好をした八雲はまだしも、ゴスロリ・ドレスに身を包んだラケルタの登場が、おそらくナギの理性を木っ端微塵に粉砕してしまったのだろう。


 黒いリボンとフリルの塊みたいなドレスのゴージャスさもさることながら、それを身にまとっているのはフランス人形のように可愛らしい十歳児ぐらいの美幼女で、おまけにラケルタには右目と右手首がなかった。


 黒い眼帯はファッションの延長上に見えなくもないが、右手首から先を失ってしまい、袖口をリボンで縛ってその傷口を隠した姿は、痛々しいというほかない。


 金褐色の髪と黄色の瞳をもつトラメもそうだが、やっぱりいくら人型モードでも、異様にインパクトがあるのだ、この二人は。


 わずか半年の間にこんな連中がわんさかと身の回りに出現していたら、やっぱり肉親としては心配だと思う。


 というか、俺が逆の立場だったら、やっぱり怒鳴り散らしていたと思う。


 いったい何なんだこの連中は、と。


「あのなぁ、ナギ……」


 とにかく何とかこの場をおさめなければならない。そう思って俺は口を開きかけたのだが……意想外なことに、ナギの目は八雲の上でぴたりと停止していた。


「あなた、ちょっと、メガネを外してみて」


「……はい?」


 日本の学年でいえば中二にすぎない小娘ににらみすえられ、八雲は戦々恐々としてしまっている。


あれだけの修羅場をくぐってきたのに、肝の小ささは相変わらずなんだな、こいつは。


「メガネを外して、って言ってるの! あなたも日本語通じないの?」


 おい、あんまり威圧してくれるな。八雲本人がまず気の毒だし、ラケルタが怒りだしたら、もう俺なんぞには収拾がつけられなくなってしまうんだぞ?


 しかし、ラケルタはきょとんとした顔でナギを眺めているばかりで、さっきから一言も口をきこうとしない。


 八雲はおどおどと俺や宇都見の姿を見回してから、やがて十字架をひきずる殉教者のように悲愴な面持ちで、ぶあつい黒ぶちメガネに手をかけた。


「やっぱり! ……すごい美人さん……!」


「え? あの……?」


「いったい何なの? どうしてこんな美人さんばっかりが、お兄ちゃんの周りに集結してるわけ? 納得いかない! きちんと説明して!」


 何だか論旨までめちゃくちゃになってきた。それならこいつらが容姿に恵まれてなかったら納得いったのか、お前は?


「あのなぁ、こいつらはみんな、ただの友達だ。俺のダチが美人だろうと不美人だろうと、お前がコーフンする筋合いはねェだろ、ナギ?」


「そんなのおかしい! だってお兄ちゃんは今まで女の子の友達とかいなかったじゃん! それがどうしてたった半年で、こんなウハウハな状況になっちゃってるわけ?」


「誰がウハウハだ。しかもラケルタは、どう見てもまだ小学生……って、おい、八雲? お前は何を泣いてるんだよ?」


 俺は、ぎょっとして振り返る。何やら呆然とした目つきで俺を見つめていた八雲が、いきなりぽろぽろと大粒の涙をこぼしはじめていたのだ。


「い、いえ、違うんです、ごめんなさい……」


 しかも八雲はメガネを外したままだった。


 こいつの素顔を眺めていると、嫌でも色んなことを思い出してしまう……それでも、メガネじゃないほうがいいとも思うけどな。メガネでもゴスロリ・メイクでもないただの素顔が、こいつには一番似合っているような気がするので。


「違うって何がだよ? だいたいお前は涙腺がゆるすぎるんだよ、八雲」


「は、はい、ごめんなさい……だけど、磯月くんは……あんなことがあったのに、私を、と、友達って呼んでくれるんですね……?」


「お前なぁ……」


 そんなていどのことで泣くな、馬鹿。よけいに話がややこしくなるじゃねェか!


