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召喚ノススメ  作者: EDA
第一章
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謀略は地下室で①

「やっほぉ。ディナーのルームサービスですよぉ」


 ドアの開く音とともに、場違いなぐらい明るい声が響きわたる。

 ようやく姿を現したか、と、俺はゆっくり振り返った。


 謎の女……七星もなみが、そこに立っていた。

 両手に何やら荷物を抱えて。かたわらに忠実な幻獣を従えて、だ。


「むむ。空気がよどんでおる! ダメだよぉ、イソツキミナトくん! 苦しいときこそ、ポジティブにいかないと! 笑う門には、はっぴーかむかむだよぉ?」


「お前なぁ……」


 頭痛がするぐらいノーテンキな声だ。

 これが他のやつだったら、俺も耐えきれずに何か怒鳴り散らしていたと思う。


 しかし、俺にそうさせない「何か」がこの七星のやつにはあった。


「んっとねぇ、本日のディナーはピザでございます! 何かひさびさに食べたくなって買ってきちゃった。こっちが生ハムとクリームチーズのイタリアーナで、こっちがトマトのモントレー! もなみ、どっちも大好きだから、きっちり半分こね?」


 ずかずかと部屋に入りこんできて、テーブルの上に宣言通りのものどもを並べはじめる。半分こも何も、俺はひとかけらの食欲もなかったのだが。


 ここは、七星に案内された、七星のアジトの一室だ。


俺の部屋の倍ぐらいはある空間に、レトロでアンティークな調度がひとそろい完備されている。


 トラメが横たわっているベッドも、七星がピザを並べているテーブルも、骨董屋でしかお目にかかれないようなシロモノで、まるで古びた洋館の一室みたいなたたずまいだった……実際は、取り壊し寸前の廃ビルの一室であるはずなのだが。


 アンティークな調度とともに、大型プラズマテレビや最新型のノートパソコン、おまけに冷蔵庫やエアー・コンディショナーまで取りそろえられていて、こんな状況でなければさぞかし居心地がいいんだろうな、と思う。


 古めかしい書籍のつめこまれた巨大な本棚に、グランド・ファーザー・オクロック。室内を照らすのは豪奢なシャンデリア型の照明器具。何もかもが、高級品だ。


 ただし、たったひとつだけ、この部屋には欠落しているものがある。


 窓、だ。


 この部屋は、廃ビルの地下に、存在しているのだった。


 窓の代わりに、大きな風景画が壁にかかっている。その両脇にはカーテンのように大きなエスニック調の織物がたばねられており。窓のない不自然さや息苦しさを解消するために、そんな装飾が為されているのかもしれない。


 何にせよ、驚くほどに金がかかっていて、なおかつ、すみずみにまで気の配られた部屋だった。


 こんな部屋を、ぽんと時ならぬ客人にさしだすことのできる七星もなみという娘の正体が、俺にはいまだに判然としない。


「あ、あとは飲み物かぁ。アクラブ、冷蔵庫から烏龍茶と炭酸水を出してくれない?」


 鼻歌まじりに紙箱のフタを取りはらいながら七星が言うと、かたわらの幻獣は、まったく感情のこもらない声で「断る」と応じた。


 たちまち七星は、ネズミ花火のようにわめきはじめる。


「うわぁ、意地悪! 望みの言葉を唱えないと、ディナーの支度すら手伝ってくれないわけ? 別に美味しい料理を作れ、なんて言ってないじゃん! 飲み物を取ってって言っただけでしょ? ああそう。そんなにもなみの寿命を縮めたいんだね! いいよいいよ。それならバンバン望みを唱えて、バンバン早死にしちゃうんだから! ……七星もなみの名において命ずる。ギルタブルルのカルブ=ル=アクラブよ、我が望みをかなえたまえ……」


「よせ。……まったく始末に負えない人間だな」


 ギルタブルルは溜息をつき、しぶしぶ冷蔵庫のほうに向かう。


 不機嫌そうに頬をふくらませていた七星は、それでとたんに笑みくずれた。


「まったく、素直じゃないんだから! ……だけど、けっきょくいつも最後はもなみのワガママをきいてくれるんだよねぇ。最初にちょびっと拒否られるから、こっちも嬉しさ倍増だし。それが計算だったらすごいよ、アクラブ? ツンデレの原理をうまいこと応用してるねぇ」


 七星の阿呆な言葉は黙殺し、テーブルの上にグラスと飲み物の瓶を並べだす。その目がふと、いまいましそうに俺を見た。


「……何をじろじろ見ている、人間?」


 俺は無言で首を振ってみせた。


 ギルタブルル……真っ赤な髪と瞳を持つ、隠り世の住人だ。


 ぬめるように白い肌と、それをきわだたせるような黒いコート。すらりとしていて、背が高く、女のくせに、百七十七センチの俺とちょうど同じぐらいはあるだろう。まあ、人外の存在に女もへったくれもないかもしれないが。


