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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章
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決行②

 七星とアクラブが姿を消すと、そこには無機的な静寂だけが取り残された。


 えらく静かだ。トラックのエンジンも切られてしまったようで、外界からは、いかなる音色も響いてはこない。


 本当にあの魔術師どもは襲撃してきたのだろうか。


 もしかしたら、アクラブのカンチガイだったのではないだろうか。……そうは思っても、七星たちが帰ってくる気配もまた、ない。


 俺は、いつでも飛びだせるように片膝を立てながら、魔方陣の上で、静寂に耐えた。


 魔方陣のすぐ外側には、小さなダンボール箱が転がっている。


 あいつらの目的はこの石版なのだから、よしんば七星たちがやられてしまったとしても、最終的には誰かしらがこのトラックの中に姿を現すはずだ。


 いや……何を言っているのだ。七星たちが敗けるはずはない。いくら不安だからといって、そんな不吉な空想をするべきではない。


 心配だ、という気持ちはぬぐえないとしても、確かに七星やアクラブがあの魔術師どもにそうそう遅れを取るとも思えなかった。


(トラメだって……)


 トラメだって、たったひとりで、あいつら四人を討ち倒すことができたのだ。


 トラメよりも強力な幻獣であるはずのアクラブがいるかぎり、そんな破滅的な未来がやってくるはずはない。


 信用だ。信用しろ……たとえ数日前に顔を合わせたばかりの相手だとしても、七星は、信用に足るやつだ。


 八雲は俺を裏切ったが、七星は俺を裏切らない……そうだ、八雲に裏切られたばかりで、極度の人間不信に陥ったっておかしくないぐらいの俺が、実にあっさりと信用できてしまえたようなやつなのだ、七星は。


 俺に裏切られたら、修羅と化すかもしれん……なんて馬鹿なことを、あいつは言っていた。


 確かにそうだな、と俺も思う。


 あれほど手ひどい裏切りを受けたばかりだというのに、俺は一も二もなく七星を信用してしまった。まだまだろくに素性もわからず、言動は破綻しきっているのに、俺は一度として七星を疑うことができなかった。


 あいつが嘘をついてるだとか、適当な言葉でごまかしているだとか、どうせいつかはこいつも裏切るんだろうとか、そんな疑念が脳裏をよぎることすらなかったのだ。


 そして、それと同じぐらい、俺は自分が七星を裏切る図、というものが想像もつかなかった。


 あんなに無防備に笑うやつを裏切るなんて、そんなことができるやつは、人間じゃない、とすら思えてしまう。


 生命の恩人だとか何だとか、そんなのは二次的なものだ。たとえどんな出会い方をしていても、俺は同じ気持ちを得ていただろう。


 友愛、家族愛、恋愛感情、仲間意識……たしかに、自分の気持ちが何に由来するのか、俺にもさっぱりわからない。


 だけど、あいつは最初から、俺にとって素通りできない「何か」だった。


(トラメ……お前が目を覚ましたら、いったい七星のやつと、どんな会話をするんだろうな)


 いつ終わるとも知れない静寂の中で、俺がそんな、たわいもない想念にとらわれたとき……


 ギシッ、と荷台の扉がきしんだ。


 七星たちが出ていってから沈黙を守り続けていた扉が、ゆっくりと、外側から、引き開けられ始めたのだ。


 俺は一気に緊張して、薄闇に目をこらした。


 ギイッ……と、油の切れた蝶番が、か細い音をたて。


 人間ひとりぶんぐらいの幅に、扉が開かれた。


 そして。


 そこから、何か、いびつな形をした黒い影が、音もなく、荷台の中へと忍びこんできた。


 背の低い、人間ではありえない形状をした、異様な影……


 その真ん中あたりに、青い、ぼんやりとした人魂みたいな光が、ひとつだけ灯っていた。


「……ラケルタ!」


 俺は、思わず叫んでいた。


 しかし、青い隻眼を持つ異形の影は、何も気づかぬままに、ゆるゆると荷台の内側に目線をめぐらせはじめる。


 およそ一ヶ月ぶりに見る、ラケルタの本性だ。


 俺は、ラケルタが生きていたことに安堵すると同時に、その変わり果てた姿に息をつまらせることになってしまった。


 以前のように、まばゆいばかりの光に包まれていないのは、しかたがない。あれは契約者の生命の火そのものであるらしいのだから、契約と無関係に本性を現しても、その身が輝いたりはしないのだ。


