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召喚ノススメ  作者: EDA
第四章
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決着①

「うわ……」


 思わず驚きの声をもらしてしまう。


 薄暗い、朽ち果てかけた廃ビルの中。あまりにも一方的な蹂躙が、ほとんど終わりを迎えかけていた。


「いいかげんにしなよ! アナタたちには勝ち目なんてないんだってば! こんなに痛い目を見ても、まだわからないの?」


 どこからともなく、七星の声が響く。


 元気そうで何よりだが……しかし、まさかここまで無残な情景が待ち受けているなどとは、俺は想像すらしていなかった。


 巨大な両腕を生やしたエルバハが、床に倒れふしている。


 そのかたわらに、さきほど別れたばかりのドミニカが、片膝をついている。


 ちょっと遠くの壁ぎわで、サイが、抜き身の日本刀を抱えこむようにしてうずくまっている。


 その全員が、腕や頭や背中や腹に、けして浅からぬ傷をいくつも受け、だらだらと血を流しているのだ。


 そして。


 人間形態のアルミラージが、今、アクラブに咽喉もとをわしづかみにされ、軽々と宙に吊りあげられてしまっていた。


 四日前、トラメに同じ目にあわされていたドミニカの姿を思い出す。


 しかし、あのときのドミニカ以上に、アルミラージは苦しみ、もがいていた。


 暗灰色のフードが後ろにはねのけられ、プラチナブロンドの巻き毛と、ちょっと少年ぽい美しい顔がさらされているのだが。その髪も顔もおのれの血に赤く染まり、腕や足も、あちこちが引き裂かれてしまっている。


「ぐ……」


 苦悶に美貌を歪ませながら、アルミラージは何とかアクラブの腕を引きはがそうと、懸命にあがいている。


 そのほっそりとした首にくいこんでいるのは、人間の指先ではなく、不気味な、鋏のような形状をした、毒虫の腕だった。


「まったくお前は、か弱いな。できればその首をこのまま切り落として、滋味のあふれる生き血をすすってやりたいところだが、そうもいかんか」


 嘲弄に満ちた声でつぶやき、アクラブは、赤い唇を赤い舌でひとなめする。


 不気味に変化した右腕以外はふだん通りの姿だが、その目は爛々と赤く燃え、腰までのばした見事な赤い髪も、ざわざわと生あるもののように蠢いていた。


 一ヶ月前の、アクラブの『母』を思い出させる、凶悪なたたずまいだ。


「あ、ミナトくん……と、トラメちゃん? おぉ、おめでとぉ! 説得に成功したんだねぇ」


 七星のあっけらかんとした声が響く。


 急いでその声の発信場所を探すと、七星は、サイとは反対側の壁ぎわで、腕を組み、壁によりかかり、きわめて無邪気な表情でこの薄暗がりの惨状を眺め回していた。


 その手に、自分の身長よりも長い、何やらあやしげな雰囲気の漂う錫杖のようなものをたずさえている他には、ふだんと何ら変わるところもない。


 むしろその変化のなさにこそ、俺は胸が騒いでしまった。


「……あれが貴様の仲間だというのか、ミナトよ?」


 感情のない声でトラメが低くつぶやく。


 うん、まあ、これではまるで、七星のほうが悪役みたいだ。あんまり強いやつってのは、正義の味方なんかには見えづらいのかもしれない。つくづく心配する甲斐のないやつだ。


「どうやらこの人たちもトラメちゃんの作戦に感銘を受けたみたいでさぁ。いつまでたっても望みの言葉を唱えようとしないの! だからもうひたすら腕力の勝負になっちゃって、この有り様ってわけ。それじゃあけっきょくアクラブの一人勝ちなんだから、いっそのこと逃げてくれればいいのにさぁ。泥試合としか言い様がないね、こんなのは!」


 あんまり喋るな。トラメはすっかり不機嫌モードだし、八雲はおびえちまってるじゃねぇか。


 それなりの覚悟を固めて駆けつけてきたというのに、これでは俺たちもピエロになってしまう。


 もちろんこれで丸くおさまるというのならばピエロでも何でもかまいはしないが、しかし、俺はそこまで楽観的な気分を得ることはできなかった。


「グーロ……封印を解かれてしまったのか。ドミニカ、お前らしくない失態だな」


 苦りきった声で言いながら、サイがゆらりと立ち上がる。


 さきほど少し顔を合わせたときにも思ったが、まだトラメから受けた手傷も全然回復していないのだろう。まっすぐに背中をのばすことさえできないその姿は、手負いの狼みたいに痛々しく、そして危険な存在に見えた。