 案の定、ナギはいっそういきりたった。


「お兄ちゃんが、美人を泣かせた! ……いったい何なの? こっちの美人さんが本命だったわけ? それじゃあどうして、さっきはそっちの美人さんとふしだらな真似を……」


「人聞きの悪いこと言うな! こいつらが誤解するじゃねぇか!」


「だったら全員が納得できるように説明して!」


 いや、だから、納得してないのはお前だけなのだ、妹よ。幸か不幸か、今この場に集まっているのは全員、余人には明かせぬ馬鹿げた騒ぎに巻き込まれた関係者ばかりなのだから。


 しかし、何だって今日はよりにもよって、こんな連中が俺の家に集結してしまったのだ? 間が悪いにもほどがあるぞ。


「おい、宇都見。それに八雲も。お前らはいったい何をしに来たんだよ? だいたいどうしてお前らが一緒に行動してるんだ?」


「え? ボクと八雲さんたちは、たまたまマンションの入口で鉢合わせしただけだよ。……磯月、メール見てないの?」


「……メール?」


 そういえば、携帯電話はどこにやったっけ?


 このリビングになければ寝室のどこかに転がっているはずだが。俺はそんなに携帯依存症ではないので、半日ぐらい電池が切れていても気づかないぐらいなのだ。


 ……もしかしたら、このどうしようもない状況は、そんな俺の不精さが招いた結果なのだろうか?


(そうか……ナギだって、まずは空港に到着した時点で連絡のひとつぐらい寄こしてるはずだよな。くそ、そうとわかってれば俺だって……)


 などと俺が先に立たない後悔を噛みしめていると、突然、こつんと、あたたかいものが左肩にぶつかってきた。


 トラメの、頭だ。


 そのままトラメはぐにゃりと崩れ落ち、俺の左半身にもたれかかってきた。


 たちまち、ナギの、血相が変わる。……しかし、それどころではなかった。


「お、おい、トラメ? どうしたんだよ?」


 黄色い瞳をまぶたに隠し、トラメは、とても小さな声で「……腹が減った」とつぶやいた。


 不機嫌そうな無表情はそのままだが、その左手がごくさりげなく、腹ではなくて胸の真ん中あたりをおさえているのに気づき、俺は慄然とする。


 もしかしたら、アルミラージに潰されてしまった心臓が痛むのか?


 馬鹿野郎。ぶっ倒れる前に救助信号を出せよ、この偏屈者!


