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召喚ノススメ  作者: EDA
第三章
72/141

決行①

そして、翌日。


 俺は、七星やアクラブとともに、薄暗がりの中で息を潜めていた。


 あまり心地良くない振動が、背中やら腰やらから伝わってくる。


 端的に言って、ちょっと痛い。


 それはそうだろう。ここは決して人間がくつろぐために作られた空間ではないのだ。


 ここに存在していいのは、無機質な物体のみ。にも関わらず、有機生命体の俺たちが、自分の意志で、誰に頼まれるでもなく、好きこのんで勝手にこんなところにまで出張ってきてしまったのだから、文句を言えた筋合いではない。


 驚くなかれ、そこは例の石版を運ぶ宅配業者のトラックの中……実にさまざまな荷物の積みこまれた、四トントラックの荷台の中、だった。


「まったく、お前は、ムチャクチャだよな……」


 溜息まじりにつぶやくと、ぎょっとするほど近い位置から七星の声が返ってくる。


「何がさ? これ以上に確実な待ち伏せの場所なんてないでしょお? ルート上のどこで襲われたって、これなら絶対、出しぬかれることもないんだから!」


「馬鹿。あんまりでかい声だすなよ」


「……馬鹿って、もしかしたら、もなみのこと? 言っておくけど、もなみのIQは二○○オーバーで計測不能なんだからね!」


 声も近いが、身体も近い。


 というか、さきほどからこいつはずっと俺の左腕を抱きかかえており、エアコンなど設置されているはずもない荷台の中では暑苦しいことこの上なかった。


「今もなみたちが座ってる場所には簡易版だけど結界が張ってあるんだから! 声も気配もあと数時間ていどなら絶対外部には漏れないって説明したでしょお? だから、どんなに大声を出しても大丈夫なの!」


「耳もとで騒ぐな。鼓膜が痛ェよ。……それに、少しくっつきすぎだぞ?」


「しかたないじゃん。アクラブが無条件で守ってくれるのは、もなみの安全だけなんだから! しっかりくっついて一心同体になってないと、トラックが横転でもしたら、ミナトくんだけジ・エンドだよ?」


 そう言われてしまっては返す言葉もないが。だったらもうちょっと、その、俺の気にならないようなくっつきかたをしてくれないだろうか。お前は人並み以上にスタイルがいいんだから、さ。


「あれれ? もしかしたら、欲情しちゃった? もなみは臨戦態勢だから、そーゆースイッチはきちんと切ってるよ! 時と場合を考えてよね、ミナトくん」


 うるせェな。ロボットじゃあるまいし、そう簡単にオンオフできるもんか。


「……ほら、ミナトくんが変なこと言うから、もなみまでおかしな気分になってきちゃったじゃん! そーゆーチャンスはアジトでいくらでもあったのに! まったく、はた迷惑だなぁ、ミナトくんは」


 うるせェっての。


 七星のむこう側で壁にもたれかかり、片膝を立てたアクラブのやつは、もちろん無言だ。


 こんな破天荒な作戦に従事させられている幻獣の心境たるや、いかなるものなのか。推して量るべし、だ。まったく。



 俺たちは、宅配業者の倉庫において、このトラックの中に忍びこんだ。


 宇都見から聞いておいた伝票番号を頼りに、倉庫で、青森からの荷を待ち受けていたのだ。


 青森からの長距離トラックによって、例の石版が封入されたダンボール箱が無事に到着するなり、七星のやつは「勝った!」と楽しげに破顔した。


 唯一、敵に出しぬかれるとしたら、この長距離トラックが襲われて石版を奪われる、というパターンしかなかったのだ。


 しかし、魔術師どもはやってこなかった。


 荷物は、二時間ほど倉庫で眠らされたのち、夜の六時頃、ようやく配送用のトラックに積みこまれた。


 そうして俺たちは、七星のニワカ魔術によって配送業者の目をくらまし、まんまとトラックの荷台に侵入を果たした、という顛末だった。


 その後は荷台の最深部に、七星が白い蠟燭をペン代わりにして実に複雑精緻な魔方陣を描き、俺たちは、その直径二メートルていどの円の上でひたすら息を殺している。


 いや、殺しているのは、俺だけか。臨戦態勢とか言いながら、七星のやつはピクニックにでも来ているかのようなご機嫌モードだし、アクラブといえば、退屈そうに虚空を見つめたまま口をきこうともしない。


「……しかし、伝票番号ひとつで、ここまで正確に荷物の動きを把握できるもんなのか?」


 トラックの振動に身をゆだねつつ、沈黙に耐えかねて俺がそう尋ねると、七星は「そりゃあ、普通なら無理だよ」と得意げに言った。


「だけどもなみは天才だから! この宅配業者の管理システムに直接侵入して調べあげたんだよ。こればっかりはハッキングのスキルがないとできないことだから、『暁の剣団』を出しぬけるなって思ったの。……この前も言ったけどさ、自分の存在をまだ相手に知られてないことと、電脳の大海を自由に泳げること、とんでもない力をもった魔術結社を相手取るにあたって、その二つがもなみにとっての最大の武器なんだよ、今のところは」