 いっぽうドミニカは、さきほどから無言でずっとこちらのほうを注視している。


 そちらはそこまで深手を負った様子もないし、その顔も、目つきも、相変わらずつくりものみたいに無感動だが……なんとなく、嫌な感じだ。毒蛇の尻尾でも踏んでしまったかのような悪寒がじわじわと俺の背筋を這いのぼってくる。


「……俺たちの命運もここまでか。覚悟を決めようぜ、ドミニカ」


「おい、ちょっと待てよ、魔術師のおっさん! 俺たちは、八雲さえ無事に取り戻せればそれでいいんだ。ズタボロのあんたたちとこれ以上やりあう気にはなれねェよ!」


 あわてて俺が声をあげると、濡れたように輝く日本刀をかまえなおしながら、サイは、笑った。


「何を言っている、磯月湊。それは最初からそうだっただろう? お前たちの都合や心情など知らん。俺たちは、俺たちの為すべき任務を果たすだけだ」


「待てって! あんたたちの任務は『名無き黄昏』の討伐なんだろ? 俺たちはもちろん、そこのそいつだって、そんな魔術結社の一員じゃねェんだ! そんな俺たちとやりあって犬死にするのが、あんたたちの任務だってのか?」


「……お前や八雲美羽は確かに無害な高校生なんだろう。だけど、そこの女は違う。こいつは、こちら側の人間だ。幻獣を使役するだけではなく、これだけいっぱしの魔術をあやつれるからには、『名無き黄昏』の一員と考えたほうが自然なぐらいだ。そんな女が、幻獣との契約者であるお前たちを取りこもうとしている。こんなことが、見過ごせるはずがないだろう? ……悪いが、全員、ここで始末させてもらう」


「だから、無理だってば! サイ・ミフネさん、アナタもドミニカ・マーシャル=ホールさんも満身創痍だし、ミュー=ケフェウスちゃんやムラサメマルちゃんがアクラブやトラメちゃんにかなわないってことはもう立証済みでしょ? 無駄な抵抗はおやめなさいって」


 なんだか遊びに飽きた子どものような表情で七星が応じる。


 確かにこいつは、自分より弱い人間の気持ちがわからないのかもしれない。


 そしてこの世には、七星よりも強靭な人間など、そうそう存在はしないのだ。


「……確かに俺たちに勝機などはないのかもしれん。だが、俺たちが本気で抗えば、お前たちも無傷では済むまい。そうすれば、俺たちの同胞が後の始末をしてくれるだろうさ」


「待ちなさいっての! 確かにワタシはアナタたちの味方じゃないけど、別に敵ってわけでもないんだから! ぶっちゃけ、ワタシは『名無き黄昏』の撲滅に全精力をかたむけたいんだから、『暁の剣団』なんかにかまってるヒマはないんだよ、まったく」


 だから、そんな物言いではサイたちを納得させることはできないだろう、と俺はハラハラしてしまう。


 そんな俺の心情も知らぬげに、七星はさらに言う。


「それに、ワタシはミナトくんたちを取りこもうなんてしてないよ! ワタシとミナトくんの協力関係は、トラメちゃんを救いだすまでって決めてるんだから! 明日からは一切顔を合わすこともない赤の他人に戻ってしまう予定ですのよ、残念ながら」