 しかし、それにしても……その姿は、あまりに弱々しく、あまりに痛々しかった。


 どこがどう、というわけではない。少なくとも、外見上は一ヶ月前に見たときと何ら変わるところのない、不思議な異世界の住人の姿だった。


 全身を覆う白い羽毛と、飾りのように小さな翼。ところどころから垣間見える青黒い鱗に、鋭い爪を有した四肢と、長い尻尾。


 その頭頂部には雄々しく鶏冠がそびえたち、トカゲとニワトリをかけあわせたような、不思議な面相をしている。


 そして右目は固く閉ざされ、左目だけが青く輝き……ギルタブルルと戦っていたときは恐ろしくてたまらなかったが、こうして落ち着いて見てみると、まるでおとぎ話からぬけだしてきたかのように幻想的で、神秘的にすら見える。


 だが、それでもなお、ラケルタの姿は頼りなげで、今にもさらさらと崩れ落ちてしまいそうな危うさを漂わせていた。


 ちょっとした大型犬ぐらいの図体をしているのに、実際よりも小さく見えてしまう。


 青い瞳の光も弱く、動きは緩慢で、幻獣を幻獣たらしめているあの力強さや躍動感が完全に損なわれてしまっているのだ。


 それに、よく見れば、ラケルタは深い傷を負ってもいた。


 何てことはない。ラケルタの右の前肢は、足首から先がスッパリと切り落とされたかのように欠損していた。


 エルバハのミュー=ケフェウスと相討ちになった、四日前の傷だ。


 痛々しくて当たり前ではないか。ラケルタは、三本しかない肢をひょこひょこと不自由そうに動かしながら、精気のない目で周囲をうかがいつつ、ゆっくりと俺のほうに近づいてきた。


 と……そんなラケルタの後から、新たな人影が侵入してくる。


(……八雲)


 俺は、再び息を飲む。


 八雲美羽、だった。


 さすがにゴスロリの衣装ではなかったが、黒いシックなワンピースなどを着込んでいるために、やっぱり別人みたいに見える。


 自然に垂らしたセミロングの黒髪と、病みあがりのように白い肌。意外に背が高く、ほっそりとはしているが起伏のはっきりした身体つきをしており、子どもっぽさと女っぽさが複雑にいりくんでいて、何となくアンビバレントな印象を受ける。


 そして、その顔も……メガネをかけておらず、また、メイクもほどこされていない、俺の初めて見る、八雲の本当の素顔だった。


 ふだんかけているメガネはよっぽど度が強いのだろう。俺の記憶にある顔よりも、ずいぶんと目が大きい。もともと目鼻立ちはすっきりと整っているので、それだけで、えらい美人に見えてしまう。メイクなんて必要ないじゃないか、とさえ思う。


 が、その黒目がちの目は憂いげに伏せられており、白い面には、迷子の子どもみたいな不安と困惑が陰を落としている。


 顔立ちは大人びているのに、表情は妙に幼い。


 七星のやつが(本人には絶対に言わないが)大輪の向日葵みたいな美少女だとしたら、こちらはひっそりと咲く月見草のような風情だ。


 外見は無個性、などと切り捨てていた一ヶ月前の第一印象が、まるで嘘のようじゃないか。


 俺の家のリビングで、落ち着かなげに身をちぢめていたメガネの八雲と、ゴスロリのドレスを着て、黒い涙を流していた八雲、そしていま目の前ではかなげな花の精みたいにたたずんでいる素顔の八雲……それらがすべて同一人物だということが、俺にはまったくピンとこなかった。


(そうか……)


 きっとこいつは、まだ不完全な存在なのだ。


 俺だってもちろん同い年の高校二年生で、完全もへったくれもないような存在だが、そんな次元の話ではない。不完全で、不安定で、自分がどちらに進むべきか……どころか、自分が「何」なのかもまだまったく自覚していないような、そんな曖昧模糊とした雰囲気が、今の八雲からはひしひしと感じられてならなかった。


 もしかしたら、俺たちと同世代であるにも関わらず完璧に完成しきってしまっている七星もなみという存在と出会ってしまったせいで、俺はそんな風に考えるようになってしまったのだろうか。


 あの七星などと比べてしまったら、八雲などは本当に、妖精だか幽霊だかの薄ぼんやりとした存在にしか感じられない……つまりは、そういうことなのだろうか。


 だけど。


 それは、八雲の罪じゃない、と思う。


 俺は、魔方陣の上で片膝を立てたまま、小さく息を整えた。


 八雲とラケルタは、まるで自分の首をさがす亡霊のようなはかなさで、荷台の中をのろのろとさまよっている。


「……探しものは、これか?」


 俺は、魔方陣から足を踏みだし、無造作に転がっていた小さなダンボール箱を拾いあげた。


 八雲の顔が、驚愕に凍りつく。


「磯月……くん……」

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