「……もしかしたら、自分の素性を隠すために、そんなけったいなもんをかぶってるのか?」


 七星はいつものハンチングではなく、戦闘航空団のパイロットみたいなヘルメットをかぶり、おまけに暗視ゴーグルで目もとを隠していたのだ。


 てっきり戦争ごっこでも楽しんでいるのではないかと俺などは邪推していたのだが。


「うん、そだよ。ママとは二歳で死に別れちゃったからあんまり覚えてないんだけど、もなみのお顔はママと瓜二つらしいんだよ! 『暁』にも『黄昏』にも、まだまだママの顔を見知ってる魔術師はどっさり生き残ってるだろうからさ。……実は数年前に、整形手術でもしたら安全かしらん?って思いついたことがあったんだけどね、それは思いとどまって正解だったよ! 本名をさらせるのがこんなに快感だなんて知らなかったからさぁ。もし持って生まれた顔を捨てちゃったりしてたら、さぞかしもなみの精神もぐっちゃんぐっちゃんに蝕まれてただろうねぇ!」


「……」


「だいたい、どこをどういじくっても今より可愛いお顔になんてできる気がしないし! どんなに危険でも、もなみはもなみとして生きて、そして死ぬ! そんな思いを新たにする今日この頃なのであります!」


「あのさ……お前の不幸な生い立ちについてはそのうちゆっくり聞かせてもらうから、今は魔術師退治に集中させてもらえるか?」


 なるべく深刻な口調にならぬよう気をつけながら俺が言うと、七星はいっそう楽しげに笑った。


「なに言ってんのさ! もし今夜中に決着が着くようだったら、もうミナトくんとゆっくり語らう機会なんてないし、そもそも魔術師退治の任を負ってるのはもなみとアクラブだけ、だよ。素っ頓狂なこと言ってないで、ミナトくんはヤクモミワちゃんを説得する言葉でも考えぬきなさい!」


「……素っ頓狂なのはどっちだよ? お前はそんなに俺と縁を切りたいのか?」


「んにゃあ? またわけのわからないことを……もなみは縁を結ぼうとしたのに、断ったのはミナトくんのほうでしょ? もなみがこの先、年単位で延命して、ミナトくんの妻か友達になれる可能性なんて一パーセントもないんだから、どうしたって縁は切れちゃうんだよん」


「……俺の宣戦布告からは、逃げるのかよ?」


 俺はあえて挑発するようにそう言ったが、七星は「むふふ」とおかしな笑い声をたてるばかりだった。


「そりゃあもちろん、ミナトくんの想像を絶するぐらい、もなみは長生きしてミナトくんと深い仲になりたいと願ってるけどね! どんなに強く願ったって、数字は無情なの。生存率一パーセント以下って事実が動くわけじゃないの。だったらとりあえずは、九十九パーセント以上確定してる立ち位置にもとづいてふるまうのが常識人ってもんでしょ! 宝くじが当たる前提でどんな家を買うか、妄想するまではオッケーでも、実際に不動産屋めぐりを始めたらおかしいでしょお? だからミナトくんとの明るい未来なんてのは妄想の中のみに留めて、もなみは絶対そんな絵空事は口にしないの。夢は夢だから美しいのだよ、ミナトくん」


「……お前には、言ってやりたいことが山ほどある」


 俺は、空いているほうの腕で、荒っぽく自分の頭をかき回した。


「だから、今回の一件に決着が着いたからって、いきなり消え失せたりはするなよ? そんな真似したら、草の根わけてでも見つけだしてやるからな?」


「へっへーん。魔術結社がたばになっても見つけだせないもなみの居場所が、ミナトくんなんかに見つけだせるもんか! それに、言ったでしょ? もなみは狩られるより狩る側のほうが性にあってるの!」


 言いながら、俺の左腕を馬鹿力で抱きすくめる。


「……だから、あんまりもなみちゃんを惑わせないで! アイデンティティが崩壊したらどうしてくれるのさ?」


 そんなものは犬にでも食わせちまえ、と思ったが、俺の横言を牽制するように、アクラブが「いいかげんにしろ」と鋭く言い放った。


「使い魔の気配がする。どうやら本当に魔術師どもが仕掛けてくるようだぞ」


「おお! やっぱりボンクラではなかったようだわね。……それじゃあ、ミナトくん。最後に確認しておくけど、最初のボーナスタイムは五分、だからね?」


「……ああ」


 薄暗がりの中で、俺も居住まいをあらためる。


「もしも魔術師たちと一緒にヤクモミワちゃんがいれば、五分間だけ、もなみたちが敵を引きつけるから、その間にミナトくんが説得して。その五分間で説得できなければ、ちょっと危険だけど、ヤクモミワちゃんを拉致る! トラメちゃんの待つアジトまで連れこんで、そこで第二ラウンドの説得タイム。もし最初からヤクモミワちゃんがいなければ、とにもかくにも魔術師たちを叩きのめして、居所を吐かせる! ……それでオーケー?」