「……それを信じる材料が、俺たちにはない。お前は危険すぎるんだよ、娘」


「そんなこと知ってるよ。だけど、ミナトくんたちは関係ないんだ。せめてミナトくんたちはターゲットから外してあげてよ」


「無理だな。お前が救った磯月湊と、俺たちを裏切った八雲美羽も、もはや無関係ではすまされない。お前たちは、全員、敵だ」


「ああもう、頑固なお人だね! あなたたちの敵は、『名無き黄昏』だけのはずでしょうに!」


 壁から背を離し、長い錫杖で苛立たしげに地面を突く。すると、杖の先端についた金属の環が、しゃらんと場違いに涼しげな音色をたてた。


「わかった……それじゃあ、本気で和解の道を探ろうよ。アクラブ、ムラサメマルちゃんを離してあげて」


 七星たちの問答など何の関心もなさそうにしていたアクラブが、小馬鹿にしきったような笑みを浮かべて、アルミラージの身体をサイのほうに放り捨てる。


 アルミラージは、無残に引き裂かれた咽喉もとをおさえながら、苦しそうに咳き込んだ。赤い血が、さらに点々と床を汚す。


「この後におよんで、和解だと? ……ずいぶん面白いことを言うな、娘」


「あらそう? ワタシは今までも、アナタたちに敵対してたつもりはないけど。……ワタシはミナトくんの窮状を見かねただけで、それを助けようとしたら、アナタたちが邪魔をしてきた。それはただそれだけのことでしょ? 客観的に見れば、被害者はミナトくんたちのほうなんだから、それに助太刀しただけで悪者みたいに言われるのは心外だわぁ」


「……どちらが悪でどちらが正義かなどと論じるつもりはない。悪じゃなくても、お前は敵だ」


「うるさいなぁ。ワタシだって、何の権限もない中級魔術師なんかと論じあうつもりはないよ!」


 七星は、女王のような傲岸さで、そう言い放った。


「このワタシが和解しよう、って言ってるんだから。せめて団長か副団長クラスの人間をよこしてよ。こうなったら、ワタシは『暁の剣団』に、正式に不可侵条約を申しこむことにしちゃうから!」


「……お前はいったい、何を言って……」


「こっちからの条件は、ふたつ! 決してワタシの邪魔をしないこと。そして、今回の一件に巻き込まれた人たち……イソツキミナトくん、ヤクモミワちゃん、ウツミショウタくん、ウラシマタクマさん、そしてグーロのトラメちゃんと、コカトリスのラケルタちゃん。以上の六名の安全を保証すること! もちろん彼らが『名無き黄昏』の関係者だと判明した場合はその限りではない、っていうカッコつきでね」


 サイの言葉をさえぎって、七星は、力強くそう宣言した。


「もちろんワタシも、ワタシ自身やミナトくんたちにちょっかいを出されないかぎり、アナタたちの活動の邪魔はしない。……それどころか、アナタたちが咽喉から手が出るほど欲しがってる情報を提供してあげてもいいよ? この国における『名無き黄昏』についての情報を、ね」


 サイの目が、いっそう狼のように燃えた。


 ドミニカのガラス玉じみた目も、俺たちから七星のほうへと静かに移動しはじめる。


「どうしてお前が、そのようなことを知っている? 俺たちでさえ、まだこの日本に『名無き黄昏』が潜伏しているかは確証を得ることもできていないというのに……」


「それはワタシの卓越した情報収集能力と、空前絶後の執念深さが為せる所業、としか言い様がないね! 大サービスでちょろっとだけ教えてあげるけど、今回の一件で石版を落札した海野カイジという人物が、『名無き黄昏』のメンバーなんだよ。……そしてワタシは、雲隠れした海野カイジの居場所をつきとめた。ワタシと不可侵条約を結んでくれるなら、アナタたちにもその居場所を教えてあげましょう!」


「……お前は、いったい何者だ。どうして『暁の剣団』でもないお前が、『名無き黄昏』などを追っているんだ? 普通の人間ならば、『名無き黄昏』などという名前を知ることすらないはずなのに……」


 疑念に満ちたサイのつぶやきに、七星は小さく溜息をつく。


 その白い指先が、ごくさりげなく、口もとを隠していたスカーフを引きおろした。


「やっぱりそこが不明瞭なままだと信じてもらえないかなぁ? うぅん、まだしばらくは正体不明のアドバンテージを大事にしておきたかったんだけど……ミナトくんを助けるためなら、しかたないかぁ」


「おい、お前、いったい何をするつもりだよ?」


 急激な不安感に襲われて、俺は思わず声をあげた。


 七星は、にこりと天使のように笑い、その指先でつまんだ暗視ゴーグルをヘルメットごとひっぺがし、放り捨てた。


「それでは自己紹介させていただきます。ワタシの名前は、七星もなみ! 十七年前まで『暁の剣団』の中級魔術師筆頭だったリュウ・ナナホシと、彼が連れて逃げた『名無き黄昏』の巫女、アイリス・バスカヴィルの間に生まれた、一人娘だよ! 六年前にパパと一緒に死んだことになってると思うけど、実はこうして元気に生き残り、『名無き黄昏』の撲滅を夢見て潜伏していたのでした! コンゴトモ、ヨロシク!」

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