謀略は地下室で②
「……もなみもね、今まで遊んでたわけじゃないんだよ? イソツキミナトくんから聞いた話の裏を取ったり、その先を探ったり。もう、腕が二本じゃ足りないぐらいの大奮闘だったんだから! それでまあ、いちおうの方針は整ったから、それを説明するために、こうして出むいてきたってわけ」
たっぷりとチーズの乗ったピザを美味そうに頬張りながら、七星はそんな風に語りはじめた。
「裏って何だよ? 俺は何か疑われるような話をしたか?」
「そういう意味じゃないって! ささくれだってるなぁ。……たとえば、イソツキミナトくんたちが戦ってた二人の魔術師ね! アレが『暁の剣団』の魔術師だなんてことはわかりきってたけど、名前を教えてもらえたのは大きかったね。サイ・ミフネとドミニカ・マーシャル=ホール。アレは『暁の剣団』にも二十二人しかいない中級魔術師ってことで間違いないみたいだよ」
二十二人……あんな連中が、まだあと二十人もひかえているってのか。まったくもって、心のはずまない情報だ。
「いやいや。二十二ってのはタロット・カードの枚数で、ただの縁起をかついだ数だから、たとえば誰かが『戦死』したって、すぐさま親もとの魔術結社だとか、あるいは『暁の剣団』で子飼いしてる下級魔術師あたりから補充されて、二十二人に戻されちゃうの。大アルカナと呼ばれる『暁の剣団』の中級魔術師は、もう百年以上も昔から、ずうっと二十二人なんだよ?」
「……」
「大アルカナのNo.12、『吊るされた男』のサイ・ミフネに、NO.18、『月』のドミニカ・マーシャル=ホール、ね。確かにその二人が一週間ほど前に日本に入国してきたっていう確認も取れたよ。どうせ自分たちの素性なんて公にされてないとタカをくくって、身分詐称もしてないみたいね! ともに国籍はイギリスで、年齢も、ともに十九歳。サイ・ミフネさんは、日系イギリス人なんだねぇ。ロンドン在住で、『暁の剣団』の表の顔であるボランティア団体『ニンフの御手』に所属しているっていう体裁で、今回の来日の目的も……ん? なに? なんか文句でも言いたげな顔つきだね?」
「身分詐称、してるじゃねェか。あのサイっておっさんはどう見ても四十前後だったし、ドミニカって女は俺より年下ぐらいにしか見えなかったぞ?」
「そりゃあ魔術師の年齢なんて外見通りに見えるほうが珍しいぐらいなんだから、しかたがないよ。無茶な魔術を乱用すれば常人よりも早く老いるし、精霊との親和力が高ければ、逆にいつまでも老いずに済む……ちなみにもなみもれっきとしたニワカ魔術師だけど、外見通りの十六歳なんで、そこんとこよろしく!」
たわけたことをぬかしながら、アブラまみれの親指をぐっと突きだしてくる。「れっきとしたニワカ魔術師」ってのはどういう日本語だ、まったく。
しかしこの地下のアジトの入り口には、いわゆる魔方陣なんてシロモノが描かれており、その効力によって、俺たちは魔術師どもの探索の魔手から守られているらしいのだ。あれがこの七星の手によるものなら、確かにこいつも魔術師の端くれぐらいではあるのだろう。
「……サイ・ミフネさんって魔術師は、『精霊殺し』とかいうあやしげな魔剣の使い手なんでしょ? 魔剣! すっごくカッコイイけどさ、そんなもん使ってたら、そりゃあ寿命をちぢめるよぉ。十九歳なのに四十路に見えるってことは、常人の倍のスピードで寿命を燃焼しちゃってるんじゃない? なかなか業が深そうだね、そのサイ・ミフネって人も」
「……」
「いっぽう、ドミニカ・マーシャル=ホールっていう可愛こちゃんは、ウツミショウタくんが言い当てた通り、『暁の剣団』の団長ボールドウィン・マーシャル=ホールの十二番目だか十三番目だかの娘さんのはずだからねぇ。魔術師としての才能も折り紙つき! 血統書つきのサラブレッドなんだから、そりゃあ精霊との親和力もハンパじゃないでしょ。ほっときゃ百歳でも二百歳でも生きるんじゃないかなぁ」
「ん……ちょっと待て。その長たらしい名前の魔術師は、『暁の剣団』とやらの創立者じゃなかったか?」
「うん、そうだよ。創立者にして、永遠の団長! かの御仁が天に召されたって話は聞かないから、それこそ百歳だか二百歳だかの大長老なんだと思われますですよ。それで十九歳の娘さんがいるなんて、まったくお盛んなことですわねぇ?」