「ナギ! 一時休戦を申し入れる! 話は、朝食の後にしてくれ!」


「はあ? 何さ、それ? ていうか、弁解も済まないうちから、目の前でイチャつかないでくれる?」


「そんなんじゃねェ! こいつは……その、常人の十倍はメシを食ってないとぶっ倒れちまう特異体質なんだよ! 現に今こうしてぶっ倒れてるだろうが?」


「……イチャついてるようにしか見えない」


 いやいや、本当にこれはけっこうなレッドゾーンなのだ。


こいつはギリギリまで弱みを見せない強情っ張りなのだから、こうしてぶっ倒れたからには、本当に限界がきたのだと考えて間違いはないだろう。


「宇都見、大至急、米を炊け! お前ら、何か食べるものは持ってないか?」


 宇都見は無言でリビングを飛び出し、八雲とラケルタは申し合わせたように首を横に振る。


俺は舌打ちをこらえながら、疑り深そうに眉をひそめているナギのほうを振り返った。


「ナギ! お前はどうだ? お土産のひとつぐらい準備してるだろ?」


「ええ? だってあれは、お兄ちゃんのために買ってきたのに……」


「俺も食べる! だけどその前に、トラメにもそいつをわけてやってくれよ!」


「何をそんなに焦ってるんだよぅ。もう、わけわかんないなぁ……」


 ぶつぶつと不満げにつぶやきながらも立ち上がり、部屋のすみに放りだしてあったトランク・ケースのフタを開ける。


 そこから取り出されたのは、ナントカの一つ覚えであるマカダミアン・ナッツ入りのチョコレートだった。


「サンキュー! 感謝する!」


「……」


 ナギはものすごく不本意そうな表情を浮かべつつ、そいつを俺にさしだしてくれた。


 片腕でトラメの身体を支えながら、俺は包装紙をビリビリとやぶる。


「トラメ、食い物だ! いまメシを炊いてるから、とりあえずこれでしのいでくれ」


 目を開けぬトラメの口もとに、小さなチョコレートをおしつけると、ピンク色の舌がのぞいて、器用に獲物をからめ取った。


 まぶたがほんの少しだけ開き、力を失った黄色い目が、ものすごくしんどそうに、俺を見る。


 そして、表面だけ溶けた茶色い物体が、俺のほっぺたに、ぷっと吐きだされた。


「何だ、これは……こんな甘たるいものが、食えるか」


 なんと! トラメにも食べられないものがあったのか!


 トラメと出会って一ヶ月半。これはなかなかの大発見だったが……しかし、何もこんなタイミングで露見することはないだろう。本当に今日は、厄日か何かなのだろうか?


「ひどい! 何なの? もう最悪!」とナギはついに涙目でわめきだし、八雲はおろおろと両手をもみしぼり、ラケルタは閉口した様子で沈黙を守り……


 そして、廊下のほうからは、宇都見の「うわあっ!」という素っ頓狂な声まで聞こえてきた。


 今度は何だ? 魔術師でも現れたか?


「呼ばれてないのにジャジャジャジャーン! ミナトくん、ひっさしぶりー!」


 現れたのは、馬鹿だった。


 千鳥格子のハンチングに釣りズボン、アップに結いあげた亜麻色の髪と、きらきら輝く茶色の瞳……言わずと知れた、七星もなみだ。


 もちろんその背後からは、影のようにひっそりと、でかいベレーとサングラスで特徴的な髪と目を隠したアクラブのやつも姿を現す。


 何てこった……これでは本当に全員大集合ではないか。


 いっそのこと浦島氏や、黒塚&速水刑事もやってくればいい! それで全員タイホしてくれ! 俺はもう知らん!


「うんうん。ちゃんと集合してるねぇ。ミナトくんに、トラメちゃん、ヤクモミワちゃんに、ラケルタちゃん、さっきのあのコがウツミショウタくんで……」


 と、きょろんと大きい七星の目が、不思議そうにナギのひきつった顔を見る。


「……あれれ? キミはどこのどなたちゃん?」


「あ……あんたこそ誰だよぅ? いったいどこから忍びこんだの? お兄ちゃんと、どういう関係?」


「うん? ワタシは、もなみだよ! ミナトくんの、オトモダチさっ!」


 得意そうに笑って、無意味なピースサイン。


 やめろ。本気で死にたくなってくる。


「もなみはミナトくんにプロポーズを申し込んだんだけれども、あえなく断られちゃったから、オトモダチの身に甘んじてるの! どこのどなたか知らないけれど、キミもミナトくんのオトモダチなら、コンゴトモヨロシク!」


「プ、プロポーズ?」


 と、びっくりまなこで反問したのは八雲のほうだ。聞き流してくれから、後生だから。


「ナ……ナギはオトモダチじゃない! お兄ちゃんの、妹だよっ!」


 今までで最強に敵対心を燃やしながら、ナギが大声で宣言する。


 そりゃあそうだろう。この七星というやつは、絶大なるインパクトをもった幻獣娘たちをも上回るほどの存在感と爆発力を有しているのだ。


おまけにアイドル顔負けの美少女だしな。その容貌も言動も、ナギの敵対心を煽らないわけがない。


 が……いったいどういうわけか、ナギの宣言を耳にするなり、七星のほうまで満面の笑顔をひっこめて、何やら不穏に馬鹿でかい目をきらめかせはじめた。


「ほほう……ほうほう、なるほどね! キミは、ミナトくんの妹ちゃん? イソツキナギちゃんっていうんだね。そうかそうか、そういうことか!」


 薄気味悪そうに後ずさるナギにむかって、七星がびしりと指先をつきつける。


「ということは、キミがこの世界で唯一、ミナトくんからファースト・ネームで呼ばれてる果報者だね? なるほど! もなみにとっては不倶戴天の仇敵になるやもしれぬ! ここで会ったが百年目だね、妹ちゃん!」