「オーケーだ」


「よし。それじゃあ親愛なるカルブ=ル=アクラブ、待ちに待った契約のお時間だよ。ちょっと耳をお貸しなさいな!」


「……」


 あまり気の進まなそうなアクラブの耳もとに口を寄せ、七星は何やら小声でごにょごにょと囁きはじめた。


 ……長い。契約の言葉にしては長すぎる。たっぷり十秒間はそうしていたかと思うと、七星はにわかに顔を離して、「ふう」と満足げな吐息をついた。


 いったい何なんだ?と思っていると、しばらく黙りこんでいたアクラブが、やがて溜息でもつくかのような口調で、「ギルタブルルのカルブ=ル=アクラブ、承認する」と言い捨てた。


「なんてデタラメな望みの言葉だ。お前はやっぱり、まともじゃないな」


「しかたないじゃん! 臨機応変に対応できるように、って考えたら、これ以上は省略できなかったんだもん」


「……お前、いったいどういう望みの言葉にしたんだ?」


 俺が口をはさむと、七星は「むひひ」といたずら小僧のように笑った。


「内容自体は、普通だよぉ? 魔術師が現れたら応戦しつつ、ヤクモミワちゃんがいた場合と、いなかった場合と、いたとしたら説得に応じた場合、応じなかった場合、すべてを想定した上で、最終的にはもなみとミナトくんが無事にアジトまで帰りつけれるように、っていう望みの言葉にしたの。暗記するの、大変だったぁ」


 暗記するのが大変なぐらいの長さの言葉を、たった一回の望みの言葉に集約させたっていうのか。それは確かに、デタラメだ。


「だって、途中でアクラブに消えられちゃったら、どうあがいたってもなみが危険だもん! そしたら一回の望みですべてを伝えるしかないでしょお? ひとつひとつの要望はちっぽけなものだから、そんなに寿命を削られない自信があるし! 会心の出来栄えだったと思うなぁ」


「……あの四人を相手に応戦するのが、ちっぽけだってのか?」


 俺が言うと、アクラブが憮然とした顔をむけてくる。


「やつらが私やモナミの滅びでも望まないかぎりは、どうということはない。……まあもしそうなったとしても、こいつの寿命が余計に削られるだけで、結果は変わらん」


「相手が『名無き黄昏』じゃないかぎりは、むこうだってそんな無茶はしないはずだよ。隠り世でも屈指の実力者であるギルタブルルに、アルミラージやエルバハがかなうはずはない!……らしいからね。いやぁホントに頼りになるなぁ。大好きだよ、アクラブ?」


「気安くさわるな。……来るぞ」


 ぶっきらぼうに、アクラブが応じた瞬間。


 トラックが、甲高いブレーキの音色とともに急停止した。


「よし! とりあえずミナトくんはここで待ってて!」


 アクラブとともに、七星が立ち上がる。そのほっそりとした手を、俺は反射的にひっつかんでしまった。


「おい、待てよ。お前も外に出るつもりなのか?」


「そりゃあそうだよ。もなみはむしろアクラブと一緒にいたほうが安全だもん」


 俺には、そうは思えない。


 それに、二人の魔術師と二人の幻獣を相手取るのに、アキレスのカカトともいうべき七星のやつがそばにいたりしたら、アクラブのほうだって負担が増すばかりではないのか?


「またまたご冗談を! もなみは守られるべきお姫さまじゃなくて、采配をふるうべき将なんだよ? もなみがいったい何のために、血反吐を吐くぐらいの修練を積んで魔術やら護身術やらを習得したと思ってるのさ?」


「だけど、お前……」


「言っちゃ悪いけど、手負いの中級魔術師ふたりていどに遅れを取るようだったら、打倒『名無き黄昏』だなんて言ってられないよ! ……だいたい、もなみはこの世に生まれ落ちた瞬間から魔術師たちに追い回されてるんだから、今さら心配されてもねぇ」


 そんなことを言いながら、こらえかねたように、にっと笑う。


「……だけど、そんな風に心配されるのって悪くないもんだね! 決めた! もなみも来世はお姫さまキャラを目指すよ!」


「あ、おい、七星……」


 白い腕が、俺の指先をするりとすりぬけていく。


 首に巻いていたスカーフを口もとまで引きあげ、その明るい笑顔を隠してしまいながら、七星は、魔方陣の外へと、足を踏みだした。


「来世でも、ミナトくんはもなみの王子さまでいてね? それじゃあ、行ってまいります!」

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