俺はついにこらえきれず、深々と溜息をついてしまった。
聞けば聞くほど頭がおかしくなりそうな話ばかりだ。
「相手がバケモノぞろいの集団だってことも、お前さんの知識や情報収集能力がハンパじゃないってことも、よくわかったよ。俺が頭痛で倒れる前に、お願いだから本題に入ってくれ」
「了解しました! ……と、その前に、フルネームで呼ぶのもそろそろ疲れてきたから、イソツキミナトくんのことはミナトくんって呼んでいい? ワタシのことは、もなみって呼んでいいから!」
「……どうぞご勝手に」
「よし! それじゃあまずは、お待ちかねのトラメちゃんの封印についてお話を始めようか!」
もったいぶった口調で言い、新しくつかみとったピザをお行儀悪くかかげあげる。
「もなみの研究結果とアクラブの意見をすりあわせたところ、トラメちゃんのお腹に刺さってるのは、やっぱり『暁の剣団』が精製した『封魔の剣』の最新バージョンってことで間違いないみたいだよ。これがなかなか厄介なシロモノでね……今のトラメちゃんは、完全に無力! 防御力ゼロ! 首を刎ねたり、心臓を潰したりすれば、あっけなく現し身はバラバラになっちゃって、隠り世で百年の眠りに落ちることになる。それで間違いないよね、アクラブ?」
「……ああ」
カルブ=ル=アクラブなる現し名を持つらしいギルタブルルは、七星のかたわらに突っ立ったまま、うっそりとうなずく。
トラメに身を守る力が皆無、などという話はわざわざ説明されるまでもない。俺が知りたいのは、その先だ。
「以前までの『封魔の剣』だったら、術者よりも強い魔力を持つ人間がその刀身を引きぬくだけで解放することができた。だけど、これは最新バージョン……ま、もったいぶってもしかたないから結論だけ述べさせていただくと、トラメちゃんを助ける手段は二つしかないみたい」
と、ピースサインを俺の鼻先に突きつけてくる。
「ひとつは、それを刺した術者を、殺すこと」
「……」
「もうひとつは、それを刺した術者に、それを抜かせること」
「……八雲なら、あの剣が抜けるのか?」
思わず俺は、席を蹴って七星に詰め寄ろうとしてしまった。
「そうすれば、トラメは元の通りに戻るのか?」
「戻る!……よね、アクラブ?」
七星に目線をむけられ、アクラブは小さく肩をすくめやる。
「おそらく、な。あの刀剣には術者の念と血がこめられている……いわば術者の魂そのものを媒介として、刺された者の魂を封じてしまっているのだ。他の者が抜いても術式は解けぬし、あの刀剣をへし折っても、双方の魂が砕け散るのみ。術式を解くには、術者が解放の意志をもってあの刀剣を引き抜くほかない」
「と、いうわけ。誰でもあつかえるお手軽アイテムであると同時に、自分の魂を犠牲にしかねないおっそろしい呪具でもあるってこと。人を呪わば穴ふたつ、だね。……まあ何にせよ、トラメちゃんを助けるためには、あのヤクモミワちゃんっていうゴスロリのお姫さまに改心してもらうか、あるいは絶命していただくしかないってことなんだよ」
炭酸水のグラスをかかげながら、七星は笑みを消し、生真面目な顔で、俺を見る。
「さて。ミナトくんとしては、どうしたいかな?」
「……何?」
「もなみは、トラメちゃんを助けるって約束した。だから、そのために全力を尽くすよ! ヤクモミワちゃんを説得するための場を作るか、あるいはヤクモミワちゃんを亡きものにするか……後者だったら、話は簡単! もなみがアクラブにヤクモミワちゃんのお生命を所望すれば、トラメちゃんは無事に復活できるんだからねぇ」
「……」
「ミナトくんの望む通りにするよ。どっちがいい?」
「……八雲を、捕まえてくれ」
俺は、拳を握りしめ、浮かせかけていた腰を降ろしながら、答えた。
「俺が、説得してみせる。……だから、あいつをトラメのところまで連れてきてくれ」
「……さっすがミナトくん! もなみの見込んだ通りだね! 即答で『殺してくれ』とか言われたら、人格疑っちゃうところだったよ」
七星は、再び天使のように笑う。
「殺すだなんて野蛮な行為は、最後の手段! ……だけど、どうしてもヤクモミワちゃんが説得に応じてくれなかったら、そのときは、ミナトくんが決断して。もなみは、約束は絶対に守ってみせるから」
もちろん俺は、そんな言葉に気のきいた返事などはできやしなかった。