「な、なに言ってんの? あんた、ばか?」


「ばかって言うほうがばかなんだよっ! ……なるほどなるほど。まだまだ発展途上ではあるけれども、これはなかなかの原石ちゃんだね! 身内に美形がいるとメンクイになるという俗説があるけれども、ミナトくんもそのクチかぁ」


「いつまで馬鹿なこと言ってんだ! お前はお前で何しに来たんだよっ!」


 そんな阿呆な会話をしている間にも、トラメはどんどんと力を失ってしまっているのだ。


 このままだとこいつは指一本動かせない状態になっちまうんだぞ、馬鹿野郎どもめ。


「だから、昨日の夜にメールしたでしょお? 今日の朝十時に、ミナトくんのマンションに集合ってさ! 迷惑なら迷惑ってそう返事してくれればいいじゃん? ミナトくんに完全黙殺されて、もなみのほうこそ昨日は枕を濡らすハメになったんだからね! 文句を言いたいのは、もなみのほうさ!」


 ぐっと俺は言葉につまる。


そうか、こいつは運命神のとびきりタチの悪いイタズラなんかではなく、本当に俺のうかつさが招いた非常事態だったのか。


 しかし、たとえそうだとしても、たった一晩メールチェックを怠っただけで、ずいぶんな仕打ちではないか。


 四面楚歌というもおろかな、最低最悪の状況だ。


「……んで? どうしてミナトくんは昼間っから、公衆の面前で、トラメちゃんとラブシーンを演じてるのかなぁ? それはそれでもなみの嫉妬心をとてつもなくかきたてちゃってくれてるんだけども?」


「話をひっかき回すなよ! こいつはただ、腹が減ってぶっ倒れてるだけだ!」


「うふふん? だったら何か食べさせてあげればいいじゃん! まさか、トラメちゃんを弱らせて、オイタをしようって算段じゃないでしょうね?」


「……お前、本気でひっぱたくぞ?」


 七星はけげんそうに小首をかしげると、何を思ったか、ふいに襟もとから琥珀のペンダントをひっぱりだした。


 俺がもらったのと同じ、色んなご利益のつまった七星オリジナルの護符、だ。


 七星がそいつを握りしめると、いきなり不可思議な現象が炸裂した。


(……もしかしたら、いきなり妹ちゃんが帰ってきちゃって、うまい弁解ができずにいる、とか?)


 と、七星の声が突然、頭の中に鳴り響いてきやがったのだ。


 俺はあわてて周囲を見回したが、七星をにらむナギや、ソファでじっと息をひそめている八雲たちに変化はない。


(大丈夫。ほかの人には聞こえないよん。ミナトくんもペンダントにさわって、頭の中に言いたい言葉を思い浮かべてごらん?)


(お前なあ……いきなりわけのわからん手品を使うなよ!)


 ぐったりともたれかかってくるトラメの身体を盾にして、俺はTシャツの下に指先をもぐりこませた。


(便利でしょ? もなみの護符には、こんな使い道もあるのさ!)


(だったら最初からそう説明しておけ! ……まさか、ふだんから俺の頭の中をノゾキ見してるんじゃないだろうな?)


(そんな、はしたないことはしないよぉ。発信側が明確な意志をもって伝えよう!と念じないかぎり、何にも受信することはできないから、安心して! ……で、いったいどういう状況なの、これは?)


(……お前が最初に言った通りだよ。トラメがいったい何者か、ってとこから始まって、後はラケルタやらお前やらが現れて、もうしっちゃかめっちゃかだ)


(うふふ。面白い! それじゃあもなみが、親愛なるミナトくんのために一肌脱いであげましょうぞ!)


 待て待て。よけいに話がこんがらがるだけじゃないのか?……と俺は反論しかけたのだが、七星のやつはさっさとペンダントから手を離して、チェシャ猫のような笑顔をナギのほうにさしむけた。

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