 一ヶ月ほど前、トラメはラケルタとともにギルタブルルを討ち倒した。


 しかし、こいつは別人だ。……七星からもそう説明されたし、今ではその違いもはっきりとわかる。


 確かにその特徴的な髪や瞳の色は同一だし、顔立ちもずいぶんそっくりだが、なんというか、雰囲気が違う。あのときのギルタブルルはもっと妖艶で、悪意に満ちており、奔放だった。

 しかしこのギルタブルルは、美しい容貌をしていながら、どこか雄々しく、怜悧で、沈着だ。なまじ容貌が似ているぶん、その違いは顕著だった。


 それに、あのときのギルタブルルはもっとくすんだ赤サビのような色の髪をしており、老獪な印象が強かった。こちらのギルタブルルは火のように鮮やかな色の髪をしており、いくぶん若い感じがした。

 人間でいえば、二十歳になるならずといった印象だ。……ま、本当は百歳や二百歳じゃきかないのだろうが。


「さあさ、それじゃあ、いただきましょう! イソツキミナトくんもこっちの席においでなさいな」


 いかにも楽しげな七星の顔を、俺は憮然とにらみつける。


「あのな……世話になってる身でどうこう言えた義理じゃねェけど。さんざん人を待たせておいて、何の説明もないまま、これかよ?」


「うん? そりゃあまあ積もる話は吐いて捨てるほどあるんだけど。お話だったら、食べながらでもできるでしょ? ていうか、無駄な時間をはぶくためにも、ディナーとミーティングを両立させようよ! 栄養が足りないと、脳細胞のはたらきも悪くなるからねぇ」


「……」


「イソツキミナトくん。キミ、昨日からほとんど何も食べてないでしょ。ついでに言うなら、ロクに寝てないんじゃない? ものすっごく凶悪な面がまえになってるよ? ……まあ初めて顔を合わせたときからそんなような面相はしてたけど、なんか、群れの仲間を皆殺しにされたライオンみたいな目つきだね」


 そんなことを言いながら、七星はけらけらと声をたてて笑う。


「思いつめたって事態が好転するわけじゃないんだから! そこのトラメちゃんが心配で心配でしかたがないんだろうけど、もなみはキミたちを助けるって約束したんだからね! もなみを信じて、どーんとかまえなよ! そんで、しっかり食べて、しっかり眠って、いざというときのためにに備えておいてよ! まさか、もなみにすべてを託して、自分は傍観きめこむわけじゃないんでしょお?」


「……そんなつもりはねェよ」


「だったら、きちんと食べなさい! 食欲なくても、ムリヤリ食べるの! トラメちゃんを救うための下準備だと思ってさ。戦時下において、兵士は食べるのも仕事なんだよ!」


 七星もなみ……こいつは、一体どういうやつなのだろう。


 俺はあらためて、その中身に劣らず特異な外見を観察しなおしてやった。


 ぱっちりとした目がきょろきょろとよく動く、リスかウサギを思わる無邪気な顔つきをしている。


 鼻は小さいが、すっと筋が通っていて、桜色の唇は、嫌味じゃないていどにふっくらとしており、すべすべの白い頬にはにきびのあとのひとつもない。


 一言で言って、美少女だ。


 やたらと美形ぞろいの幻獣たちと何人も顔を合わせてきた俺にしても、ずいぶんとこれはまた念の入った美少女だな、と感心するぐらい……現代風で、アイドルチックな、それこそテレビやグラビアに登場してもおかしくないような、王道の美少女っぷりだった。


 しかし、その格好は、あんまり王道でもない。どうやら地毛であるらしい亜麻色の髪をアップにして、こまかいチェックのハンチングをかぶり、同じ柄の吊りズボンなどをはいている。


 また、初夏だというのに首にはマフラーのようにスカーフを巻いており、腕にはごつい腕時計、足には厚底のジャングル・ブーツ。なんだかレトロな冒険小説に出てくる主人公のような格好なのだ。


 身長は人並みで、スタイルは人並み以上。もっと女らしい格好をすればさらに美少女度はアップしそうだが、そんなことには頓着していないのだろう。こいつがまっとうな人並みの幸福など求めていないということは、その言動を見ていれば明らかに過ぎる。


 よく笑い、よく喋り、よく食べる。無邪気で、子どもっぽく、それでいて力と自信にあふれている。


 きっと宇都見と似たタイプの馬鹿なんだろうなとは思うのだが、しかし、それだけでは済まない、「何か」がある……幻獣や魔術師などといったとんでもない連中と比べても遜色のない、七星もなみとはそういう不思議な存在感と吸引力をもった女なのだった。

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